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第二話 パンツを買いに行く回

 週末、日曜日。俺は私服に着替えて、四一一号室のダイニングで二人を待っていた。

 そう、本日はうっかり約束してしまった、男装女子二人と男モノの下着を買いに行くというカオスイベントの当日である。二人は準備ができ次第、四一一号室に来ることになっている。行先は、学校を出て最寄駅から三駅ほど電車に揺られ、さらにそこからバスに揺られた先にある大型ショッピングモール。服屋以外にも本屋やゲームセンター、フードコートなどもあり、学生が休日に買い物がてら遊びに行く場所としては定番のスポットだ。

「……なあ。今からでも遅くないから一緒に行かないか、楓」

 朝食で使用した食器を洗う楓に、昨日から何回目になるかわからない誘いの言葉を投げかける。

「……そんなに行くの嫌なのか?」

 食器をカチャカチャと洗いながら楓が返事をする。

「別に嫌な訳じゃないが……男装した女子二人と男モノの下着を買いに行くという、おそらく人類初のカオスイベントに、俺一人で対処できる自信がないんだ」

「……気持ちはわからないでもないが……でも、そこに俺が加わると、大変遺憾だが男装女子が三人ってことになるぞ」

「……オーウ」

 何それカオスレベル上がってるやん。

「それに俺、あんまり今の状態で外出歩きたくはないな。学校内でさえいつバレるかヒヤヒヤで怖いのに、もっと人の多い外とか無理」

「……それもそうか」

 さすがに外出はハードル高いか。……仕方ない、このハードミッションは俺一人で何とかすることにしよう……。

 コンコンッ

 決意を固めたタイミングで、部屋の扉がノックされた。恐らく高崎と館林だろう。

「……じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃーい。頑張れよー」

 楓からの声援を背に、俺は玄関へと向かう。靴を履き、扉を開けると、やはり高崎と館林がそこにいた。

「お待たせ、前橋君」

「さっさと行こうぜ」

 そう告げる二人の私服姿は、男子とも女子ともとれる微妙なラインだった。男子校の寮から出ていくわけだから、当然男装で、という話だったのだが……まあ、ギリギリ大丈夫なラインか。恐らく服はレディースで、しかしそれを上手いこと組み合わせて男子っぽく見せているという感じ。これは……あれか。下着だけじゃなく、私服に関しても男モノは持っていない、ということか。今後のことも考えて、今日はそっちの方も見ておくべきだろうか。

「ああ。じゃあ行くか」

 今日の行動パターンを頭の中で組み立てつつ、寮の階段を降りて外に出る。無駄に広い私立校の敷地を十分近く歩いて抜け出す。

「この辺を歩くのは久しぶりだなー」

 学校付近の街並みを眺めながら、館林がそんな感想を口にした。

「お、俺も、この街を歩くのは入寮した日以来だな」

 高崎も慣れない一人称を使いながらそう続く。

「二人は休日に外出したりは………できないか」

 言いかけて、途中でついさっきの楓を思い出した。

「うん。余計なリスクを冒したくはないしね」

「それに、必要なものは大抵学校の購買で揃うんだ。外に出る意味はあんまないんだよ」

 あー、何気に優秀だよな、うちの購買。規模がデカくて取扱商品の幅も無駄に広くて、購買というよりもはやスーパーじみてるところあるけど。土日でも開いてるし。

 そんな話をしながらさらに五分ほど歩き、ようやく最寄り駅に辿り着く。ここで問題が発生した。

「……ね、ねえ、前橋君」

 料金表で目的地までの電車賃を確認していると、後ろから館林が服の裾を引っ張ってきた。

「ん? どうした?」

「……電車って、どうやって乗るの?」

「「………………は?」」

 ちょっと質問の意味がよく分からないんだが。

「……えっと、もしかして悠輝、電車乗るの初めてか……?」

「うん。移動は大体車とか飛行機だったし」

((さすがお嬢様……))

