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経営者になってみた

駄目な主人公が駄々甘やかされるお話です。

 火龍の背骨とも喩えられる山脈、その麓とは言え、大きく生存圏から離れた起伏の険しい渓谷。進軍するだけでも兵力を著しく損耗する地形にもかかわらず、聖騎士は大規模な討伐を行っていた。

 右手には幅の広い諸刃の剣、左手には聖印を意匠に凝らした巨大な縦長のシールド、全身を白銀のフルプレートで身を包んだ重装甲歩兵が隊列を組む。後方にはパイクを構えた軽装歩兵、クロスボウで狙いを定めている弓兵が漆黒に染まった一団を取り逃がすまいと十重二十重に取り囲んでいる。


 「黒衣の将軍、追い詰めたぞ」


 背後は切立った崖で遮られており退路はない。かつて、その兵力は数十万とも呼ばれた魔物の軍団、圧倒的な物量で大陸を震撼、人類を滅亡寸前まで追い込んだ魔王軍、それを率いた将軍であったが、現在の供回りは蠢く死体リビングデット骸骨戦士スケルトン死霊レイスのみである。


 「・・・・・」


 勇者が出現してからは戦況が大きく変わった。人の子では滅ぼすことのできないはずの魔王が勇者を中心とした冒険者により討取られ、無限に召喚される魔物の群による兵力の供給は絶たれた。統率を失い烏合の衆と化した魔物は各個に撃破され、各地で連敗を繰り返した。


 そこで頭角を現したのが黒衣の将軍であった。


 敗残兵力を掻き集め、身勝手に振る舞い、不当な要求ばかりするモンスターモンスター共をあらゆる手段をもって従え、軍団を再編した。ドッペルゲンガーを暗躍させ、連合国間に不信感をもたらして、その同盟に楔を打ち込むことにも成功した。数か月前も残された僅かな手勢で小さな街を落とし、奪還に向かった神聖騎士団の精鋭を謀略により壊滅に追い込んでいる。

 だが、魔王不在の逆境の中で真価を発揮して、連合国を相手に一歩も退くことのなかった黒衣の将軍でも勇者の規格外の力、千の軍勢を一撃で滅ぼす力の前には無力であった。


 「無駄な抵抗はやめて投降せよ」


 指揮官が形式的な最後通牒を行う。

 魔王軍が凋落していく中で唯一、連合国に最後まで抵抗した黒衣の将軍であったが、度重なる敗北により、その風貌には疲労が色濃く滲み出ている。最期のときは近い。


 「もはやこれまで。我らは最期まで戦うのみ。新たな魔王が降臨するまでのひとときのやすらぎを精々楽しむが良い」



 聖騎士の包囲が少しずつ狭められてゆく。聖騎士達は指揮官の攻撃の合図を、不死の魔物達は主の攻撃命令を待っている。双方の緊張が高まる中、周囲は力一杯に引き絞られた弓の如く張り詰めた空気に包まれる。

 風で揺らぐ木のざわめき、遥か遠方からは急流で水の砕ける音が聞こえてくる。両軍の緊張は臨界に達しており、些細ことでもそれがきっかけで凄まじい衝突が始まるのは明らか。

 そんな状況にソレは唐突に現れた。

 




 「もうええやろ」





 横合いからあまりにも場違いな言葉が投げられる。緊張感の欠片すら感じさせないその台詞は、両者から緊迫した空気を一気に洗い流してしまう。

 白けきった空気の中、薄汚れた茶色、くたびれたコートを羽織った中年の男がふらりと現れる。風采の上がらない、コートと同様にくたびれた男。どこにそんな力が在るか分からないが、包囲陣を敷いていた聖騎士、防御陣を展開していた不死の魔物達が雰囲気に飲み込まれて道を譲る。


 「ふざけるているのかっ!」


 至近距離からの覇気と罵声をまともに浴びても物怖じする気配もない。


 「半年で取れた休日は九日、それも呼び出しでまともに休まれてへんやろ」


 「サービス残業も月に二百時間・・・・・・もうええやろ?」


 「・・・・・」


 暫くの沈黙の後、黒衣の将軍は吐き捨てる。


 「戯言をっ!敵に降るなど屍となった同胞に顔向けできるかっ!魔より生を受けた者はその身が滅びても不死者となって永遠に使役されるのが定め。同胞を見捨てる選択などないっ」


