未来へ
【未来へ】 担当 空
あれから、数日が経った。
ハゼの薬の効果もあってか、プティはぐんぐん良くなっていった。気持ちの問題もあったんだろうって本人はいってたけど。
ラ・ディオスとか、神官がどうのとか、そういうのがなくなったわけじゃない。っつーか、廃止はしないらしい。ただ、その、なにもかも神様のいうとおり! っていう考え方を、少しずつ変えていくんだそうだ。それには、なんだかんだいって信頼されてきたシューケルトっておっさんのがんばりが必要ってことらしい。
それから、これは当然だけど、病気になったら城に来るっていうのはなくなった。これからは各地に病院を作る方針みたいだ。ただ、これこそ人々の考え方を根底から変えなきゃなんないし、薬とかの知識があるのもハゼだけだしってことで、そうとう大変な道のりになるのはまちがいない。
まあ、オレには関係ない。
オレとはちがう世界の話だ。
「……あんたさ、ぜんぶ知ってたろ」
桜とティーアは買い物、ハゼは忙しくかけずりまわってて、プティの部屋には、オレとプティだけだ。
いい機会だから、聞いてみた。
「なにをですか?」
すっとぼけてるってわけでもないみたいだ。オレは、ちょっとむっとしてプティを見る。
「この世界には、ニンゲンが、もういないってことだよ。そうじゃなきゃ、やっぱり、ティーアにオレらの話を聞いたときに、異世界から来たって思うとかって、おかしいだろ」
こたえずに、プティは笑顔を見せる。……知ってたって顔だ。
そう、オレが壁の向こうで知ったこと。
この世界のニンゲンは、もうずっと昔に、絶滅していたらしい。
そもそも、ビースルっていうのは、ニンゲンの実験のひとつとして誕生した。ヒトとケモノをかけ合わせたら、どんな生物ができるか──成功例がここに暮らしてるビースル、失敗例があの化け物、ペルティスってやつらしい。
王族ってのは、そのなかの希少種で、ふしぎな能力を持ってたってことで自然と崇められていったみたいだ。だからプティだけ、耳がちがうのな。
ニンゲンは、実験の一環として、ビースルに土地の一部を与えた。居住区を壁で囲って、ビースルもペルティスもぜんぶ放り込んで、どう進化していくかを長年にわたって観察してた。その一方で、進化を求めるあまりに自分たちのからだに改良を重ね、病気になって困るなら病気にならないようにしよう、と単純な思考でからだをどんどん機械化……やがて子孫ができなくなって絶滅。
よくわかんないけど、そういうことらしい。
ハゼのいってたニンゲンの歴史と、そんなにちがってるわけじゃないから、きっと絶滅するまではそれなりに交流もあったりしたんだろう。
オレは、このことを、ハゼたちにいうつもりはない。最初はショックだったけど……けど、結局、関係ないんだ。
歴史がどうだったかなんて。こいつらは、ここでこうして、生きてるんだから。
「実は、ヒミツが、もうひとつ」
そういって、プティはいたずらっぽく笑った。なんだか初めて、こいつが桜と同じ歳だって納得できるような、そういう笑顔だ。
「ヒミツ……?」
「ただいまー! お菓子たくさん買っちゃった!」
桜とティーアが、部屋に入ってきた。どういうわけか、ハゼもいっしょだ。城の外で合流したらしい。
「ね、プティ、もういろんなもの食べられるでしょ? これとかどう?」
ハイテンションで、桜がベッドの上にパンやら菓子やらを並べていく。荷物を持たされていたらしいハゼが、よろめきながら袋を下ろした。
「サクラ、嬉しいですが、いっしょに食べることはできません」
プティは、そういって微笑んだ。からだを起こし、両手を広げる。母さんが、まだ小さな桜を抱っこするときみたいな仕草だ。
「え? なに?」
困惑しながらも、桜がプティの腕のなかにおさまる。プティは、ぎゅっと桜を抱きしめた。
「ありがとうございます、サクラ。サクラは、いつまでも、わたくしのいちばんの友人です」
「やだ、どうしたの。照れるなあ」
桜が顔を赤くしながら、頬をかく。プティは今度は、オレに右手を差し出した。
「ソラも、ありがとうございます。わたくしも、ソラみたいな兄様が欲しかった」
「……おう」
なんだってんだ、急に。でもまあ、悪い気はしない。ぎゅっと握手を交わす。
「ティーア、ハゼ」
プティが、静かに二人の名を呼んだ。
ティーアとハゼが、顔を強ばらせる。
「……帰すのですか」
ティーアがつぶやいた。……帰す?
