第三話 人生ゲームをする回
カオスなお出かけイベントから一夜明けた月曜日の放課後。今日も俺たち四人は剣道場に集まっている。あのカオスイベントのおかげで少し高崎や館林との距離が縮まった感じもあって、先週よりも少しこの時間を楽しみにしていた。
「あ、そういえば葵ちゃん。今日、教室ではどうだった? 安中君と話した?」
「……ああ。休み時間になる度に話しかけてきて、ちょっと疲れたけどな」
女子二人がそんな会話をしていると、楓がちょいちょいと俺の制服を引っ張ってきた。
「なあ。望と高崎達って、いつの間に話するような仲になったんだ?」
……そういえば、楓には昨日の出来事を伝えていなかった。
「実は昨日、かくかくしかじかでな」
「へ~……って、それじゃ伝わらねえよ⁉」
……おかしいな。漫画や小説ならこれですべて通じるのに。
「これは漫画でも小説でもなく現実だよ! それで伝わるわけないだろ!」
……だって、全部説明するの面倒くさいし……。
「……実は昨日、ショッピングモールで偶然望と会ってな。で、なんだかんだあって二人と望が少し仲良くなったんだ」
「そのなんだかんだの部分が気になるんだが……」
「……あまりにカオスすぎて俺の言語能力では説明できない」
「わかった、後で望に聞く」
「最初からそうしてくれ」
と、そんな俺たちのやり取りをじっと眺める二つの視線に気づく。
「………なんだ?」
「いや、二人のやり取りって、まるで漫才みたいだなー、って思って」
「そうか?」
それは初めて言われたな。
「ああ。なんか息ぴったりって感じだ。芸人になったらどうだ?」
「「ならねーよ」」
「ほらっ、ツッコミも息ぴったり!」
「やっぱり仲いいんだな、二人は」
「「……………」」
指摘されて、二人で顔を見合わせる。確かに、生まれて以来の親友だし、仲がいい自覚はもちろんあるが、こうやって周りから指摘されるのは思った以上に恥ずかしい。楓も同じなのか、頬をほんのり赤くしてふいっと俺から目を逸らした。……お前、そういう萌え仕草はやめろよ……少しドキッとしたじゃないか。
……っていやいや、アイツは男だ、男。女体化はしたが、中身は普通に幼馴染の楓だ。ドキッとしてるんじゃねえ。
「……えっと、今日はなにする?」
脳内で円周率を唱えながら、話題をそらしにかかる。このまま俺と楓の話を続けられたら、開いてはいけない扉が開いてしまいそうだからな。……あ、三・一四以降の円周率わかんねえ……。
「あ、そうだ。昨日部屋でみんなで遊べそうなもの探してたら、こんなの見つけたんだ」
そう言った館林が、通学カバンからごそごそとなにかを取りだす。出てきたのは小さめの箱で、そこには『人生ゲーム~借金王に俺はなる~』という、手書き感満載のふざけたタイトルが書かれていた。
「……なに、これ?」
「なんか、昔行ったどこかの高校の文化祭で売ってた、生徒の手作り人生ゲーム」
……なんでそんなものが部屋にあったんだろう。もっとこう、トランプとかウノとかなかったのか。……でもまあ、せっかく持ってきてくれたわけだし、遊んでみるか。
「……どんなゲームなんだ?」
「えっとね。基本的には普通の人生ゲームなんだけど、マスが全部借金を背負うマスで、ゴールした時の借金総額が一番大きい人が勝ち、ってゲームだよ」
「どこも普通の人生ゲームじゃないんだが⁉」
よくそんなゲームを考えたな、これ作った高校生。
「まあ、とりあえずやってみようぜ前橋。意外と楽しそうだぞ」
「そうだよ広人。食わず嫌いはよくないよ」
「……まあ、いいけど……」
二人してなんでそんなに乗り気なんだろう。……確かに、ちょっと面白そうではあるけど。
というわけで、箱からマップを取りだし、剣道場の床に広げる。駒とルーレットも取りだし、さっそくゲームを始める。順番は座っていた順で、ゲームの持ち主の館林から高崎、俺、楓と回っていく。
「あっ、そうだ。せっかくだし、なんか罰ゲームつけないか?」
一番手の館林がルーレットを回そうとする直前、楓がそんな提案をしてきた。ふむ、確かにそのほうが盛り上がるかもしれないな。
「どんな罰ゲームにするんだ?」
「んー、そうだな……じゃあ、定番の一位が最下位に命令でどうだ?」
……確かに定番だが、女子もいるのにそれでいいんだろうか。……いや別に、勝ったところで変な命令をする気はまったくないけど。
「うん、それでいいよ」
「じゃあ、さっさと始めようぜ」
