第一話 親睦を深める回
理事長の話が終わった後。さっそく理科室に戻って薬の開発だ、と言って楓が文句を言う間もなくさっさと理事長室を出ていってしまった吉岡を除いた残りの五人は、さっそく剣道場にやってきた。
「今まで剣道部が活動していたのは火木の二日だったけど~、今後はみんなのこともあるから平日は毎日部活にするね~」
「ゑ」
藤岡先生の言葉に死にかけた声で返事をしたのは館林。昨日の練習風景を見るに、週二日でも結構きつそうだったが、それが週五日になるとか……心中お察しします。
「あっ、大丈夫よ館林くん。部活は五日にするけど、剣道の練習は今まで通り週二日の予定だから~」
「そうなんですかっ? た、助かった~」
その一言で生き返る館林。つまり、俺たちが集まれるよう毎日剣道場を開放するために、名目上部活が週五になる、ってことか。
「みんなも~、興味があったら練習に参加してもいいのよ~?」
「「「あ、いえ、今のところ大丈夫です」」」
練習風景を知っている俺はもちろん、今の藤岡先生と館林のやり取りで練習のハードさを感じ取った楓と高崎も首を横に振る。青春の記憶がスポ根で埋まるのは、エリート帰宅部的にはマジで勘弁だからな。
「そっか~。でも、参加したくなったらいつでも言ってね~。……さて、それじゃあ~、今日は練習日でもないから私は家庭科準備室に戻ってるね~。何かあったら呼びに来て~」
そう言うと、藤岡先生は剣道場を出ていった。放任というよりは、気を遣ってくれた感じだ。しかし……。
「……えっと、これからどうしようか……?」
「……今後の学生生活についてとか?」
「でもそれ、昨日前橋たちの部屋で話しただろ?」
「だよなー……」
気を遣ってくれた藤岡先生には申し訳ないのだが、俺たちには話すことが特になかった。重要そうなことに関しては既に昨日話し合っているし、こういうことをストレートに言うのもアレだが、俺たち四人は別に仲がいいわけではない。俺と楓は幼馴染だから仲はいいし、同じ男装女子でルームメイトの高崎と館林も昨日の今日でかなり仲良くなっているようだが、俺たち四人となると、別にそうでもない。ただ秘密を共有しているというだけで、数日前までは接点もなかった四人だ。そんな四人だけにされても、話すことがない。
「……とりあえず、昨日話し合ったことについて確認でもしておくか?」
しかし、四人揃って黙ってしまうのも気まずいので、取り敢えずの場つなぎとしてそう提案してみる。
「……そうだね。私たちも危機管理能力が甘いっておじいちゃんに心配されたし、もう一回ちゃんと確認しておこう」
「……そういやそんなこと言われたな」
「高崎、忘れるの早くない……?」
反対意見も出ないようなので、まずは昨日話し合った事項を確認することになった。
「まず、二人の呼び方はそのまま、だな」
俺と楓は、男装女子二人が女子だと判明する前はそれぞれ「高崎」「館林」と呼んでいたが、女子だと判ったからといって呼び方を「高崎さん」とか「館林さん」とかに変えてしまうと間違いなく怪しまれる。俺も楓も男子をさん付けで呼ぶようなキャラではないからな。だから、呼び方は二人が男子だと思っていた時のまま「高崎」「館林」と呼び続けよう、ということになった。
「うん。藤岡先生にもそうお願いしようと思ってたんだけど、さっきも普通に私のこと「館林くん」って呼んでたし、言うまでもないかも」
ほんと、察しのいい先生である。もはやおっとりしているのは喋り方だけなんじゃないだろうか。
「あと、学校であたしに話しかけない、ってことな」
昨日から何度も耳にしている言葉を口にする高崎。確かに、高崎の声は男子と言うには少し高く(元々女子なので当たり前だが)、話し声を聞かれてしまうと怪しまれてしまう可能性もないことはないのだが……。
