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自分の気持ちに気づいてからというもの、クルツフォートードは以前にも増して、藤宮寛子を見つめるようになった。ただ、彼は元々気配を消すことに長けているので、彼が自分を注視しているとは寛子は気がつかない。周囲もその事実を知らない。
一挙一動を見逃さないように、その熱い想いを傾ける本人だけが、自分の恋に狂った行動に苦笑する。
それでも、自分の気持ちを知って以来、彼女に向ける苛烈な想いとは反比例し、彼の苛立ちは減っていた。気になるならば見つめていればいいと、自分に言うことが出来たからである。そしてこの、死神らしくない感情が自信に沸き起こったことに、ひっそりと喜びを噛みしめていた。
相変わらずの日々が続いている、と彼は思っていた。
国語教師は相変わらず彼に付きまとっていたが、前より冷静に対処することが出来る。
しかし、それがプラス要素だとして、マイナス要素も増えた。思ったよりも、想いに伴う嫉妬は強く、ちょっとしたことで彼を苦しめたのである。例えば廊下で誰かとすれ違う時、ほんの少し彼女の肩が触れたならば、相手が彼女の体温を、自分が触れる事の叶わないものに触れたかと思っただけで、相手が男ならばとりわけ、彼は嫉妬した。
彼は彼女の笑顔が何より好きだと気付いた。
だが、それは自分に向けられた、と限定されるべきものだ。他人に向けられた笑顔を見た時、感じるのは喜びより強い嫉妬だ。思わず、閉じ込めてしまおうかと狂気じみた想いが過る。だが分かっているのだ。そんなことをすれば、彼女の笑顔は消えてしまうだろうということは。
(…嫉妬とは、こんなにも苦しいものだったのか)
きっと今の自分は醜い。そんなことを思い、やはり苦笑する。
そんなとき、ふと視界の中に彼女をとらえた。自然と彼女のいる教室に足が向いていたようだ。気づかれないようにそっと中をうかがう。直後、彼の表情が凍りついた。
照れたように笑う男、と。
やわらかな笑みを浮かべる彼女、と。
彼女は手に何かを持っていて、ああ、お菓子だ、甘いお菓子だろう、それを、
(…渡し、た?)
愕然とした。
あんな表情で、あんな風に、あの甘いお菓子を。
自分以外の、
(あれは…)
彼女の隣の男子生徒。その程度の認識しかない。
だが、隣というだけで苛立った覚えがある。ああ、あれも嫉妬だったのだ、と思う。それ以上見たくなくて、彼女のほうを見ないようにした記憶もある。原因不明だったあのときは、苦しくて仕方がなかった。だから、目をそらしたのだ。
あれも、嫉妬だったのだ。
どうして、と疑念が渦巻く。どうしてそんな男にそんな笑顔を見せるのか、と。いや、違うのだ。その男だからなのだろう、と自身に言い聞かせる。彼女の隣で、彼を見かけることがたびたびあった。仲がいいのだろう。あれの手が彼女の肩に触れた時、彼女の体が震えたのを見た。彼が隣にいることを受け入れている彼女が憎いとさえ思った。
彼らの声はクルツの耳に入らない。彼はそっと踵を返した。
これ以上見ていられなかった。嫉妬だ。嫉妬が胸に押し寄せる。狂いそうだ。叫びだしたい。
遠くでチャイムの音が鳴っていた。
どうして彼女をここまで想うようになったのか、彼には見当がつかない。永遠の魂だと知ったときからなのだろうか。始めから気になっていた。しばらくすると気になって仕方がなくなっていた。彼女の魂だけが欲しいと思っていただけだった。
ふと、悪友の言葉を思い出す。
『魂だけが大事なんだろう?』
そのときの自分は何と応えたか。
『魂は、大事だよ』
ああそうだ。そう言った。魂は大事だ。
だが、
(魂だけが大事なんじゃない。彼女が)
彼女の何もかもが
(大事だ)
欲しくて堪らない。
笑った顔が、欲しい。彼女が自分を見つめる視線が恋しい。まるで、好きだと言われているような錯覚に陥る。甘い、甘美な感情を向けられていると、そう思い込んでしまいそうになる。そのたびに、指先が震えるのを感じた。ああそうだ。あのとき、触りたいと思った。緩む頬に、言葉を紡ぐ唇に。そっと触れて、撫でて――。
ずくん、と熱くなる。クルツは笑いだしそうになった。まるで獣みたいだ。
(…よくじょうした)




