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1-1 田舎って言うか森

 ドサっと言う鈍い音が鳴り腰付近に痛みが走る。


「痛っ!?」


 あまりの痛みに思わず純の口からは声が漏れる。

 同時に自分の口から声が出た事に少し驚き、なんとも言えない不安を感じた。


 つい先程交通事故で死んだであろう自分が言葉を喋れる筈が無い。それが驚いた主な理由であり、不安を感じた原因でもあった。


「喋れる……? いや、よくよく考えればさっきも暗闇で呟いたりしてたな」


 さっきも喋れたのだから今喋れても可笑しくはないのか? と思ったが、先程とは明らかに違う事がいくつもある。


 1つは重力を感じること。先程の様な浮遊感ではなく、今はしっかりと大地に寝転がっているような感じが伝わって来た。

 2つは感覚が正常に働いていること。具体的に言えば瞼越しに光を感じ、鼻は草の匂いを、耳は風に靡く木々の音を正確に認識できている。


 つい先程までは自分が死んだと納得できる不思議な世界を漂っていたが今はその真逆。自分が生きているとしか思えない様な現実感を確かに感じていた。


 自分の身に何が起こっているのか検討も付かない。


 心に僅かな不安を抱きながら、恐る恐る目を開けてみる。

 視界が確保されると同時に目の前に広がっていたのは青空と太陽、空を覆い隠そうと上に延びる木々の数々だ。


 天国や地獄と言う雰囲気ではなく、どちらかと言えば見慣れた森の風景。


 やはり、死んではいないらしい。

 転生か、もしくは生き返ったのか。


「これが噂の転生? いや、この小太りなお腹は間違いなく俺の物!」


 どうやら純は生き返ったようだった。


 顔を見るよりお腹で自分を認識出来る事に多少のショックを受けつつ、寝転がったままの状態で周囲を見渡す。


「確かに死んだよな? ここはどこだ?」


 現状はよく分からない。だが、死んでいないなら行動を起こさなくてはならないと思った。

 こんな森の中で何も行動を起こさなければ待っているのは餓死。数日間で何度も死を経験したいと思うほど純はMじゃないのだから当然の判断だ。


 とりあえず身体を起こして改めて辺りを見渡す。

 見渡す限りの木、木、木。どうやら森の中にいるらしい事はすぐに分かる。


 どうして森の中にいるんだ? と疑問に思う。だが、すぐに思い出した。

 

 都会から逃げ出したい。田舎に帰りたい。

 そのことを死に際に強く願ったのは紛れも無い自分だと言う事を。


 こんな大きな森は純が住んでいた都会にはなかった筈で、さらに言えば空気の美味しさや空の青さが今までに住んでいた都会とは格段に違う。


 まるで作り物の様に綺麗な森林と青空。

 それ等が純の今いる場所が都会では無い事を伝えてくれる。


 神様っぽい謎の声は願いを聞き入れてくれたと言う事なのだろうか。

 ともかく、純の現在いる場所は明らかに都会では無く、田舎としか思えない程木々が覆い茂る森の中だった。


「ありがとう、神様!! 都会から脱出できました!!」


 都会からの脱出を果たした純は混乱した頭のままで神様にお礼を言う。

 正直、謎のワープをさせられたとしても出席日数や学費など色々な要因が絡み合って都会からの脱出は不可能なのだが……。


 混乱していた純の思考は特に深い考えを持つ事も無く、田舎に戻れた事を喜んでいた。


「さて、田舎に帰れたのはいいけど……。ここはどこだ?」


 神様にお礼を言った後、純は小首を傾げながら先程考えた疑問点について再び考える。

 神様(仮)に頼んだ結果、田舎に飛ばされたらしい事は理解出来た。

 色々と突っ込みどころはあるかもしれないが、とりあえず神様に飛ばされたと仮定して話しを進める事にした。

 

 問題はどこら辺の田舎に飛ばされたかだ。欲を言えば祖父母の家がある付近に飛ばして欲しいが、そこまで都合の良い話しも無いだろう。

 最悪、日本外と言う事もあり得るかもしれない。


 現在地が分からない純はとりあえず手頃な木によじ登って見る事にした。

 田舎暮らしが長いので木上りは得意だ。そして、森や山で迷子になったら木によじ登って目印になりそうな建物を見つけろと言うのが爺ちゃんの教えでもある。

 人工物があればそこに人が来る可能性が高いからと言うのが理由らしい。


 とりあえず目印になりそうな建物を見つけて人に出会い、爺ちゃんと婆ちゃんに無事を伝えなくては。人にさえ出会えれば大抵の事は何とかなるだろう。

 そんな事を呑気に考えながら、木の頂点まで一気に駆け上る。


「……へ?」


 木に上り、辺りを見渡す。

 木、木、木、木、木……。

 山もない、崖もない、人里も、人工物らしき物も当然無い。

 見渡す限り、と言うか地平線の彼方まで森だけが広がっていた。


 これだけの情報であれば、外国のアマゾン的な大密林に飛ばされただけだと思えたかもしれない。だが、そうではなかった。


 純の現在地からそう遠くない場所に、一本の巨大な木が生えているのだ。

 東京タワーよりデカイ。スカイツリーよりもデカイ。


 ファンタジーやゲームの世界で言うと『世界樹』だろうか?

 幹、枝、葉。どれを見てもあり得ない程の巨大サイズである大樹を見て、純の思考は数秒間フリーズした。


「って言うか何だあの木。あんなデカイ木が日本にある訳が無い」

 

 いくら純が田舎者でもその位はさすがに分かる。ついでに世界中を探しても東京タワーを超えるサイズの木が無い事も分かってる。


「と言う事はつまり……?」


 まさか、地球じゃない?