 日本で高校生になるまで電車に一度も乗ったことがないって、かなりレアな人種なんじゃないだろうか。

「……えっと、まずはあそこの券売機で切符を買うんだ。今日行く駅は、ここから三つ先のあの駅だから……三二〇円だな」

 高崎が館林に切符の買い方を教える横で、俺も自分の切符を買う。俺もそんなに電車に乗るほうではないので、ICカードは持ってないのだ。

「ここのボタンを押して、お金を入れるんだ」

「へ~。切符ってこうやって買うんだ~」

 隣では高崎のレクチャーが続いていて、館林はその一つ一つを新鮮そうな表情で聞いている。

「そしたら、ここに切符とおつりが出てくるから、それを受け取って今度は改札だ」

 館林が切符とおつりを受け取ったのを確認して、自分もサッと切符を購入した高崎が、今度は館林を改札に先導する。

「ここに、さっき買った切符を入れて、通過した後で切符を受け取るんだ」

 先に改札を通って実演する高崎に続いて、館林がぎこちない動作で改札を抜ける。

「おぉ~! なんか楽しいねっ!」

 お嬢様は初めての電車を満喫しているようだった。


 電車に乗車した後は、初めて見る車窓を高速で流れていく風景にまるで小学生のようにはしゃぐ館林を高崎と二人で抑えつつ、ようやく目的の駅に辿り着く。

「ふ~っ。電車楽しかったね! また乗りたいよ!」

「「いや、帰りも普通に乗るから」」

 電車を降りた後もテンションの高い館林とは対照的に、俺と高崎は既に若干疲れ気味だ。

 改札を出た後は、駅前のバス停からショッピングモール行きのバスに乗り込む。バスも初体験だったらしい館林はここでもテンションが高かった。そしてそのテンションが、目的地に着くと同時に最高潮に達する。

「「で、でかっ!」」

 初めてこのショッピングモールを訪れたらしい二人の最初の感想がこれだ。俺は春先に一度楓と訪れているので二回目だが、それでもやっぱりデカいなと思ってしまう。それくらい、ここのショッピングモールはデカい。端から端まで歩くだけでも十分以上かかってしまう。加えて休日、お昼時ということでかなりの客が訪れているため、うっかりはぐれたりしたら大変だ。

「さて。まずはどの店から行く?」

 今にもどこかに走り出しそうなくらいうずうずしている二人に尋ねる。……これは、俺がしっかりしてないと間違いなく迷子になるな……。

「う~ん、迷うな~。今日の目的を忘れたわけじゃないけど、私はせっかくだからレディース服も見ていきたいなぁ~」

「あ、それあたしも! 部屋の中くらいでしか着れないのはわかってるんだけど、ついつい見たくなるよな」

「そうそう!」

 おい、お前ら素が出てるぞ。幸い周りには聞かれてないっぽいからよかったが、テンション上がりすぎて気が抜けてるな、これは。

「……お前ら、男装してるんだから言動には注意しろよ」

「「……はっ!」」

 俺が小声で注意すると、二人がようやく現実を思い出す。まあ、中身は女子だし、買い物でテンションが上がるのもわかるのだが、周りからは俺たちは男子三人のグループに見えているということを忘れないでほしい。男子三人でレディース服の店に行くとか、とんでもない絵面だから。

