表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
KURZVORTOD  作者: 貴遊あきら
第四章
30/64

10

自分の気持ちに気づいてからというもの、クルツフォートードは以前にも増して、藤宮寛子を見つめるようになった。ただ、彼は元々気配を消すことに長けているので、彼が自分を注視しているとは寛子は気がつかない。周囲もその事実を知らない。

一挙一動を見逃さないように、その熱い想いを傾ける本人だけが、自分の恋に狂った行動に苦笑する。



それでも、自分の気持ちを知って以来、彼女に向ける苛烈な想いとは反比例し、彼の苛立ちは減っていた。気になるならば見つめていればいいと、自分に言うことが出来たからである。そしてこの、死神らしくない感情が自信に沸き起こったことに、ひっそりと喜びを噛みしめていた。


相変わらずの日々が続いている、と彼は思っていた。

国語教師は相変わらず彼に付きまとっていたが、前より冷静に対処することが出来る。

しかし、それがプラス要素だとして、マイナス要素も増えた。思ったよりも、想いに伴う嫉妬は強く、ちょっとしたことで彼を苦しめたのである。例えば廊下で誰かとすれ違う時、ほんの少し彼女の肩が触れたならば、相手が彼女の体温を、自分が触れる事の叶わないものに触れたかと思っただけで、相手が男ならばとりわけ、彼は嫉妬した。


彼は彼女の笑顔が何より好きだと気付いた。

だが、それは自分に向けられた、と限定されるべきものだ。他人に向けられた笑顔を見た時、感じるのは喜びより強い嫉妬だ。思わず、閉じ込めてしまおうかと狂気じみた想いが過る。だが分かっているのだ。そんなことをすれば、彼女の笑顔は消えてしまうだろうということは。


(…嫉妬とは、こんなにも苦しいものだったのか)


きっと今の自分は醜い。そんなことを思い、やはり苦笑する。

そんなとき、ふと視界の中に彼女をとらえた。自然と彼女のいる教室に足が向いていたようだ。気づかれないようにそっと中をうかがう。直後、彼の表情が凍りついた。


照れたように笑う男、と。

やわらかな笑みを浮かべる彼女、と。


彼女は手に何かを持っていて、ああ、お菓子だ、甘いお菓子だろう、それを、


(…渡し、た?)


愕然とした。

あんな表情で、あんな風に、あの甘いお菓子を。


自分以外の、


(あれは…)


彼女の隣の男子生徒。その程度の認識しかない。

だが、隣というだけで苛立った覚えがある。ああ、あれも嫉妬だったのだ、と思う。それ以上見たくなくて、彼女のほうを見ないようにした記憶もある。原因不明だったあのときは、苦しくて仕方がなかった。だから、目をそらしたのだ。


あれも、嫉妬だったのだ。


どうして、と疑念が渦巻く。どうしてそんな男にそんな笑顔を見せるのか、と。いや、違うのだ。その男だからなのだろう、と自身に言い聞かせる。彼女の隣で、彼を見かけることがたびたびあった。仲がいいのだろう。あれの手が彼女の肩に触れた時、彼女の体が震えたのを見た。彼が隣にいることを受け入れている彼女が憎いとさえ思った。


彼らの声はクルツの耳に入らない。彼はそっと踵を返した。

これ以上見ていられなかった。嫉妬だ。嫉妬が胸に押し寄せる。狂いそうだ。叫びだしたい。


遠くでチャイムの音が鳴っていた。

どうして彼女をここまで想うようになったのか、彼には見当がつかない。永遠の魂だと知ったときからなのだろうか。始めから気になっていた。しばらくすると気になって仕方がなくなっていた。彼女の魂だけが欲しいと思っていただけだった。


ふと、悪友の言葉を思い出す。


『魂だけが大事なんだろう?』


そのときの自分は何と応えたか。


『魂は、大事だよ』


ああそうだ。そう言った。魂は大事だ。


だが、


(魂だけが大事なんじゃない。彼女が)


彼女の何もかもが


(大事だ)


欲しくて堪らない。

笑った顔が、欲しい。彼女が自分を見つめる視線が恋しい。まるで、好きだと言われているような錯覚に陥る。甘い、甘美な感情を向けられていると、そう思い込んでしまいそうになる。そのたびに、指先が震えるのを感じた。ああそうだ。あのとき、触りたいと思った。緩む頬に、言葉を紡ぐ唇に。そっと触れて、撫でて――。


ずくん、と熱くなる。クルツは笑いだしそうになった。まるで獣みたいだ。


(…よくじょうした)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