春の季節
「好きです! 付き合ってください!」
「ごめんなさい」
それは寒気も薄れ穏やかな気候になりつつあった3月の終業式の日のこと。オレこと夕良木東は失恋した。人生初の告白と失恋のトロフィー同時獲得だ。
理由を一応聞いたところ。恋愛感情にはどうしてもならないからだと言う。つまり異性として、男として見られないということである。
彼女が去った後、オレは少しの間呆然として、そしてその場で静かに膝から崩れ落ちて号泣した。
何時ぶりだろうかあんなに泣いたのは……。
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「リアル以上のクソゲーなんて存在しないね! 畜生め!」
「そんなかっかするなよチョビ髭」
「ネタが古いしチョビ髭違うわ!」
散々泣いて、顔の周りを泣き腫らした俺は友人と連絡を取り近くの喫茶店で待ち合わせて愚痴を聞いてもらうことにした。
こうやって愚痴を聞いて貰える幸福。持つべきものは友だね。古典ネットネタでからかわれたけども。閣下とかっかするを掛けてて微妙に上手いのが腹立つ。
「しかし何だな。前は逆に仮想世界はクソとか言ってたことを考えるとお前は何処なら生きていけるんだ?」
「1回世界が滅んで新しい世界になったりしないかなー」
「多分お前はその新しい世界でも同じことを言ってると思うよ。しかしアレが一年前か……あの時のお前の荒れようは……うん見てて面白かった」
「あの時は何かもう色々弾けてたからな」
一年前の話というのは俺が所属していたゲームでのコミュニティ……ギルドの事だがそこででいざこざが起きて、嫌気が指した俺がオンゲー自体を辞めたことを言っている。
活動の方針で俺と仲間の一人が噛み合わず言い合いになり、そこから売り言葉に買い言葉でどんどん険悪になり最終的にはギルドの雰囲気そのものまで悪くなってしまった。
しかも結局相手の方針で行くことになりブチ切れた俺は散々嫌がらせしてから逃げるようにギルドを、というよりオンゲー自体を引退することにしたのだ。
その行いによる後悔自体は無いが頭が冷えた後で、ゲームシステム的にそう仕向けられていた部分もあったこととか俺もガキみたいにムキになっていたこととかに気づき猛省した。
「何にせよアレから立ち直れたんだ今度も同じように立ち直れるだろ」
「アレから立ち直れた要因が今回の落ち込みの原因何だよなぁ。つまり倍プッシュ何だよなぁ」
ホント無理。今回のコレは本当に無理。心バキバキで首括りたい……いや流石にそこまででは無いかも。
とにかく立ち直れる気がしない、お先真っ暗ですよ。
「何かサクッと立ち直れるキレッキレの素晴らしいアイデア寄越せ」
「失恋直後とは思えないふてぶてしさだな」
「うるせー、お前もあの例の部活の先輩に告白して振られてしまえー!」
倒れないように中身の入ったコップを脇に寄せてから机から身を乗り出し目の前の友人のほっぺを弄くり回す。
「俺の場合は絶対成功するからそんなことにはなりませんー! ただ今はまだプラトニックな関係なだけで別に告白する勇気が無いとかそういうわけでは……」
コイツは今の高校に入学してすぐで、一個上の先輩に惚れている。確かコイツも一目惚れ。
一目惚れだからといってその気持ちは決して浅くはなく、その先輩に少しでもお近づきになりたくてその先輩が所属している弓道部に全く経験も無いのに即決めして入っている。
しかも入っただけでなくとても真面目に部活動に取り組んでいる。
どれくらい真面目かを具体的に言うと、そこそこの強豪に入るうちの弓道部で団体戦のレギュラーに選ばれるくらい。
全くの素人でそれができた辺り本当に真面目に弓道に取り組んできたのだろう。素直に凄い。
そんな努力のかいもあって先輩とは結構親しくなったみたいだけど未だに告白出来ずにいる。
何回かしようとしたらしいがその度に土壇場でこの関係が壊れるのが嫌だみたいな臆病風に吹かれて止めてしまうらしい。
その話を聞いた時は鼻で笑ってしまったが、今ならそれは正しい判断であると言わざるえない。
失敗した時のリスクは本当に重いぞ。
まぁそれはそれとして煽るけどな。
「あーハイハイ、俺の失言だったわ。だからこれ以上お前のチキンさを見せつけないでくれ」
「何れ飛ぶチキンだからいいんだよ」
「フライするの?」
「先輩に食べられたいけどなー俺もなー。ところでフライドポテト食う?」
「食う食う」
そんな益体の無い会話を楽しみながら二人でフライドポテトを黙々と口に運ぶ。因みに俺はケチャップはつけない派、目の前の友人こと“士師原圭吾”はつける派だ。
その内に圭吾は何かを思い付いたように口にポテトを挟みながら手をポンと叩いた。
「キレッキレのアイデアを思い付いたぞ!」
「おっ! 期待してないけど取り敢えず言ってみ」
「もう1回始めたらどうだFLR」
「……えー」
FLRとは、“フラットラインランナーズ”……現行のVRオンラインゲームに於いて最高峰とも称される大人気ゲームのことだ。
20年ほど前に発売された伝説的なオンラインVRゲームからVRゲームのブームが始まり。ゲーム業界はそれに乗り遅れまいと躍起になってVRゲームの開発に乗り出した。
その結果VRゲームに使われる技術は目覚しい進歩を遂げ、ネットに落ちてるフリーソフトで個人でVRゲームを作れるほどにまで発展した。
