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KURZVORTOD  作者: 貴遊あきら
第三章
18/64

対照的な雰囲気、と言えばそれがきっと一番的を射た表現だろう。


窓から差し込んでくる朝の光はとても心地よい。明るく照らされた教室の雰囲気は普段どおり穏やかなものだ。この時間はまだ生徒が少なく、空いている席がぽつぽつ見受けられた。


生徒たちの雑談。ひそひそ。くすくす。はははは。

天気が良いのも手伝ってか、生徒たちの声は一段と楽しげに聞こえる。


そんな中で、ぐったりと机に突っ伏しているのは藤宮寛子。この世の終わりだ、と言わんばかりである。対照的にうきうきと楽しげな雰囲気を隠そうともしない上機嫌な笑みを浮かべているのは彼女の友人、吉村香奈枝。世界はバラ色!…とまでは言わないが、たいへん喜ばしい様子である。


「ううう…」


と寛子が呻く。

もしかすると今すぐ死ぬかも、そんな雰囲気だ。さすがの香奈枝も自分の楽しげな雰囲気を抑え、友人の顔を覗き込む。


「寛子、大丈夫?」


すると、寛子は大丈夫なわけないじゃない、とばかりに主張する顔をのっそりと上げた。


「うわ、顔死んでる」


正直な感想を述べる香奈枝に、寛子は静かに苦笑した。


「どうかしたの?」


これでどうかしてなかったらそれこそおかしい。


「…足りないのよ」

「足りない?ええと、朝ごはん食べてこなかったとか?」

「ううう…ヨーグルトとパンとベーコンエッグ」

「は?」

「こんなときなのにやっぱり朝ごはんはしっかり食べちゃえる私が憎い…ああそうだ、サラダも食べた…」

「いやいや、いいと思うよそれで。朝ごはんはしっかり食べないとね。うんうん」


なんだか分からないがとりあえず慰めてみた香奈枝。いつものようにへらりと笑う。


「ううう…私、何かしたかなあ?」

「うーん」


困ったぞ、話がさっぱりわからない。香奈枝は困ったように笑う。


「あっ、もしかして!美味しくなかったのかな…?」

「美味しくなかった?」


と聞き返し、ああなるほどと合点が行く。要するに、あの美貌の先生が絡んでいるようだ。そう解釈する。


「いやいや、寛子のお菓子は世界一だよ。もしかすると宇宙一?大気圏外?」

「大気圏外は褒めてないと思うわよ」

「いやだなあ、ぶっとんでるって意味だよ」


ははは、と頭を掻きながら笑う香奈枝。それを見、うーんと唸る寛子。


「私、何かしたかなあ?」

「いやいや、だから…なんだかよく分からないけど、すっぱり本人に聞いてきなよ。なんだかよく分かんないけど」


さらりと本音を零す。そんな香奈枝をしばらくじっと見つめ、寛子はふぅと溜息をつく。


「…英語科、昼休みに行ってみようかなあ」


ようやくそう呟いた友人に、香奈枝は心の底からホッとした。


「おはよう、藤宮さん」


ふいにそんな声が聞こえ、二人が見上げると、愛想のよい笑みを浮かべた平良直人が立っていた。こんなに近くで見たのは初めてかもしれない、と香奈枝は思う。


「吉村さんも、おはよう」


そう言ってまたにっこり。


(も?)


と香奈枝は内心繰り返す。


「おはよう。平良くん」


そう応えながら、そういえば私の名前知ってたんだこの人、と感心する香奈枝。平良は寛子のほうに再び視線を向ける。まるで挨拶が返ってくるのを待っているようだった。


「藤宮さん、また何か落ち込んでる?」


自分の席に腰かけるとすぐに、平良はそう尋ねた。


(また?)


と香奈枝は内心訝しがる。正直にいえば、藤宮さんと馴れ馴れしく話しかけてくる平良の存在を疎ましく思う彼女もいた。どう見ても嬉しそうには見えない寛子の表情を見れば余計に、だ。まさか寛子のことが好きなんだろうか。だとしたら残念無念来世に期待。寛子はあの美貌の先生に心を奪われているのだから。


(あんたの出る幕なんてないんだから)


と心の中で嫌な笑みを浮かべた。


「別に」


と寛子はやはり平良に対して素っ気ない。


「あ、どうしてって聞かないんだ?」


くすくす笑う平良。寛子の眉間にしわが寄る。


「一度言われたことは覚えておいたほうがいいわよ。それが物わかりのいい人間なんだから」

「いつ俺がそんなだって?」


平良はにっこりと笑う。綺麗な笑みだけに、香奈枝はうすら寒いものを感じた。寛子は冷たく見返すだけだ。


「気のせいだったみたいね」

「俺の見解はどうやら当りみたいだけどね。藤宮さん、見た目じゃ測りきれないくらい面白いよ」


そう言った後、今度はちらと香奈枝を見、ふわりと笑った。


「吉村さんって、藤宮さんといつも一緒にいるよね」

「親友だからね!」


香奈枝は声高に主張した。寛子と平良、二人の会話を聞いていて、その中での寛子がまるで自分の知らない寛子に思えたからだった。大人っぽいというか、会話の二歩三歩を飛び越えながら、気を抜けばあっという間に置いてきぼりをくらいそうな。

