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君に捧ぐ花  作者: ancco
Break the Ice
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懐かしのトゲトゲ

真奈美からの小包は、驚くほど早く杏子の手元に届いた。しかし、何より驚いたのは、その梱包の箱が、いつか宮部の自宅前の石段で見た、太陽の庭のロゴが入った段ボール箱だったからだ。しかも、あのとき衝撃を受けた丸こい可愛らしい字の送り状まで、全く同じである。違うのは、宛先が自分であることと、差出人が真奈美の加古川の住所であることだった。


(これ、あのときの鉢だ…!)


箱を開けて中を確認した杏子は、それが前に太陽の庭のハウスの中で見かけた、あのカラカラに乾いた鉢だったことにすぐに気付いた。箱の中には、段ボール材の仕切り板が一枚入っており、底に丸い穴が開いていて、ちょうどその穴に嵌まって鉢が動かないように固定される仕組みになっている。太陽の庭の植物を出荷するときに使う、特別の梱包材のようであった。

久々に見たトゲトゲや、柔らかく描かれた放物線、そして艶々の緑の葉肉は、杏子を瞬時に太陽の庭へと連れ戻し、そこで経験した様々な感情を杏子に思い出させた。それは、ほんの数ヶ月前の出来事であるのに、もう二度と戻れないほど遠くにも感じられ、杏子を切なくさせたのだった。


よく見ると、鉢の底には手紙が敷かれていた。バースデーカードなどでは無く、A4の用紙に印刷された、普通の手紙であった。



杏子へ


27才のお誕生日おめでとう!

この植物は、以前にお兄ちゃんが私にプレゼントしてくれたものです。

まだ若くて品種がはっきりしないんだけど、いつか花を咲かせてくれたらいいなと、大事に育ててきました。

杏子が、意外とトゲトゲの植物を気に入っていたようだとお兄ちゃんから聞いたので、これをプレゼントに選びました。

杏子が、この鉢を見る度に、私のことを想ってくれますように。

杏子が、いつかこの花を咲かせるときに、隣には私が居ますように。

そんな願いをこめて、この鉢を贈ります。



杏子は、真奈美の手紙を読んで、どこか悲しみを覚えた。真奈美には、友人と呼べる存在は自分だけなのだ。杏子にしたって、真奈美とはチャットやらメールやらの文字の遣り取りをしてきたのみで、直接に顔を合わせたことも無い。そんな自分に、真奈美がここまで想いを寄せてくれていると知って、杏子はいつまでもいつまでも友人でいたいと、そう心に決めたのだった。


とは言っても、この鉢がそもそも宮部が真奈美に贈ったものであると聞いて、杏子は、本当に自分がもらっても良いものかと不安になった。杏子がハウスでこの鉢について聞いたとき、宮部は、杏子に触って欲しくないようだったし、誰に渡すものなのかも伏せたいような口ぶりだった。宮部が、真奈美にあげようと大事に養生していたのだとすると、それを真奈美が勝手に杏子にプレゼントしてしまうのは、宮部の気持ちを踏みにじることになりはしないかと、杏子はそう考えたのだ。


プレゼントの礼も兼ねて、真奈美にそう伝えると、杏子の心配は杞憂であるとあっけなく答えが返ってきた。曰く、杏子がトゲトゲが好きだと教えてくれたのも兄だし、この鉢を杏子にあげることも了承を取っているとのことだった。それも、杏子なら、太陽の庭での経験があるから、栽培についても太鼓判を押したというのであるから、杏子は驚かずには居られなかった。


そう言えば、太陽の庭の植物を気に入っていると言っていたのに、結局一鉢も買わなかったなと、杏子は過去を思い返した。引っ越しが落ち着いたらと、確かにあの時自分はそう言っていたが、結局、引っ越しが落ち着いた後には、太陽の庭のアルバイト要員になり、誤解をして嫉妬に駆られ、そして墓穴を掘るという、一時も落ち着くときが無かったのだ。今こうして、複雑な経緯を経てはいるが手元に一鉢置くことができて、杏子は、真奈美の好意にも宮部の厚意にも、心から感謝した。


晴れて、鉢を自分のものにしても良いと確認が取れて、杏子は一層この植物が愛しくなった。真奈美が言うように、確かにこの鉢は、ハウスの中で一際幼い苗だった。もう少し成長して、やがて花が咲く頃になれば、何という名前であるのかはっきりするのだろう。杏子は、鉢を白い壁際に配置して、スマホで写真を撮ってみた。白い漆喰の壁のマットな質感に、つやっとした緑の葉が映える、なかなかにセンスの良い一枚が撮れ、杏子は待ち受け画面に設定した。

どこかで見たような写真だと思案し、そうだ宮部の名刺の画像とよく似ているのだと、杏子は思い至ったのだった。

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