対決
【対決】 担当 桜
真っ暗なところに、閉じこめられてた。
どこだかわからない。手足をしばられて、口にも布かなんかが巻かれてる。声が出せないし、動けないほどではないけどなんにも見えないから、動くこともできない。
それにしても、なんてばかなことをしたんだろう。
お兄ちゃんに相談するとか、信じてもらえなくてもティーアやハゼに話すとか、いくらでも方法があったはずなのに。
暗闇の効果もあってか、わたしはすっかり落ち込んでいた。さっきまでうるさかったおなかも、鳴いてもむだとあきらめたみたいだ。なんだか息苦しくて、くらくらしてくる。
わたし、このまま死ぬのかな。
すぐに殺されたりしなかったのが救いだけど……でも、時間の問題かもしれない。それとも、このまま衰弱死? 窒息死っていうのもあるかもしれない。ああ、そんなのいやだ!
でも、プティが気づくはずだ。わたしがいないって。そしたら、きっとシューケルトをうたがう。ノートにいろいろ書いたから、それをお兄ちゃんが見てくれたら、お兄ちゃんだってシューケルトが怪しいって気づいてくれるかもしれない。
だれかにニンゲンだってばれて殺されたんだとか、そんなふうに思われてたら最悪だ。
ううん、でもきっと、ニンゲンがいたとなったら、大騒ぎになるもん。騒ぎになってないところに、陰謀の匂いを感じ取って……くれるはず!
信じよう。
お兄ちゃん、勉強はできないけど賢いんだから。
ときどき、上から話し声が聞こえてくる。ってことは、ここは地下……床下なのかな。声が出せれば、ここにいるって報せられるのに。
「……では、ラ・ディオス様は、プティ様もそれほど長くないと?」
聞こえてきた単語に、耳を傾けた。
長くない? どういうこと?
「残念ですが……そのようです。幼いながら、懸命にがんばっておられるのに。ご両親と同じ道をいくことになってしまうとは」
この声は、シューケルトだ。いかにも心を痛めてるって声。こんなわかりやすい演技に、なんでだれも気づかないの?
ラ・ディオスがどうとかだって、ぜんぶうそなのに。このうそつきー! って、叫んでやりたい。
「…………は? いえ、しかし…………」
会話の様子が変わった。耳をそばだてる。なんだろう。
ごにょごにょと小さな話し声。ひそひそ話でもしているんだろうか。
やがて、ギィ、と戸が開く音がした。
「プティ様がいらっしゃっているというのに、ほかになにを優先させることがあるのですか」
──ティーアだ!
なんだか、声が怒ってる。プティもいるの?
「しかし、いまは……」
「かまいません。どうかなさいましたか、姫様」
余裕しゃくしゃくのシューケルト。頭の上で、人が動く気配がする。
「わたくしの大切な友人が行方不明になったのです。心当たりはありませんか」
プティの声だ。でも、いつもの、弱々しい声じゃない。
「ご友人が? また、下町のこどもを呼んだのですか。ほどほどにとあれほど申し上げているのに」
「心当たりはありませんか、と聞いているのです」
なんだかプティが強気だ。どうにかしてここにいることを報せないとと、からだをよじるけど、物音をたてるまでには及ばない。
「ありませんね」
しらっと突っぱねる。ああもう、なんてやつ!
「ウソだね。あんたが連れてったの、見てたんだよ」
──お兄ちゃん!
「この無礼なこどもはなんですか。姫様とティーアならまだしも……分をわきまえなさい」
「サクラをどこにやったんだ!」
わたしはここ、すぐ下だよ! 下にいるよ!
必死にからだをねじったり手足を動かしたりしてみるけど、どうにもならない。そのうちに、あごから床に激突したけど、それでもなんの音もしない。
でも、やっと気づいた。うつぶせになった拍子に、ポケットに飛び出した小さな救世主。
──携帯電話! 取られてなかったんだ!
しばられてるとはいえ、指先は自由だ。どうにか携帯電話を拾い上げる。
だいじょうぶ、さっき使っちゃったけど、まだ充電だってなくなってない。お兄ちゃんにいわれて、今日までは電源を切ってたから。きっと、使い道があるって思ってたんだ。お兄ちゃん、ありがとう。
わたしは、音量を最大にして、着信音を鳴らした。
ジリリリリリリリリリリリリリリリ──
ママが設定していた、レトロなベルの音。この音を、お兄ちゃんがまちがえるわけない。
わたしは、ここだよ!