「……じゃ、じゃあとりあえず、当初の目的を果たそうか」

「そ、そうだな」

 ということで、まずは目的のアレを買いに行くことになった。


 目的の店は、ショッピングモールの三階にあった。

「……こ、これが、男子のおパンツを売ってる店……!」

「くっ……ま、マジでここに入るのかっ……?」

 大量の男モノの下着を前に、男装女子二人が顔を真っ赤にして動揺する。

「落ち着け。あれはただの布だ」

 このままでは店にも入れないと判断したので、そう声をかけて落ち着かせようとする。

「………前橋君、ランジェリーショップの前でもそのセリフが言える?」

「………ごめんなさい」

 ショップで売られている状態であれ、異性の下着を前にまったく動揺しないというのは少々難易度が高そうだった。

「……でも、今日の目的はこれなわけだし、入らないわけにはいかないよな……」

「葵ちゃ……葵君。そう、だよね。これがないと僕たちの学生生活もピンチなわけだし、それに前橋君もいるから平気、だよね」

 意を決したらしい二人が、俺を見つめてくる。

「……じゃあ、行くか」

 俺を先頭に、後ろから高崎、館林と続いて入店する。

「いらっしゃいませー」

 店員は挨拶をするだけで、こちらに話しかけてきたりはしない。売り物が売り物なだけに、ショップ店員特有のアレはないようだ。まあ、男性店員とパンツの話しても気持ち悪いだけだしな。

「……う、うわ~……」

「……こ、これは……」

 二人は店内をキョロキョロと見回して落ち着かない様子。あっちを見てもパンツ、こっちを見てもパンツで、目のやり場に困っている感じだ。顔も店に入る前以上に赤くなっているし。……店員に怪しまれる前に、さっさと買って退店した方がよさそうだな。

「さっさと買うの決めて会計すれば、すぐにこの店出られるぞ」

「「‼」」

 その一言で、二人の動きがピタッととまった。

「そ、そうかっ。スパッと決めればすぐにこの恥ずかしい空間から出られるんだね!」

「よしっ。そうと決まれば音速で選ぶぜ!」

 さっきまでとはうって変わり、てきぱきとした動作で店頭に並ぶパンツをチェックし始める二人。自由に店内を見回り始めた二人のうち、取り敢えず近くに留まっていた館林の様子をうかがう。

「…う~ん、正直どれでもいいんだけど……でもこれから三年間使うことを考えたら、出来るだけ履き心地がいいほうが……」

 館林は口元に右手を当てて考え込んでいる。……三年使う予定ってことは、もうこの店には来たくないってことか……よっぽど恥ずかしいんだな。

「うわっ、な、なこ、この……すっごく無防備っぽい下着!」

 驚きながら館林が手にしたのは、いわゆるトランクスタイプの下着だった。

「ねえ前橋君、これなにっ⁉」

 振り返りながら俺に尋ねてくる。……えっと、ど、どう答えればいいんだ。

「……えっと、いわゆるトランクスってやつだな。そんで、確か……動きやすかったり、開放感があったりする……らしい」

 以前友人が語っていたのをどうにか思い出して答える。

「解放感よりも不安感しかないよっ! この下着、なにも守ってくれてないよっ! これは私には無理っ!」

 ……確かに、男装している館林としては、トランクスは怖いかもしれない。解放感は不安を煽るだけだろう。

「なら、ボクサーがいいんじゃないか?」

「……ぼくさー? なにそれ?」

 トランクスもボクサーも知らないのか。館林は意外とメンズファッションに疎いのだろうか。……いや、俺もレディースファッションさっぱりだし、大体こんなもんか。

「ボクサーは……例えば、こういう感じの下着だな」

 近くの棚からボクサーパンツを手に取り、館林に見せる。

「これならちゃんと肌にフィットするし、トランクスみたいな不安感は無いと思うぞ。履き心地もいいし」

 かくいう俺もボクサー派。

「へ~……うん、じゃあこれにするっ」

 俺が手渡したボクサーパンツ一枚を手に、レジへ向かおうとする館林。

「待て館林。それは俺が適当に手に取ったやつだから、もっと自分の気に入ったデザインのやつを選べ。あとサイズと値段もちゃんと確認しろ。それから、パンツ一枚で三年間は無謀だ」

「……そ、それもそうだね。この店から早く出たい一心でちょっと焦ってた」

 ちょっとどころではなかったような……まあ、いいか。

「う~ん、サイズと値段はあの辺りがちょうどいいんだけど、デザインは正直なんでもいいんだよね~……。ねえ前橋君、あの辺のやつなら、どれが僕に似合うかな?」

「…………………はい?」

 ……今、女子に似合うボクサーパンツを選べという、おぞましい質問が飛んできた気がするんだが……気のせい、だよな……?

