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目を覚ませば

宜しくお願いします。

 厚い雲に覆われた空は日中であるにもかかわらず薄暗く、大地には大きな影がさしている。岩山の頂から見下ろすと、平原では葦に似た植物が群生しており、胸の高さにもなるそれを苦も無く踏みしだきながらうろつく人狼の群。遥か後方には他の個体よりもひときわ大きく、邪悪な雰囲気を放つ人狼が一体。全身を覆う体毛は漆黒に染められ、その巨躯から放たれる禍々しいまでの殺気が瘴気を伴って周囲の空気を歪めているかのようにさえ思われる。そして、撒き散らされる唸り声は周囲の生き物を威嚇すると共に、より多くの同胞を呼び集めて軍勢を強固なものにしていく。


 今回の討伐対象はあの軍団を率いる群のボス。あれを狩るためには周囲の人狼を多少なりとも削ることが必須条件となる。ましてや単独で狩りをするならば、地の利のあるこの岩山に可能な限りまで引き付けたいところだ。


 肩にかけていた愛用の合成弓を取り、矢をつがえる。そのまま、一番近い個体に狙いを定め、気負わずに矢を放つ。まずは距離と人狼の強さ、早さを見定めるための威力偵察である。

 狙いは違わず人狼の右目を射抜く。人狼の生命力は中々のもので、急所を貫かれても一撃では倒れない。怒りの咆哮と共に突進してくる。

 これは十分に想定の範囲内。俺は立て続けに二の矢、三の矢で右膝を砕き、肺腑に穴をあける。

 これにはさすがの人狼も二十メートル程の間合いを残したところで足が止まり、そこで気を緩めることなく、最後の矢で喉を貫きとどめを刺した。


 雑魚の人狼一体でこれだけの手間がかかるならば、ソロでの狩りは無謀と言えるかもしれない。

 だが、俺は挑戦する。身体強化のポーションを飲むと効果はすぐに表れ、四肢に力が漲る感覚が体内を駆け巡る。更に武器に光属性の効果を持たせるスクロールの魔力を解放、これで闇属性を持つ人狼にはより強い攻撃を加えることができる。最後に商店で大枚を叩いて買った各種の使い捨てのアイテムの装備を確認して準備は整った。


 ≪蒼天之弓≫


 天空に向かって魔力を込めた矢を放つ。放たれた矢は空に軌跡を残しながら標的の上空に到達すると、爆ぜて無数の矢となり人狼共に降り注ぐ。

 攻撃を受けたのが十数体、仲間が攻撃を受けてこちらを敵として認識したのが十数体、俺に向かって三十体以上の人狼が死の行進を始める。


 このまま全てを焼払いたいところだが、まだ体内の魔力の供給が間に合わない。

 俺は用意していた毒矢で距離の近い奴等を片端から射抜いていく。急所を狙う必要はない。毒矢を受けた人狼は苦しみ悶えながら命を削られ、やがては力尽きて倒れてゆく。最初の範囲攻撃を受けた奴らだ。

 少しずつ人狼共の群が間合いを詰めてきた。


 ≪波動弓≫ 


 群の先頭を走っていた人狼が十メートル位まで迫ってきたときに発動した。音速を超えて衝撃波を伴った矢は直線状に立っていた人狼の数体を吹き飛ばしながら進み、最後に群のボスに命中したところで砕け散る。これでボスもこちらを敵対認定したらしく、狂気の唸り声をあげながら接近してくる。


 まだ二十体近くが残っている。残った人狼の群が迫ってきたが、体内の魔力の供給が安定するまでにはもう少し時間がかかる。地味に毒矢で体力を削るのも間に合わなくなってきた。

 接近戦に持ち込まれれば勝ち目はない。俺は二つ目の切り札である火炎瓶を数個まとめて投擲する。地面に落ちた火炎瓶は破裂して、炎と共に粘り気のある強撚性の液体を撒き散らす。俺に向かって突進してきた人狼共は炎を避けられず、肉の焼ける臭いを発しながらのたうちまわる。


 ≪蒼天之弓≫


 再び降り注いだ無数の魔力の矢は雑魚の人狼の殆どを蹴散らした。しかし、群のボスは間合いを詰めてきており、新たな人狼が群れに加わる姿も見えている。そのまま連射で毒矢を放ってボスの体力を削りつつ、魔力の供給を急ぐ。凶悪なまでの巨躯が目前まで迫って来た。 


 ≪波動弓零式≫ 


 本来ならば相打ちのタイミング。衝撃波を伴った矢はボスの巨体を跳ね、後方にいた雑魚も巻き添えにして十メートル以上も吹き飛ばした。

 これで倒せるとは思っていない。奴が起き上がる前に周辺から群がって来る人狼に向けて火炎瓶を撒き散らして攪乱すると同時に全力でその場を退散する。


 幾本もの獣道が交わり迷宮と化した草原を走り抜ける。背後では苦痛や怒りの籠った複数の絶叫、それを掻き消すほどのボスの咆哮、大地が砕ける破砕音が聞こえる。まともに戦っていたら俺も木端微塵だ。