「……高崎、気にしすぎじゃないか? 男子でも高崎と同じくらい声の高い奴はいるぞ。例えばそこのとか」
俺が楓を指さすと、高崎と館林は微妙な表情になった。
「……いや、桐生は女子だろ?」
……あー、そっか。この二人は女体化前の楓を知らないのか。
「楓は女子になる前からあんな声だぞ」
「……マジかよ」
「てっきり私、女の子になっちゃったせいで声もそんなに高くなっちゃったのかと思ってたんだけど……その声は元々なの?」
「ああ。中学のときからこんな、声変わりに失敗したような声だった」
「「あー……」」
「だからその表現なんなの⁉ なんか二人も納得してるし!」
「つまり、俺が何を言いたいのかというと」
「無視⁉ 俺のこと無視なの⁉」
騒がしい楓は放置し、話を続ける。
「こういう声の男子もいるんだから、高崎が声だけで女子だとバレる可能性はゼロに等しいってことだ。男子校っていう先入観もあるし、『アイツ声高いし、女子なんじゃないか?』なんて疑われることはないと思うぞ」
「うーん……まあ、そうなんだとは思うんだけどさ……」
まあ、絶対とは言えないので、警戒するにこしたことは思うんだが。でもそれだと、高崎は俺たち以外の誰とも話さないまま高校生活を終えることになる。理事長と同意見というのがアレだが、せっかくの高校生活がそれではいくらなんでも酷いだろう。
「この一カ月で高崎が築いてきたキャラもあるし、いきなりクラスメイトと仲良く談笑、なんてことは難しいだろうけどさ。でも、学校内でも俺たちと話すくらいは、してもいいんじゃないか?」
「…………そこまで言うなら、考えなくもない」
「ああ。とりあえずはそれでいい」
それをきっかけに、クラスでのぼっち状態も改善できるかもしれないし。そういえば同じクラスだし、それとなく望に助力を頼んでみようか。
「この二つ以外で昨日話し合ったのだと、お手洗いの場所を間違えないように注意するとか、女子っぽい仕草をあまりしないように注意するってことだけど、これは私たちが自分で注意することだよね」
男子校なんだから男子トイレしかないし、間違えようがないんじゃないかと思ったかもしれないが、うちの学校の場合少し違う。うちの学校は藤岡先生や吉岡を筆頭に、どういうわけか女教師の数が異様に多く、そのため生徒用の男子トイレの隣にはほぼ必ず教員用の女子トイレが併設されているのだ。これに間違えてうっかり入らないように注意する必要がある。
そして女子っぽい仕草に関しては、細かいところだが、意識してやるものではない分無意識のうちに出てしまうことが多いし、人間はそういう部分を見て男女を判定するところがあったりするので、何気に危険なポイントだ。高崎はその声とは裏腹に元から妙に男子っぽい……というか、ストレートに言えば少々がさつな所があり、仕草から本来の性別がバレることはなさそうなのだが、問題は館林だ。声も上手く変えられているし、容姿も違和感なく男子っぽいので、ここだけ見ればバレる心配などなさそうなのだが、いかんせん元がお嬢様、所々でお嬢様然とした所作がにじみ出る。例えば歩き方とか。そして容姿や声がしっかり男子である分、そういった所作が余計に目につき、『実は館林って女子なんじゃ』と思われてしまう可能性がある。なので、実は昨日の話し合いの大半は館林の仕草の矯正に当てられた。俺と楓で必死にあれこれ矯正した結果、かなりマシにはなったが、気を抜くとお嬢様がにじみ出るので注意が必要だ。
「昨日話し合ったのは、これぐらいだったと思うが……他に、学校生活を送る上で注意した方がよさそうな事ってあるか?」
「……そういえば昨日から気になってたんだけど」
