何して遊ぶ?
宜しくお願いします。
「このままじゃいけないわ」
それは朱理の唐突な発言から始まった。
今は部隊戦の最中、俺達は無課金勢を相手に無双をしている。課金の力であらゆる要素を極限まで伸ばされたキャラは理不尽なまでの強さであり、操作する俺達も脳内の思考速度が大幅に強化されているので天下無敵、向かうところ敵なしである。
俺は目の前にいる弱者共 (無課金勢)を蹂躙する暗い喜びを深く堪能している。
俺、TUEEEEEE
今回の目標はランキング一位。俺達は十八番となった二キャラ同時操作による計六人の部隊、対する部隊は三十人の大所帯である。だが、俺達は超重課金と思考速度強化による圧倒的な優位を持っており、彼等にはその彼我の差を見せつけなければならない。
ネットにおいても現実社会と同様に貧富の差は存在し、上には上がいることを世間の若者達に伝える義務、それが俺達の大義であり、常に絶対的な存在として在り続けることが強者としての責務である。
これは負けることが許されない戦いなのだ。
「このままじゃいけないわ」
朱理による再度の発言だが良く分からない。
「「何が?」」
俺と瑞樹の質問返しが綺麗にハモる。勿論、それぞれのキャラ操作の手を緩めることは無い。
「今の生活よ」
抽象的で非常に分かりづらい。倦怠期にはまだ早すぎるとは思うのだが。
プレイヤーキラーを発見したので、きっちり踏み潰しておく。この手の輩を野放しにするとゲームの過疎化を招く。少し前に大量のアカを作って徹底的に蹂躙してやったがまだ生きていたらしい。
もう一度蹂躙するか、PCに暗殺者を送り込むか。ゲームの世界は俺が守る。
「これ飽きた?来週にはクローズドβが始まるからそれをメインにするか?」
「そうじゃなくて」
じれた朱理が首を振るとツインテールにした黒髪が左右に揺れる。ちなみに朱理は先日のペナルティにより、普段のポニーテールではなくツインテール、薔薇の形を模したシュシュで黒髪を飾っている。服は綺麗なレースをふんだんにあしらった黒のゴスロリドレスに白のニーソ、良く似合う。
スタイル抜群、色白の正統派美少女の朱理を引き立たせるには最適な装い。最初はゴスロリドレスに強硬な姿勢を見せていた朱理だが、俺と瑞樹の二重奏による褒め殺しを前に朱理城は陥落、今ではそれなりに気に入っている模様だ。おでかけのときにリクエストをしたら着ても良いとの許可も貰っている。
「シュミレーション、カードバトルもあったよな」
依然、惚け続ける俺に朱理のストレスが上昇中。怒った顔が可愛い。
(朱理ちゃんをいじめ過ぎちゃ駄目だよ)
(好きな女の子を困らせたいのは男の性なんだ。大人の朱理は分かってくれてるから大丈夫)
「っ!?」
俺と瑞樹のひそひそ話に振り上げたこぶしの行き場をなくして狼狽える朱理も可愛い。
「確かにこのままだと朱理のポンコツキャラが確定・・・グフッ」
「隼人~~」
本気で怒っている訳ではないので大した痛みは無い。踏まれたいとは思わないけど、朱理は宇宙船内における貴重な突込み要員であり、これはこれで良いのだ。
それよりも朱理が涙目になってきた方がやばい。やりすぎた。
「分かった。真面目に話そう。部隊戦終わったら会議な!?」
☆%&$★
オンラインゲーム終了後、遊戯室はそのまま会議の場となる。机や椅子はなく、クッションを枕代わりにカーペットで横になって顔を寄せているだけではあるが。
「それで今の生活の何がいけないと?」
今の生活は諸々の事情によって凍結された口座からの融資による資金で賄われている。
勿論、借りたお金であり、返すつもりはある。但し、これは資産運用のひとつである株の空売りと同様の運用と捉えて欲しい。つまり、借りたお金で資産価値のある物を購入する。購入した資産はお金の価値が大幅に下がったときに売却、借りた資金を返済してお金の価値が下がった分の差益を得る投資方法である。
その手法で集められた資金によって我々の『衣』と『食』は保障されている。最後の『住』は宇宙船を居住空間として、更には移動手段として用いることで、日頃から経費の削減に努めている。
運用の期間が超長期的なだけ、我々の生活費は運用による手数料、決して詐欺ではない。
それともずっと引き籠もって遊んでいる状況のことを指すのだろうか。
指摘をすると朱理は真面目な顔で首肯する。
「別にばりばり仕事をやりたい訳ではないけど、遊んでばかりで大丈夫かな?」
「朱理は真面目過ぎだな。今は待機時間中。異常が発生すれば、休む暇も無くなるぞ」
グレイから与えられた任務は人類の監視である。俺達はこれに過不足なく応えなければならない。