「扉を開いて、来てくれたのがあなたたちで良かった。本当は……変わらなければと思っていたのだと思います、心のどこかで。ありがとうございました。たくさん、本当にたくさん、助けていただきました。──でも、楽しい時間は、おしまいです。これ以上、お二人に甘えるわけにはいきません」
「え? どういうこと? ……プティ、まさか」
桜の言葉に、プティは微笑んだ。──そういうことか!
考えてみれば、こっちの世界に来て最初にティーアに見つかるっていうのも、すごい確率だ。自分のところに連れてこさせるつもりで、わざとそうなるようにしたんだとしたら、納得できる。
なにが、わたくしにも力が備わってるのかもしれない、だ! こいつ……!
「知ってたな?」
睨みつけると、ハゼはあわてて手を振った。
「少し前に聞いただけだよ! だから心配しないで欲しいって。……でも、そっか、帰っちゃうんだね」
ハゼが、へらっと笑った。むりやり笑ったみたいだ。目がもう赤い。こいつ、男のくせに、泣き虫なんだよな。
「君たちに会えてよかった。ずっと、忘れないよ」
「な、泣かないでよハゼ! なんで泣くの?」
そういってる桜も、泣きそうになってる。
ぐいと、手を引かれた。オレと桜が引っ張られて、二人いっぺんに、ティーアに抱きしめられていた。
「また、いつでも来い」
一言だ。
なんだかその一言に、変に胸が熱くなる。
「……うん」
もう来ないとわかってるけど、でもティーアだってきっとわかってる。
それでも、オレと桜はうなずいた。
「ティーアのシチューも、ハゼのパンも、おいしかったよ。プティとお話しするの、すごくすごく楽しかった。わたし、最初は……」
桜の声が涙声になる。かんべんしてくれ。
オレにまでうつりそうだ。
「わたし、最初はね、すごくこわくて不安だったけど……でも、来て、良かったあ」
とうとう声をあげて泣き出した。たのむから、泣かないで欲しいのに。
「ほら、お兄ちゃんも!」
泣きながら背中を押される。なにをいえってんだ……
見ると、そこにいる全員が目を赤くして、こっちを見てた。オレは、ちょっとだけ上を向いた。
下を向いたら、オレの目からもなんかこぼれそうだ。
「……うん、楽しかった、と思う」
そんなことしかいえなかった。でもたぶん、これでいい。
プティは、ベッドから降りると、ドレスの裾を直すようにして背筋を伸ばした。まるで鳥が羽を広げるみたいに、両手を伸ばす。
いつのまにか、オレと桜のからだが、浮いていた。桜があわてて手をのばしてきて、オレはそれをつかむ。
ハゼとプティと、ティーアが、どんどん下になる。オレと桜は、壁も天井もおかまいなしに、どんどん上へ上へと浮いていく。
「ありがとう、最高の友人たち──!」
プティの声が遠くに聞こえて、下から一気に風が吹いた。ものすごい勢いで、持ち上げられる。
「お、お兄ちゃん!」
「すげえ……!」
下に広がっているのは、ハゼたちの世界。
たくさんの木々、川、湖、家、城──数え切れないたくさんのものが、たくさんのひとが生きてる証拠が、どんどん小さくなっていく。
「きれい!」
桜が叫んだ。
きれいだった。
壁の向こう側で、画面で見た世界よりもずっと。
この世界は、こんなにも、きれいだ。
「あっ」
桜の声で、オレは上を見た。
細長い丸が、口を開けて待っている。
手を伸ばし、オレたちはそのなかに吸い込まれていく──