「だっ、だから、僕に似合いそうな下着……選んでよ」

「…………いやいやいやいやいやいや」

 気のせいでは、なかった。なんでこんな、ランジェリーショップでバカップルがやるようなやり取りを、男性用下着店で男装女子とする羽目になっているのか。そしてこれ、はたから見ると薫るBL臭が尋常じゃない気がする。

「……えっと、マジで言ってる……?」

 なんとか回答を拒否したい一心で、もう一度確認を取る。

「……うん。あ、でも、正直僕に似合うかどうかはどうでもいいよ。デザインはほんとに何でもいいし、っというか、恥ずかしすぎてもうこれ以上下着を直視できないから、前橋君に選んでほしいってだけだから」

「…………ああ、なるほど」

 そういうことか。なら最初からそう言ってくれ。真面目に女子に似合うボクサーパンツを問われているのかと思った。尋常じゃない冷や汗かいたわ。

「……何着くらいあればいい?」

「うーん……値段も考えると、四着くらいあればいいかな」

「わかった」

 大量に噴き出た冷や汗を拭いつつ、無難そうなデザインのボクサーパンツを四つほど手に取る。

「こんなもんでいいか?」

「あ、うん。ありがとっ」

 館林は俺が差し出した下着を、直視しないように受け取ろ――うとしたところで、動きがとまった。

「……あの、前橋君。ついでにもうひとつお願いなんだけど……」

「……なに」

 予想はついたが、一応尋ねる。

「お金は払うから、会計してきて!」

 やっぱりそうか。

「それくらいは自分でこなしてくれるとありがたいんだが……」

 さっきから後方でチラチラと俺の方を窺っている高崎の方にも早く駆けつけてやりたいし。

「いや、レジはほんと無理だって! わ、私女の子だよっ? なのに男子の下着持ってレジとか……うぅ、絶対無理!」

 よっぽどその行為が恥ずかしいのか、館林は両手で顔を覆ってうずくまってしまった。

「……そんなにか? 彼氏へのプレゼント用とかだと思って行けばいいだろ?」

「…………じゃあ、前橋君は彼女へのプレゼント用って言って一人で女の子用の下着買える……?」

「…………無理だな」

 そのミッションは難易度が高すぎる。

「じゃあ、今の私の気持ちもわかるよね……?」

「……わかった。俺が買ってくるから先に店出てろ」

「ほんとっ⁉ ありがとう前橋君‼ 恩に着るよ‼」

 告げた瞬間、館林は心底嬉しそうな表情で颯爽と店を出ていった。……そんなにこの店にいるのが恥ずかしかったのか……。

 館林が店を出ていくのを見送ると、俺はレジに行くよりもよりも前に、さきほどからチラチラとこちらを窺っていた高崎の元へ向かう。

「あっ、前橋! 来るのが遅い!」

「いや、仕方ないだろ……」

 お前ら別々に見て回ってるんだから。二人一緒に見ててくれればサポートもしやすかったのに。

「……で、どうしたんだ?」

「あ、そうそう! これ、なんだ⁉」

 そう言って高崎が見せてきたのは、数分前にも見たようなトランクスタイプのパンツ。……お前ら、行動パターン一緒かよ……。ほんと、一緒に行動しててくれればよかったのに。

「それはトランクスってやつだ。動きやすくて解放感があるらしい。館林は「不安感しかないよっ!」って嫌がってたけど」

「そ、そうか……これが、噂のトランクスか……」

 噂のってなんじゃい。

「……で、でも、これなら下着の上からでも穿けそうじゃないか?」

 ……それは、アレか。パンツオンパンツ、ってことか……?

