表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

1-7 畑の拡張、そして探索へ

純が村人達とこれからの予定を決め、食事や村人への挨拶を済ませた頃にはすっかり日が暮れていた。


 村長であるミヤツブやフィル、村人の皆は今からでも自分達に出来ることをやろうと意気込んでいたが長期の移動で疲れも相当溜まっていたのだろう。


 純が「仮眠を取るつもりで少し休んでも大丈夫ですよ?」と干し草で出来た寝床で休憩を取る事を勧めたら皆はすぐに眠りへと付いてしまった。



 全員が眠りに付いた事を確認してから、純は斧とハンマーを手に持ち迷宮の外へと出る。当然、やる事は畑の拡張だ。


 前の世界であれば夜は夜行性の獣が出る可能性等があり危険だったが、今いる世界ではその心配は無い。全て削除されてしまっているから当然だ。


 むしろ蒸し暑い日中に比べれば体感温度が涼しい夜の方が仕事は捗るかもしれない。


 空には純の世界で言う月が浮かんでいる。尤も、その大きさは純の知る物よりかなり巨大な物であったが……。

 月はその大きさに比例するかのように強い銀白の光を放ち、大地を照らしている。夜と言っても視界の確保は十分だった。


「さぁ、畑を広げるか。まずは整地からだ」


 斧とハンマーを担いだ純は作業を開始する。

 

 木を切り、ハンマーで邪魔な岩を砕き、桑で大地を耕す。

 純は農家の達人と言うスキルを持っているので、作業効率は抜群だ。


 数時間の作業によって森の一部は平地になり、大地は規則正しく耕される。


 元々の純が管理していた畑は10m×10m程度の大きさの物が4つ。

 イメージ的には純の祖父母が管理していた家庭菜園サイズを複数作った感じであったが、今回は純が管理している10m×10m程度の畑をさらに増やす事で拡大を目指してみた。

 その方が村人で畑管理をする時に担当する場所やグループ分けを行いやすいと考えたからだ。


「ふぅ、結構沢山の畑を作ったな」


 純は自分が新たに作った50個の畑を見て満足気に呟く。


 だが、全ての畑を合わせると約1500坪もある。

 かなり大規模な畑であり、26人分の食料を供給すると言う目的にしては巨大すぎるかもしれない。


 純も正直に言えば「作りすぎたか?」と思ってもいたが、農家をやっていた隣のおじさんは14000坪の畑。つまり東京ドームとほぼ同じくらいの大きさの畑を持っていたのを思い出す。