 こちらを見失って怒りの声を上げ続けるボスだが、巨体のお陰でこちらからは丸見えとなっている。弱った個体、はぐれた個体を速やかに排除しながら背後をとる。


 ≪波動弓≫ 


 背後から放たれた衝撃波はその巨体を跳ね飛ばして蹂躙する。立ち上がる暇を与えずに毒矢と火炎瓶を浴びせ・・・・・・。



 嘲笑うかの様なヒットアンドアウェイを繰り返すこと十数回、突き刺さった無数の矢、焼け爛れた肌、毒による大量の吐血、無残な躯を晒して大地に沈む。





 ☆%&$★





 俺は部屋でオンラインゲームに熱中していた。ゲームも百インチ画面でやると迫力が違う。金に糸目をつけずに揃えた重課金装備と数十倍までに高められた思考スピードのおかげで無敵の状態である。


 再び覚醒したとき、グレイ共はいなくなっていた。水槽の中で培養液が排出される音で目が覚め、強力な温風によって身体に付着した水分を残らず吹き飛ばされて綺麗になった後、水槽から自動的に解放された。

 二十畳程の広さを持つ窓の無い部屋には水槽が三台設置されており、隣に操作パネルが並んでいる。壁の一つには扉らしきもの、ちなみに水槽の内の一台には俺のそっくりさんが培養液で保存されていたが、話がややこしくなるので見なかったことにする。


 身体に大きな変化はなかった。全身にあったはずの多くの裂傷、骨折したはずの足には異常がなく、むしろ健康な状態にある。

 だが、俺はグレイによって自分の身体が色々と改造をされていることを識っている。身体能力は運動神経が極めて優れた人間程度、脳が司る反射神経や思考速度、記憶力、情報処理能力に関しては通常の数十倍まで能力が向上している。それに加え、UFOの操作方法を始めとした任務遂行に携わるための幅広い知識が刷り込まれているのである。


 まずは外見が人のままであることに感謝をしよう。


 グレイから与えられた任務だが、それが俺の存在理由となっており、”ТЁяА23801es”地球と呼ばれるこの惑星を管理することにある。非常に曖昧な指示ではあるが、人類が他の惑星に深刻な被害をもたらさない様に監視すること。例えば、恒星を超新星にしてみたり、ブラックホールを衝突させて波動の測定をしてみたり等々のレベルを指す。戦争などで自分達の星を生存不可能にすることはこの範疇には入らない。

 仮に人類が他の星に影響を及ぼす程の無茶をするのであれば制止、もしくはそれに至るまでに科学技術の発展を抑止をする。しかし、人類にはそんな科学技術はないし、到達する見込みもない。つまり、他の星の迷惑にならないか見張るだけのお仕事である。

 地球上の生命体の観察記録、サンプルの採取などは既に前任のグレイがやってくれているので、内臓を引き抜いたりする仕事からは解放されている。


 重畳である。


 それ以外の指示は無い。やって良いこと、悪いことについては明確な基準は無いが、脳内のプログラムでやってはいけないことは出来ない仕組みとなっている。そして、雇用期限は地球が太陽に呑み込まれるまでと非常に気の長い話である。



 当面のやるべき仕事は無いが、水槽から解放された俺は全裸。まずは服を何とかしなければならない。





 ☆%&$★





 宇宙船は住居としても優れていたので、我が家として使用することにした。外部から観察すると直径十メートル位にしか見えないが、宇宙船の内部は驚くほどに広い。フルスクリーンの展望台付の運転制御室 (三十畳)、培養カプセルの置かれた研究室 (二十畳)が二部屋、倉庫 (三十畳)が三部屋、個室 (十畳)が十部屋など、非常に充実している。

 船内は廊下も含めて空調が管理されている。電気、ガス、水道などのインフラは全室完備、ネット回線も基地局に直接つなぐのでパソコン環境も絶好調である。

 乗り物もいらない。この宇宙船はレーダーに映らず、光学迷彩により目視も難しい隠密性に優れた機体。本気を出せば一秒間で地球を七回半出来る速さを持つので、太陽系内ならば自由に飛び回れる。

 銀行のサーバーにも余裕で入り込めるので、諸々の事情により凍結されている口座からこっそりと融通して頂いた。返済の期日は後で決めよう。今は手に入れたお金でオンラインゲームで課金したい放題の状態を楽しむ。


 全ては宇宙人のハイパーテクノロジーによるものである。


 宇宙船の原理?良く分からん。大体、テレビの操作方法を知っている人間はいくらでもいるが、テレビの原理から製造方法まで知っている人間がどれだけいる?原理を知らなくても使えれば良いのだ。


 個室には培養カプセルも備えられており、その中で睡眠も取れるようになっていたが、俺は某アニメの野菜人ではない。amazoneアマゾーンを使ってキングサイズのベッドを購入した。amazoneアマゾーンは通称『尼園』で親しまれているネット通販の会社であり、利便性、匿名性などに優れており、その品揃えは女性ものの下着から衣類、雑貨、ごく一部の特殊な性癖を持つ人だけが愛用する大人のおもちゃまでと幅広く取り扱われていることから、多くの人々に利用されている。