俺が話を振ると、無視されたことでしばらく落ち込んでいたらしい楓が口を開いた。
「館林って、俺たちみたいに事情を知ってる人の前だと一人称変わるよな。学校だと「僕」だけど、今は「私」って言うし。バレないように万全を期すなら、ずっと「僕」で固定した方がいいんじゃないか?」
……そういえばそうだな。状況に応じて一人称も変わるし、声も変わっている。俺たちと話してるときは男装モードをオフにしてる、って感じだろうか。
「うん、前橋君の言う通りだよ。今の私が素の私で、学校では男装モードをオンにしてるんだ。一人称と声を変えるのは、そのオンオフのスイッチみたいなものかな。誰も見てないところとか事情を知ってる人の前でもずっと男装モードでいたら疲れちゃうから、こういう時にはしっかりスイッチをオフにして気を抜くんだよ」
確かに、男装モードのときには自分が女子だとバレないように常に周りに気を配っているんだろうから、かなり疲れるだろう。休めるときに休んでおくのは大切なことだ。そして久しぶりの悪癖発動。
「なるほどな……。じゃあ、学校でうっかり「私」って言っちゃうことはないのか」
「うん。私の場合はそこがスイッチだから、間違えることはないと思うよ」
それに、もし間違ってしまったとしても、「私」なら誤魔化しようはある。そういう一人称を使う男子もいるし。問題は……。
「……そっか。あたしも学校で話すなら、一人称変えなきゃか」
そう、高崎である。「あたし」なんて一人称を使う男子は滅多にいないだろう。いてもオネエとかだ。当然一人称は変えなければいけない。
「葵ちゃんは、話し方的には「俺」かな」
「お、おれぇ……? なんか、恥ずかしいな……」
恥ずかしそうに頬をかく高崎。だが、慣れてもらわなければ困る。男装モードという鎧を着て秘密がバレないようにしてきた館林と違い、高崎は誰とも話さないことで秘密を守ってきたタイプだ。学校での会話もほとんど経験がないだろうし、どちらにも慣れないうちは焦って「あたし」が飛び出しかねない。
「……やっぱりあたし、学校では誰とも話さない方がいいんじゃないか……?」
しばらくないと思って油断してたら連続で来やがった。
「いや、そんなことはねーよ。高崎が三年間誰とも話さないで過ごすより、「俺」って一人称に慣れる方が絶対に早い。ただ、慣れてないうちは間違えやすいから慎重に、ってだけの話だ。誰とも話さない方がいいなんてことは絶対にない」
「…………そ、そっか」
自分の悪癖による失言から不安にさせてしまったので真剣にフォローをすると、高崎は赤くなって黙ってしまった。……これは、どういうことなのだろう。相当お怒りってことか……?
「うん、前橋君の言う通りだね。葵ちゃんは、慣れないうちは普段から「俺」って使うようにしてみるといいかも。慣れてきたら、多分私みたいにオンとオフで使い分けられるようになるよ」
「……ああ。これから少し意識してやってみるよ」
どうやら怒っているわけではなかったっぽい。一安心。
「他に、私たちが気をつけた方がいいことってあるかな?」
館林が、主に俺に向かって聞いてくる。多分、男子校で過ごす上で、ということで男子の俺に聞いているのだろう。そして男子扱いされなかった楓が俺の視界の端で落ち込んでいる。
「うーん……あるといえばあるが………いやでもこれはな……うん、やっぱなしで」
言う勇気はなかったので、なかったことにする。
「いや、そこまで言ったらちゃんと言えよ。気になるだろ」
「そうだよ、前橋君。私たちの学校生活にも関わってくるんだから、気になるところは遠慮せずに言って」
が、時既に遅し。女子二人が詰め寄ってくる。
「……言っても怒らないか?」
