酒は呑んでも呑まれるな
「ハーハッハッハッ! もう夜だけど今日はいい天気だな!」
「何があったの気持ち悪いわよ」
「お前風に言うと推しのカップルが公式で供給された」
「納得した」
約束の時間の待ち合わせ場所に立っていたどこかで見た事のある黒髪のイケメンと形容するしかないこの男アバター。その頭上には「クラウス」の文字が浮かんでいる。コイツが郁音だ。やっぱり男アバターで始めたのか。
流石にそろそろ恥ずかしくなってきたのでニカの紹介をして誤魔化しておく。
「話には聞いているよ、君がユラギの友達だね」
「クラウスよ。よろしくね」
「……ユラギのことを考えると大分普通だね」
「おいニカ、それはどういう意味だ」
何で俺が変みたいに言うんだ。今はちょっとテンション高かっただけでそれ以外だとそこまでだっただろ。
「まぁ私もまさか変な仮面被ったやつが友人だとは思わなかったしニカちゃんの言うことは最もね」
「装備くらい好きにさせろ」
この流れはダメだ。なんと言おうと弄られる流れだ。ならばさっさと話を進めてしまうのが吉と見た。
「取り敢えずレベル上げの手伝いってことでいいんだよな」
「そうね。さっさと30Lvに行きたいところね」
30か。ニカが一応それくらいだったか。戦闘する役どころ、つまり兵士役のNPCなんかのレベルが同じく30くらいなことを考えるとニカはやたら高いな。一般人のそれでは無い。
何かしらの背景でもあるのだろう。何処かで聴いておきたい所ではある。
しかし30かぁ……。高効率のレベリングスポットをこの人数で回せば直ぐだがその分リスクも高いわけで。しかも復活しないNPCを抱えてってのも考えものだよな。
ニカと郁音の2人、ついでに俺もレベリング出来る効率のいい方法か……。
うーん今の俺の知識にはそんな都合の良いものは存在しなさそうだ。となると……。
「ちょっと寄り道していい?」
「構わないけど何処に行くの?」
「クエスト受注所」
郁音はそれで納得したようだが多分それは勘違いだ。俺の目的はクエストを受けに行くことじゃなく情報収集だからな。
〜~~~
ここはその名の通りクエストの受注が出来る他、チュートリアル、ギルドの登録、それと見た目の再変更のような課金要素を取り扱う店が存在している。
まず初心者が目指すべき場所であり、拠点となる場所である。
おそらくどの街でも冒険者、つまりはPLの人口密度の高い場所と言えばクエストの受注が出来るこの場所だ。
酒場の機能も付随して存在するここはいつも騒がしいことこの上ない。と言っても酒類の飲み物アイテムにアルコール的なサムシングが入っている訳では無いのでPL達は酔っているはずが無いのだが、まぁ場所の雰囲気とかノリで騒いじゃうよね。
辺りを見渡せば初心者から中級者、見たこともない装備に身を包んで辺りの視線を引き付けながら堂々と闊歩する上級者まで幅広い層のPL達がいた。
いいなーあの装備、無茶苦茶カッコイイじゃん。是非とも欲しい。
「騒がしい所だね」
ニカはこの騒音が不快なのか頭部の耳を手で覆って顰めっ面をしていた。ちょっと可愛いとか思ってしまった。
「ケイゴと一緒に来た時も思ったけどやっぱりキツいわね」
「慣れるまでの辛抱だよ」
さて、ここに来たのは別にクエストを受けに来たわけではない。とあるNPCに逢いに来たのだ。
ここの人口比はPLの方が多いがNPCもいない訳では無い。ここの職員として働くNPCと、それとは別にモブ冒険者とでも言うべきNPCたちも椅子に座って派手に騒いでいるのが見える。
そしてそんな連中の中にちゃっかり混じっている、別に武器防具を装備している訳でもないただの酔っ払いにしか見えないやつがいた。
長耳族特有のとんがった耳と緑髪。口周りに無精髭を生やした中年の男性。コイツが俺のお目当ての人物だ。
クエストボードの方へと向かいかけてる二人を呼び止めてからそいつのいる席に近づいていく。
「ちょっといいかな、オッサン」
「んぉ何だお前……ってお前か! 久しぶりじゃねぇかよ!」
嬉しそうに俺の肩を激しく叩いてくるこの男は、この街の、というよりこの場所の名物NPC「知恵袋のバルトゴール」だ。
