1-6 迷宮族としての責任(保護欲)
フィルが迷宮の外へ出てから数分後。
先程話に出た村人達がぞろぞろと純の管理する迷宮に入ってきた。
その先頭を切って歩いていた人物。村長と思われる人物は他の皆より前に出て純の元へやってくる。
「ネコミヤ殿、お初にお目に掛かります。私達はこの近隣に住む妖精の一族でございます。この度は迷宮の付近で過ごすこと、迷宮の恩恵をいただける許可の2つを頂き誠にありがとうございます」
「あ、はい」
「申し遅れました、私は村の村長をやっていたミヤツブと申します。私の後ろにいるのが今日からお世話になります村人25名です。どうぞよろしくお願い致しますぞ」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
村長であると言うミヤツブは小さい背丈と立派な髭が印象的なお爺ちゃんだった。そのミヤツブが深く頭を下げると同時に後ろで控える25人の村人達も一斉に頭を下げる。
中々にプレッシャーを感じる光景だ。人の前に立つ事を慣れていない純であれば逃げ出したくなっても可笑しくはなかったかもしれない。
だが、不思議と逃げ出したいと言う気持ちは生まれなかった。
代わりに純が抱いた感情は困惑。
純はその村人達が集った宝部屋兼自室を見渡して唖然とする事しか出来なかった。
「どうかなされましたか、ネコミヤ殿?」
「あ、いや、皆さんお若いなーと思って」
「我々は妖精族。他の種族と比べると子供的な見た目が特徴ですので、困惑する気持ちも分かりますぞ。まぁ、ほとんどの者はネコミヤ殿より年上の大人ですじゃ。生活はしっかり自立できるので安心して下さい」
ロリとショタだった。純の元を訪れた村人達は美少女、美少年のロリショタ軍団で村長であるミヤツブ以外の容姿が全員子供その物なのだ。
まるで小学生の集団が老人の先生と遠足に来るような光景。しかもほとんどの人が純よりも年上だと言う。
さすがにこの光景を見て困惑を感じない地球出身者はいないだろう。
「なんと言うか、保護欲が湧きそうだな。断じてロリコン的な思考ではないぞ」
「ロリコン? それは何でしょうか」
「いえいえ、何でもないです。本当にやましいことは何も考えてません」
まぁ、生活が自立すると言うなら問題はない。
妖精族はこう言う者達なのだと言うことを自分に納得させ思考を切り替える。
気持ちを落ち着かせた純は今後についての話しを皆の前で行うことにした。
「最初に聞きたいのだけど、皆さんは避難する時にどのくらい荷物を持ち出せましたか?」
「生き延びる事。それだけを考えていたので数日分の食料だけですな。食料はまだ残りがあるので後4日程は持ちそうじゃ」
4日程度の食料はあるらしい。純の管理する畑で取れる食料も合わせれば何日かは過ごせるだろう。
だが、長期的な事を考えれば今の畑だけでは食料の生産が間に合わない。
誰かが迷宮内で魔獣を倒し、直接食料を取れれば良いのだが……。
「そうですか……。俺の管理する迷宮では植物型の魔獣が野菜や果実等の食料をドロップします。この中で魔獣を倒せる者、もしくは武器を扱える者はいますか?」
「我々は農業を行うため、ほとんどの者が簡単な水属性魔法を使えますがどうでしょうか?」
「水属性ですか。やってみないと分からないですが多分厳しいと思います」
純の管理する魔獣達はジョウロで水を与えると元気になる。と言うか活性化する事を思い出す。
もしかしたら、植物系の魔獣に水を与える事は禁忌なのかもしれないのだ。
「確かに、植物系の魔獣であれば水を得意とする魔獣が多いかもしれませんの」
「根を腐らせる程に水を与えれば可能性はあるかもですが……」
「それだと魔力の消耗が激しすぎですな。到底食料を集める事は出来なそうじゃの。素手では魔獣を倒せない……。となれば、この中で魔獣を倒せるのは数人だけいる火属性の魔法を使える者でしょうが、やはり必要なだけの食料を揃えられない」
一言で言えば戦力が足りていない。
純が魔獣を倒して食材をゲットする事が出来れば一人で何とか出来たかもしれない。だが、困った事に純は【種子化】と言う厄介なスキル所持者だ。