「そんなことあるわけないよ。私たちを思って言ってくれてるんだし」
「そうそう。だからさっさと言えって」
……仕方ない。覚悟を決めて言うか。
「……………………下着」
「「……………………え?」」
「……だから、二人の下着。高崎……は、知らないが。館林、お前、女性用下着を身に着けてるのは割と危険だと思うぞ」
「「‼」」
俺が館林のことを男装女子だと見破るきっかけにもなったし。
「おっ、女の子に向かってなんて話をするの前橋君っ!」
「そっ、そうだそうだ! このド変態!」
「だから、怒らないかって聞いただろ……」
結局怒られたし。
「大体、女性用の下着穿いてて、体育の着替えとかどうしてるんだ?」
絶対に見られるだろ。今更ながら、この一カ月バレなかったのが不思議で仕方ないんだが。
「「……お手洗いのついでに……」」
ああ、なるほど。トイレに行くついでに着替えてくるってことか。確かにそれなら下着は見られないかもしれないが……。
「……でも、体育の着替えの度に毎回それじゃ、怪しまれないか?」
「「うっ……」」
体育の授業は週に三回程度だが、その前後の着替えの度に毎回トイレに行っていては、かなり怪しまれる気がするんだが。
「……し、仕方ないじゃんっ! 男モノの下着なんて持ってないし、買いに行くのも恥ずかしいし……!」
「こうする以外に方法がないんだよ、あたしたちは!」
逆切れされた。でもまあ、気持ちは分かる。逆のシチュエーションだったら、俺だって女性モノの下着なんて買いに行けない。そんなことしたらホントにド変態だ。
「……じゃあ、今週末あたりにでも一緒に買いに行くか?」
だから、ついそんな提案をしてしまった。提案してから、男装女子二人と男モノの下着を買いに行くというカオス極まりない危険なイベントだと気付いたのだが、
「「ほ、ほんとっ⁉」」
既に手遅れだった。こうして俺のスケジュールに、インパクトしかない強烈な予定が組み込まれてしまった。なんとか楓も巻き込めないかと楓を見れば、巻き込まれたくないと判断したのか、未だに落ち込んでいる風を装い聞こえないフリをしていた。……この裏切り者……!
あっという間に週末、日曜日――なんて時間が飛ぶことはなく、カオスなスケジュールが組み込まれた直後のこと。
「話し合うことは、大体こんなもんだと思うんだが……なあ館林、普段の剣道部の活動終了時間まであとどれくらいだ?」
表向きは剣道部が活動していることになっている以上、本来の剣道部の活動が終わるくらいの時間まではこの剣道場にいないと怪しまれる。グラウンドで部活をする生徒や他の先生たちに『最近の剣道部は上がるのが早いな。本当に部活してるのか?』なんて思われて、探りを入れられてしまったら、そこから色々バレてしまうかもしれないし。だから俺たちは、普段の剣道部の活動終了時刻まではこの剣道場にいた方がベターなのだが……。
「あと二時間くらいかな」
(((長い…………)))
元々話題のなかった四人である。なんとか捻り出した話題も尽きかけて、それなのにあと二時間。どうしたらいいんだ。
「……なあ前橋、なにか時間潰せそうなことないのか?」
「え、なんで俺に言うの……?」
「だってほら、前橋ってあたしたちのフォローしてくれるんだろ?」
「そういうフォローは管轄外だと思うんだが⁉」
「はっ。頭いいね、葵ちゃん!」
「そこっ、乗るな!」
「………………」
「楓もすがるような目でこっちを見るな!」
全員が敵にまわってしまった。俺、別に面倒事を押し付けられるためにフォロー役になったわけじゃないんだが。というか、そもそもの話をすれば俺はフォロー役を引き受けた覚えはないのだが。
「「「じー……………」」」
