受け入れられた謝罪
「チャンスをくれてありがとう。私、ずっとごめんなさいと言いたかったの。何もかも。真奈美さんのことを勝手に誤解して、宮部さんに酷い態度をとって、追い返したりして本当にごめんなさい。それから、坂下さんのところで会ったときも、私のことを心配してくれたのに、関係無いだなんて言ってごめんなさい。あと、佑さんにも、私…、二股しているのは宮部さんの方だって言っちゃって…。それも、申し訳無いです。でも、何より、宮部さんのことを、私ちゃんと信じなくて…。そのことが一番、ごめんなさい。」
杏子は、ずっと打ち明けたかった思いを吐き出すように、立て板に水の如く捲し立てた。宮部は、真剣に耳を傾けていた。
「そのことは、もういい。真奈美のことをきちんと話さなかった俺も悪かったと思う。」
「ありがとう。でも、話しにくかったのは、わかるから。あと、健さんとのことなんだけど…、あのときは、助けてくれて本当にありがとう。たまたま宮部さんが来てくれたから良かったけど、そうじゃなかったらと思うと…。あんなに忠告してもらってたのに、私全然わかってなかったんだって。それも、ごめんなさい。」
宮部は、当時を思い出したのか、少し眉根を寄せた。
「あれは、たまたまじゃなくて、県道で車がすれ違ったんだよ。その前に坂下から、どうも坂下の弟が一方的に言い寄ってるだけのようだって聞いてたから、万が一ってこともあるかと思って、Uターンしてついて行って車の中から見てた。何も無ければそのまま帰ろうと思ったけど、案の定。」
杏子は、宮部の勘の良さと親切心に感謝しつつも、自分の愚かさが堪らなく恥ずかしくなって、身を縮こまらせた。
「でも、あのときは、俺も言い過ぎた。すまん。」
確かに、酷い言葉で心を抉られたなぁと、杏子は思い返した。もっとも、宮部の心情を思えば無理からぬことであった。
「あと、その次の日に、伯母様が尋ねてきてくださったんだけど、そのときに、私、宮部さんの了承も得ずに、家族のプライベートなことを色々と伺ってしまって。それも、ごめんなさい。誰にも口外しません。」
杏子は、このときばかりは、俯いたり頭を下げたりせず、真っ直ぐ宮部を見据えて、そう約束した。宮部も、こちらは先ほどからずっとそうしているが、杏子にしっかりと視線を据えている。
「それは、伯母が勝手にしたことだから、岡田さんが謝ることじゃない。伯母から、ちゃんと詫びをもらっているから、気にしなくていい。いずれは、俺の口から話そうと思ってた。隠すつもりは無かったけど、それが岡田さんの不信感を招いた原因でもあるんだろう。」
謝れども謝れども、次々と謝罪を受け入れてくれる宮部に心底感謝しつつも、相変わらず岡田さんと余所余所しく呼ばれて、杏子は心が冷える思いだった。この一週間、心中で澱み渦巻いていた重苦しい感情が、謝罪と感謝の言葉という形で宮部に向かって吐き出されて、杏子の心は驚くほど軽くなっていたが、岡田さんと呼ぶ宮部の心情が表しているように、どれほど二人が語り合ったとしても、もう以前の甘い関係に戻ることはできないのだと、そう杏子は思い知ったのだ。
「最後に、もう一つ…、謝りたいことが…。」
「まだあるのか。」
杏子の言葉に被せるように、宮部は目を丸くしてそう言い、少し笑って見せた。呆れているのだろうが、嫌な笑みでは無かったことに、杏子は背中を押されたように感じた。
もう、宮部とは元には戻れないのだと、端からわかっていたことではあったが、それでも心の奥底で抱いていた微かな希望すら潰え、杏子は進退窮まった。失うものはもう何も無いのだと、そう思い知った杏子は、いよいよ宮部に最大の秘密を打ち明けて、正直に詫びるときが来たのだと、そう悟った。
「宮部さん、私、貴方にずっと隠していたことがあるの。それを打ち明けて、そのことをお詫びしたいと、そう思ってるんだけど、聞いてもらえますか?」
「なんだ、今更。さっきから、ずっと詫びっぱなしだと思うが。まぁ、どうぞ。」
宮部は、それほど深刻には捉えていないようだった。秘密を打ち明けるのだと前置きしたはずが、思いの外軽い調子で返されて、杏子は、若干の話しにくさを感じつつも、思い切って口を開いた。
「ここへ越してくる前の話だけど、関東に居たとき、私、チャットにハマってて…。」
もう、後には引き返せないと、杏子は覚悟を決めたのだった。