待機と休憩は異なる。何かあればすぐに出動が可能な様に常に気を張っていなければならない。立派な仕事のひとつである。普段は世界各国の研究機関、諜報機関、軍事機関等を監視、怪しい動きが無いか動向を探る。ひとたび事案が発生すれば、人類の危険な行為を中止させるべく動く。それは非常事態であり、睡眠をとる暇さえも無い。決してお気楽な仕事ではないのだ。
また、我々が住処としている宇宙船であるが、ここを職場と言っても過言ではない。我々は如何なるときでも宇宙船を通じて得られる情報をもとに、二十四時間体制で監視業務を行っている。働き過ぎとすら言える状態なのだ。
現在、我々は宇宙人と言う法律の枠外の存在となっている。だが、倫理的な面から考察すれば、宇宙人であっても雇用される側の権利は保護されるべきものであることは明白な事実であり、雇用者であるグレイとは団体交渉の場を持つことが出来ないことを起因として、法の整備がなされていない状態は非常に遺憾と言わざる負えない。だが、現状において、我々は日本人の遺伝子をもとに創り出されていることから、雇用に関しては日本の法律を遵守することで臨時的な代替策としたい。
しかし、我々が就いている業務の重要性を鑑みれば、二十四時間体制であることも認めざる負えない事実でもある。よって、被雇用者である我々は待機時間中におけるオンラインゲームでの息抜きを権利として確立したいと考えている。
つまり、オンラインゲームで遊んでいるのはあくまでも息抜き。休憩なしで働いているのだから、息抜きは当然の権利であると言う・・・。
「隼人、そろそろいい加減にしなさい」
話の腰を折られた。額に血管が浮かんでいても朱理は可愛いな。
「もうその手は通じないから」
ちょっと待って。手塩にかけて作ったキャラを引退とかさせないで。
☆%&$★
「それで、朱理は何がしたい?」
真面目に戻って朱理に尋ねる。瑞樹は暫く前から寝落ちしている。
「少なくともオンラインゲームばっかりやってると駄目な気がする」
三人の中で抜群に駄目なのは朱理だが、それを口にすると無限ループに嵌りそうなので控える。
「外に出て何かしたい?」
「それそれっ」
我が意を得たりとばかりに朱理は頷いている。
最初から分かってたけどねぇ。
「朱理ちゃんはどこに行きたい?」
外出の話になった途端に俄然やる気になった瑞樹が尋ねる。
こいつはさっきまで寝ていたはずだが。
「どこがいいかな」
「ボクは服が欲しい。お兄ぃの趣味に合わせてるけど、全然足りないし」
うさ耳コアラは非常に気に入っていたのだが。
「お兄ぃも少しお洒落した方が良いよ」
「尼園で十分」
amazoneは通称『尼園』で親しまれているネット通販の会社であり、利便性、匿名性などに優れ、その品揃えは幅広いことから多くの人々に利用されている。
「それだと彼女のボクが困るの!朱理ちゃんもそうでしょ」
「確かに一緒に歩くなら隼人も少し身嗜みを整えて欲しいわね」
面倒くさい。
「彼女が二人もいるんだから問答無用」
完全にペースを取り戻した朱理にばっさりやられる。人混み苦手なんだがな。
☆%&$★
そんな訳で俺達は現在、アウトレットショッピングモールにいる。ここ数ヶ月、コンビニ以外に出かけていなかったせいか、太陽を眩しく感じる。周囲には高速道路のインター以外は大したものはない土地によくこれだけの店を集めたのかと感心する。更にその集客の力と言えば・・・・・・。
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あまりの人混みの酷さに閉口する。そして、ごくまれに現れるもふもふな生物に少しだけ癒される。
『虫』が三つ集まって『蟲』になるみたいに『人』も沢山集まると『众』 (←イメージ)と言う漢字があってもいいと思う。
そもそも服の買い物なんて数着を選ぶのに五分で終わるはずだ。何故、多くの人は何件もお店をまわると言う非合理的な行動をするのだろうか。理解の範疇を大きく超えた現象である。ちなみに酔っぱらいのおっさんが酒場をはしごしているのと大して変わらないと口にしたら滅茶苦茶怒られた。
解せん。
「隼人、次に行くわよ」
現在、俺は過酷な環境に晒され、ぐったりベンチで休んでいる。
これだけの人が集まったらバッタの大群と同様に蝗害―――農作物だけでなく、植物由来のもの全てを短時間のうちに食べ尽くしてしまう現象―――が発生するのではないかと心配だ。
多くの人々の生活を真面目に心配している俺に対して、朱理と瑞樹は容赦がない。
「お兄ぃの服を選んでいるんだから一緒に行かないと駄目でしょ」
両手に花ではなく、看守に両脇から腕を掴まれて次の店へと連行される。市中引き回しの刑である。
俺、何か悪いことしたかね?