「……お前それ、トイレのときとか面倒じゃないか?」

 その着こなしはどうなんだ、という意見は置いといて、率直に思ったことを告げる。

「お、おまっ……! 女子になに聞いてるんだよ!」

 ……確かに、女子にトイレの話を振るのは少しアレだったか。

「それは悪かった。……でも、パンツオンパンツって正気か?」

「その表現はすごく納得いかないんだが……まあいい。その、割と悪くない案だとあたしは思ってるよ。確かに、この下着が不安感しかないっていう悠輝の意見もわかるけど、あたしからしたらどのタイプであれ男モノの下着一枚しか守るものがないって時点でかなり不安というか……。けど、下にもう一枚穿いてたら安心できるだろ? で、この下着が一番重ね着しやすそうというか……」

「……あー、なるほど」

 ……まあ、安心の得方は人それぞれだもんな。ただでさえ男子校の中で男装して生活するっていう極限の不安の中で過ごしてるわけだし、本人が一番安心できると思えることをさせてやるのがいいのかもしれない。

「……まあ、それで高崎が安心できるならいいんじゃないか? 別に人に見せるような場所でもないし」

「あ、当たり前だ! ……でも、そうか。前橋がそう言ってくれるんなら、あたしはこれにしようかな」

 手に持っていたトランクスに加えて、棚から似たようなタイプのものを三着ほど手に取ると、高崎はそれを俺に向かって差し出してきた。

「か、会計、してきてもらってもいいか? あ、もちろん代金はあとでちゃんと払うけどっ。じ、自分でレジに持っていくのは、ちょっとハードル高い……」

 やっぱり高崎もそうなるよなー。というわけで、合計八着のパンツを手に、レジへと向かう。一瞬店員に『え、そんなに買うの?』みたいな顔をされたので、『何も言うな』みたいな顔を返しておいた。そんな意思疎通が成立したかどうかはわからないが、無事に会計を終えて店の外で待つ二人の元へ向かう。

「ほら、買ってきたぞ。まとめて袋に入れられたから、寮に戻ってから選り分けてくれ」

「ありがとう前橋君! 前橋君がいてくれてホント助かったよ!」

「ホントホント! お礼に昼飯とか奢るぞ!」

「いや、別にいいって。俺は大したことしてないし」

 ここに来る前に思っていたほど、カオスなことにはならなかったし。今のところ大量に冷や汗をかいたくらいか。あとは二人揃って何度も素が出てるが、一応理性は働いているのか小声にはなってるので、バレる心配もなさそうだし。このままいけばそうカオスなことにはならないで、普通にお出かけイベントぐらいで済みそ――

「……あれ、広人くん? こんなところでなにしてるの?」

 ……妙なフラグを立てるんじゃなかった。


 俺たちの前に現れたのは、相変わらず私服姿が女子にしか見えない男の娘、安中望だった。

「へ~。広人くんも買い物に来てたんだ」

 無視するわけにもいかないので、取り敢えずそう説明した。

「ああ。そういう望も買い物か?」

「うん。そろそろ夏モノをチェックしとこうと思って」

「……まだ五月だぞ?」

 今から夏モノとか、ちょっと気が早すぎないか。

「女の子の服は大体こんなもんだよー」

 さらっとレディース服を見に来た宣言する望。視界の端で男装女子二人も小刻みに首を縦に振っているので、望の言うことは本当らしい。ファッションってよくわからん……。

「……ところで、前橋君。そろそろ僕たちに説明してもらってもいいかな?」

「そうそう。そいつ誰だ? 前橋の彼女とかか?」

 望が現れてから少し俺と距離を取っていた二人が、やっぱり望のことが気になったのか再び近づいてくる。いや、彼女て……望は男の娘だぞ………って、そうか、私服の望の性別を見破れるやつは少ないか。