本来ならばレアドロップである植物系魔獣の種子ドロップ率が約99%になると言う効果を持つ。だからこそ、純は100体の魔獣を倒してようやく食料が一つ入るか入らないかと言う確率でしか食材が手に入らない。
一人で暮らしていくなら食料の確保は可能であったが、26人分の食料となれば話は別だ。食料を集めるのに時間が足りない。
やはり、村人が自分たちで食料を確保する必要性があった。
「敵自体は大して強くないです。だから、武器があればなんとかなると思うのです。皆さんは桑や斧、ハンマーや鎌で戦えますか?」
「えぇ、武器があれば……。農具で魔獣と戦うのはさすがに無理だと思いますが?」
「ですよねー。農具は武器じゃないですもんね」
純が持つ強力な武器の数々はあっけなく否定された。
まぁ、普通は武器として使わないので当然と言えば当然だが。
とは言え、現状はかなり詰んでいる。
純が思った以上に初っ端から色々と詰んでいる。正直、いきなりここまで詰むとは思ってもみなかった。
早くも純の豆腐メンタルはグシャリと音を立てて押しつぶされそうだ。
「うぅ、とりあえず俺が管理する畑があるので7日は食料が保つと思います。俺の畑で育てる魔獣は日の照り具合にもよりますけどだいたい2週間で実を付けます。畑の拡張を始めれば村人全員が食料に困らない程度の供給が出来る様になる筈なんです」
「つまり、2週間生き残れば良い。そういう訳ですな」
「はい。だけど、一週間も食料無しだと飢餓で苦しむ人が出ますよね……」
「我々が持っている食料4日分と言うのも一日の消費量をかなり抑えた上で出した予測ですしの……。やはり迷宮から自力で食材を得る手段が何か無くては」
純とミヤツブの二人はそこまで話し合った後に黙り込んでしまう。
二人共現状を打開する策を検討しているのだ。純は迷宮族として、ミヤツブは村人を守る村長として。必死に何か案は無い物かと考える。
だが、何も良案が思いつかない。
思いついたとしても、純が迷宮にて植物型魔獣を乱獲すると言う気休め程度の案しか出せなかった。
ミヤツブの後ろにはちょっと涙目になっている妖精族の村人達が大勢いる。
そして大勢の幼児村人達は涙の溜まった目で純の事をジッと見つめてくる。
『パパ、私達のご飯ないの? うちそんなに貧乏なの?』
『ごめんね、俺にもっと収入があれば……』
純のイメージ的にはこんな感じの状況だ。ロリとショタに涙目で見つめられているので純の心はズキズキ痛む。
精神衛生的な面でも早急に対応策を立てた方が良さそうだった。
「あの、すみません……。一つ案があるのですが」
二人の沈黙を破ったのは茶髪の小さな少女。
純が迷宮の前で助けたフィルだった。
「ネコミヤ殿、フィルは村で一番頭の回る賢い子じゃ! ぜひ彼女の案を聞いてはくれんかの?」
「えぇ、勿論。何か言い案があるのかな?」
純が尋ねるとフィルは「はいっ!」と元気の良い返事をした後、手に持つ鞄から紙の様な物を一つ出す。
それを純とミヤツブの前で広げて見せる。
紙には規則正しく引かれた線と、沢山の赤い丸印。そして地形の様な物が描かれていた。
「もしかして、地図?」
「はい、その通りです! 今、私達がいるのはここら辺ですよね」
そう言ってフィルが指差した場所には樹の絵が書いてある。
純も目にした東京タワー並みの巨大な大樹の事だろう。
「ネコミヤさんは私が話したフィールド型迷宮の話し覚えてますか?」
「うん、確か知恵を持つ魔獣が多く出るって言う所だよね。5年前に都市への道を塞いだ迷惑な迷宮だったかな」
「はい、正解です。そして、都市からの道を防がれ必要物資が運ばれ無くなったんです。他の迷宮に住む村人達の多くは自分達が生きるために恩恵を受けていた迷宮の元を離れて行きました。つまり廃村と言う扱いになっているのです」
「その迷宮を担当していた迷宮族はどうなったんだ?」
「迷宮族の寿命は迷宮の規模によって変わるんです。ここら辺にある村も元々小さな迷宮に集った小規模な物でした。自分の寿命も近かった事、外の人の力を借りずに迷宮の魔獣を管理出来る自信が無かったと言う事もあって迷宮の機能を停止したと私達は聞いています」
フィルは悲しそうな顔をしながら他の迷宮が無くなった経緯を話していた。