しかし、女子二人はまったく気にした様子もなくあっさりOKする。……俺、あまり男として見られてないんだろうか。
「や、別にそういうわけじゃなくて……」
「前橋なら変な命令はしない、って思ってるんだよ」
「……そ、そうか」
つまり、俺は信用されているということか。そう言われると悪い気はしないな。その信用は裏切らないようにしなければ。
「……あれ、俺は?」
「桐生は女子だろ?」
「……………」
あ、楓の目が死んだ。
罰ゲームも決まったところで、改めてゲームを開始する。一番手の館林が勢いよくルーレットをまわし、出目は九。
「えっと『妹のおもちゃを壊して弁償。借金五〇〇ドル増加』だって」
「あ、通貨単位ドルなんだな」
日本円にしたら、大体五万円くらいのおもちゃか。……甘やかされてんなー、妹。
次は高崎の番。出目は二。
「『幼稚園の遊具をドライバーで分解して弁償。借金二〇〇ドル増加』……って、どんな子供だよ!」
幼稚園の遊具ってドライバーで分解できるもんなんだろうか……。
その次は俺の番。出目は五。
「『お小遣いを前借。借金一〇〇〇ドル増加』……って、何年分前借してんだ!」
そして十万も前借してなにに使ったんだ、おい。
そして一巡目最後、楓の番。出目は六。
「『学校の窓にうっかり掌底がきまって破壊。借金一五〇〇ドル増加』……って、どんな状況だよ!」
シチュエーションが謎すぎる。うっかりで窓に掌底は当たらねえよ。多分。
一巡目からツッコミ所満載のゲームだった。確かに面白いのは面白いが、終わる頃には全員がツッコみ疲れていそうだ。
さて。今後もこのペースで全部を紹介しているとえらい時間がかかりそうなので、二巡目以降はより激しいツッコミが入ったマス、借金の増加が激しかったマスなどに絞って紹介していく。
二巡目・高崎。『校長先生にうっかり水をぶちまけ、ヅラが発覚してしまう。借金一二〇〇ドル増加』
「え、なに⁉ あたしはなににお金を払ったんだ⁉」
ヅラの弁償代か、あるいはヅラがバレて傷心の校長への慰謝料か。……いずれにせよ、生徒から金をとる時点でクソ野郎だな。
三巡目・館林。『バイトを始めたが、時給以上の皿を割る。借金六〇〇ドル増加』
「割りすぎだよ‼ 向いてないんじゃないかな、そのバイト‼」
即刻辞めるべきだろう。もはやなんのためにバイトしてるのかわからないぞ、それ。
三巡目・俺。『県立高校に受かる予定でした。借金一万ドル増加』
「落ちたんかい!」
私立は金掛かるからな。うちの高校は私立のくせにあまり県立と変わらないが(実はそれがここに入った理由の一つだったりする)。
四巡目・館林。『大学に受かる予定でした。借金二万ドル増加』
「大学も落ちたのっ⁉ っていうか、シリーズ⁉」
この調子だと、そのうち『就職できる予定でした』とかも出てくるぞ、これ。
四巡目・楓。『お気に入りのキャラがまるで出ない。借金五〇〇〇ドル増加』
「ソシャゲ重課金勢かよっ! っつか課金額バカだろ⁉」
まあ、酷いゲームはほんと酷いからな、ガチャ確率。
五巡目・高崎。『この水晶を一日二五時間撫でると福が舞い込むらしい。借金五万ドル増加』
「五百%騙されてんじゃねえかっ‼」
一日は二十五時間もないからな。確実に詐欺に引っかかってるな。
五巡目・楓。『なんで出ねえんだよぉ! 借金一〇〇〇〇ドル増加』
「まだガチャ回してんのかよ! いい加減諦めろよ!」
……いや、そこまで課金しちゃったらむしろ出すまでやめられないんじゃないだろうか。完全にソシャゲの沼にはまってるが。
六巡目・俺。『就職先は向こうからやってくると思っていた。……いや、今も思っている。借金一〇〇〇〇ドル増加』
「学習しねえなコイツ‼」
やっぱりニートかよ。せめて就職する努力くらいしとけよ。
七巡目・館林。『プリンに醤油をかける会社を作る。借金一〇〇〇〇〇ドル増加』
「意味のわからない会社を作らないで⁉ あと、それはウニにはならないから‼」
……ウニになっているかどうかはともかく、俺は嫌いじゃないけどな、あの味。
七巡目・楓。『調子に乗ってハワイで挙式挙げた。借金三〇〇〇〇ドル増加』
「……ハワイ挙式って、意外と日本で挙式挙げるのと変わらないんだな」
「まあ、結婚式にあんまり人を呼ばないなら海外挙式の方が安く済むしな」
「ホントに安いプランなら、ハワイ挙式でも百万前後でできるよ」
……お前ら、高校一年生だよな。なんでそんなに結婚式の費用に詳しいんだ……?