ただグラフィックやゲームシステム、VR機器そのものなどはマシンスペックの向上と比例して拡張されていった。が、その歳月を経てもなお未だにその伝説のゲームの模倣品以上のものが作り出せない部分が存在した。
AIである。
AI、つまりはゲームにおいてほぼ存在するNPC達に搭載される人工知能。その性能だけはどのゲーム会社であってもそのゲームから先へと進むことが出来なかった。
その理由を俺はよく知らない。
何かのゲーム雑誌でそれについてオカルト染みた理由があると大真面目に書いてあったりしたのを見たことがある程度だ。
それの真偽の程は何であれ、少なくともそういう噂が立つ程度には変態染みた技術を用いて作られていたということだろう。
長年ゲーム業界はその課題をクリアしようと試行錯誤を繰り返し気づけば20年ほど経った頃、確か2年前の冬頃のこと。
満を持してその課題を完璧にクリアしてしまったゲームが発売された。それがFLRだ。
謳い文句は“夢と現実の狭間へようこそ”。
確かにそのゲームはもう一つの現実と言ってもいい程の完成度だった。
ほぼリアルと見分けのつかないグラフィックやランダムシナリオ生成を筆頭とする様々なゲームシステム。そして人間と話していると錯覚してしまいそうになるほどに精巧に作られたNPC達。
VRゲームの究極形が遂に現れたのだ。
まぁそんな凄いものが売れない訳もなく。社会現象となるほどに売れに売れまくれ、今では知らぬもののいない人気ゲームとなっているわけだ。
さてFLRとはそんなゲームなのだが実は俺にとってはあまり宜しくないゲームだったりする。
いやまぁ、ぶっちゃけると件のいざこざとはこのゲームでのことだからだ。
何で一度は引退したゲームに戻るというのも何かこう割り切りづらいものがあるといいますか……やりすぎたからほぼ確実に報復されるのが怖いといいますか……。
いや、あのゲーム自体はとても好きだよ? まだ十数年ぽっちの我が人生においてやったきたゲームの中では1位か2位くらいには好きなゲームだし。
それでもこじれた人間関係にまた突っ込むのはひたすらめんどくさいよ。
因みに目の前の誘ってきたこの男も勿論やっている。
俺が引退した時はまだ初心者だったけど、あれからずっと続けているのだからプレイ時間はあっさりと超えられていることだろう。
「もうあれから1年経ったんだぜ? 流石にほとぼりも冷めてるだろ。それにあの時からレベルキャップ解放とか来て色々変わってるしさ」
「うーん確かにお前の話を聞いてる限りだとえらく楽しそうなことになってるみたいだしな……いやでもやっぱキツいものが……」
「てか頼む始めてくれ。昨日から郁音の奴も始めたからさ俺一人だと手が回らないから他のリアルで知り合いのプレイヤーが欲しいんだ」
「んあ!? 郁音も始めたのか!」
郁音とは俺たち二人と小学校から付き合いのある友人のことだ。文芸部に所属しておりこの三人の中では最も真面目な奴だ。
圭吾も先に話した通り真面目な部類なのだが如何せんムラがある。俺? 不真面目代表ですよ。
まぁ真面目と言っても俺達二人の影響もあってガッツリとサブカルに傾倒しているが。
しかし俺の中でのアイツの好み的に、FLRみたいなガチ寄りのゲームにはあまり興味を示さないと思っていたのだが何で始めたんだ?
「いい男を見つけてそのゲームやりたくなったから教えてって、昨日唐突に連絡が来てな……」
「ああそういうこと」
FLRの世界観の分類はファンタジーだ。故に出てくる高性能AI搭載のNPC達の容姿は、その系列のゲームのお約束に漏れず軒並み美形となっている。
恋愛ゲームが主な主食のアイツの琴線に直撃するキャラがいたとしてもおかしくはない。
というかFLRには割と同じような理由で始める奴は結構いるらしい。生身の人間同然の反応を返す美男美女が沢山いるんだ、そういう風に拗らせる奴が出てくるのは最早自然の摂理みたいなたところがある。
「で、どうだ? この友人を助けるのとその失恋の傷を癒す一石二鳥のアイデアは? 春休みガッツリ部活の予定が入っててログイン出来なさそうだから頼むよー」
「 うーん…………はぁ……」
悩みに悩み抜いた後で大きなため息をついた。
今日の今日でこんな動く必要もない気はしたが確かに忘れるという観点で言えば悪くない。
それに悔しいかな春休みは超暇だ。というか暇になった。告白成功パターンで予定組んでたからな! ちくしょう!
というかどうせコイツもそれを見越して頼んできたに違いない。それを言葉にしないのは圭吾なりの優しさなのだろうが行動で言ってしまったら結局意味無いジャマイカ。
「分かったよ。復活してやるよ」
まぁ何にせよ空いた予定を埋める暇つぶしとしては悪くない。
「よっしゃありがとう! 元ガチ勢の復活だ!これから楽しくなりそうだぜ!」
「1年のブランクは確実に俺をクソ雑魚にしてると思うぞ?」
「何とかなるなる」
根拠のない慰めは逆に不安になるからやめて欲しい。
何はともあれ俺は引退を1年間の休養に変えてまたあのファンタジー世界へと帰還することとなった。
様々な経験を経てもなお、あの世界のことを考えるとやはり胸に込み上げるものがあった。
やっぱりアレは神ゲーだし、俺も生粋のゲーマーなんだなと思わずにはいられなかった。