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エピローグでどんな話してんだよ、というエピローグ

 あの高崎退学未遂事件から日曜日を挟み、週明けの月曜日。担任のHRを聞き流して放課のチャイムだけ聞いた俺は、カバンを持って席を立つと一人で廊下に出た。……ん? 楓? 実は今朝、ついに女の子特有のアレが来てしまったらしくて、あまりの痛さに今日は寮室で休んでいる。欠席理由は、さすがに生理痛とは言えないので、風邪ということにしてあるが。

 廊下に出ると、ドアのすぐ前で高崎が待っていた。

「……どうした? 高崎が待ってるなんて珍しいな」

 学校内でも多少話すようにはなったが、こうやって廊下で落ち合って一緒に部活に行くというのは今までなかった気がする。

「あっ、ああ。その……前橋に、言いたいことがあってな……今日は一緒に部活に行ってもいいか?」

「そりゃもちろん」

 断る理由などなにもないので、二人で並んで剣道場へ向けて歩き出す。

「……そういや、桐生は? お前ら、いつも一緒だろ?」

「あー……楓は生理痛で休んでる」

 周りに聞かれないように声量を落として答える。

「……ああ、元が男の桐生でも来るのか、アレ。すごいな、女体化。吉岡は本当にとんでもないもんを作り出したな……って、それはどうでもいいんだ。アイツは大丈夫なのか?」

「まあ、多分? 生理用品の備えがないせいでそこら中血まみれだった気がするが、きっと大丈夫だ」

「いやいや全然大丈夫じゃねえよ! ナプキンとかタン○ンとか買って来いよ!」

「……俺が?」

「……ごめん。ちょっと無茶言った」

 一応購買にも売っているのは確認したが、間違いなく先生用だろうし、そもそも男子が生理用品を買うのは怪しすぎる。ましてやここは男子校だし、「彼女に頼まれて」みたいな最終手段も使えない。

「……し、仕方ない、とりあえずあたしの部屋にあるやつをあげる」

「……いいのか?」

「……確かに少し恥ずかしいのはあるけど、この学校入ってからしばらくは買いに行けないと思ってたからそれなりに備蓄はあるし、桐生のピンチだし、前橋たちの部屋が血まみれになっても困るからな。……でも、あたしの部屋から減った分の補充には付き合えよな」

「……俺が? 生理用品を買いに行くのに付き合う?」

 なにその地獄みたいなイベント。

「そ、そうだよっ。……だって、学校内じゃ買えないから外に出て買わなきゃだし、そのためには男の格好して学校の外に出て、どっかで女子の服に着替えて薬局とかその辺に行く……っていう苦行をこなさなきゃいけないんだぞ? 一人でできるかっ」