八巡目・高崎。『なんか歌ったら周りの精密機械が全部ダメになった。借金二〇〇〇〇ドル増加』
「どんだけ下手くそなんだよ!」
精密機械に影響が出るレベルって……漫画くらいでしか見たことないぞ。
八巡目・俺。『ゲーセンのパンチングマシンをキックで破壊。借金四〇〇〇〇ドル増加』
「正しい遊び方をしろっ!」
キックに耐えられるようにはできてないんだよ、パンチングマシンは。
九巡目・楓。『そうだ、南極に行こう。借金一〇〇〇〇〇ドル増加』
「そんな京都みたいな感覚で行くところじゃないだろ⁉」
ツアーで行くと二十日くらいかかったりするぞ、南極。思いたって急に行ける場所ではないな。
一〇巡目・館林。『次だ……次のレースは絶対当たるから……。確率的にそろそろだから……。借金八〇〇〇〇ドル増加』
「ギャンブルにドハマりしてる⁉」
見事に罠にはまってるな。負け続けた人の理論だぞ、それ。
一〇巡目・高崎。『あらゆる家電をつけっぱなしで南極に来てしまった。借金三〇〇〇〇ドル増加』
「不注意にもほどがあるっ‼ そして電気代は絶対そんな値段にはならないっ‼」
そして本当に南極に行ったんだな。
一一巡目・俺。『プリンに醤油をかける会社の株が暴落。借金二〇〇〇〇〇ドル増加』
「その意味わかんない会社、まだ倒産してなかったのか⁉」
そしてなんでそんな会社の株持ってたんだよ。絶対上がらねえよ。
一二巡目・楓。『そうだ、宇宙に行こう。借金二五〇〇〇〇ドル増加』
「だからそんなノリで行くところじゃないだろ⁉ 突発的行動が多すぎる‼」
そしてまた、あらゆる家電をつけっぱなしで行くんだな。
一三巡目・館林。『やった……ついにレース当たった……! 借金完済』
「えっ? あ、やった! ……ってこのゲームじゃだめだよ! 私ほぼ負け確定じゃん!」
……そういえばこのゲーム、借金総額が大きい人が勝ちだったな。
一四巡目・高崎。『……あっ、一〇年前に借りたDVD返しに行ってない。借金五〇〇〇〇〇ドル増加』
「いや絶対督促きてんだろ⁉ 一〇年も延滞なんてありえねーよっ‼」
間違いなくブラックリスト入りだな。そして返しに行ったところで今更感がすごい。
一五巡目・俺。『親からクリスマスプレゼントに借金を貰う。借金一五六八〇四〇〇〇ドル増加』
「ハ○テ君かよっ! 確かに借金と言えばかもしれないけど! そして借金の額‼ このマスとまったやつが勝ち確定じゃねえか‼」
最後の最後でゲームバランス無茶苦茶にしやがった。いやまあ、学生が作ったものっぽいと言えばぽいけども。
……という感じで、ゲームは終了。一位は当然俺で、最下位はもちろん館林。一応紹介しておくと、二位が高崎で三位が楓。
「ううっ、まさか終盤にあんな罠があるとは……」
恨めしそうにゴール近くの盤面を見ながら嘆く館林。借金完済したもんな。本来なら嬉しいイベントなはずなのに。
「で、一位は圧倒的な借金額の広人なわけだけど」
「……その表現はやめてくれないか?」
確かに、なにも間違ってはいないんだけどさ。
「悠輝になに命令するんだ?」
……そう言えばそんな罰ゲームがあったっけ。ゲームのインパクトが強すぎてちょっと忘れかけてた。
「……へ、変な命令はしないでよ……?」
瞳を潤ませてそうお願いしてくる館林。いや、それはしないって開始前に言っただろ。二人の信用を裏切るわけにもいかないし。
「うーん、そうだな……」
命令と言われてもなあ…………あっ、そういえば一つ、ずっと館林に聞きたかったことがあったんだ。
「じゃあ、館林の家のしきたりってやつを教えてくれないか?」
本当なら、館林が男装女子だと発覚したその日に、館林の部屋で詳しく聞くはずだった話だ。玄関先でのハプニングのせいでそれどころじゃなくなって、今の今まで忘れていたが。
