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KURZVORTOD  作者: 貴遊あきら
第六章
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目の前に立つ悪友は、クルツフォートードの顔を見るなりにんまりと笑った。


「なんだ、充電完了で早速捜索再開か?」


次の瞬間、ゴッという音が、夕闇の訪れ始めた空間を震わせた。








ゼグヌングは顎の下を労わるように摩る。ちらと前を見れば、不機嫌そうと言うよりも、その瞳に冷徹な眼差しを灯した悪友が立っていた――死神、クルツフォートードだ。


急用だと電話で呼び出され、ちょっとからかいの言葉をかけたら、次の瞬間には顎の下に拳を打ち込まれていた。おそらく手加減はしたのだろうけれど、人間だったら頭が飛んでいたかもしれないと思い、肝が冷えた。


「…ってぇな、何も殴ることはねぇだろうが」


しかし、悪態をついてしまうのはゼグヌングの性分である。


「冗談を言っている場合じゃない」


(お?)


よくよく観察してみれば、悪友は冷静さを取り繕っているだけだと知れた。その瞳は焦燥に駆られている彼の苛立ちを映している。どうやら本当の意味で笑っていられる状況ではないのだと知り、ゼグヌングは地面に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。


「悪かった。それで、俺は何をすりゃいいんだ?」


素直に謝られたので、クルツの方も殴ったことに小さく謝罪を述べた。


「彼女を探してほしいんだ。今すぐ」

「りょーかい」


まかせとけ、とゼグは応えた。







ゼグはクルツから渡されたメモ書きを見つめた後、小さくため息をついた。


「どうやらおまえの考えは間違っていなかったみたいだぜ。確かに、この住所のある方にお姫様はいる」


それがどういう意味か、大方の説明を受けたゼグも分かっていた。自分の判断を黙って待っていたクルツの目に動揺の色が走ったのを見て、とっさに彼の腕を掴む。


「俺も行くからな」


そうゼグが言えば、クルツは何か言おうとしていた口を閉じる。


「聞く限り、そいつは俺の餌だ。おまえが手を下すまでもない。分かるな?」

「……わかった」

「じゃあ行くぞ」


そう言うや否や、二人はそこから走りだす。速度が増し、おそらく、二人の走る姿を通りすがる人間たちは目視することが出来ないだろう。

走り出してしばらく経ち、ようやく目的地まであと少しとなった時、二人はフッと嫌な空気を感じ、眉根を寄せた。速度を緩め立ち止まり、互いに顔を見合わせる。


「…おい、クルツ。この感じ」


クルツは頷いた。


「間違いない。微かだけど」

「―――メモの住所は?」


クルツはメモを見返し、それが示す場所をゆっくりと指し示す。その先には一軒のマンションが建っていた。ゼグはごくりと固唾を呑んだ。クルツは勢いよく地面を蹴る。ゼグも慌ててそれを追った。


「――ようやくたどり着いたぜ」


目の前に聳え立つマンションを睨みつけ、ゼグは呟く。


「待ってろよ」


シェリー。













藤宮寛子はぼんやりと天井を眺めていた。何かが下の方で蠢いている。もうほとんど感覚がない。指の先までぐったりと疲れてしまい、視界も掠れてきているようだった。


(みずがほしい)


お腹はもう、減っているという感覚がなかった。強烈な水への欲求が彼女の思考のほとんどを占めている。喉が痛い。声を上げすぎたからだろうか、それとも、水を飲むことが出来ないからだろうか。よくわからない。


(しぬ、かも)


漠然と、そんな確信が生まれる。


(しんだとしても、しんだときづかれないといい。できるだけ、ながく、このおとこをつなぎとめて)


彼女には守りたいものがあった。自ら危険に飛び込んでまでも守りたいものがある。それはたった一つ、彼女に残されたものだ。


(なにもかもを、うしなったけど)


