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1-4 環境適応

 猫宮純と言う少年が迷宮で過ごしてから3ヶ月経過したある日の出来事。


 純は転生して初めて自分以外の知的生命体との出会いを果たしていた。


「いやぁー、森で倒れていた時はビックリしたけど元気になったみたいで良かったよ。とりあえず、水を一杯どうぞ」

「え、あの、ありがとうございます……」

「あ、こっちは自慢の野菜なんだ。さっき畑で取れたばっかりだから、新鮮で美味しいと思うよ」

「畑……。さっきのアレですか?」

「そうそう。あ、もしかして生野菜苦手かな? 確かに子供は生の野菜嫌いだもんね。今から炒めるからちょっと待っててね」


 昔、宝箱を見つけた場所も今では純が暮らす居住スペースとなっていて、迷宮内で取れた木材を加工して作った椅子や机、炎を吐き出す植物を利用した簡易キッチン、柔らかい干し草で出来た寝床など、生活する上では不便の無い様な作りになっている。


 そんな純が暮らすスペースに初めての来客が来た。しかも年端も行かぬ小さき少女だ。


 初めての来客で珍しくテンションが上がる純。

 一方、少女はその顔に笑顔を浮かべているのだが妙に引きつった様な笑顔だった。困惑していると言っても良いかもしれない表情を浮かべながら、少女は純の用意した来客様の椅子に腰を掛けている。


「そう言えば、君は名前なんて言うのかな?」


 未だに名前を聞いてなかった事を思い出した純が問いかけると、少女は慌てた様子で掛けていた椅子から立ち上がる。


「助けてもらったのに名乗り忘れちゃいました。私、フィル=ブラウニーです。先程は助けていただいてありがとうございました」


 ペコリと丁寧なお辞儀をする少女はフィルと名乗った。

 この少女はつい先程迷宮の近くで倒れている所を純が保護したのだ。


「いやいや、お礼なんていらないよ。それより君って妖精族だよね? ほら、後ろに綺麗な翼がついてるし……」


 純の言葉を聞いてフィルに生える翼がピクリと揺れる。

 この透明感を感じる綺麗な羽が妖精族の独特の特徴である事は宝箱に入っていた本に書いてあったので覚えていたのだ。


「えぇ、妖精族なのですよ。この辺りじゃ珍しい種族ですかね?」

「うん、珍しいと思うよ。そんな見た目の種族は生まれて初めて見たしね」

「翼とかです?」


 不思議そうに訪ねてくるが、純も当然翼だけで判断をした訳ではない。 

 目の前の少女が妖精族だと思うもう一つの理由。それは外見的な特徴だ。


この世界には様々な種族の生き物が住んでいるが、すべての種族にはそれぞれ種族独特の特徴と言う物がある。

例えば小神族であれば尖った耳がある様に。

小人族であればとても身長が低かったり。

人魚族であれば魚の様な特徴的な鱗があったり等々。


すべての種族の基本的な特徴は宝箱に入っていた本に書かれていたので、どの種族の身体的特徴はバッチリ把握しており、妖精族の身体的特徴もちゃんと理解している。


妖精族の身体的特徴。

それは背中から生える特徴的な透明な羽と、エルフの耳に似ている少し尖った耳。

そして、多種族と比べて圧倒的に幼く見える容姿。


 ……ここまで説明すれば妖精族と言う種族がどういう身体的特徴を持っているか誰にでも分かるだろう。

 つまり、妖精族とは老若男女、すべてロリとショタのみで形成されている種族であり、歳を取る事で変わる特徴は羽の透明度のみ。それ以外は90歳を超えるまで老化と言うものを全くしないと言う。一部の特殊性癖のあるアブノーマルなお兄さんお姉さんが大喜びしそうな種族だ。


 今、目の前にいる少女の羽はとても綺麗な水色をしていながらも、透明度はかなり高いので未だ10代と言ったところだろう。

見た目も10~12歳程度にしか見えないが、そこは歳相応と言った感じだ。

 

 このフィルと言う少女は妖精族独特のとてもあどけなく見える幼い容姿をしており、尚且つ背中には透明な羽も生やしている。

少し尖っているであろうと予測される耳は残念ながら肩くらいの高さまで伸びる栗色の長い髪で隠されているので確認できないが、この容姿となればほぼ間違いなく妖精族だろうと純は判断した訳だ。