「いやいや、彼女じゃねえよ。コイツは中学からの同級生で、安中望。こんなナリだが、れっきとした男だよ」

「「え」」

「っていうか、高崎と同じクラスだぞ?」

「「……えっ、えええええぇぇぇ⁉」」

 ショッピングモール内に二人の叫び声が響き渡った。何事かと周囲の客の注目を集めているが、軽く放心状態の二人は気付かない。

「……あれ? もしかして高崎くんと館林くん? 広人くんと一緒に買い物に来てたの?」

「……ああ。理事長の要求をクリアする過程で仲良くなってな」

「あ、そうなんだ。じゃあ、楓くんの学生生活は安泰なんだね」

「ああ。心配かけたな」

「いやいや。また二人と三年間一緒に過ごせるようになってよかったよ」

 すぐそばでそんな話をしていても、二人は放心状態のまま。……さすがにそろそろどうにかした方がいいか。

「おーい、二人とも戻ってこーい」

 声をかけつつ、二人の肩を叩く。

「「はっ!」」

 ようやく正気に戻った。

「……ご、ごめん。あまりの衝撃に思考が停止してた」

 まあ、仕方ないと思う。俺も初めて望の私服を見たときは一瞬思考が止まったし。

「……あ、あれが、隣の席の安中……?」

 高崎は毎日制服姿の望を教室で見ている分、より衝撃が大きかったようだ。

「うん。同じクラスの安中望だよ」

「……ま、マジか……」

 高崎は未だに信じられないといった顔をしている。

「望は、いわゆる男の娘ってやつなんだ。女の子っぽい服が好きで、私服は大体こんな感じだが、中身は普通に男子だよ」

「……そ、そうか……」

 一応理解はした、という表情で高崎が頷く。まあ、そのくらいの認識でいいと思う。望について深く考えても無駄だ。そういうものだと思っておくのが楽だぞ。

「それで、広人くんたちはこの後どうするの?」

「んー、とりあえず今日の目的は果たしたんだが、昼飯には少し早いからどうするか迷ってたんだ」

「あ、そうだったんだ。じゃあ、せっかくだしボクの買い物に付き合ってもらってもいいかな?」

「……お前の買い物って、レディースの服だよな」

「うん。実はボクのレーダーが、高崎くんと館林くんにはレディース服が似合うって言っててね。ぜひとも一緒に来てほしいんだっ」

 目を輝かせる望。まあ、女子だからな。似合わないわけはないだろう。

「……どうする? ちなみにこのままついていくと、間違いなく望の着せ替え人形にさせられるぞ」

 昔、望に捕まってレディース服の店に連行された楓が同じような目に遭っていた。

「「行く」」

 一応注意を促したつもりだったが、二人の返答には一切の迷いがなかった。そういえば、レディース服も見たいって言ってたっけ。

「おっ、二人とも女装に興味ありだねっ? これは楽しくなりそうだなーっ!」

 いや、二人は普通に服が見たいだけだと思うが。……まあ、二人の正体を明かすわけにはいかないし、そういうことにしておくか。

 というわけでやってきたのは、同じく三階にあるレディース服の店。男子からすれば入りにくいことこの上ない雰囲気を放つ店なのだが、この手の店に慣れきっている望や、中身は女子の男装した二人は微塵も躊躇せず店内に入って行く。……そういえば今気づいたが、女子みたいな恰好をした男の娘と男装女子二人と共に女モノの服を見に行くって、なんかさっきよりもカオスなことになってないか……?

「ほら広人くんも。こんなとこにいないでさっさと入るよ」

「い、いや俺は――」

「問答無用ー」

 できれば店の外で三人の買い物を待っていたかったのだが、テンションの上がっている望に無理やり引きずり込まれた。

「うわっ、これ可愛いなっ!」

「ホントだー! こういうのがこの夏来るのかなっ?」

「みたいだよーっ。この夏はね――」

 俺の後方で、俺には意味の解らないやり取りが繰り広げられる。男装女子二人は、望の前だから一人称だけは気をつけつつもほぼ素を出してショッピングを楽しんでいる様子で、望も同じ男子(と望は思っている)と女モノの服の話でここまで盛り上がれることが嬉しいのか、いつもよりもテンション高くショッピングを楽しんでいる。一方で俺は、なにが可愛いだの、どれが来るだのとか、そんな会話を延々と聞かされ続け、軽くノイローゼにかかりそうだ。