コイツは大体この場所の何処かの酒の席に紛れ込んで酒を呑んでいる。ていうか酔っ払ってない所を見た者はいないとまで言われている。
しかもその貧相な身なり通りとても貧乏らしく、誰かの金で酒をかっ食らっている。有り体に言えばクズだ。
だが普通に考えればそんな生活は数日と持たないのは目に見えている。しかしこの男は少なくともこのゲームのリリース日からずっとこんな感じらしい。
その理由こそが2つ名に知恵袋とすら呼ばれるほど物知りだからだ。
この男は質問すれば何でも答えてくれる。何でもだ。あるアイテムの入手手段とかエネミーの生息場所。果てはNPC同士の関係の情報まで。その全てに答えてくれる。
ただし酔っ払いなのでその回答は大体不明瞭な言い回しなことも多い。そこはどうにか単語だけで解読するとかするしかない。
ちなみにこの男のおかげでネットの掲示板では何かしらの質問が来たら取り敢えずバルれという定型文が生まれた。ゴルれ派も少数ながら存在するらしい。とてもどうでもいい。
「何ヶ月……いや何年ぶりだ? 乳離れは出来たかよ」
「その怪しい記憶力でよく俺のこと覚えてたな」
「ナハハ! お前みたいな変な見た目のやつそうそう忘れるかよ!」
そんなに変かな? 仮面以外は至って普通だと思うんだけど。……仮面がダメすぎるのか。
「この人は?」
「質問に何でも答えてくれる知恵袋」
「酒代立て替えてくれたらな!」
「へー便利な人なんだー」
都合のいい男的なニュアンスで言われているのに毛ほども気にせず酔っ払いエルフは酒をあおり飲む。
「しかしなんだ。人間のイケメンとそいつは……珍しいなハーフの女か。前一緒にいた連中はどうしたんだ?」
「何人かとはケンカ別れしたよ。今はフリーさ」
「勿体ねぇ」
何が勿体ないのかさっぱりだがコイツとのお喋りを楽しみに来たわけではないので要件を済まそう。俺はここの酒代分のお金をテーブルに置く。
「ここらで丁度いい強さのエネミーが湧くところを知らないか?」
その質問をするとバルトゴールは少し上を向いて考える素振りを見せてからこう答えた。
「あーいい感じのカエルがよく出るって最近噂になってたな」
「カエルってーと南西か?」
「そうそう緑と青の国境沿いにあるあそこさ。そこで中々いい肉厚の化け物カエルが出るって話だ」
緑と青の国境には湿地帯が広がっている。そこはやたらとヌメヌメしたエネミーが出ることで有名だ。
カエル系のエネミーで経験値効率がいいのは知らないが……。この知恵袋がそう言っている以上そうなのだろう。引退してる間に実装された新エネミーかな。
さてこれで今日の目的地は定まった訳だがせっかくなのでニカのクエストについても質問しておこう。
確か残りは「火食い蜘蛛の粘糸」と「カダス花」。その内蜘蛛の糸については見当がついているので花の方を聴いておきたい。
追加分の酒代を払ってからそのことについて質問する。
「ああそれは青の国のどっかで手に入るって聞いたな」
「どっかって何処だよ」
「うーん何だったか何処ぞの冒険者が洞窟を探索してたら見つけたんだったっけかなー」
洞窟、つまりは青の国にある洞窟のダンジョンってことだろう。幾つかあるがそのうちの特定のどれかなのだろうか。……無駄足踏まされるのもアレなので更に払うか。
「追加で払うからその洞窟の場所を教えてくれ」
「んー恐らく遺跡の近くのはずだ。遺跡と間違えて入った洞窟で見つけたって聞いたからな」
遺跡近く……これで大分絞れるな。
「分かった、久しぶりなのにありがとう。助かったよ」
「ナハハ! 気にするな。こちとら口動かしただけで酒代が手に入ったんだ。何時でもこいよ!」
酒場に入り浸る酔っ払いでなければ素晴らしい御仁であったことだろうに。何はともあれ知りたいことは全部分かった。後は向かうだけだ。
「所でカエルのところには僕も行かないと行けないのかい? 彼女の訓練が目的なのだろう?」
それは確かに至って普通の疑問だ。しかしなこれも色々考えた結果なのだ。まずはそれを伝えねばな。
「お前も強くなるんだよ」