「……藤岡先生とかに頼んで購買で買ってきてもらうっていうのは?」

「…………あ」

 その手があったか、みたいな顔した。……気付いてなかったのかよ。

「な、なら、桐生の生理用品も藤岡先生に買いに行ってもらえばいいのか。あたしが桐生にあげる必要はなかったなっ」

「……そうだな」

 顔をほんのり赤く染めて恥ずかしそうにしながらまくしたてるように言う高崎をちょっと可愛いなとか思いつつ、楓にメールをする。

『ナプキンとタ○ポン、どっちがいい?』

『断固ナプキン』

 わずか五秒で力強い返信が返ってきた。……まあ気持ちはわからなくもない。あとで藤岡先生にナプキンを買ってきてもらうように頼むか。

「……まあ、楓のアノ日の話はこれくらいにして。俺になにか言いたいことがあったんじゃなかったのか?」

「あっ……そ、そうだった……」

 俺が話を振った瞬間、高崎は先程以上に頬を赤く染めた。……そんなに恥ずかしい話なのか。

「……え、えっと、その………こっ、この間は本当にありがとうっ‼」

 言いながら、高崎は腰をピシッと九十度に折った。この間……ってああ、高崎退学未遂事件のことか。

「気にすんなよ。俺は言いたいこと言って、自分の守りたいもの守ろうとしただけだ」

 言っている途中で少し恥ずかしくなって、視線を明後日の方向へ逸らす。

「……そっか。でも、それでもありがとう、前橋」

 ちゅっ、と。あらぬ方向を向いたままの俺の無防備な頬に、なにか柔らかいものが触れた。

「おっ、おま……! こ、こんな往来でなにやってんだよ! とんでもない誤解が第三宇宙速度で学校中に散布されていくだろ⁉」

※前橋君は少し動揺しています。

「あははっ、俺は別に構わないよ!」

「俺が構うわっ!」

 明日からホモ扱いとか、それはマジで困るって。男子校でその誤解はマジで致命的だから。俺は普通に女の子の方が好きだって。

「ほらっ、さっさと剣道場行くぞー!」

「あっ、待てこの野郎!」

 昇降口の方へ走っていく高崎を、俺も全力で追いかける。

 それなりに昇降口から離れたところにある剣道場に着く頃には、二人揃って息も絶え絶えだった。

「……えっと、どうしたの? 二人とも」

 剣道場で出迎えてくれた館林が、汗だくの俺たちを見て首を捻る。

「……だ、だって………ぜえっ……高崎が、逃げるから……」

 エリート帰宅部を長距離全力疾走させるんじゃない。

「……前橋がっ……ぜえっ、ぜえ………追いかけて、くるからだろ……」

「………えっと……あっ、そういえば桐生君は?」

 返答に困った館林が話を変える。その質問はさっき高崎にもされたな」

「……生理痛で、ぜえ、休んでる………」

「あ、桐生君にもくるんだ……って言うか、二人とも息あがりすぎじゃない?」

 俺は運動経験ゼロなんだから仕方ないだろ……むしろ、実家が空手道場なのにこの程度で息があがっている高崎の方がやばいんじゃないか。

「いや、あたしのは疲れたフリだ。いやー、エリート帰宅部に合わせるのも大変だな」

「おまっ、ざけんなっ! ……あ、今ので残ってた体力使い切った………」

 ……そろそろ、真面目に体力を付けようかな。今後も高崎たちと付き合っていくなら、多少は必要かもしれないし。……まあ、今日みたいな突発的追いかけっこはそうそうないとは思うが。