「……ああ、そういえば説明するって話だったよね。葵ちゃんとのハプニングがあったせいで、今の今まで記憶から抜け落ちてた」
やっぱり館林も忘れていたようだ。
「じゃあ、私の家のしきたりについて説明しよっか。葵ちゃんも桐生君もちゃんと聞いててね。でないと海底に沈むかもしれないから」
「「ゑ……?」」
……そういえば、俺もあの時そう言われた。聞き返したらさらっと流されたから冗談なのかと思ってたが、マジの話なのか。
「まあ、それについてはあとで出てくるから、その時ちゃんと説明するね」
そう言うと、館林はコホンと一つ咳をはさみ、語り始める。
「私の家、館林家は、『館林コーポレーション』っていうとても大きな複合企業を創設して、経営している家なんだ。おじいちゃんのおじいちゃんくらいの代に創設されて、元々は凄く小さな企業だったんだけど、初代社長や二代目社長の経営手腕によって一気に大企業に成長したんだ。もう、二人が手を出した業種がバンバン当たって、当時の勢いは凄かったらしいよ。そして、今の社長は四代目……私のお父さんなんだけど、その頃の勢いには及ばないながらも今なお新しい業種に手を出しては成長を続けているんだ。あ、ちなみに三代目はおじいちゃんね」
……あの人にそんな大企業の社長がつとまったのか……?
「そんな、社長が変わっても次々に業績を伸ばし続けてきた『館林コーポレーション』なんだけど、その理由には初代社長が残した『社長マニュアル』っていうのがあったんだ。そのマニュアルに従うことで、うちの企業は成長し続けてきたわけなんだけど、館林家のしきたりはこのマニュアルをもとに作られたんだ」
ここからいよいよ、館林家のしきたりの話に移る。
「その『社長マニュアル』には五つの項目があって、まず一つ目が『いつまでもジジイがトップにいたら企業は伸びん』でね。これが元になって作られたのが、『現経営者の長男ないし長女の年齢が三五に達したら、経営権はその長男ないし長女に譲る』っていうしきたり」
「……ああ、だから既に館林のお父さんが社長なのか」
あの理事長、社長を辞めるには少し若いんじゃないか、と思っていたんだが、そういうことだったのか。
「そうそう。三年くらい前に交代したんだったかな。その後から、おじいちゃんは『館林コーポレーション』が経営する学校の一つであるこの男子校で理事長をしてるんだ」
「いわゆる天下りってことか」
「あー……確かにかたちだけ見たら天下りに見えるかもしれないけど、実はこれはしきたりに従ってるだけなんだよ」
「「「……どゆこと?」」」
「まあ、順を追って説明するから。『社長マニュアル』の項目の二つ目は『少なくとも学校を一つ以上経営し、人材発掘の場としろ。若く優秀な人材の確保は企業の成長に不可欠だ』っていうやつで、これからできたしきたりが『経営権を次代に譲った者は、『館林コーポレーション』の経営する高等学校、大学等の理事の座に就き、人材発掘に努め、優秀な人材をスカウト、『館林コーポレーション』に引き入れること』っていうもの。だから、おじいちゃんがここの理事長をやってるのは、館林家のしきたりなんだ」
「「「へ~」」」
早めに社長を辞めたと思ったら、今度は学校の理事長やってスカウトすんのか。いつまでたっても老後がやってこないとか、きついな。
……しかし、ここまでの話は館林が男装して男子校に通っていることとはまったく関係がない。いつになったらその話が出てくるんだろう。