「サクラ!」
「失礼、調べさせていただきます」
しばらくして、頭上が急に明るくなった。
ティーアとお兄ちゃんが、わたしをのぞき込んでる。ティーアが下りてきて、ロープと布をほどいてくれた。
「まさか本当にいるとはな」
呆れたようなティーアの声。わたしは空気を吸い込むことに必死で、それどころじゃない。
持ち上げられるようにして、上へと脱出すると、プティの部屋よりは質素な、それでもじゅうぶんに大きな部屋だった。本棚のようなものに囲まれるように、大きな机がひとつ。
机の横には、シューケルトと……同じような服を着た、たしか名前はアラーグ。シューケルトの次にえらいってひとだ。机の向こう側には、お兄ちゃんと、ハゼと、ハゼに支えられているプティの姿。
一気に脱力した。助かった……!
「バカ! 考えなし! タコ!」
お兄ちゃんの言葉が容赦ない。タコって……。
「ニンゲン──!」
アラーグってひとが、怯えたような声をあげた。そうだ、フードもしてないから、耳が丸出しだった。
でもいまさら、そんなこと関係ない。
「どういうことですか、シューケルト。わたくしの大切な友人を……」
「どういうことかと聞きたいのはこちらです、姫様。私は、城内にてニンゲンのこどもを見つけたから捕らえたのです。よもや、このこどもが姫様のご友人であるなどと」
シューケルトは、ちっとも動揺してなかった。それどころか、プティが悪いって方向に話を持ってく気みたいだ。
「ニンゲンが、なぜこの地にいるのだ! 忌々(いま)しい!」
「わたしは、ニンゲンじゃないもん。人間だけど!」
むだと思いつつ反論してみる。言葉にしてしまったら、自分でもなにがなんだかわからなかったけど。
「どういうことですか、姫様!」
アラーグが、プティに詰め寄った。プティはハゼにつかまって、立っているのがやっとって感じだ。わたしのあとに出てきたティーアが、すぐにフォローにまわる。
「わたくしの友人です。それだけのことです」
静かに、でもぴしりといいはなつ。アラーグが息を飲むのがわかった。
わたしだっておどろいてる。これは、本当にプティ?
「ちなみに、オレもニンゲン」
よせばいいのに、お兄ちゃんもフードをはずした。
「シューケルト……わたくしが、本当に、なにも知らないとお思いですか」
ティーアにつかまりながら、一歩一歩前に出て、プティがいった。
「なにをですかな」
シューケルトは余裕だ。頭にきたけど、でもがまんする。プティがいおうとしてるなら、わたしの出番はまだだ。
プティは、ぐっと息を飲み込んだ。一瞬だけわたしを見て、それからシューケルトを見据える。
「前王と、前王妃が、病にて倒れるという虚言──そしてそれを真と見せかけた殺人。権力を欲しいままにしたいがため、わたくしの料理にも毒を盛っていた……そうですね?」
ティーアとハゼと、それからアラーグの目が、おどろきに見開かれる。
きっと、いくらプティの言葉でも、それをすぐに信じるのは大変なことなんだろう。ティーアの目だって、困惑していた。
「なにをばかな」
案の定、シューケルトは笑い飛ばす。
「姫様ともあろうお方が、長い療養生活でお疲れになったようですね。哀れな。そのようなこと、あるはずがないでしょう」
「うそ! この人、さっきわたしの前で認めたの、ぜんぶ自分がやったんだって」
「ニンゲンのいうことなど、だれが信じるものか」
笑みさえ浮かべて、シューケルトが吐き捨てる。
くやしい。
……でも、くやしいけど、こうなることはわかってた。わたしは、ポケットから携帯電話を取り出す。
「証拠だってある」
もともと、証拠をつかみたくて動いたんだもん。そのために、ちゃんと持ってきていた。
再生ボタンを押す。
もちろん、音量最大だ。
「認めるんだ、あなたがやったってこと」
携帯電話から、わたしの声。視線が一気に集中して、そのなかでお兄ちゃんだけが、ガッツポーズをとる。
「当然だ。愚かな前王と王妃を殺し、姫に毒を盛るという偉業、私以外に、だれが為せるだろう」
まぎれもなく、シューケルトの声。
わたしは、にやりと笑った。
「これでも?」
シューケルトの顔が真っ赤になる。勝った。いくらいい逃れしたって、そんな顔したらもうそっちの負けだ。
「な、なんだ、そんなもの! 忌々(いま)しい! ニンゲンの陰謀だ!」
取り澄ました口調はどこかにいっちゃって、必死に声をあげる。その様子を、ティーアとアラーグが、じっと見ている。
「陰謀? あれさ、いくらでも録音と再生ができるよ。いまここでオレがしゃべったやつ録音して、聞かせてやったら納得すんの?」
お兄ちゃんの言葉が追い打ちをかける。
シューケルトは、くちびるをかんで、それから急にティーアを怒鳴りつけた。
「なにをしている! ニンゲンがいるのだぞ! 貴様は警護隊の隊長だろう! 早く捕らえないか!」
「……シューケルト様……」