三人の期待のこもった視線が俺の逃げ道を封鎖していく。……仕方ない、こんな時のために考えておいたアレを出そう。
「……よし。じゃあ、しりとりをしよう」
「「「…………………」」」
「おいこら、無言で帰り支度を始めるんじゃねえ!」
人任せにしといてそれはないだろうが。
「なにも普通にしりとりをしようってわけじゃねえよ」
言いながら、通学カバンから取りだした数学のプリントを八つ切りにする。そしてそれを三人に二枚ずつ手渡す。
「その紙に、そうだな………好きな食べ物と趣味をそれぞれ書いてくれ。あ、もちろん語尾が「ん」じゃないワードで頼むな。で、書き終ったらそれを二つ折りにしてくれ」
戸惑いながらも、三人が記入を終える。俺も自分の分を記入し、その紙を二つ折りにした。
「終わったな? じゃあ……高崎、俺と場所をチェンジだ」
「? まあ、いいけど……何をするつもりなんだ?」
怪訝そうな声を出しながらも、高崎がさっきまで俺がいた場所に移動する。俺も高崎がいた場所へ移動し、四人の並び順は俺から時計回りに俺、高崎、楓、館林となる。
「そしたら、さっき二つ折りにした紙を左隣の人に渡してくれ。もちろん開けるなよ」
言いながら、自分の紙を左隣、つまり高崎に渡す。全員の紙の移動が終わったところで、俺はこのしりとりのルールを説明する。
「今から普通に、時計回りでしりとりをしていく。もちろん最後に「ん」がつく言葉を言ったり、一度出た言葉をもう一度行っても負けだが、今回はいま自分が持っている紙に書かれているワードを言ってしまっても負けだ。いわゆるNGワードってやつだな」
「……ああ、なるほど。つまり、自分が書いたワードを左隣の人に言わせればいい、ってことだね」
「そういうことだ。自分の右側の人の好きな食べ物と趣味を予想してそれを避けつつ、左隣の人にNGワードを言わせる。これはそういうしりとりだ」
「そっか。だから、広人と高崎が場所を入れ替えたんだな。俺は広人の好物とか趣味も知ってるから」
「ああ。そして、ゲームが終了した後には好きな食べ物や趣味についての話で盛り上がれるという、今の俺たちにはベストなゲームだ。これがもう少し仲が良くなってくると、自分の趣味とかじゃなくて相手が言いそうなワードをNGワードにしたりして遊ぶことも可能だ」
「「「……結構無茶ぶりしたつもりだったが(けど)、意外とちゃんとしたゲームを提案してきた……」」」
無茶ぶりした自覚はあったんかい。そして意外とって。期待してなかったのかよ。ひでえ。この恨みはゲームで晴らす。しりとりだけど。
というわけで、しりとり開始。まずは俺、しりとりのりからスタート。
「リオデジャネイロ」
とりあえず地名ならNGワードにはかからないと思って、そこから入る。
「ろうそく」
高崎もNGワードになりそうもない言葉でかわしてきた。
「靴」
「つま先」
……NGワードを食べ物と趣味に絞ったせいで、安パイが多すぎる。これではつまらないし、少し攻めるか……。
「きんつば」
あえて食べ物を言ってみる。館林はお嬢様だし和菓子も結構食べるかと思ったが、セーフだった。
「……バナナ」
俺につられてか、高崎も攻める。確かにバナナは嫌いではないが、好物というほどではない。
「納豆」
楓がそう言った瞬間、高崎は「うぇ」という顔をした。納豆は苦手なようだ。
「梅干し」
館林も食べ物でつなぐ。楓は酸っぱい物全般が苦手だし、NGワードではないだろう。
「書道」
今度は趣味っぽいワードで攻めてみる。お嬢様なら趣味にしててもおかしくないかと思ったが、これもセーフのようだ。
「歌」
あー、カラオケは好きだけどNGワードではないな。
「高飛び込み」
水泳部ならではのワードが飛び出した。もちろんセーフである。