***
「……ぶ? だいじょうぶ?」
オレは、目を開けた。
なにが起こったのかわからない。頭が、ぼんやりとする。
白いジャージを着た女の人が、オレの顔をのぞき込んでいる。
「転んじゃったのかな? 平気?」
オレは、うつぶせに倒れていた。あわててからだを起こす。
横に転がっていた桜が、寝起きみたいにからだを伸ばす。目をこすって、それからきょろきょろとまわりを見た。
「……あれ?」
きょとん、してる。それはそうだ、オレだってなにがなんだかわからない。
ぼんやりとした頭をむりやり起こすように、思い切り横に振った。それから、自分の目に見えているものを、しっかりと認識する。
すぐとなりには、ベンチ。
その反対側には、テニスコート。
テニスコートのなかに、白いジャージの女の人たち。オレに声をかけてくれた人も、そのなかに戻っていく。
公園だ。
服もカバンも、そのままだ。
「お姉さん!」
桜が勢いよく立ち上がり、テニスコートに向かって呼びかけた。
「今日って、何日ですか?」
「えっとー……七日かな?」
七日──。
オレも立ち上がって、声を張り上げる。
「何年何月の七日っ?」
女の人はふしぎそうな顔をしたけど、ちゃんと答えてくれた。
「二〇××年、五月七日よ。どうかしたの?」
オレと桜は、顔を見合わせた。
両手を握り合って、にんまり笑う。
「帰ってきた!」
「帰ってきた──!」
人目なんか気にせずに、力いっぱい叫んだ。何度もジャンプして、二人してぐるぐるまわる。
帰ってきたんだ、しかも、最高の形で!
「ねえ、すぐにうちに帰ろう!」
真っ赤な顔をして、桜がそう提案してくる。おう、とうなずきかけて──
──ちょっと、考えた。
「どうしたの? 帰ろうよ」
「いや、まだ帰らない」
オレはいった。強い意志を込めて。桜が、不満そうな声をあげる。
「なんで、じゃあ、どこ行くの! やだよう、帰ろう!」
オレは、桜をにらむようにして見た。
こいつ、忘れてるんだろうか。あれだけうるさかったのに。
「ばっか、今日は塾だろ。走れば間に合う。行くぞ!」
「ええーっ?」
悲鳴をあげる桜の手をつかんで、オレは走り出した。
遠い向こうの空が赤い。これは、オレたちの空だ。
立ち止まっているわけにはいかない。
オレにだって、ここで、できることがあるはずなんだから。
【おわりに】 担当 桜
これで、わたしたちの記録はおしまいです。
最初はわたしが書いたんだから、最後はお兄ちゃんが書いてよっていったんだけど、どうしてもやだって断られちゃった。三回も頼んだのに。
これを読んでいるのが、未来のわたしか、お兄ちゃんか、それともぜんぜん知らないだれかか──それはわからないけど、ええと、ひとつだけ、メッセージ。
どうか、忘れないでね。
あなたが覚えていてくれたなら、きっとわたしたちの記憶だって、色あせないと思うから。
ああ、なんだか、もったいないな。
これで終わっちゃうのかな。
もしも、これを読んでいるだれかが、プティやハゼや、ティーアに会うことがあったら、わたしたちのこと伝えてね。
とっても楽しかったよ。
ずっと忘れないよ。
大好きだよって。
最後に……
読んでくれて、どうもありがとう。
またね!
読んでいただき、ありがとうございました。
こどもが主役ということで、私の中ではだいぶ異色ですが、楽しんで執筆しました。
よろしければ、ご意見ご感想等、いただけると幸いです。