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KURZVORTOD  作者: 貴遊あきら
第四章
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友人に教えてもらって作ったクッキーはどれも美味しく、満足のいく仕上がりだった。流石寛子だ、と吉村香奈枝は思う。その日はバイトだったので、綺麗にラッピングしたクッキーを鞄に押し込むと、浮き浮きした気持ちで家を出た。


(喜んでくれるかなあ!喜んでくれるかなあ!)


香奈枝は美しいあの男の顔を思いだし、軽く跳ねながらバイト先へと向かうのだった。







「なんだこれ」


しかし想像を裏切り、いつものようにコンビニに現われた男は、香奈枝に手渡されたものに眉をひそめる。香奈枝はちょっとむくれた。


「何って、お礼デス」


そう言われて、男はじっとラッピングされたものを見つめる。それは透明な袋に包まれていたので、中のものが見えるのだ。


「…でも、これ、形が」


男はじろじろと袋を見つめる。どうやら思い描いていたものと違ったようだ。爆弾みたいなものと言っていた。お菓子が爆弾になるわけがない。香奈枝のマフィンは別だが。


「クッキー、嫌い?」


男の曇った表情にだんだん心配になってきたのだろう。香奈枝はおずおずと尋ねる。

ハッとした男は、いや、と首を振る。


「それなら…よかったけど」


依然不安げな様子の香奈枝を、しばらく男は興味深げに見つめていた。しかし何を思ったか、ラッピングを解き、中から一枚クッキーを取り出す。そしてそれを閉じられた香奈枝の唇に押し付けた。


「食え」


ぐいぐいと押しつけられ、仕方なく口を開いて食べさせられる香奈枝。男はにやりと満足げだ。


「美味いか?」


ざくざく、と食べた後、香奈枝は自信を持って頷いた。なんたって料理上手な友人のお墨付きだ。思わずその美味しさに頬が緩む。


「へぇ、美味いんだ」

「もしかして、毒味させた?」

「食わせてみたかった」

「はあ?」


呆れ顔の香奈枝に、男は極上の笑みを見せ、指先についたクッキーの欠片を舐めとった。直後、香奈枝は全身がカッと熱くなるのを感じた。なんだか見てはいけないものを見た気分だ。男がくいと眉を上げたので、なんとか話題を変えようと慌てる。


「あ、あのさ、この前までここにいた山内さんって人、覚えてる?あ、あの人がね、凄くカッコいいって言ってたよ」

「俺を?」

「うん。山内さんって、こうナイスバディの」

「ふーん」


興味なさそうだ。こう、ナイスバディの?!ってもっと食いついてもいいんじゃないだろうか、と香奈枝は思う。


「おまえは?」

「へ?」

「おまえは俺のこと、そう思う?」

「そう…」


香奈枝はとりあえず男をじっと見つめる。聞かれたからにはしっかり観察してみようというわけだ。男はたじろぐことなく香奈枝を見つめ返す。おかしな雰囲気だった。


「うーん、確かにカッコいいかなあ。あ、彼女いるとか」


山内さんに興味がなかったのは、と言外に付け足す香奈枝。


「いると思うか?」

「思う」


くは、と笑う男。その笑いはどっちだろうか。


「おまえは?」


応える前に聞き返すんだ、と思い、ならば自分も質問で返そうと思い立つ。


「いたらどうする?」


どうもしないだろう。しかし、いると思うか、と聞くだけでは芸がない。

男はすっと笑みを消した。


「殺す」

「…へ?」


思わず固まると、男はまた深い笑みを取り出した。


「言ったみただけだっつの」


なんだ冗談か、と安堵する香奈枝。


「まあ、確かに今の台詞渋いもんね。私も今度言ってみようかなあ」

「はは、どんな風に?」

「うーん、あたしだけ愛してくれなきゃ殺してやる!みたいな昼ドラ主人公も真っ青な台詞とか」

「あたしだけ、ねえ。まあ、言われてみてぇかも」

「言われてそうだよ」

「俺が?」

「うん」

「いまいち想像出来ねぇな」


男はカウンターに肘をつき、少し考え、ぐいと香奈枝のほうに身を乗り出した。ちょいちょい、と香奈枝を知覚に呼ぶ。香奈枝は大人しくその指示に従い、カウンターに腕と顎を乗せる。


「――なあ、今ちょっと言ってみてくれねえか?おまえ風に」

「私風か、なるほど」

「ほら」


香奈枝はしばらく思考を巡らし、男の目を見つめた。香奈枝は出来うる限りの演技をした。


「…私だけ愛して。でないとあんたを殺して死んでやる」


男の顔から笑みが抜け落ちる。真剣なまなざしに香奈枝は少し恐怖を感じた。


「…どう?」


おずおずと尋ねると、男はようやく普段の笑みを取り戻す。


「死んでやるってのがどうもな」

「どうも?」

「信ぴょう性に欠ける」


信ぴょう性、と香奈枝は繰り返した。


「まあ殺されたあとじゃ死んだかどうか確認できないもんね」

「そうじゃねえし」


男は香奈枝の回答に溜息をつく。


「お前の場合、なんていうか、死ぬとかそういうのに信ぴょう性がない」


ずばりと言われ、確かにそうかもと思う。あまり死について考えたことはない。


「でもさ、ホントのところ、死なないかもしれないけど、もしも好きな人が死んじゃったら、死ぬほど泣くと思うなあ」

「死ぬほど泣く、ね」

「死ねないけど、ずっと泣き暮らすかも」

「……」

「好きになった人をさ、そう簡単には忘れられないよ、たぶん私は。だからと言って、愛してもらえないから殺すなんて大それたこともできない」

「へぇ、なんで?」

「だって、愛って一人だけのものじゃないじゃん。ものを愛するのと違うんだよ。相手も生きてるんだから」

「…」

「はは、でもそんなこと言っても、ただそれって、一人占めにしたいってくらい好きになったことがないからかもね。恋をするのは簡単だと思うんだけど、愛は難しいなあ」

「難しい?」

「恋は多分、自分勝手なんだよ。でも愛は、もっと」

「もっと?」


男が促す。香奈枝は微笑んだ。


「相手を知らないと、駄目な気がする」


男は苦笑した。その表情に影が差す。


「そうだな」


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