恋も、友情の芽も。あってなかったような家族さえ。

何もかもを、失ったけれども。

まだたった一つ、自分に残されたものがあるのだと、その存在が寛子を支えていた。


『おまえがもし、俺の側にいるのならば』


男はそう言った。自分の側にいるのならば、寛子の願いも叶えると。


『いいだろう。おまえが側にいる限り、俺は手を出さないさ』


(なくしたくない、ものがある)



輝かしい日差しの中、それよりもずっと眩しいものがあることを、あの日、寛子は知った。


『ねえ、準備体操、私と組もうよ』


体育の授業の時だった。ぽつんと立っていた寛子に、そう声をかけてきた一人の生徒。俯いていた顔を上げれば、満面の笑みを浮かべている少女が立っていた。


『私と?』

『そう。藤宮さんと』

『…どうして?』

『どうしてって、別に、んー、あぶれちゃったから?』


へらりと笑って、すでに組を作った者たちを振り返るその少女。寛子は知っていた。彼女は決して「あぶれた」のではなく、ただ、作らなかったのだと。向こう側にいる数人が、彼女を呆れたように見つめていたからだ。


『ね、おねがい、藤宮さん』


顔の前で手を合わせて、ちょっと申し訳なさそうな顔をする少女。寛子が小さく頷くと、パアッと表情を輝かせ、ぐいと寛子の手を掴んだ。


『やった!藤宮さんゲット!』


嬉しさにはしゃぐ彼女を、寛子はとても眩しく思ったのだ。






(かわって、ほしくないものが、ある)


「藤宮さん」から「寛子」に呼称が変わったのはいつからだっただろうか。そんなことを疑問にも思わなかった。その移り変わりがあまりにも自然で、どういうわけだか、寛子には当たり前に感じられた。


(あの、えがお)


暖かいと思った。寛子と呼びながら、満面の笑みを浮かべる様を見て、いつも寛子はホッとした。何の懸念もなく、その隣には自分の居場所があるのだと思えた。

ときには苛立ちを覚えた。怒りも感じた。だけどそれは、寛子にとって重要な存在だったからなのだ。どうでもいいなら、そんなもの、感じる必要がないのだから。


(くるくるとかわる、ひょうじょうに)


自分は何度慰められたか。


『寛子!寛子!今度駅前に新しいケーキ屋さんができるんだって!行こうよ!』

『え、私と?』

『え、寛子って甘いもの駄目だっけ?』

『いや、そうじゃないけど、そういうことではなくて』

他にも友達はいるではないかと、言いたかった。自分にばかり構っていて大丈夫なのかと思ったのだ。

『ならいいじゃん!行こうよ!モンブランがね、無茶苦茶美味しいんだって!』


行こう行こうと腕を引っ張られて、凄く困ったけれど、凄く。


(うれしかった、な)


歩み寄っても大丈夫なのかと思えた、初めての存在だった。自分がどれほど闇に塗れていようとも、隣にいるときは、普通の高校生でいられた。


『ねえ寛子。何か、私にできることがあったらいつでも言ってね』

『え?』

『だって私、いつも寛子に助けてもらってばかりだし。寛子が辛い時くらい、私が助けてあげたいじゃん』

『何言ってるのよ。私ばっかりじゃないわ』

『ホントに?私、寛子に役に立ってる?親友として不甲斐なくない?』

『ないわよ。そんなことない。最高の親友よ』

『うわ、わわわ、最高だなんて照れるよ、照れちゃうよ寛子ったらー!』


(しんゆう)


そんなもの、綺麗事だと思っていた。そんなもの、夢の中のものだと思っていた。そんなもの、所詮、言葉の上だけだと思っていた。


(でも、ホントに、あった)


『ねえ寛子。辛いことがあったら、いつでも言ってね。私は寛子の』


ありがとう、ありがとう。

ねえ、あんたは一番の親友よ。

私の、何よりの光だったわ。


『…ホントに、あんたの側にいれば、手は出さないのね?』

『もちろん、俺は約束を守る男だ。おまえの大事な親友には手を出さないさ』


ありがとう、ありがとう。

大好きよ。


(かなえ)


寛子は瞼を閉じた。スッと、その眦から頬へと、涙が伝った。


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