迷宮と迷宮族は一心同体。その迷宮が機能を失うと言う事は、迷宮族もいなくなる事を意味している。
少なくとも、楽しげに語れる話題でない事は確かだった。
「さて、話しを戻しましょう。ここから少し離れた位置に幾つかの廃村があるんです。他の迷宮を目指した村人達の大勢は今の私達と同じく食料や水、貴重品を持って出かけたと思います。でも、逆に言えば……」
「成る程、迷宮内の魔獣を狩る武器が廃村に残ってる可能性が高いわけだ」
この世界は既に資源が迷宮以外からは取れない仕組みになっている。
つまり、魔獣も迷宮から逃げ出さない限りは現れない。それどころか、迷宮の外であれば生物に出くわす可能性も少ないのだ。
生存率を高めつつ遠くの迷宮を目指す場合、武器を持ち歩くより少しでも多くの食料を持つ方が良いのも確かなことだった。
「この地図に書いてある印が廃村の場所です。ここまで行き、武器や資源を確保する。そうすれば、ネコミヤさんの迷宮で1週間分の食料を手に入れるくらいなんとかなるのではないでしょうか?」
「確かに大丈夫だ。迷宮の魔獣はそんなに強くないからね。それにしてもフィルは凄いな。俺には廃村で資源を回収する案なんて全然浮かばなかったのに」
「ほ、褒めても照れちゃうだけなんで止めてください!」
そう言って両手で顔を覆い隠すフィルの顔は真っ赤になっていた。
どうやら、相当な照れ屋さんの様だ。思わず純はほっこりとした気分になってしまう。
「わわっ、ジッと見つめないでください! ネコミヤさん意地悪な人ですか……?」
「おっと、ゴメン。それじゃあ話しを戻すとして。一番近くにある迷宮まで行くにはどの程度の時間が掛かりそうかな」
「休憩や睡眠時間を考えると1日くらいですかね。往復で2日ってところです」
今あるのは7日分の食料。それだけあれば純が管理する迷宮に食材を取りに行く準備を整えるまで少し猶予がある。
村の皆は疲れているだろうから今日は休んでもらう。その間に純が畑を拡張して、次の日から水やり等の畑管理を他の村人に任せれば……。
廃村に行き武器や資源を回収する事は十分に可能だ。
後は地図を読んで案内してくれる人がいれば完璧だろう。
「成る程、それなら大丈夫そうだ」
「おぉ、本当ですかの!」
純の頼もしい発言を聞き、村長であるミヤツブは勿論の事ロリとショタの村人達も歓喜の声を上げ始める。
純の隣ではフィルも嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「よし、そうとなれば早速行動を始めなくちゃな。ミヤツブさん、一つお願いがあるのですが大丈夫ですか」
「えぇ、もちろんですとも。ネコミヤ殿の言うことなら何でもお聞きしますぞ!」
「それじゃあ、村に残って畑の管理をするグループ、迷宮で食料を集めるグループ、廃村へ向けて案内を行う人。この3グループへの人選をお願いしてもいいですか」
「畏まりましたぞ! フィルと相談して今日中には決めて置くとしましょう」
「へ、何で私なんですか?」
「お主が村で一番賢いからじゃ! 村長である儂よりもな!!」
やけに元気がよくなったミヤツブと巻き込まれて涙目になっているフィルを見て純は頼もしいと思ってしまう。
少なくとも全てを自力で乗り切ってきた3ヶ月では経験できなかった感情だ。
「俺の喋り相手ってずっと植物だったもんなー。鳴き声と会話するのも楽しかったけど」
悲しい事を口に出して呟くと同時に転生してから今日まで過ごした日々を思い出す。やっぱり、植物に話しかける位に孤独な生活だった。
かなり寂しい3ヶ月の日々を思い出し思わず涙が零れそうになる。
だが、今は違った。
自分の周りには自分を必要としてくれる人が沢山いるのだ。
少なくとも、この26人を。
迷宮族の猫宮純として守らなければ行けないと思った。
それが異世界に来て初めて純が迷宮族としての責任を持ち、誓った事でもあったのかもしれない。
「これからよろしくお願いしますね。ネコミヤさん」
「う、うん。よろしくね」
まぁ、迷宮族だからと言うよりも……。
見た目がロリとショタなので守らないと行けない気分にならざるを得なかったと言った方が正しいのかもしれない。
迷宮族としての責任(保護欲)と言う感じだった。