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KURZVORTOD  作者: 貴遊あきら
第五章
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探し物は何か、と問う有名な曲を口ずさむ悪友をちらと見やり、クルツフォートードは眉をひそめる。

捜索は行き詰まっていた。探し物は見つからない。




「鞄の中にはねぇかなぁ」


悪友――ゼグヌングはそう問いながらクルツを振り返る。クルツは失笑した。


「鞄のサイズによっては入らないこともないかもね」

「膝抱えて?」

「入れないこともない」

「まぁそうだ」


探し物をしていると思わず口ずさみたくなるメロディが、すっかりクルツの中にも浸透している。少し落ち込んでいた気分が浮上したのは、歌のおかげだろう。


「反応は?」


ゼグヌングは路地裏のゴミ箱に腰かけ、そう尋ねる。クルツは頭を振った。


「近くにいることは分かるんだけどね。今は力を使っていないからかな。ぼんやりとしていて、詳細な場所を特定できない」

「…放っておいてもいいといえばいいんだけどな」

「君が臭うと言うのなら、それは力を使った証拠。だったら放ってはおけない。そもそも、ここなら使う必要がないからね」

「それでも使うということは、――まったく、まだ諦めてねぇのかよ」


ゼグははあ、と溜息を零す。


「諦めるという点では、僕はどうとも言えないね」

「似た者同士、死にたがり同士、か。方法が分かるだけ、死神のほうが希望を持てる」


クルツはその言葉には何も返さなかった。


「…《最大の罪》とは、一体なにか」


そう呟くように言う。


「罪にデカイか小せぇかなんてあるのかって思うけどなあ、俺は。まあ、妥当なところで言ったら殺しか。肉親殺し、子殺しは昔から重罪とされてきただろ。獣を殺せば眉を顰められ、人を殺せば非難され、親を殺せば罵倒され、子を殺せば人に非ず、ってな」

「誰が言ったの、それ」

「大体そんなものかという俺の意見。人の考えは未だにわかんねぇよ」


ゼグヌングは苦笑する。


「ま、最近は、殺しがあっても所詮他人事、ってか」


ふは、と笑って言い足す。その表情は平常通りで、そのような世の中を憂いているとは言い難い。


「豚が増えて困ったもんだ」

「…そんなものの中に、果たして、悪魔に死を与えるようなものがあるのかな」

「んあ?」

「無いような気がする。でなければ、痛めつけられた魂はどこへ向かえばいいか」

「珍しいな、そんなこと言うなんて。永久中立派が」


可笑しそうに言うゼグヌングだったが、その表情はもう笑っていない。クルツはついと彼に視線をやり、一瞬だけ目を伏せる。


「僕は永久に、死に添うものの味方だよ」

「ふーん」

「疑問に思うんだ。《死》が、死を与えるために利用されるかどうかね。つまり、死をもって、《最大の罪》の成就は叶うのだろうか、って」

「かー、難しいなあ、おまえの言うことは」


がしがし、とゼグヌングは頭を掻く。クルツはくす、と笑いを零した。


「――だが、その見解は中々捨てたもんじゃねぇ。大量殺戮犯を拵えられる前に、さっそくあいつに教えてやらねぇとなあ」


ゼグヌングはゴミ箱から下り、コートをパンパンとはたく。


「それほどの罪を犯すように《操作》される人間は限られているはずだよ。それこそ、君の言う豚の要素がたくさんつまった人間でないと、悪魔の技への同調率は高くないからね。そしてその技を使うためにはある程度の力を溜めなければならない」

「満を持して、今この場に出てきたってことは、ってぇことだな」

「おそらく、その器を見つけたんだろう。そしておそらく、その技を受けた者は」

「増幅された豚の力をぶっ放し、やりたい放題、か」

「何をし出すか分からない。本能のままに、時間がたつごとに理性を失っていく。そして結末に、重罪を犯す。間違いなく、ね」


そしておそらく、その重罪犯はこの町を、彼らの棲むこの町を徘徊することとなるだろう。それを思い、二人は内心で舌打ちした。


よりによって、この町で。


死神と天使である彼らには、実際のところ世にいる人間などにはさして興味がない。魂の契約を交わしたものは大切にするが、それだけだ。慰めを与えようと決めた人間がいれば、その人間だけ守ればいい話。それ以外の人間がどうなろうと、彼らには関係のないことだ。