 衣食住が保障された生活なので仕事をする必要もない。次に俺が求めたのは悠久の時を共に歩む伴侶。


 ぶっちゃけ彼女が欲しい。


 そんな訳で手掛けたのは優れた遺伝子を持つ人体のサンプル採取である。

 今回は国内に的を絞り、各地で生息する様々な女性を観察、優れた遺伝子を持つと思われる女の子を周囲にばれない様に青白い光線で釣り上げる。検体の対象となった女の子には速やかに麻酔を行った後に胎内の卵母細胞をサンプルとして採取する。後は記憶を消して元の場所に戻す。


 勘違いをしている方もいるかもしれないが、俺がやっていることは決して犯罪ではない。愛護精神に則ったキャッチアンドリリースである。間違えないで欲しい。


 培養液の中で育てられた受精卵は無数の細胞分裂を繰り返すことで身体のもとになる。脳細胞にパーソナリティの基礎となる記憶、必要な知識を植え付けることで完了する。





 ☆%&$★





 不可能と思われたソロでの討伐クエスト達成にほっこりと一息を入れていると、アラームが鳴ったので研究室に行く。

 既に培養液の排出は完了しており、身体に付着した水分吹き飛ばす温風が彼女の肢体を撫でている。身長はやや低め、ふんわり茶色のショートボブが健康的な小麦色の肌に良く似合っている。若干、身体の起伏には欠けるものの、ほどよく鍛えられた身体にはしなやかさが強調され、幼さはあまり感じさせない。

 俺は彼女の身体にシーツをかけてやる。


「瑞樹」


 優しく声を掛けたが返事はなく、視点も定まっていない。どうやら目覚めるのに時間がかかるタイプの様だ。寝惚けた顔も中々可愛い。腕の中にいる半覚醒状態の彼女の顔を見つめて楽しむこと数分、ようやく目覚めた彼女は自身の状況に気付くと、慌てて俺の腕から逃げ去る様に立ち上がる。


「お兄ぃ、いやらしい目でボクのこと見ないでよね。従兄妹で兄妹みたいに育てられた幼馴染かもしれないけど勘違いしないで欲しいな。確かに初恋の相手はお兄ぃ、ファーストキスの相手もお兄ぃだけどそれは幼稚園の頃の話だからね。今のボクにとってのお兄ぃは近所に住んでいる親戚って言うだけだで、同じ学校でも学年が違うからただの先輩と後輩の関係だよね。それから言おうと思っていたんだけど、お兄ぃは他の女の子とベタベタしすぎなんだよ。デレデレ鼻の下を伸ばしてみっともない。分かってる?分かっていないでしょ?大体、お兄ぃはボクのことどう思っているの?ボクはお兄ぃのなんなの?それからお腹すいたペケ」


「・・・・・・」


 これは盛り過ぎた。それと語尾の『ペケ』は酷すぎる。


 呆然と立ち尽くす俺。彼女の脳内では残念な化学反応が連鎖的に発生する。


「えっと・・・、ごめん。本当は・・・お兄ぃのこと・・・好き・・・。最近は周りの視線が気になって冷たい態度をとっていたんだけど・・・。ずっとお兄ぃのこと好きでお兄ぃのお嫁さんになるのが夢だったの。子供の頃は仲良く出来たのにおかしいよね。散々冷たくしといて、今更好きだなんて言われても困るよね・・・。ボク、お兄ぃに甘えすぎだよね。こんなボクだけど、お兄ぃのことを好きでいて良い?それからお腹すいたペケ」


「・・・・・・」


 『ペケ』はもういい。何もしていないのにデレるってちょろすぎだろ。


 掛ける言葉が見つからない。渋面を作って黙っていると、事態は更に深刻化する。


「え?もしかしてボクいらない子?ちょっと待って!?何が気に入らなかったの?素っ気ない態度?ツンツンしすぎ?エッチなことさせなかったこと怒ってる?それともボクの身体が子供っぽいこと?ねぇ?悪いところは全部直すから待って?色々しても良いよ?身体のことだってボクは成長期だからまだまだ期待できるよ?お兄ぃって呼び名が駄目?お兄ちゃん?兄様?それとも愛称で呼ばせたい?もしかしてご主人様?旦那様?主様?何でもするから?ね?それからお腹すいたペケ」


「・・・・・・」


 分かった。分かった。調整が必要だ。


 彼女を安心させる為に出来る限り優しく微笑み、彼女の頭に手を乗せる。


「えっ・・・?」


 当惑する彼女の顎を持ち上げて有無を言わさず唇を奪う。


「っ!?」


 多少の抵抗はあったが、そのまま強く抱きしめて大人しくなるのを待つ。

 うっとりした目で従順になったところで隠し持っていた無針注射を首筋に打ち込み意識を刈り取る。

 ぐったりとした彼女をそっと横抱きにして水槽に戻す。


 やり直しだ。


ご感想お待ちしております。

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