「君を雇ったのは僕が弱いからだけど」
「そういう意味じゃない。いずれ大舞台で演奏するのが目的なら吟遊詩人として強くなれって意味だよ」
具体的に言うと吟遊詩人のレベル上げだ。レベル上げ
なんて言っても彼らには通じないから言わないが。
「それは強いとは言わないのでは……」
ゲーム的にはそう言うの。
と言うやり取りをしている時だった。何処から怒号が響き渡ってきた。
「どういう意味だ!」
「そのまんまの意味だよ日本語も理解できない猿か?」
「えっなになに!?」
郁音の困惑する声も聞こえる。あーこれはその場のノリの内でも最悪な悪ノリと言うやつだな。
酒場の雰囲気は人を高揚させる空気を持つ。言い換えれば些細なことでも怒りやすくする効果もある。
ますます激しくなる言い争いとは反比例して周りは飛び火を恐れてコソコソと喋るくらいで段々と冷め始める。
特に止めるヤツもいないため段々と言い争いはヒートアップする。さてここで唐突だがこのゲームにおけるPKの説明をしよう。
このゲームではフィールドだろうと街中だろうとPKに特に制限はない。他者を傷つけたい放題だ。ただし代わりにやってしまった後に重いペナルティが存在する。特に街中でのPKへのペナルティはかなりキツいものがある。
が、頭に血が上った二人にはそんなことは関係無いようだ。片方が武器を抜けばもう片方も応じるように武器を取り出した。その行動に周りも流石にヤバいと感じたのか物理的な距離を置き始めた。
「アズ……ユラギ。これは不味いんじゃない? さっさと出ないと……」
「不味いも不味いけどどっちが勝つか見たくない?」
「僕もちょっと見てみたい。歌の題材になりそうだ」
「嘘でしょ!?」
おっ気が合うねー。酒場でのケンカ何てことするバカはそうそういないので是非とも顛末を見ておきたいのだ。生でのPVP何て最高じゃん。
同じことを考えてる奴は俺たち以外にもいるようでこの騒がしい中で陰に隠れてこの様子を伺っている奴もちらほら見えた。
互いに武器を構え、もう取り返しのつかないところまで勝手に追い詰められた二人はまるで示し合わせたように同時に飛び出そうとした。その時だった。
「ストップ!」
これまた示し合わせたかのようなタイミングでそれを静止する声が響き渡る。
入り口にごった返している人の海をまるでモーゼの如く二つに割りながら現れたのは、レア装備にありがちな華美な装飾を施された装備を纏った騎士のような女性プレイヤーだった。何処か見覚えがあるような……。
「げ、新撰組だ……」
ボソッと誰かがそう呟いたのが耳に届く。新撰組だと?
「落ち着きなさい! 街中でPKなんかしたらどうなるかは知っているでしょ」
……声もどっかで聞いたことあるな。というかもしかしなくてもアイツか?
「もし収まりがつかなければ外に出なさい。この新撰組のシオンが相手します」
あーやっぱりシオンかよ。この風紀委員感はアイツだと思ったよ。
しかし何でアイツがPKを止めてるのかさっぱりだな。新撰組……もしかしてあの野郎のギルドか?
何にせよ見つかったら厄介だな。
俺はこっそりとアイツの視界から逃れるように物陰へと移動した。それは側にいたニカには丸見えだった。
「どうしたんだい?」
「昔の知り合いだ。アイツが入り口から離れている隙にさっさと外に出るぞ。クラウスも見てないで行くぞ」
「えっ寧ろ見たくなってきたのに」
知るか。アイツに見つかったらどうなると思ってる。下手したら俺がPKされる。PK止めときながら自分がしでかしちゃ世話ないがそれくらいには恨まれてる自信はある。
人混みを利用し、二人を連れてこの場からの離脱を図ろうとする。しかしそのタイミングで運悪くアイツがこっちを振り向いてしまった。
「……その仮面? お待ちなさい、貴方はもしかして」
「人違いですサヨウナラ!」
俺は咄嗟に二人の手を握るとAGI限界のダッシュでその場から逃走した。
街中でPKすると理不尽な強さのお仕置きNPCが現れ速攻キルして経験値を半分持っていきます。フィールドだとお仕置きNPCは来ないけど名前が赤色表示になり街中での活動にペナルティが付与されます。