 そんな純の失礼な考えに気がついたのか、フィルは自分の胸に手を当てつつ幼い身体に目を向ける。


「まさか、身長で判断したって訳では……!?」

「いやぁー、人間族以外の種族を見るのって初めてなんだよね。ちょっと興奮し過ぎて、お客様のおもてなしを忘れてたや。さて、お腹も空いているだろうしご飯にしよう!」


 なんだか会話の流れに不穏な空気を感じた純は目を逸らしながら即座に話題を打ち切る事にした。

 それに、純としてはフィルが妖精族で自分の知らない種族であったとしても、初めての来客で久々に出会う話し相手である事に変わりはない。

 丁重におもてなしをするため、自分の畑で取れた野菜を使った食事を振る舞うのだが……。


「え、あ、はい……。あの、これ食べるんですか?」

「そうだけど? やっぱり野菜は嫌いだったかな」

「いえ、決してそう言う訳ではないのですけど……」


 目の前に出された料理や水を見て、フィルは困ったような笑みを浮かべていた。

 純もフィルが困っている事に気がついていたが、何に困っているかが理解できなかったので頭にクエッションマークを浮かべている。


「野菜、美味しいよ?」

「えっと、美味しいのかもしれませんけど……」

「じゃあ何で食べないの?」

「この野菜、まだ動いてるんです……」

「え?」


 ただ、純は気がついていないだけだった。

 自分が3ヶ月間送ってきた日常が人と少しズレてきている事に。


 それはもう、純粋無垢と言われる妖精族の少女でも困った笑顔を浮かべる程に。


 純の日常生活はこの3ヶ月で異常な程に歪んでいた。


◇ ◇ ◇


 人間は都会に住むとコンビニ無しでは過ごせなくなると言う。

 都会の利便さに適応した結果、コンビニが当たり前になり、無い事が我慢できなくなると言うのだ。


 田舎に住むと虫が怖くなくなると言う。

 普通に虫が出現する環境で数日を過ごせば、虫が出ること自体が当たり前になり、段々と気にならなくなってくると言う。


 つまり何が言いたいのかというと、人間と言う生き物は環境に応じて徐々に適応して行き、当たり前じゃない事が当たり前になってくる生き物だと言う事だ。

 当たり前じゃない事が当たり前になる事を環境への適応だと言うのであれば、3ヶ月間も迷宮で過ごした純も不自然に環境への適合を果たしていた。


 まず、一番分かりやすい変化は体型だ。

 肉やポテチを食べず、迷宮で取れる野菜のみを食べていたので小太り体型も今ではすっかりスリムボディー。いや、スリムを通り越しているかもしれない。

 一見は病弱とも言える弱そうな雰囲気になっているが、迷宮での戦闘や畑仕事を繰り返していた純は本人が気がつかない内に細マッチョと呼ばれる様な体型を手に入れていた。


 それだけであれば良い変化だったと言えるだろう。

 ただ、純の変化は肉体改造だけに留まらないのが問題だった。


「あぁ、水が美味い。朝に飲む水って言うのは何故こんなに美味しいんだろうな」


 そう言いながら朝の目覚めの一杯をジョウロから直飲みする純。

 まるで花に水をやる時の様に口の中へ流し込む。しかも、自分の魔力で生成した水を飲んでいるのだ。


 前の世界ではあり得ない風景だっただろうが、こっちの世界に来てからは日常的に見る光景だ。


「魔法のジョウロで出来る水は美味い! やっぱり都会の水道水とは違うんだよな~」


 なんでジョウロで水を飲んでいるのか?

 それは当然、純の住む迷宮付近には川も池も見当たらなかったからだ。


 植物を育てるには水がいる。けど、水がない。

 水がないと喉も乾く。ついでに食べ物を作る事も出来ない。


 どうした物かと困っている時、純は宝箱の中に入っていた農具が普通の農具とは違う不思議アイテムである事に気がついた。


 桑を振れば広範囲の土が削り取れる。

 ハンマーを振れば大地がへこみ、斧を振るえば木を一刀両断に出来た。

 鎌に至っては振るえば鎌鼬が発生する始末だ。


 この不思議アイテムの性能が純の持つスキル『農家の達人』による物なのか、それとも農具が特別なのかは分からない。


 ただ、純が宝箱に入っていた農具を使えば奇跡や魔法と言っても過言ではない不可思議現象が発生してしまうのだ。


 当然、ジョウロも農具に含まれるので不思議な現象を起こす事が出来る。


 その内容は「水を組んでいないのに水が貯まる」と言う物だった。


 この水は魔力を元に生産しているらしいのだが、純はお構いなしにジョウロからの直飲みを始めた。


 最初は抵抗感が少しあったが、今ではほとんど気にならない。

 一応、竹っぽい植物で作ったコップや食器もあるのだが、人の目を気にしなくても良い環境で過ごしたからか使う事は殆ど無かった。


「さて、畑に水を撒きに行くか……」


 体を起こした純は寝床としている迷宮内の安全地帯。元々は宝箱が設置されていた部屋から外に出て畑の管理を行い始める。


「ピャぁ、ピャぁ!!」

「おぃおぃ、皆そんなに騒ぐなよ~。今、美味い水をやるからさ」

「ピャぁーッ!」


 純はニコニコと笑みを浮かべながらナチュラルに水を上げているが、大地から生えているのは皆魔獣だった。

 