くすくす、と平良が小さく笑った。決して嫌みなふうではなかったが、子供っぽいと言外に言われているように感じられた。


「いいね、親友。そういう存在がいるって、羨ましいな」

「平良君も作ったら?あ、寛子は駄目だよ。もう私の親友だから。これからずっと親友指定席は予約でいっぱいだからね!」

「残念だな。でもまあ、席は色々あるしね」


平良が少し残念そうに、しかしそれだけではない憂いを込めた表情を見せたとき、HR開始のチャイムが鳴り、担任教師が教室の扉を開けた。平良の最後の言葉が気になった香奈枝だが、しぶしぶ自分の席に戻る。その背を見送りながら寛子は小さくため息をつく。


「面白いね、彼女。君には到底及ばないけど」


ひそりと囁かれた平良のそんな言葉に、寛子は再び眉根を寄せた。


「脅かさないでって、言ったわよね」

「そんなに警戒しなくても、別に大丈夫だと思うよ。それに、…正直言うとさ、そんなに冷たくされると、ちょっと傷つくというか…俺のこと、そんなに嫌い?」


苦笑交じりで言う平良の顔は、文字通り「傷ついた」表情をしていた。さすがの寛子も、両親が痛んだのだろう。ちらと平良の顔を伺う様に見て、言う。


「…嫌いとか、そういうんじゃないわ。あなただけじゃなくて、人には、大体こんな感じよ、たぶん」

「たぶん?」

「良く分からないのよ。まともに話すのは香奈枝くらい。他にどう接するかなんて」


平良とあまり関わりたくないと思っていたことは本当だが、もし関わるとしてもその方法を寛子は良く知らなかった。香奈枝以外の女友達がいないわけではない。ただその女友達は、どちらかと言えば、香奈枝がいるから寛子の側にもいるというだけのことで、香奈枝がいなければ彼女たちといる必要性さえないと思うのが本当のところだった。ならばどのように香奈枝と友達になったのか、親友だと主張してくれるようになったのか。今でも寛子はどうしてだろうと思う。友達になろうと言ってきたのは香奈枝のほうで、歩み寄るのも香奈枝のほうからだった。そう考えると、つくづく香奈枝とは不思議な存在だと思う。


(香奈枝といると、まるで普通の高校生みたい)


何を持って普通とするか寛子ははっきり分からなかったが、少なくとも自分は普通の高校生という枠からは逸脱しているだろう。しかし、香奈枝といる自分は、「普通の高校生」の枠にきちんとはまっている、そんな気がしたのだ。


「なるほど」


と平良は何やら納得したようだった。再び親しみやすい笑みを浮かべ、寛子をじっと見つめる。


「じゃあさ」


と光に満ち満ちた瞳で見つめる。寛子が訝しげな面持ちになると、彼は小さく笑った。


「吉村さんと同じところから、俺も始めてみてもいい?」

「どういう意味?」

「まともに話す、ってところ。それを人は友達と言う」

「ともだち」

「そ、友達。俺のことを嫌いなら無理強いするつもりはなかったんだけどさ、ただ接し方を知らないんだったら、友達になってほしいなって思ったんだ」


(友達)


と寛子は反芻した。


男の子と友達。そういえば、友達なんて関係を異性と結んだことなどあっただろうか。もしかすると幼稚園時代にはあったかもしれないが、正直覚えていなかった。友達。ともだち。トモダチ。悪くない響きだと寛子は思った。男を挟んでの関係なんて、嫉妬や憎悪、恋愛のこまごました面倒なものだと思っていたので、爽やかな「友達」と言う言葉は寛子に新鮮に響いた。ただ、その相手が平良となると少し不安だったが。何しろ、クラスの半数以上が彼に好意を持っていてもおかしくない容貌をしているのだから。


「どう、俺と友達。嫌?」

「…嫌、とかじゃないけど」


困るかもしれない、というのが本音だ。


「もしもさ、俺たちが仲良く話して誰かに何か言われたら、友達だからって言えばいいんだ」

「なるほど」


妙に納得させられた。友達だから。魔法の言葉に違いない。


「それなら…まあ」

「ホント?あ、じゃあ決まり」


平良は嬉しそうに笑う。それを見て、寛子も思わず笑みを浮かべた。黒板の前では担任教師が何か連絡事項を伝えている。寛子はハッとして彼の言葉に耳を傾けた。

その隣で、寛子の横顔を見つめながら、平良は人知れず口角を上げた。


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