「水遊び」
……高校生にもなってそれが趣味というやつはいないだろうし、セーフだろう。
「ビスケット」
趣味っぽいワードも一周したので、食べ物に戻す。
「トマト」
トマトは嫌いだ。
「トンノパスタ」
……なに、そのオシャレそうなパスタ。さすが四一一の台所預かり人。
「たこ焼き」
なかなかNGワードがでないな……。まあ、NGワードを設定したとはいえしりとりだからな。高校生がやったらそう終わらないか。
「競泳」
これは館林ではなく楓の趣味かもしれない。
「石拾い」
……それは、趣味っぽいワードの欄に入れていいのだろうか。
「インディアカ」
……それはなんぞ。あとでググったところ、バレーに似たスポーツらしい。
「空手」
館林がそう言った瞬間、高崎がぴくっと反応した。……もしかして、高崎が書いた趣味のNGワードは空手なのだろうか。
「テニス」
てから始まる食べ物がパッと出てこなかったので、趣味っぽいワードを続ける。お嬢様の趣味としてはありがちなワードだが、運動が苦手な館林の趣味が運動ってことはないはずなのでまあ安パイだろう。
「あ、それNGワードだよ」
「「「えっ⁉」」」
高崎のまさかの一言に、俺のみならず他の二人からも驚きの声が上がった。
「ま、マジで?」
「うん。ほら」
俺の前に置かれた二つ折りの紙の片方を開いて見せる館林。そこには確かに可愛らしい文字で「テニス」と書かれていた。
「マジかよ……」
「私、運動は苦手だけど、嫌いなわけじゃないんだよ? 特にテニスは家で小さい頃からよくやってたし、好きなスポーツの一つだよ。……アンダーサーブすら入らないことも多いけど」
やっぱり家にテニスコートがあったりするのか……さすがお嬢様。
「……なら、なんでテニス部に入らなかったんだ?」
この学校、テニス部もあったはずだが。
「……アンダーサーブも入らない私が、高校の部活についていけるとでも?」
「あっはい。すいません」
趣味レベルでゆるゆるとやるのが好き、ってことか。部活になるとガチになって楽しくなくなる、というのは分からないでもない。趣味は趣味のままの方がよかったりするのだ。
「ちなみに、好きな食べ物はなんだったんだ?」
言いながら、もう一枚の紙を開く。そこには「シュークリーム」と書いてあった。
「シュークリームに限らず、甘い物は基本的に好きだよ」
そんな補足も付け加えてくれる。男装していてもそこは女子か。
「やっぱり甘い物はいいよな」
そう言う高崎の書いた紙には「パフェ」と書かれていた。……意外だ。
「……な、なんだよ。似合わないのは分かってるよっ」
……悪癖は発動してないはずだが、普通に顔に出てしまったか。
「いや、別にそうは思わないが……少し意外だっただけで。いいと思うぞ、パフェ」
言ってから思ったが、このフォローのとってつけた感が凄い。高崎もジト目だし。
「か、楓はなんて書いたんだ?」
誤魔化すように楓に話を振る。
「俺? 俺は……ほれ」
楓が紙を開いて見せてくる。そこには「クッキー」と書いてあった。
「「「女子かっ!」」」
「え、ええ⁉ そんなにツッコまれる⁉」
好きな食べ物を聞かれてクッキーと答える男子はあんまりいないと思うぞ。女体化の影響で好きな食べ物も女子っぽくなってしまったのか。……いや、よく考えたら女体化前から甘い物好きだったな。女体化の原因になったクッキーも、貰ってきた時にはすごい喜んでたし。
「ちなみに趣味は?」
「趣味は……ほい」
もう一枚の紙を楓が開く。「料理」と書いてあった。
「「「だから女子かっ!」」」
「また⁉ またそのツッコミなの⁉」
女子力が高すぎるよ、楓。もういっそ女子として生きた方がいいんじゃないか?