 植物型の魔獣、その名をトマティと言う。

 赤くて小さくて、倒すとトマトの様な野菜が取れる美味しい魔獣なのだ。


 目がクリクリとしていて可愛げもある。前の世界に連れて行けば間違いなく癒やしキャラとして爆売れしそうな可愛さだ。


 水を求めて可愛らしく鳴くトマティーを眺めてほのぼのするのが純の日常の一ページになりつつある。


「ふぅ、お前たちは皆可愛いな~。食べちゃいたくなるぜ」

「ピャぁ~!」

「お、あっちのトマティーは食べごろだな。朝食にしよう」

「ぴゃ、ピャぁ!?」

「ははっ、冗談だよ」

「ピャピャぁーッ!」

「収穫するまでに後3日は必要だからな」

「ピャぁッ!?」


 ちなみに、トマティーは普通に食べる。

 しかも普通に植物型魔獣を倒すと【種子化】のスキルで種になってしまうので生きたまま食べるのが基本だ。


 種子から育った魔獣は純のスキルの影響で言う事を聞くようになる。

 なので、煮ても焼いても暴れる事無く調理出来る……。


 前の世界で言うと踊り食いだろうか?


 死ぬ寸前の所で食べるのが基本! と語る純の思考はやはり麻痺していた。

 トマティはミネラルやビタミンが豊富そうだから食べる事自体は当たり前の事だが、思考が麻痺している事に違いはない。


 まぁ、それでも最初は踊り食いに躊躇を抱いていたが、これも見事に環境へ適応した結果だろう。

 純自身は自分に起きたこの変化を決して悪いこととは思っていなかった。


 純はトマティの他にも埋めている複数の植物魔獣達に水を上げたり収穫を手早く行う。


「さて、じゃあ朝食にするか」


 作業を終えた純は迷宮の安全地帯に戻り、先程収穫した野菜へと齧り付く。

 キャベルと言う名前の野菜は紫キャベツとよく似た甘い味の魔獣だ。


 生で食べても美味しいので、純の好物の一つでもある。畑にも多く育てられているし、迷宮の中で最も多く乱獲されている可哀想な魔獣だ。


「でも、キャベルは煮ると甘みが増すんだよな。ってな訳でファイヤーフラワーちゃん、炎よろしく~」

「キィーっ」


 純の命令に応えるように鳴き声を上げるハエ取り草の様な植物は炎を拭きあげた。その炎をジョウロの底面で防いだ純は空いてる方の手に鎌を持ちキャベルの一部を切り刻み始める。もちろん、殺さないよう急所は外して捌く。

 手頃なサイズになったキャベルを熱湯に投入した後、鼻歌を歌いながら上機嫌でジョウロの中をかき回していた。


 ある時は斧を熱して焼料理を行い、ある時はジョウロの中の水を沸騰させて茹でる料理を行う……。


 純は農具クッキングと呼んでいる料理方法。こんな変なクッキング風景がこの世にあるだろうか? 多分、異世界でも特異なクッキング風景だろう。


 特殊な調理と食事を終えた後。純は迷宮族として迷宮の探索へと出かけるのだ。尤も、装備は剣と杖などではなく鎌と斧で見栄えは凄く悪い。


「それじゃあ行ってくるか」


 こうして純は昼間まで迷宮に篭もり薬草や種の採取を。

 昼になると食事を取るために戻ってきた後、畑の管理を。

 夜までは集めた薬草や毒草に生産スキルを使いポーション作りの研究をしたり、食べれる植物魔獣の研究や配合を行ったりして過ごしていた。


 これが今の純の日常なのだ。

 この日常がどれだけ可笑しな事になっているか、本人はイマイチ理解出来ていない。ただ、人とは違う生活基準になってきている事だけは確かだった。


 こんな生活を送って3ヶ月とちょっとが経過した頃。

 迷宮周囲の様子を偵察に行こうと森に散歩へと出かけた時。


「あれ、なんか倒れてる人がいる!?」


 純は妖精族の少女、フィルと出会ったのだ。


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