「これでハーレムとか聞いて呆れるわ」
「だよね~」
朱理と瑞樹の二人から散々に言われたい放題だが、弱り切った状態では為す術がない。返す言葉もない。
俺の服を選ぶのに午前中を使い切り、昼食を摂ったところで午後は自由行動とした。二人の服選びは情状の酌量を願い出て釈放、おそらく似たような事情で休憩しているお父さんっぽい人達と並んで、死んだ魚が浜辺で打ち上げられて並んでいるかの如く、ベンチで休んでいた。
人混みを避けて開店と同時に入ったのが仇となった。夕方までウィンドウショッピングで走り回っている二人の体力は無限なのか。
☆%&$★
宇宙船に戻り、疲れは残っていたものの、二人の追撃から逃れるために自発的に買った服のタグなどを外し、畳んで箪笥に仕舞おうとした。しかし、そこでも朱理、瑞樹連合による背後からの猛攻に晒される。
「隼人はもっとセンスを磨かないと駄目ね」
服の着こなし方まで指導される始末、当分の間は朱理と瑞樹の指示通りの服を着ることになった。
「立派なお兄ぃにしてみせるから大丈夫だよ」
昔は教育ママっていたけど、これは教育彼女?
嫌な予感しか感じさせない台詞である。
褒めて伸びるタイプなので、その方向でお願いします。
それから、朱理が仕事をしていないことに対する不安を訴えていたので、それっぽい仕事を用意した。衛星軌道上に散らばるスペースデブリを大気圏内に突入させることによる焼却処理である。
宇宙船に砲台を取り付け、デブリを大気圏に向けて打ち落とすのだ。宇宙空間を飛び回るスペースデブリは方向も速度もばらばら、五ミリ程度の微小なものも含まれているため、それを感知して地球に落ちる方向に当てるのはかなり難しい。ただ、弾丸は宇宙船の中に蓄えられた水を凍らせたものなので、新たなデブリを発生させる心配も無く数を撃つことが出来る。
多少なりとも人類の役に立っている感じがあり、ゲームとしても面白い。どこかの大国が衛星の破壊実験をしてくれたおかげで当分の仕事にはことかかない。
今日は怒られてばかり。碌な目に合いそうもないので朱理と瑞樹がスペースデブリのシューティングで遊んでいるのを尻目に、大人しく家事に勤しむ。買い物で発生したごみを纏めて、その他諸々の生活ごみと一緒に・・・トイレのサニタリーボックスに手を掛けたところで怒られた。
デリカシーが足りないと言われてもね。
ただのゴミじゃない?
真面目に働いていただけなのに不条理なこと極まりない。
ちなみにゲームで使っている氷弾はトイレの排水などをもとにして作られている。そして、宇宙船内で収集されたごみは圧縮梱包された後に大気圏に向けて投下、大気との摩擦熱により焼却処分、流れ星となって地上にいる誰かの望みを叶えていることを知ったらどうなるのだろうか。
勿論、話すつもりは無い。知らぬが花であろう。
ご感想お待ちしております。