 男は癖の強い茶色い巻毛、加齢により薄くなった頭を撫でるだけ。ゆっくりと言葉を続ける。


 「大丈夫や。ここにおる聖女はんが彼等に安らぎを与えてくれることになっとるとね」


 後方に控えていた聖女が祈りを捧げる。聖女が放った白い光を浴びた魔物達が放つ叫びは歓喜。永遠の安らぎと共にその身は塵と化して消えてゆく。


 「まさか?呪いがっ!?」


 彼等の魂を縛っていた不死の呪いがあっさりと解かれたことに衝撃を受ける。


 「あんたはもう十分やったんや。もう、頑張らんでええ」


 「しかし・・・家族が・・・・・・」


 なおも言い募る将軍に男は優しく声を掛ける。


 「家族もあんたの身体のことを気にしてるさかいな?」


 「・・・・・」


 「もう身体ぼろぼろやろ?一度、お医者さんに診て貰おう?」


 「ぐっ・・・」


 今まで背負っていた重荷から解放された反動により、嗚咽が漏れる。


 「我慢せんでええ。男が涙を流したって恥ずかしいことあらへん」


 「ぐぉぉぉ」


 崩れ落ち、慟哭する将軍。その場に居合わせて笑うものは一人もない。


 「まずは身体治して家族安心させたろ?」




 『チートニート英雄伝説~~嘱託職員純情派~~』(完)





 ☆%&$★





 「やっぱり、最後のシーンは何度見ても良いわね」


 「そうかな~?」


 朱理の手放しの講評に瑞樹は小首を傾げている。


 朱理の溜め込んだコレクションを整理している最中に発見された無名の映画をついついで始めてしまった映画の観賞会である。操縦室の全面モニターに映し出される映像は迫力が半端ない。


 「最後までしっかり見てたくせに」


 「それは確かに」




 隣接する敷地にやくざが住んでいることを明かさずにビルを売りつけた不動産屋だが、矯正後は元の仕事に戻すことにした。やくざから押収した品々を売り飛ばすのに役立ったからだ。今後も必要になるかもしれない。


 ぶっちゃけ、かなりの収入になった。


 前回の騒動は瑞樹が考えなしで発生させたトラブルではあったが、証拠の隠滅などしっかりした計画を組んだ上で実行する分には問題はない。俺達にとってはやくざの事務所=ダンジョン、やくざ=ゴブリン、オーク的なものなのだ。世間様に迷惑をかけている訳ではないのでこの辺はセーフゾーンである。

 悪を滅ぼしつつ、利益を得る。現代に生きる冒険者みたいでかっこいい。今後は世界各国のマフィアの討伐なども検討したい。

 



 それから不動産屋の持つ経営手腕は倫理観念が壊れている以外は役に立つ。そこで脳の中身をそっくりクローン社員鈴木さん (男)にダウンロードしてみた。


 「社長さん、おおきに~~」


 若干、言葉がおかしい気はするが、間違いなく能力は受け継いでいる。忠誠心も植え付けてあるので、横領などの心配もない。他にも仕事が出来そうな人の脳を片端からコピーさせて貰いクローン社員に植え付けてゆく。試験直前の学生の様だ。

 これで会社の主要な人材は揃った。何でもクローンに頼るのは良くないので、残りの人材は一般人をアルバイトとして雇うつもりだ。シフトの調整が上手くいかないときだけ応援に入れば良いだろう。


 会社の業務はノウハウが比較的少なくても始められるコンビニの経営、マンション経営とした。仕事が順調になれば丸投げにする予定だ。


 コンビニの店長はすっかり胡散臭い雰囲気が板についたクローン社員鈴木さん (男)である。クローンならば文句は言わないし、体力をしっかり持たせてあるので無茶をさせても健康上の問題もない。ただ、鈴木さん (男)だけに任せると経営がブラックになり過ぎる可能性があるので、佐藤さん (男)と田中さん (女)を補佐として据える。

 

 マンション経営は中古で店子が入らなくなった物件を格安で購入する。店子はこの前の事件で更生させた元やくざの若い衆達を入れる。心を入れ替えて真面目に働く彼等なら、とりっぱぐれの心配はない。ついでに、毎日の三食は当コンビニを利用して貰って売り上げに協力して貰おう。




