宇宙人始めました
また勢いのまま行きます。
街の灯りが届くことのない深夜の山間部。月明かりだけを頼りに足場の悪い地面を転びそうな勢いで走り続ける。実際に何度も転んでいるのだが、痛みを感じる余裕も無い。昼間でさえも車の通りが少ない山道から外れた獣道、下草をかき分けながら走り続ける。
ちなみに俺の運動神経は限りなくゼロに近い。スポーツで身体を鍛えていれば多少はましだったかもしれないが、後悔しても手遅れであり、現状をどうにかすることが最優先の課題となっている。
「ハァ・・・・・ハァ・・・・・・」
追いかけっこが始まってから十分以上は経ったのだろうか。聞こえるのは自分の激しい息遣いと心臓の鼓動のみ。周囲に人の気配は皆無。こんな夜中の山中に人がいるはずもない。かすれきった叫びも静かな山中に空しく吸い込まれる。
肺が酸素を求めて悲鳴を上げている。四肢の疲労が限界に達しており、鉛の様に重たい。最早、よろけながら歩いているだけの状態。
背後から迫るソレはすぐには追いついてこない。こちらの歩調に合わせるかのようにゆったりとしたペースを保ち続けている。からかわれているのか、体力が尽きるのを待っているのか。いずれにせよ立ち向かう勇気など一片たりとも持ち合わせていないので逃げるしかない。
何度目かは忘れたが失恋による傷心のドライブ。誰にも会いたくなくて、ひたすら人のいない所を目指した結果、辿り着いた山道。夜風にあたりながら、月明かりの下でスマフォでゲーム。人と話をするのも嫌だったので、パズルゲームを黙々とやっていただけだ。失恋ごときで死ぬつもりはない。
それなのに俺は絶対にあり得るはずのない人生のバッドエンドに向かって突き進んでいる。
静かにソレが迫ってくる。直径が10メートル程度、白く滑らかな円盤型の空中を浮遊する物体、所謂、UFOと言う奴だ。ハイブリット車の駆動音に似た静かな音をたてながら夜空を滑空するそれは機体の下部から幅広の青白い光線を放ってくる。光を浴びた物は木も岩も機体の中へと吸い込まれていく。
乗っていた車は既にあいつの胃袋の中にいる。俺もあの光を浴びたら吸い込まれていくのだろう。そんな目に遭いたくないから全力で走っている訳だが、あいつの胃袋に限界と言うものはないらしい。
地面が激しく歪む。同時に身体への強い衝撃。転倒したことは理解できたが、身体を動かすことが出来ない。絶望と共に忘れていた身体の痛みが高い利息を伴って戻ってくる。円盤型の宇宙船が真上にくる。青白い光線が放たれる。俺は荒い息をつきながら、他人事の様にそれを見つめる。
体力、知力共に人並以下。人より努力をしたつもりだけど成績は中の上が限界。顔もセンスも冴えていない。何よりも人と話すことが苦手。当然、彼女もいない。無い無い尽くしであまり良いことがなかった。この世に産まれ、毎日ご飯が食べられるだけでも有り難いことだと教えられたけど、いまいち実感が無い。取り敢えず、良いことも悪いことも無い人生であったと訂正をしておこう。
全身が青白い光に包まれる。どういう原理か分からないが、重力からの解放感と共に土砂は巻き込まずに身体だけが天空へと舞い上がる。
記憶を弄られたり、内臓を抜かれたりするのか。ホルマリン漬けとか嫌だな。
俺の意識も強い光に飲み込まれ、掻き消されてゆく。
☆%&$★
エメラルドグリーンに輝く海の中を漂う。重力からの解放感。水中にいるのに息苦しさ、暑さ寒さも感じることがなく、心地が良い。先程の出来事が嘘の様に思える。悪夢を見た後、今度は良い夢を見ているのだろうか。あまりの心地良さに穏やかな光の海に身を委ね、二度寝の気分でまどろみを楽しむ。
・・・・・。
深く考えることなく、夢と現の合間を彷徨い続けること数時間。勿論、時間を測る術もないので体感ではある。
さすがに違和感を覚え始める。夢にしては長すぎる。鮮明すぎる。何かがおかしい。意識的に覚醒を試みる。何度かの試行錯誤の末、瞼を開くことに成功した。
☆%&$★
自宅の寝室では無い。水の中にいた。黄緑色に輝く怪しげな液体。口腔と鼻腔にはチューブが差し込まれている。身体は拘束されているのか、動かすことが出来ない。唯一、動くのは瞼と眼球のみ。
毒々しい蛍光色に彩られた液体が満ちた円柱の水槽の中。外には無機質な操作パネルらしきものが並んでいることから何等かの研究所だろう。また、口と鼻だけかと思われたチューブだが、眼球の動ける限界まで、更には視界に入るガラスの反射を駆使して確認すると、チューブは身体のいたるところ、恐らくは後頭部や腹部などにも無数のチューブが伸びている。
そして体毛の無い二足歩行の生命体がそこにいた。頭部と腹部が異様に膨らんだ灰色で小柄な身体。大きな黒い目、鼻と小さな口を持った奴らが3体、向かい合って会話をしているかの様な素振りを見せている。 グレイとかいう奴であろう。
常軌を逸した状況に対して、冷静に対応できている訳ではない。叫びたくても声が出ず、暴れたくても身体が動かないだけだ。激しい混乱の中、失神も出来ずに見える範囲を観測しているのが現状。意識だけはあるので、より最悪のケースへと想像が膨らんでゆく。
地球人のサンプルとして生きたまま永久保存とかあるのか。実験台にされて様々な改造されるのか。最終的には出来損ないとしてどこかに投棄されるかもしれない。どんな身体になるんだ。
エイリアンが体内に侵入している可能性もある。彼女が欲しいとは思っていたが、いきなり子供を授かるなんて過程を飛ばし過ぎている。しかも俺は男。母親になりたかった訳ではない。お腹の中で育った子供が胎を食い破りながら誕生するのは想定外だ。
まさか自分にそんなことが降りかかるなんて。こんなの嫌だ。断る。固くお断り。百歩譲っても痛みを感じることなく死亡の後にホルマリン漬けくらいで妥協して欲しい。ゲームだって、こんなことが起こる前には数多の選択肢があって、よっぽど酷い選択をしなければここまで酷いバッドエンドなんて起こり得ない。理不尽。チートだ。くそゲーだ。
俺の抗議に応じるかのように下腹部の辺りから頻繁に気泡が発生して水面へと浮き上がる。発生するアラーム音。それと同時に麻酔がかけられた様に意識が沈んでゆく。
これが最悪の夢であり、一刻も早く目覚めることができますように・・・。
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