「あ、ねえねえ広人くんっ、これとこれ、どっちがボクに似合うと思うっ?」

「……んあっ?」

 退屈から半ば眠りかけていたタイミングで、望から声をかけられた。慌てて振り向くと、望が白の服とオレンジの服をそれぞれ両手にかがげていた。……あれか、どっちが似合う? ってやつか。

「……望にはオレンジだな」

 眠りかけていたせいでぼやける視界では服の形状まではよくわからなかったので、色だけで判断して答える。

「あ、やっぱり広人くんもそう思うっ?」

「ああ」

 なんとなくだが、望のイメージカラーはオレンジだ。私服や小物もオレンジ色の物の割合が高い気がする。

「じゃあ、これ試着してみるねっ」

 言うや否や、望はオレンジの服を手に試着室へと消えていく。それを見て、館林と高崎も服を手に試着室へ歩き出す。

「じゃあ、僕たちもちょっと試着してくるねっ」

「前橋はそこで待ってろよ!」

 そんな言葉を残し、二人も試着室に消える。待っていろと言われたので大人しく待つ。でも、この流れってあれだよな。絶対に感想求められるよな……。俺の貧困な語彙力で対応できるだろうか……。

 とか考えているうちに、一番最初に入った望の試着室のカーテンが開く。

「じゃーんっ! ね、改めてどうかなっ?」

 現れた望は、先程俺が選んだオレンジを基調とした服を身に纏った、非常に爽やかな装い。相変わらず、本当に女子にしか見えない。少しサイズが大きかったのか、腰のあたりでトップスの余った裾をキュッと縛っているのも萌えポイントが高い。……って、俺は男子の女装になに萌えとか言ってるんだ。

「ああ、やっぱりオレンジは望によく似合うよ。すごく爽やかでいい感じ」

「ホントっ? じゃあ、今日はこれ買って帰ろうかな~っ」

 望が上機嫌にカーテンの向こうに引っこんでいくのと同時に、今度は館林が入った試着室のカーテンが開いた。

「……え、えっと、どうかなっ? 前橋くん」

 館林は淡く青色がかったワンピースという、かなり涼しげな格好。まさに夏モノという感じだ。これで麦わら帽子でも被ってれば、完全に『避暑地の御令嬢』だ。ノースリーブから突き出す細い両腕のや、服の裾から覗く素足は恐ろしく綺麗で、やっぱり女子なんだなー、と思ってしまう。

「館林にすげー似合ってるよ。どこかのお嬢様っぽい感じもあるし、すごい綺麗だ」

「き、綺麗って……! あ、ああ、ありがとう……っ」

 それだけ言うと、館林は恥ずかしそうにカーテンの向こうに引っこんでしまった。そしてタイミングをはかったかのように、今度は高崎の入った試着室のカーテンが開く。

「……どっ、どうだっ?」

 高崎は、レモン色というのか、薄い黄色を基調とした可愛らしい服に身を包んでいた。なんか勝手なイメージでもう少しボーイッシュなものを想像していたので、正直驚いた。だが、その可愛らしい服も問題なく似合っている。少しサイズが小さいのか、時折チラチラと白いお腹が見え隠れするのがポイント高い。今はさらしで押さえつけられているアレが解放されたら一体どうなってしまうのか。

「イメージしてたのとはちょっと違ったけど、すげー似合ってるよ。マジで可愛い」

「かっ、かわ……っ! お、お世辞はやめろよっ!」

「いや、マジで可愛いって」

「~~~~~‼ 恥ずかしぬっ!」

 すごい勢いで顔を赤くし、カーテンの奥に引っこんでいく高崎。……ふぅ、どうにかファッション用語や褒め言葉のボキャブラリーが貧困な俺でも乗り切れただろうか。もう限界まで語彙力を振り絞ったので、向こうしばらくはこの手のイベントは勘弁してほしいマジで。

 元の服に着替えて出てきた三人は、その服を持ってレジへと向かった。三人とも買っていくらしい。望はともかく、館林と高崎は寮室内くらいでしか着る機会ないんじゃないだろうか。本当に要るのか、それ。

