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KURZVORTOD  作者: 貴遊あきら
第五章
39/64

この世にはまだ多く、人間が知らぬ存在が生きている。

その最たるものが、死神と天使と、もう一つ、悪魔だ。


死神は死に近い者の側にあり、その願いを一つ叶え、対価としてその者の魂を受け取る。

その存在は希有といっていいほど少なく、天使と悪魔よりも謎に満ちた存在である。死神は永遠の魂を持ち、延々と人と魂の契約を交わしながら生きていく。その不死身の体に唯一死を訪れさせるものは、《永遠の魂》だけだ。生に飽いた彼らは、それを得るために存在しているといっても過言ではない。それを得ることが、彼らの唯一の生きる目的である。



天使とは、人間の想像する、美しく気高い神の使いではなく、およそその姿は人のそれに近い。

しかしやはり容姿に秀でた者が多く、人間世界に溶け込んでも、人からは一線を画するほどの美貌を持つ。彼らの数もそう多くはないが、彼らには死神とは違い、寿命がある。それは人間など比較にならぬほど長い。その使命は、人を慰めることである。

彼らは一人、慰める人間を決め、まるで幼子をあやすかのように、大事にその人間を扱う。しかしここにも対価はある。人間は彼らの慰めに対し、暖かな感情を向けることを期待される。おそらく、そう仕向けるのを易くするため、天使の容貌は際立ったものとなっているのだろう。寿命は長く与えられているが、その人間と同質化し、共に生きると決めたとき、ゆっくりとその人間の生と寄り添うように変化する。だが、その例はあまり多くない。

死神のように人間と契約を交わすわけではなく、実に曖昧な関係であるわけで、暖かな感情を得られることは確約されてはいない。そのため、天使たちはそれ以外の糧として魂を食うことを許されている。死神の扱う魂と同じものであるが、性質として《邪なる魂》であることが決められている。喰われた魂はより良き魂となり、再び人間として生を受ける。この決まりごとは人の法の上にあり、人間の感知するものではない。しかし、慰めることをその本質とする優しき彼らは、この《食う》行為を嫌うため、多くの天使はそれを拒むことが多い。



悪魔とは、人間の想像する、悪魔と対になる存在と言うよりは、天使から慰める行為を外しただけの存在である。

彼らは邪な魂をその糧と定める。一つ、天使に与えられていないものとして彼らが所有する技は、その糧を得るために人に罪を犯させる《操作》である。しかしこれは、犯罪が多数存在する世の中ではあまり用いられることはない。彼らの寿命は天使の同じように、長くはあるがいつか死が訪れる有限のものである。天使と異なる点は、その寿命を短くするための唯一の手段が、《最大の罪》を犯した人間の魂を得ることとなっている。彼らに人との交わりの機会はほとんどない。天使のように人間と交流し、慰めを与えることは許されていないからだ。悪魔たちは途方もない寿命に飽いた時、その《最大の罪》を犯した人間を探そうとするが、《最大の罪》がなんであるかは未知とされる。






暗い路地裏に二つの人影があった。

どちらも黒いコートを身に纏い、すっかり闇に溶け込んでいる。一人は《永遠の魂》を求める死神であり、もう片方は《邪なる魂》を喜々として食らう珍しい天使であった。彼らは今、とある女を探している。


死神はコートの内側からごそ、と何かを取り出した。かさりと音がして、天使は不審そうに片眉を上げる。


「なんだ、それ」

「君には関係ないよ」

「ふーん」


甘い匂いが鼻につく。天使は死神がその甘い何かを口元に持っていき、一口、また一口と食べる様を見ていた。しばらく眺めた後、彼もまた懐から何かを取り出す。かさ、と音がした。

じと、と視線を感じ、天使は不機嫌そうに漏らす。


「…なんだ?」

「変われば変わるものだね、と」

「それはおまえだろーが」


ふん、と死神はそっぽを向く。天使はガサガサと袋に手を突っ込むと、一つ摘み、何かをポイと口に入れた。ザクザク、と中々いい音がする。香ばしい匂いが広がった。


「…どうやってもらったの?」

「は?」

「盗んだわけではないよね」

「そんなことするかよ。礼だ、礼」

「脅したんだ?」

「ちげぇよ、向こうから礼がしたいって言うから」

「手作りお菓子を所望した、と」

「なんだよ、文句あるか?」

「文句はないけど、違和感はあるね」

「俺に手作りお菓子は似合わないってか?」

「わかってるんだ」


へぇ、と感心した風な声。

天使はぎり、と奥歯を噛む。自分でも分かっている。甘いお菓子より、おそらく彼には辛い摘みがお似合いだ。対する死神には、紅茶に甘いお菓子を合わせてもなんら妙なところはない。しっくりくる。


「けっ、ムカつくな」


死神の甘いマスクにだったらどんな女もイチコロなのかと思うだけで、天使は何とも嫌な感じを覚える。いや、他の女だったらどうでもいいんだ。気することはない。ふととある少女の顔を思いだし、彼女がこの死神に見とれる姿を思い浮かべるだけで苦々しい気持ちがこみ上げた。


「…変な想像してる?」

「してねぇよ」


幸いなことに、天使は目の前の死神がある女に夢中だということを知っていた。


「…手作りお菓子の悪いところ、わかる?」

「はあ?知るかよそんなこと」

「早く食べないと悪くなるところ、だよ。いつまでも残しておけないんだ。取っておきたくてもね。感謝でも何でも、そこに何らかの気持ちが込められていたとしても、お菓子と一緒にすぐに消えてしまう運命にある」

「うげ。嫌なこと言うな、おまえ」

「刹那的なものを感じるね。これがなくなったらどうしようかと思う」

「またもらえば?」


そう言ってまた一つ、口の中に放り込む。


「…そこに何の気持ちも込められていなかったらどうしようもないけどね」

「おまえ、最近すっかり後ろ向きだな。俺は楽しいけど」


はは、と天使は笑う。

死神は深いため息をついた。


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