「……さて。今日の部活はどうしようか? 桐生君もいないみたいだし、あんまり三人で遊んでもアレかなー、って思うんだけど……」

 体力の尽きて喋れない俺をよそに、本日の部活の内容を決める会議がスタートする。

「確かになー……せっかくだし、桐生のお見舞いでも行くか?」

「あっ、それいいね! じゃあ、さっそく四一一号室に行こっか」

「だな。……で、そこの屍どうする?」

「うーん……置いてく?」

「そうだな」

 置いていくな! って叫びたいけど声が出ない! そうやって俺がもだえているうちに、アイツらは本当に俺を置いて出ていってしまった。………おいおい、マジかよ……。

「……えっと~、これはどういう状況~?」

 そんなときに現れたのは、いつもおっとり藤岡先生だった。

「……実は今日、楓が生理痛で休みまして……今日の部活はそれのお見舞いに行こうって話になったんですが、HPが切れていた俺が置いていかれました」

 かろうじて回復した言語機能を使って藤岡先生に状況を説明する。

「……最後の部分以外はよくわかったわ~。えっと~、それじゃあ前橋くんも桐生くんのお見舞いに行くの~?」

「……HPが回復し次第」

「じゃあ~、今日はもう剣道場は使わないのね~。施錠しちゃって大丈夫かしら~」

「……俺が出た後なら、大丈夫だと思いますよ」

 剣道場に閉じ込められる展開とかは勘弁願いたいので、そう付け加える。

「さすがにわかってるわよ~。それで。その~。えいちぴー回復? にはあとどれくらいかかりそう?」

「……もうしばらく………あっと、それでですね。先生にはその間にお願いしたいことがありまして」

 楓の生理用品の件をお願いすると、先生は快く引き受けてくれた。

「そういうことならまかせて~。確かに、みんなが買いに行くわけにはいかないもんね~」

 そう言って購買に向かった先生が再び剣道場に戻ってくる頃には、俺のHPもほぼ回復していた。

「買ってきたよ~。はいこれ~、桐生くんに届けてあげてね~」

「ありがとうございます、先生」

「いえいえ~。これくらいで良ければ、いつでも頼ってね~」

 剣道場を施錠した先生と別れると、俺は少し足早に寮へと向かう。生理用品の入ったビニール袋を提げているこの状況から早く解放されたいからだ。万一中身を見られてしまたら俺は変態だし。

 そうやって大急ぎで自分の寮室まで戻ってくると、高崎と館林が俺たちの部屋の前でボーっと突っ立っていた。

「……お前ら、なにしてんの?」

「あっ、前橋君。思ったより早かったね」

「……喧嘩なら買うぞ?」

「ご、ごめんごめん。置いてったのは悪かったって」

「……まあ、いいけど。で、なにしてんの?」

「あ、いや……当然といえば当然なんだけど、部屋に鍵かかってるでしょ?」

「……まあ、そりゃそうだな」

 特に楓という嫁がいるうちの部屋は戸締りにも厳しい。

「で、私たちは鍵持ってないから、中から桐生君に開けてもらうしかないわけだけど……今の桐生君はほら、アレな訳でしょ? だから、わざわざ鍵を開けてもらうのも申し訳ないかなー、って」

「だから、前橋が来るのを待ってた、ってわけだ」

「………なるほどな」

 俺を迎えに来るという発想はなかったわけか。そうかそうか。……まあ、別にいいけどねっ!

「……ほら、開いたぞ」

 自分の持っていた鍵で部屋のドアを開錠し、二人に中に入るよう促す。

「「お、おじゃましまーす」」

「ただいまー」

 それぞれに声をかけつつ、部屋の中に入る。廊下やダイニングには、学校に来る前に一応ふき取ったはずだったが、またあちこちに新たな鮮血が付着していた。多分、昼飯とかトイレとかで動いたときに着いたんだろう。今は……多分、自室だな。血を拭く作業は二人に任せて、俺は先生が買ってきたものを届けるべく楓の自室に突入する。

「楓―、注文の品を持ってきたぞー」

「……注文した覚えはないんだが……まあ、ありがとう」

 俺の差し出した袋を受け取る楓の様子は、今朝ほど辛そうではなかった。

「多少はマシになったか?」

「……まあ、今朝よりはな。……まったく、こんな痛みはできれば経験したくなかったな……これが月一でくるって、女子は凄いわ」

「………あそう」

 言いながら、俺が渡したブツを装着したらしい(もちろん目を逸らしてましたよ?)楓が立ち上がる。

「歩けそうか?」

「ああ。それくらいは全然平気だ」

 そう言う楓と共にダイニングの方に戻ると、廊下もダイニングもすっかり綺麗になっていた。

「悪いな、掃除頼んじゃって」

「いいっていいって、こういうのはお互い様だよ。それより前橋君たち、今日の夜ご飯はどうするの? さっき少し冷蔵庫を除いたら、あんまり中身入ってなかったけど」

「あー……本当は、今日買いに行く予定だったんだ」

 館林の疑問に楓がそう答える。それは俺も初耳だったな。……ってあれ? これってもしかして、今日の夕飯及び明日の朝食の材料がないってこと……? 俺たちの胃袋、ピンチ?

「今からでも買いに行きたいけど、さすがに今の状態で外には出たくないし、広人に頼むのは果てしなく不安だし……」

「おいこら」

 お使いくらいできるわっ。

「……よかったらだけど、私が作ろうか? 私たちの部屋には材料余ってるし」

「あ、ホント? じゃあ、ぜひそれで」

 即決だったな、楓。そんなに俺に買い物を任せるのは不安か。

「ああ。だってお前、前塩と砂糖を間違えて買ってきたことあるだろ。袋に思いっきり書いてあるのに」

「「さすがにそれは……」」

「うっ、うるさい! 誰にだって間違いくらいあるだろ!」

「「「間違いってレベルじゃない」」」

「わかってるよっ!」

 アレは我ながらひどかったと思ってるよ反省してるよ! だからもうこれ以上掘り返さないでくれ!

