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君に捧ぐ花  作者: ancco
Break the Ice
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無沙汰の人

リアルなナツキである宮部を失った杏子は、入れ替わりに、再び取り戻したナツキの存在に感謝した。おそらく宮部は、真奈美の慰めになるだろうと考えて杏子にメールアドレスを寄越したのだろうが、むしろ、一人新天地で出直しをはかる杏子の孤独こそが、このメールの遣り取りに慰められていた。

杏子が真奈美に綴ったように、この町は移住者に優しく住みよい町だったが、古民家再生プロジェクトの対象地区である杏子の住まいの周辺には、都会から移住してきた新しい住民ばかりが住み、田舎特有の煩わしい好奇の目こそ無いものの、都会の住人の余所余所しさが杏子に孤独を感じさせた。


真奈美は、投薬が功を奏しているようで、気鬱なところも無ければ、不安げな様子も無く、加古川でも静子や可奈と上手くやっている様子だった。何より、毎週のように訪ねてくる宮部との関係が良好なようで、杏子は心底安堵した。真奈美と宮部の関係について余計な口出しをしてしまったことが、二人の関係に影を落としはしないかと、杏子は不安に思っていた。そんな心配は杞憂に過ぎず、真奈美と宮部は、一緒に暮らしていたときよりもずっと、二人の時間を過ごしているようだった。


杏子が困惑したことには、二人の話題にはしばしば杏子のことが登場しているようで、宮部と杏子のあれやこれやについて、妹である真奈美から話を振られるのは、さすがに気恥ずかしさを感じずには居られなかった。宮部は平気なのだろうかと不思議に思ったが、真奈美にせがまれて話してしまうのかもしれないと、困り顔で渋々口を開く宮部を想像して、杏子は可笑しくなるのだった。

もっとも、ナツキはもとより人の心を汲み取ることに長けていたので、真奈美が宮部から聞いた話をかみ砕いて、真奈美なりの解釈を添えて教えてもらえることは、解りづらかった宮部の心情を覗き見るようで、杏子には有り難いことだった。真奈美を通じて宮部の心と向き合い、時には反省し、時には浮かれ、そうして杏子は、過去の恋に気持ちの整理を付けようとしていた。


杏子と真奈美が文通を初めて一月ほどが経過したある夏の暑い日、杏子の元に、思わぬ人物から久々の便りが届いた。

杏子の母、志保里である。

曰く、会って話したいことがあるから、所在を教えるようにとのことであった。以前は、年に数回ほどは義務的に電話で話すなどしていたが、昨年の秋頃以来、かれこれ一年近く志保里とは音信不通になっていた。面と向かって話すなど、大学進学時の手続きに立ち会ってもらった時以来である。


杏子は、母が苦手であった。うんと幼い頃は違ったのかも知れないが、母に褒められたり、抱きしめられたりといった記憶は一切無い。物心がつく頃には、母の自分を見る空虚な目が、どうしようもなく杏子を不安にさせるのが嫌だった。だからといって、杏子が父に懐いていたのかと言えば、否である。

父は父で、自分のことに忙しい人間だった。杏子の父は、各地の博物館の学芸員をやりながら、論文を書いたり資料収集に出たりして、単身赴任や出張で家を空けることが多く、家に居るときも自室に籠もって過ごすことが多かった。

もとより冷え切った夫婦関係だったのだろうが、父と母が離婚に踏み切ったのは、杏子の高校への進学が決まった時だった。実力よりも少し上の、県内トップの進学校への合格を果たし、誇らしい気持ちで両親に報告した杏子は、おめでとうという言葉の代わりに、淡々と離婚を告げられたのだった。

離婚後は父が家を出て、杏子と母には住まいが残されたが、もともと不在がちだった父であるから、杏子の暮らしには大した変化は無かった。もっとも、母にとっては違ったようで、離婚後は、より一層杏子への態度が冷たくなったと、そう杏子には感じられた。だとしても、その頃には母との関係などとうに諦めていた杏子は、ことさら傷つくことも落ち込むことも無かったのだった。


その母が、直接会って話したいなど、一体どんな用件なのだろうかと杏子は思案したが、どうにも嫌な予感しかしなかった。かといって、住所を教えないわけにもいかず、数日後の約束の日を思っては、どうしようもなく気分が沈む杏子であった。

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