 田舎に行きたい、都会が懲りごりだと願ったら地球じゃない星に飛ばされたって事? って事は地球が都会でここが田舎なのか?

 まぁ、文明が発達してる点で言えば地球は他の惑星とかに比べたら都会なのか?


 頭の中には無数のクエッションマークが飛び交っていた。


 だが、文明を微塵も感じない森を見れば地球が都会と言われても納得しちゃうかもしれない。

 そのくらい森は広大で文明の気配どころか人の気配も感じなかった。


「地球って都会だったんだなー。田舎暮らしって言うか森暮らしになりそうだけど文明とかあるのかなー」


 いやいや、ちょっと待てと自分に突っ込む。

 想定外の自体に思考が少し麻痺してる。ついでにネガティブ思考にもなっている。


「よし、ちょっとポジティブに考えよう。ネガティブになるのはまだ早い。そう、これはアレだ……。異世界転生!」


 純は塾の帰り道で駅の本屋に置いてある小説を何度か読んだことがある。

 その中で今の状況と非常に似た場面を何度も見ていた。


 車に跳ねられ、見知らぬ土地に送られる。

 いわゆる、異世界転生物語と言う奴だ。


「人が轢かれて、神様にあって、文明レベルが低い田舎(異世界)に放り出される。ほら、完全に一致しているし大丈夫だろ」


 つまり、ここは田舎(異世界)だ。きっと文明とかもある筈だから大丈夫。


 と、根拠は無いがとりあえず異世界に飛ばされた事にした。

 異世界なら、文明もあるだろ? と言う期待を込めた現実逃避だ。


「まぁ、何はともあれ」


 とりあえず、ここでじっとしていても餓死するだけだ。純は爺ちゃんの教えに従って目印代わりになりそうな大樹の生えている場所まで行ってみる事にした。


◇ ◇ ◇


 目的地を大樹の元に決めた後、純はビクビクしながら森の中を突き進んで行くことにした。

 なぜこんなに警戒心を張り巡らせているのかと言えば魔物、もしくは熊やイノシシが怖いからだ。


 純の爺ちゃん曰く、日本の獣は人間の怖さを知っているから自分からは滅多に近づかない。ばったり道端で熊さんに出会うと人間側も驚くが熊の方もかなり驚くんだとか。

 奴らにとっても「うわっ、人間が出た!?」ぐらいの危機感を覚えるのだろう。だから無闇には襲ってこないと言う話だ。


 だが、人の恐ろしさを知らない熊は「うわっ、人間が出たー♪」みたいな感じで襲ってくるらしい。この場合完全にアウトだ、食い殺される。

 この森には人が踏み込んだ形跡が無いのだから、人間に出会って危機感を覚える獣が少ないかもしれない。だから、用心する事に越したことはない。


 それに、今いる場所を異世界と仮定するのであれば魔物が出る可能性も否定は出来なかった。


 さすがの純も自分が異世界転生なんて……と半信半疑ではあるが、もし仮に異世界だとすればヤバイ生物。俗に言うゴブリンやスライムの様な凶悪生物がいても可笑しくはないだろう。

 ゴブリンやスライムと出会っていきなりの戦闘は異世界転生物であればありがちな展開なのを純は良く知っている。


 勇敢な主人公、もしくはチートを持つ主人公なら戦ってもらっても構わない。多分、勝つだろうから。

 

 ただ、純は特別な武器もなければチートも今のところは持っていない。

 ついでに、勇敢な心も持っていないのだ。


 ゴブリン的な魔物が出ても装備を何一つ持っていない状態では太刀打ち出来ないし、スライムが出ても倒せない自信がある。完全にアウトだ、食い殺される。


 だから、純は周囲の物音に警戒している。

 逆にこちらは物音を立てないように動き、いつでも木によじ登って逃げる構えも取っている訳だ。


「あぁ、武器が無い状態で森を歩くのってマジで怖い。せめて銃とか罠とかがあれば安心なんだけどな」


 現状の厳しさに純は思わず溜息を付く。


 だが、しばらく歩く内に純の心配は杞憂に終わる事を知る。

 先程から魔物の気配どころか獣の気配もほとんど無い。

 それどころか虫の一匹も見かけないのだ。

 空を見上げても鳥はいなく、ただ森がどこまでも広がっているだけ。

 ありがたいと言えばありがたいのだが、タンパク源が見当たらないと言うのは逆に不安を煽ってくる。


 最悪、蟻でもいればそれなりのタンパク質を補給できたのだが、それすら無い。今のところは飲むための水すら見つかっていないのだ。


 生活をする環境としてはかなり劣悪な事に違いは無さそうだった。


「大樹の下に到着したら仮拠点を作る。森の中ならどこでも大樹が見えるはずだから迷子にはならない筈。その後、日の傾きを見ながら探索する方角を決めて、食料と水の確保をできる場所を見つけなくちゃな……」


 空を見ると太陽がほぼ真上に上がっている。

 この世界に浮かぶ太陽が純の知る太陽と同じかは分からないが、恐らく一定の軌道を描いて動く事は変わりないだろう。

 方角を確認する手段としては有効な筈だ。日が落ちるまでは後5時間程度と言ったところだろうか?


「とにかく、日が沈む前にあの大樹の元へ行かなくちゃ……。 早く田舎での豊かな暮らしを送りたい……」


 神様、田舎と未開の森は違うんだよ。

 

 そんな事を思いながら、純は大樹の元へ慎重に向かって行った。

 

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