「そして次の『社長マニュアル』の項目の三つ目が、私が男装してここに通う理由になったしきたりの元なんだ。その内容は『『館林コーポレーション』経営者たるもの、常に客の視点を持たなければいけない。男性客の視点も、女性客の視点も、両方だ。でなければ伸びる業種を見落とす』っていうものでね。これが元で『『館林コーポレーション』を継ぐ者は、高校の三年間を、長男ならば女装して女子校にて、長女ならば男装して男子校にて過ごし、異性の視点、感覚を身に付けなければいけない』っていう、よくわからないしきたりができちゃったんだ」
……あー、そういう理由なのか。男装して男子校生活することになるしきたりってどんなしきたりだよ、ってずっと思っていたが、それなら少し納得かもしれない。もっと他に方法なかったかな、と思わないでもないが。
「ちなみにこのしきたりには注釈がついてて、『万が一高校生活中に本来の性別が周囲に露見してしまった場合、事実を知った者には秘密保持を誓約してもらい、それが破られた際には海底に沈んでもらうことにする』って書いてあるの。みんな、海底には沈みたくないよね?」
「「「(ブンブンブンブン)!」」」
館林からの恐ろしい一言に、俺たちは全力で首を縦に振った。海底に沈むって話、やっぱり冗談じゃなかったのかよ。確かにこういう時の定番かもしれないが、いざ自分の身に降りかかってみるとマジで怖い。特に俺にはあの悪癖があるわけだし。昨日は奇跡的に発動しなかったが、今日は既に何回か発動している。今後は本当に注意しなければ。
「まあ、そうだよね。だから、私の秘密は絶対に他言無用でお願いね?」
「「「了解です!」」」
そのお願いに逆らう術はなかった。
「なあ、せっかくだし『社長マニュアル』の残り二つの項目も聞いてもいいか?」
秘密をバラさないことを全力で誓った後で、俺はそう切り出した。微妙に五分の三だけってのも中途半端だし、どうせなら残り二つも知りたい。
「あ、うん、いいよ。四つ目はね、『自分に意見できるやつを近くに置け。社長に意見できる人材は貴重だ。昔からの親友とかがベスト』ってやつで、ここからできたしきたりが『経営者に遠慮なく意見できる者を、経営者の秘書とする。昔からの親友などを推奨』だね。それで最後の五つ目が、『社長の配偶者は自由恋愛で選ぶべし。社長を支える伴侶を見合いなんかで決めるのはナンセンス。ほぼ確実にうちの会社狙いだし』で、そこから作られたしきたりが『配偶者は自由恋愛を経て決定するべし。ただし、三〇を過ぎても配偶者が見つからない場合、お見合いもやむなし』って感じ」
「へえ、恋愛は自由なんだ」
館林家みたいな大きな家って、最初から許婚が決まってて、みたいなのがほとんどだと思っていたから、少し意外だ。
「まあ、ね。でも、男装して男子校に通ってる今は恋愛なんて……」
遠い目をする館林。……それもそうか。現在の館林の状況では、ちょっと恋愛は不可能だろう。唯一できそうなのは、館林が本当は女子だと知っている俺くらいか。
「えっ。あ、えと、うっ、うん……そ、そうだね……」
「……………待った、今のなし」
注意しようと決意したすぐ後にこれかよ。誰かこの癖の直し方を早急に教えてくれ。このままだと俺、マジで海底に沈む。
「いやっ、違うんだよ。俺は冷静に現状を分析しただけであって、『お前には俺しかいないんだよ』みたいな、少女漫画に出てくるイケメン野郎が言うような台詞を言ったわけではないんだっ」
「……落ち着け広人。誰もお前がそんなセリフを言うやつだとは思ってない」
「ああ。前橋には似合わなすぎるし。な、悠輝?」
「え? ……あっ、う、うん、そうだねっ! もちろん私も最初からわかってたよ⁉」
「……そんなに俺にイケメン台詞は似合わないか」
「「「うん」」」
一切の躊躇もなしかよ。……まあ、わかってたけどね!