「絶対嫌だよ!」
おっと、本日三度目の悪癖。今日は調子がいいようだ(悪い意味で)。
「そう言う広人はなんて書いたんだよっ」
若干苛立っている楓が俺の書いた紙を勝手に開く。それぞれ「カルボナーラ」と「ゲーム」と書いてある。
「……なんか、つまんないな」
「だね」
「だな」
「面白さを競うところじゃないだろ⁉」
ネタに走ったらこの企画の意味なくなるだろ。そのNGワードも絶対言われないだろうし。
「ちなみに幼馴染の桐生君は、この答えは分かってたの?」
「まあ、概ね予想通りだな。他にも炒飯とかラーメンも好きだが、語尾が「ん」だから書けないし、カルボナーラはすぐわかった。ゲームの方も、いくつかあった候補のうちの一つだったな」
「おおっ、さすが幼馴染」
「それに引き換え前橋は……幼馴染なのにどっちも分からなかったのか?」
「いや、趣味が料理なのは知ってたぞ。寮に入ってからも毎日楽しそうに料理してるしな。クッキーもまあ、元から甘いもの好きなのは知ってたし、予想の範囲内だな」
「なんだよ、あんなリアクションしといて実はどっちも知ってたのかよ」
「まあ、少しオーバーにリアクションしたからな」
これでも一五年の付き合いだ。そうそう間違ったりはしない。
「……さて、これで開けてない紙はあと一つか」
楓の手元に残る、唯一折りたたまれたままの紙。書かれているのは高崎の趣味だ。中には、やはり「空手」と書かれていた。
「わっ。私も危なかったんだ」
「ああ。場合によっては悠輝がアウトだったかもな」
「だねー。……にしても、葵ちゃん空手やるんだ」
「……ああ。あたしの家が、空手道場でな。小さい頃は趣味って言うよりも、義務って感じだったが……でもまあ、好きで今も続けてることだから、趣味だな」
「「「へ~」」」
実家がそういうのの道場って、なんか大変そうだよな。……でも、そうか。空手やってたから俺がワンパンで気絶させられたのか。うん、納得。俺が貧弱男子なわけではないことが無事に証明されたな。
「でも、それならどうして空手部には入らなかったの?」
「いや、だって……本当は女子なのに、男子として大会に出たりとかできないだろ? 練習だって男子に混じってしなきゃいけないわけで、それは危ないし」
「あ、それもそっか。そう考えてみると、他に部員のいなかった剣道部は私にとってピタリの部活だったんだね。……あっ、待って、もしかして私も剣道の大会に出れない⁉」
まあ、そうなるだろうな。でも、今の館林の実力からすれば、正直大会に出ても出なくてもあまり変わらない気もする。
「あっ、前橋君ひどい! 試合したら私にだって勝てないレベルのくせに!」
「うぐっ」
悪癖が発動した上に、痛いところを突かれた。
「そうだよな。あたしのパンチ一つで気絶するレベルだもんな、前橋」
「うぐぐっ」
「え、なにその話初耳。ぜひ詳しく」
「やめろぉ!」
この後、藤岡先生が「今日の部活はそこまでだよ~」と言いに来るまで、俺は他の三人からいじられ続けた。結果的に仲良くはなれた気がするが、いまいち納得のいかない親睦の深め方だった。
「お、おいっ、前橋っ」
剣道場から寮に向かう途中。料理の話で盛り上がる楓と館林の少し後ろを歩く俺に、高崎が声をかけてくる。
「ん? どうした?」
「……こっ、これ」
尋ねた俺に、高崎はケータイを示した。……ああ、そうか。アドレス変更のしかたを教えるって約束したっけ。
「えっと、じゃあ俺がやって見せるから、それを見て覚えてくれ」
「お、おう」
高崎からケータイを受け取り、ここでこのボタンを押して、と一つ一つゆっくり教えていく。俺が使っているのとは違う会社のケータイだったが、それでもアドレス変更のやり方くらいは教えられた。
「……で、この画面で設定したいアドレスを入力するんだ」
「おう。わかった」
ケータイを高崎に戻すと、高崎はやはりたどたどしい手つきで文字を入力していく。たっぷり一分近くかけて入力し、再び俺に手渡してくる。
「これで頼む」
そこに入力してあったアドレスは『aoi.takasaki.pafe@□□□』だった。
「……よっぽどパフェ好きなんだな」
「いっ、いいだろ別に! 美味しいんだから!」
「誰もダメなんて言ってないだろ……」
言いながら変更ボタンを押す。これで無事にアドレス変更完了だ。
「ほら、変更終わったぞ」
「ホントかっ? あ、ありがとうっ!」
差し出したケータイを心底嬉しそうに受け取る高崎。大したことをしたわけでもないのにここまでストレートに感謝されると、なんだか申し訳なくなってくる。
「……な、なあ。また何かわからないことがあったら、教えてもらってもいいか……?」
上目遣いでそう言ってくる高崎は、男装しているにも関わらず破壊力抜群だった。
「………おっ、おう。任せとけ」
恐らく顔が真っ赤になっているだろう俺は、顔をそらしながらそう答えるのが精一杯だった。