ティーアは首を左右に振った。
わたしから見ても、もう、こっけいなぐらいだった、いまさら権力を振りかざしてる。
「できません」
きっぱりと、ティーアが断る。シューケルトは、わなわなと震え出す。
「ほんとうなのですか、シューケルト様」
アラーグが、かすれるような声でつぶやいた。神官はみんなワルモノかと思ってたけど、そういうわけじゃないみたいだ。
けど、シューケルトは答えない。
「なぜ、ラ・ディオス様のお言葉に逆らうようなまねを……!」
「まだそんなことをいっているのか」
急に、シューケルトの顔が変わった。
もういいのがれができないって、気づいたのかもしれない。なんだか冷え切ったような顔。
すがるような目をしているアラーグと、睨みつけてるわたしたちと、毅然としているプティとを、順に見た。
それから、笑った。
奇妙に顔の筋肉がゆがんだ、おかしな笑みだ。
「……この国は、まちがっている。愚か者どもの集まりだ。信じることこそが美しいと思っている。変わらないことこそに至上の喜びを感じている。……なんと、愚かな」
おどろいたことに、それは、わたしがプティに投げつけた言葉と似ていた。
「それは、つまり、なにもかもを他にゆだね、あきらめるということなのだと、なぜ気づかない」
静かな怒りを含んだ声だ。だれも、なにもいえない。黙って聞いている。
「ラ・ディオスだと? だれか、実際に会ったことがあるのか。だれか、本当に救われたのか。最高位の神官のみが、その声を聞くことができるとされているが……それこそが虚実だ。前任が急逝し、私が最高位になり、最初の儀式──声など聞こえなかった。聞こえなかったのだ……いくら儀式をくり返しても、いくら耳を傾けても、声など、一度も! あのときの絶望がわかるか! 信じていた、ずっと信じてきたものに裏切られた、あの絶望がわかるか!」
投げかけた問いに、答える声はなかった。
しん、とした沈黙。
このひとのことはぜったいに許せないけど……でも、そうか、このひとだって、傷ついたんだ。
この世界がおかしいっていうのは、やっぱり本当なんだ。
「だが、だれもが私に声を求めた。ラ・ディオス様のお声はと、口を開けば、そればかり。私は、聞いてもいない、ありもしない声を告げた。──するとどうだ? だれひとりとしてうたがわない。なんの疑問も持たない」
だんだんと、声が枯れていくようだった。シューケルトは、大きく、息を吐き出した。
「……私は悟ったのだ。理解したのだ。この国の愚かさを。これは、果たして本当に、私の責なのか」
やっぱりだれも答えない。
プティが、ぎゅっと唇を噛んでいる。ハゼは泣きそうな顔をしていて、ティーアは怒ったような顔。
でもそのなかで、お兄ちゃんだけが、口をはさんだ。
「そりゃそうだろ」
その声は、めずらしく、本気で怒ってるみたいだった。
「悪いことは、悪いことだろ。そんなの、こどもでも知ってる」
シューケルトは黙った。そして、それ以上、言葉はなかった。
……うん、お兄ちゃんのいってること、わかる。そりゃ、いろいろおかしくて、まちがってるけど……
だからって、ひとをだましていいってことにはならない。殺す理由にはならない。
「わたくしの責でもあります」
静かに、プティがいった。
「プティ様!」
「いいのです、ティーア。立たせてください、ひとりで」
プティは、瞳を閉じて、静かに深呼吸をした。だれの手も借りず、まっすぐ、背筋を伸ばして立つ。
ゆっくり、ゆっくりと、シューケルトの前まで、歩を進める。
「変えましょう。この国を、この世界を。わたくしは、すべてを知っているのに、動かなかった。変えようとしている小さな動きにも、耳を傾けなかった」
そうして、そっとハゼを見る。……どういうこと?
それから今度は、わたしと、お兄ちゃんを見る。
「友人に背中を押してもらわなければ、なにもできなかったこと、恥ずかしく思います。責は、わたくしも同じです」
プティは、シューケルトに、右手を差し出した。
おどろいたように、シューケルトが顔を上げる。
「あなたのしたことを、許す日はこないでしょう。けれど、わたくしも、愚かでした。この世界を変えていく、手助けをしてくれますね?」
……それって結局、許すってこと?
プティのパパとママを殺したのに? プティだって殺されるところだったのに?
まるで理解できなかった。けど、それが……この世界なのかもしれない。
やっぱり、わたしにはわからない。
「変えられるはずがない」
シューケルトはうめいた。知っているからこその、言葉だ。
でもプティは、首を左右に振った。
「そうかもしれません。けれど、だから動かないというのは……もう、おしまいにしましょう」
シューケルトは、言葉を返すことはなかった。
ずいぶん長い時間をかけて、やっと右手を持ち上げる。そうして、その手を握り返した。