 概ねの方針が決まったので、会社設立の具体的な手続きだ。


 まずは事前に用意しておくものとして、会社の印鑑、代表取締役印、それから、発起人と役員の印鑑証明、この場合は俺、朱理、瑞樹の三名の印鑑証明となる。

 これらは既に手配済、次は会社の定款である。定款には会社の目的、会社の名称、所在地、会社の資産、発起人の住所氏名が最低でも必要となる。

 会社の目的はコンビニエンスストアを中心とする店頭及びインターネット等を通じた商品及びサービス等の販売、取次ぎ、製造、加工並びに問屋業、卸売業、古物業、賃貸業及び輸出入業、賃貸アパート、駐車場の経営、可能な限り幅広く解釈ができる様にしておく。会社の名称は深く考えても仕方がないので宇都宮商事株式会社で良いか。所在地はこの建物、資産は養父母から受け継いだ三億円、発起人は宇都宮隼人、宇都宮朱理、宇都宮瑞樹の三名と大体こんな感じだ。

 そして、定款認証手続きだが、地元の法務局へ赴き、公証人によるチェックを受けてから発起人全員の署名、押印を行う。PDFで作成した定款であれば、公証人に認証してもらうときの収入印紙四万円は不要となる等々・・・・・・。



 ・・・・・・。





 ☆%&$★





 めんどくせぇ。



 何故、宇宙人が真面目に仕事をしている?


 宇宙人となった俺は働くために生きている訳ではない。会社はあくまでも社会的な地位を獲得するための手段である。仕事に生き甲斐を見つけてどうする。手段と目的を混同してしまうところであった。


 俺はチートなニート。人生は寿命が尽きるまでの遊戯にしか過ぎない。ニートの何がいけないんだ。




 

 そんな訳で法律、経済など、多岐の分野に詳しい朱理先生にお願いしてみることにした。勿論、正座をした上で、三つ指をついてのお願いだ。


 「そろそろ隼人が音を上げる頃だとは思っていたけど」


 朱理さんが半眼でこちらを睨んでくる。机の上には『駄目な彼氏の育て方』『ニートからの卒業』などの本が積み上げられているが気にしたら負けである。


 今度は動物愛護団体の虐待防止キャンペーンのポスターで学んだ人の心に訴えかけるつぶらな瞳を再現する。疑うことを知らない純粋無垢な瞳である。



 甘やかしてくれるよね?


 「それは死んで腐った魚の目だから」


 中々、手厳しいね。


 「仕方ないわね」


 そんなこを言いつつも、必ずダダ甘やかしてくれる朱理さんが短く嘆息する。全般的にお仕事が苦手な俺に代わってやってくれることになった。苦手と言うだけで全く出来ない訳ではない。心理的負担が非常に高いので朱理先生にお願いしているのです。


 「代表者印を寄越しなさい」


 使い方が良く分からない物なので素直に差し出す。これで我が社の最高権力者は朱理さんになった。才女にとっては小さな会社の経営など児戯にも等しいと言えよう。大船に乗った気持ちでお任せします。



 「それと伝票の処理、書類の書き方くらいは教えるから隼人も少しは覚えなさい」


 押し付けて逃げる気満々だったが、きっちり釘を刺された。売り上げの集計や賃金計算などは文句を言わないクローン任せだからこの程度はやれと言うことか。役立たずな俺と瑞樹は社員旅行の企画をしよう。


 「瑞樹は官公庁の申請とか細かいお使いをやらせているから役立たずは隼人だけよ」


 ハイ。その通りですね。感謝の気持ちは身体でお返しします。


 「それなら本の整理を手伝って」


 スルーされた。


 文庫本、新書、外国語の本、専門書、同人誌、朱理の乱読ぶりは凄まじい。難しいことは良く分からないのでそっちは真面目にやろう。


 それに加えて、俺は営業部門 (?)の担当になった。顧客を盗んでくるのが仕事である。


 アパートがまだ数部屋残っているので、宇宙船で店子を探すのだ。元やくざばかりをかき集めたアパートと言うのもアレなので夜の街を徘徊して周囲に迷惑をかけているチンピラなど、更生が必要そうなのを探し回る。

 怪しげな草を燃やした煙、ガスなどを吸い込んであちらの世界にトリップを試みる数名の男女、センスの無い落書きを自慢している若者、女子高生に下半身を見せて喜んでいるおっさんなどを捕獲、問題を起こす前に更生させる。


 ドラッグでは異世界に転生は出来ません。


 水槽の中で根性をきっちりと叩き直してやるからしっかり働け。稼いだ金は我が社の経営するアパート、コンビニで落として貰う。営業活動の結果、アパートは高めの家賃設定にも関わらず満員御礼になる見込みだ。コンビニ経営も順調に行くだろう。



 悪い子はいねぇか~~~~



 夜の独り歩きにはご用心を。



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