 俺が部屋の隅で膝を抱える後ろで、自分たちの部屋から材料を持ってきたらしい館林が料理を始める。時間的に少々早いような気もしたが……まあ、食べれないよりはましだからいいか。

「あっ、悠輝。あたしも手伝っていいか?」

「「「ゑ」」」

「……なっ、なんだよその反応は」

「「「いや、だって……」」」

 高崎って、確か家事スキルゼロ――

「いっ、いいだろ別に! あたしだって、あたしのためにいろいろ頑張ってくれたみんなにちゃんとお礼がしたいんだよ! それにっ、きちんと悠輝にみてもらうから安全だ!」

「「「……まあ、それなら」」」

「くっそー! 絶対、全員が度肝抜かすようなの作るかんな! 悠輝っ、早く教えて!」

「あっ、う、うん!」

 高崎も加わって、女子二人がキッチンで料理する様子を眺める。時折ちらっと覗く高崎の表情は真剣そのもので、心から俺たちにお礼をしようとしているのが伝わってくる。……まあ、あの様子ならそんなひどいものは出てこないだろう。俺は楓と顔を見合わせると、二人の料理が完成するのを大人しく待った。


「はいっ、完成ー。一応明日の朝も食べられるようにってことで、メニューはカレーだよ。多めに作ったから、明日はそれを温めて食べてね」

「おぉー! さすが館林。すげー美味そうだ」

「…………で、その美味そうなカレーの隣の、この黒いのは……?」

「…………あたしの作った、杏仁豆腐……」

((杏仁豆腐が……黒……⁉))

 一体どんな製造工程をたどればこんなことになるのか。責任者の顔を見てみると。

「………(フイ)」

 見事に目を逸らした。私にはどうしようもなかったとでも言うように。

「……ごっ、ごめんな、結局こんなのしかできなくて。い、嫌なら、無理して食べなくていいからっ」

「「………………」」

 ……女子に涙目でそんなことを言われてしまったら、男に選択肢なんてないじゃないか。

 製作者曰く杏仁豆腐であるらしいその黒いなにかをスプーンですくうと、俺と楓は同時に口の中に入れた。

「「…………⁉」」

 今までの人生で一度も味わったことのないような刺激と衝撃が口の中に広がる。これは……マズイを通り越して痛い! なにこれ劇物なの⁉ 今俺の口の中では一体何が起きてるの⁉

 チラリと隣をうかがうと、楓はピクピクしながら気を失っていた。……確かに、いっそ意識を手放した方が楽なのかもしれない。しかし、しかし! こういう時は、一言アレを言ってからでなければ……。

「……高、崎……うま、かったぜ………(カクリ)」

「いや、そんなバレバレのお世辞なんていらないし! ……っておい、前橋? 前橋⁉」

「たっ、大変葵ちゃん! 桐生君も気を失ってる‼」

「えっ、えええっ⁉ そ、そんなにやばいのか、あたしの杏仁……!」

 慌てる女子二人の声を聞きながら、俺は意識を手放した。


 幼馴染が女体化して、かと思ったら男装して男子校に通う女子二人の正体を知ってしまって、なし崩し的にそんな三人のフォロー役を押し付けられて……。一時は「なんだこのカオスは!」と、いろいろ投げ出したくなったこともあったが……今ではそんなこと絶対に思わない。むしろ誰にもこの場所は渡したくないくらいに思っている。それくらい、今のみんなと過ごす日々は楽しいし、充実している。たとえ手料理で死にかけようが、その気持ちは微塵も揺るがない。

 俺の『男装女子に囲まれたカオス極まりない男子校生活』は、これからもずっと、楽しく賑やかに続いていく。

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