 まあ本人が買うというなら口出しはしなくていいか、と思ったので特に意見はせず、三人が会計を終えるのを店の外で待つ。ほどなくして、三人がやってきた。

「お待たせ―っ。なんかごめんね、思ったより長居しちゃって」

 そう謝ってきたのは館林。いやホントだよ。なんだかんだで二時間くらいあの店にいたじゃんか。とっくにお昼時を過ぎたわ。

「ごめんね広人くん。今回はわりと短く済んだと思ったんだけど」

「あれで⁉」

 二時間で短いほうってどういうこと⁉ 女子の買い物は長いってよく言うが、限度があるだろ‼

「まあ、二時間くらいは普通なんじゃないか?」

「マジかよ……」

 高崎にも肯定された俺は誓う。もう、こいつらと服屋には絶対いかねえ。


 遅くはなったが昼食をとろうということで四人で移動した三階のフードコートは、時間帯のせいもあってかそんなに混んではいなかった。四人掛けのテーブルをあっさり確保し、それぞれが食べたいメニューのある店へ昼食を買いに行く。俺は……あのうどん屋にするか。大盛にしてもそんなに高くないし。

 というわけで、大盛のうどんを注文し、受け取って席に戻る。他の三人は既に買ってきた料理を前に待っている状態だった。俺が一番最後か。

「待たせて悪い。じゃあ、さっそく食べるか」

「うん。じゃあ、いただきま~す!」

「「「いただきます!」」」

 望の号令を合図に、四人で昼食を食べ始める。望はお好み焼き(小)で、館林は半ラーメン、高崎は親子丼(小)というラインナップ。

「……お前ら、それで足りるのか?」

 あまりに量の少ないそれらを前に、尋ねずにはいられなかった。

「ボクは少食だし、これくらいで満腹だよ」

「僕もそんな感じかなー」

「むしろ前橋のが多すぎるんだよ。そんなに腹減ってたのか?」

「まあ、それもあるが……普通男子高校生って、こんなもんじゃないか?」

 料理は大盛がデフォ、みたいな。

「「「……いやいやいやいや」」」

 三人が全力で首を横に振った。……そうだった、この場に普通の男子高校生はいないんだった(望は普通の男子高校生に入りません)。

「それにしても、高崎くんたちにも女装趣味があったなんて驚いたな~」

「「ブッ」」

 昼食中の何気ない会話のようなテンションでぶち込まれた望の言葉に、館林と高崎が同時に吹いた。

「いっ、いや、俺たちは――」

 反射的にバレてはいけない秘密を言いそうになった高崎が、ギリギリでその言葉を呑み込む。

「ま、まあ、あんまり大っぴらにできるような趣味じゃないからね~」

 そしてすぐさま館林からのフォローが入る。まあ、そういう形にしておくのが一番いいか。これなら望の前で多少素が出ても、バレてはいけないとこまでバレる可能性は低くなりそうだし。

「まあ、それもそうか~。まだまだ風当たりは強いもんね~」

「そうそう。だから、学校でも知ってるのは前橋君と桐生君くらいなんだ」

「そっか~。じゃあ、学校ではあんまり女の子の服の話とかしない方がいいのかな」

「そうしてくれるとありがたいかな」

 館林が上手いこと望を誘導していく。これで、二人の女装趣味の話が望より先に広まることはないだろう。

「でもでも、せっかく同好の志だってわかったんだから、もっと仲良くしようよっ。高崎くんなんて席も隣なんだし、普通に雑談くらいならいいよねっ?」

「え? あ、ああ……まあ、雑談くらいなら」

「ホントっ? やったっ!」

 期せずして、高崎に俺たち以外にも学校で話せるヤツができた。これでもしかしたら、高崎のクラスでのぼっち具合も改善されるかもしれない。当初の予定よりもかなりカオスな一日になってしまったが、それなりに収穫も得られたので、結果的にはいい一日だった。……まあ、もうこんなイベントは二度とごめんだがな。

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