しかし、よりによって、この町で。


それはいただけない、とお互い口には出さないが、苦々しく思う。


(…ったく、わざとやってるんじゃねぇだろうなあ)

(まったく、そういうことは余所でやってほしいな…)


ついた悪態は似たようなものだ。

すでに捜索に二日、費やそうとしている。残り一日で見つかるかどうか非常に不安なところだ。しかし、三日以上は無理だろう、と二人は思う。無理だ、我慢できない、と確信する。今までの彼らにしてみれば、三日間などまたたきにも近いはずだった。


「…なぁ、クルツ。休暇の届は何日出した?」

「…三日だよ。君に言われた通り」

「…そうか」

「…なに?」

「…いや、明日一日であの女が見つかるかどうか無茶苦茶気になるところだけどな」

「…うん」

「…おまえの出した休暇が三日っつーんだったら、明日でいったん捜索を打ち切るのは仕方がない、と」

「…まあ、そうだね」

「…ああ、そうだよな」

「…三日だからね。それ以上はちょっとね」

「…そうだな、職務怠慢はいけねぇな」

「…あくまで仮の職業だけどね。死神だから」


クルツは躊躇った後、そう言う。ゼグヌングは盛大な溜息をついた。


「それを今言うか、おまえは。じゃあ本来の使命を全うしなきゃいけねえって話になるじゃねぇか」


まったくもう、と呆れたように指摘する。

叱られたような気分になったクルツは、ムッとして言い返す。


「仮の職業さえない君は、僕の都合に合わせなくてもいいから、三日も四日も捜索を続ければどう?一日も休まずに。うん、いい考えだ」

「はああ?何がおまえ、そんなのいい考えなんかじゃねえだろーが。おまえのほうがあの女を感知できるんだからおまえがいなきゃ話にならねぇだろ」

「感知できる率は僕のほうが高いとして、君にも別に探せないことはないよね。現に嗅ぎつけたのは君だ」

「…っ!」


言い負かされたゼグヌングはぐぅ、と押し黙る。

クルツは、はん、と不敵に笑って見せた。


「とある理由で一時撤退しなきゃいけないんだって言えば?」

「なっ…とある理由だと?おまえこそ仮の職業なんてホントはどーでもいいだろうが正直に言え」

「どうでもいいとは思っていないよ、流石に。特に興味はないけどね」

「興味ないのかよ」

「ないね」


きっぱりと言うクルツに、ゼグヌングはようやく笑みを取り戻す。


「はん、興味あるのは別のことってか」

「それは君のほうでしょ。そろそろ認めたら?」

「おまえこそ認めろ。正直に吐いちまえ」

「君こそ。強情だね」

「ああ、誰が強情だ?俺のこれはなあ、意志が固いって言うんだよ」

「おっと、話をすり替えてきた。他に理由があるのを必死に隠しているのがバレバレだよ。ゼグヌング」

「おまえ、ゼグって呼べって言っただろーが」

「ほら、また話をそらそうとしてる」

「おまえ、ムカつく。ちょうムカつく」

「別に君にムカつかれたところで僕は痛くも痒くもない」

「そりゃ痒くはねぇだろうがどう転んでも」

「どうも転ばない。君があっさり理由を吐くだけだ」

「またそれかおまえは、おまえこそ正直に言え、このシャイボーイ」

「シャイじゃない。慎み深いだけだ」

「おまえこそ話をそらそうとしてんじゃねぇか」

「君と一緒にしないでよ。まったく君は世にいうツンデレか」

「ツンデレはなあ、そんな使い方しねえんだよ、そもそもツンとデレに分けるところから始めるけどなあ」


そのくだらない攻防はこのあとも延々と続いた。

ようするに、二人とも捜索を一時休止したかったわけで。


(…限界なんて言えるか馬鹿が)

(…三日以上我慢だなんて、気が変になる)


ああ、今すぐ、


((彼女に会いたい))


つまりはそういうわけだった。


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