 そのくらいの大きさの畑もあるのだからこの位の畑があっても変じゃないよね? と思った純はあまり気にしない事にした。


 田舎者独特の感覚麻痺である。


「種まきや水やりは他の皆が出来るだろうし、これで明日は村の外へ出かける事に集中出来るな! 後はフィル達の村を襲った魔獣がコッチに来た時の対策も一応しておくか」


 魔獣襲来を危惧した純は普段使用している畑の一面に向かう。

 そして、畑で量産していた炎を吐く魔獣『ファイヤーフラワー』を根っこごと取り出し、迷宮付近や畑の四隅に埋め直しておいた。


 普段は料理を行う際の火元として使うファイヤーフラワーであるが、口から吹き出す炎の火力は以外と強力だ。迷宮を守る上で、魔獣の足止めくらいは十分に出来るだろう。


「よし、お前達。迷宮に魔獣が近づいたら容赦なく炎を浴びせるんだ。出来る限り敵を足止めして、村人が逃げる時間を稼ぐんだぞ」

「キィィィー!」


 純の命令を聞いたファイヤーフラワー達は茎をクネクネさせながら、返事をする様に鳴き声を上げていた。


「これで魔獣対策は終了かな。出来る限りの事はやったし、俺も明日に備えて眠らなくっちゃなー」


 こうして、自分が行うべき仕事を行った純は明日の探索に備えるために迷宮の中へと戻っていく事にした。


―◆―◆―◆―


 そして、妖精族の受け入れと畑の拡張を行った翌日。


「な、なんじゃこりゃー!」


 迷宮の中に響き渡る様なミヤツブの叫び声。そんな叫び超えの後に続く村人達の騒ぎ声で純は目覚めた。


 寝むい瞼を擦りながら純は身体を起こす。辺りを見渡してみると村長を含めた村人達が迷宮の外へ繋がる扉付近で騒いでいる様子が目に入った。


 こんな早朝から何を騒いでいるんだ……。そんな事を考えがえながらボケーっとしているとミヤツブが純の元へ駆け寄ってきた。


「ネコミヤ殿! 外のアレはどうなっているのです!?」

「アレ?」


 目を見開きながら純を問いただすミヤツブ。

 一歩で純は慌てるミヤツブを見つめながら「何か外にあったか? トマティが逃げ出して驚いてるのか?」と適当な事を考えていた。


「トマティなら大丈夫ですよ。確かに力が強くて比較的強い魔獣ですけど、俺が種子から育てた魔獣は俺の言うとおりに動くので。安心して下さい」

「いやいや、そうじゃないですぞ! 我々が聞いているのは外に出来た巨大な畑の事! あんな巨大な畑は昨日までなかったじゃろ!?」


 そこまで話しを聞いてようやく納得が出来た。

 村長達は純が昨日作った大きすぎる畑の出現を騒いでいるのだ。


 そう言えば畑を作る事を説明する前に作業を開始しちゃったなー。やっぱり大きすぎて迷惑だったかなー等。相変わらず純はのんびりとした思考を抱いていた。


「あぁ、アレの事ですね。昨日俺が作ったんですよ」

「ひ、一晩でアレを作ったじゃと……? 木とか岩とか邪魔なオブジェはどうしたのじゃ」

「木は斧で切って、岩はハンマーで砕きました。オブジェって壊した後は何も残らず消えるので作業はスムーズに進みましたよ」


 出来る事が当たり前。そう言いたげな純を見て村長を含めた村人達は驚く事しか出来なかった。


「いや、だからと言ってこれ程に早く進む物なのか? 最初に見たネコミヤ殿の畑を作るにしても普通は数日掛かるものだと言うのに……」

「俺に迷宮族として与えられた能力は農家に関する物ですからね。逆に言えばこの程度の事しか出来ないんですよ」

「迷宮族の特殊能力。それならこの現象にも納得が付くかもしれないが……」


 純の説明を聞いて納得気に頷くミヤツブ。

 他の村人も同様に納得する。それだけ迷宮族の特殊能力と言う物は凄い力を秘めているらしい。


「さすがは迷宮族。我々とは根本的に持つ力が違う。いや、ネコミヤ殿の力が非常に稀少な能力に部類されると言った方が良いのかもしれぬな。下手をすればこの世界の常識を変えてしまう程に……」

「いやいや、そんな大層な力じゃないですよ」

「謙遜なされるな。ネコミヤ殿は今の問題が解決すれば一度都市へ向かい他の迷宮族と会われるのも良いかもしれないの。今の世界を見ればネコミヤ殿の持つ力が如何に需要があるか分かるじゃろうし」


 それはどういうことなのか? と聞きたい気持ちをグッと抑えこむ。


 他の迷宮族が管理する都市には勿論興味がある。

 だが、今は目先の問題を解決する事の方が先決だと思ったからだ。


「その話しは問題が解決してからゆっくりと教えて下さい。今は廃村の探索を優先的に行っていきましょう」

「分かっておりますよ。それよりもネコミヤ殿、本当に廃村の探索に行かせるのは案内役一人でよろしいのでしょうか。ある程度の人数を割いた方が武器や資源をより多く運び出せますが?」

「えぇ、大丈夫ですよ。皆さんにはこの畑の種まきや水やりを頼みたいんで、そっちの方に人員を当て下さい」


 ニコヤカな笑みを浮かべつつ植物型魔獣の種子を手渡す純。

 村長と村人は目の前に広がる広大な畑を見て、明らかに困惑していた。


「えっと、畑の規模を少なくすると言う手もありますよ。 ネコミヤ殿と案内一人では運ぶのも大変でしょう」

「大丈夫。勿論、武器を運び出す方法は他にありますから」


 純の言葉を聞いてミヤツブは頭を傾げる。

 馬も荷車も無い現状でどのように一人で大量の資源を運ぶのか検討がつかないのだろう。


 そんな様子のミヤツブを他所に純は自分が管理していた畑の一角へ向かう。


 そして素手で何かを引き千切る。要は収穫を始めたのだ。


「ネコミヤ殿は何をやられているのだ……?」

「村長、あれはトマティだと思います」

「トマティ? それは食べ物なのか」

「えぇ、初めてネコミヤさんに会った時に食べさせてもらったんです。……アイテム化もせずに丸々煮込んであったので良く覚えてます」


 嫌な事を思い出して青ざめながらもフィルは純が回収しているのがトマティだと気がついたようだ。


 だが、それを何に使うのかまではわからなかったのか、不思議そうな視線を純に向けている。

 パッと見で気がつける事は純がトマティを黙々と回収している事。もう一つはトマティの大きさがフィルの食べた物より少し大きい事くらいだろう。


 何が起こるのか興味を持ったのか、フィルは純が作業をしている畑まで駆け寄った。他の者もフィルの後に続いて純の周りに集まっていく。


 純が鼻歌まじりにトマティの収穫を始めてから数分後。

 全部で約30個のトマティが収穫されていた。


「これをどう使うんですか?」


 興味深々な様子のフィル。

 そんなフィルの応える様に純はニッコリと笑ってみせる。


「まぁ、見てよ。ブラッド・トマティ達、隊列を組め!」


 純が一声号令を掛けると収穫された30匹のトマティが一斉に規則正しく並び始めた。

 「敬礼っ!」と号令を掛ければ全員がビシッと敬礼を決める。


「なんと、魔獣が言うことを完全に聞いておるじゃと!?」

「もしかして、モンスターテイムですか? これも迷宮族の能力……」

「あぁ、種子から育てた魔獣を使役する事が出来るんだ。で、トマティは凄く力が強い。俺が品種改良したブラッド・トマティはさらに筋力が上がってる。それだけの力持ちが30匹もいるんだ」


 ちなみに品種改良とは純が作るポーションを水代わりに上げたり、他の種類の魔獣と子作りさせる事で新種の魔獣を生み出す事だ。

 今回のブラッド・トマティ達は純自作の『回復ポーション』を与え続けられた結果、通常の者より力が強い個体が生まれたと言うわけだ。


 これだけ数がいれば武器を運び出すくらい俺一人で大丈夫だろ? と言う意見。そして目の前で純の命令を完璧に聞いているトマティ達。

 先程の農業に関する冗談の様な能力の事も合わさり村人達はようやく気がついた。


 ネコミヤ=ジュンと言う迷宮族は自分達が想定していた以上に強力かつ稀少な能力を複数所持している事。その事を純自身がまったく理解出来ていない事。


 純本人が気がついていない様々な事に気がついてしまった。

 ついでに、自分達が巨大な畑の世話もしなければ行けない事も悟った。


「これなら確かに一人でも十分な量の武器が運べますな……」

「というわけで皆さんは畑の管理をよろしくお願いしますね。ちょっと大きくて大変でしょうが、余った分は一ヶ月後に来る商人にでも売って村を取り戻す資金に当てましょう」


 心の中で「ちょっと所の騒ぎじゃないよ!」と叫んだ人は大勢いたかもしれない。

 しかし、笑顔で「村を取り戻すための資金作り」を主張した純に畑の縮小を求められる人は誰一人としていなかった。


 いや、今も純の善意で迷宮の恩恵を無償で頂いている身なのだ。

 例え迷宮付近がブラックな労働環境になっても文句を言わずに働くしか道は残っていない。


 村長のミヤツブを含め深い溜息を付く者が何人かいたかもしれないが、残念な事に純の耳へは届かなかった。


「では、そろそろ出かけてこようと思います。俺の案内をしてくれるのは誰ですか?」

「はい、私です!」


 純の問いかけに対して元気よく手を上げている茶髪の少女。今のところ純に最も接点が多いフィルだった。


「俺と行くのはフィルだね。準備の方は?」

「バッチリです!」


 ジャジャ~ンと効果音が鳴り響きそうな勢いで用意したバッグをフィルは見せてくれた。中には地図や食料が入っているらしい。


「よし、それじゃあ道案内よろしくね。ミヤツブさんと皆も各自無理はしないように。昨日寝ていた場所にある宝箱の中には自作のポーションが幾つかあるから疲れたら飲んでおいて下さいね。あ、毒物とかもあるので気をつけて下さい!」

「皆、頑張ってね! 行ってきますー!!」


 こうして純とフィルの二人は30匹のお供を連れて廃村探索に出かけていった。





 その後、残された村人達は手渡された種子と広大な畑を見て力無く呟いた。


「村長、我々の指揮を取って下さい……」

「うむ、とりあえず宝箱の中にあるネコミヤ殿の作ったポーションの確認じゃな。我々が過労死しないための必須アイテムになるじゃろう」

「毒物もあるとか言ってましたよ……」

「言ってたのぉ。間違えて飲まないように注意しなくてはな」


 純とフィルの二人が立ち去った後も目の前が真っ暗になり倒れそうな人が大勢いた。

 だが、やらなければいけない。自分達を救おうと頑張る純のためにも。


「よし、久々の戦闘態勢じゃ。指揮は儂が取る。各自ペース配分を間違えることの無いように!」

「了解!!」


 こうして純とフィルの知らぬ間に植物との死闘を繰り広げる事になる村人達。

 

 この勇気ある村人達が今の環境に適応するのはそう遠くない話しである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