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君に捧ぐ花  作者: ancco
真実の端緒
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宮部家の不幸

「夏樹は、聞いても何も言いません。ただ、近いうちに杏子さんが退去するとだけ。」

先ほどまでの勢いとは打って変わり、静子は声の調子を落として呟いた。

杏子は、口を開くことができなかった。もし、宮部が静子に対し、杏子の心変わりについて口さがないことを言うのであれば、杏子だって、身の潔白を訴えることも吝かでは無い。しかし、宮部が何も言わないのであれば、杏子から一体何を言えようか。

静子と目が合えばまた哀願されるかもしれないと、杏子は俯いて、正座した膝の上で手をきつく握りしめ、じっと沈黙に堪えた。そんな杏子の努力も虚しく、静子は、このまま引き下がる気は無いようだった。


「夏樹のことを、お嫌いになってしまわれたのでしょうか。それとも、どなたか別の良い方が…。」

静子は、杏子の顔色を窺うように、怖ず怖ずとそう言った。もしかしたら、宮部から、或いは坂下の家の誰かから、杏子と健のことを聞いているのかも知れない、と杏子は思った。

「そんなことは、決してありません。信じてください。私は、宮部さんのことを…最初からずっと、今でも、お慕いしています。こうなってしまって、私も辛いんです。」

杏子の告白を聞いて、静子は水を得た魚のように、また力強く語り出した。何処かしらに一縷の望みを見いだしたのか、静子の目は輝きを取り戻していた。

「杏子さんのお気持ちはよく分かりました。どういう事情で拗れてしまったのか、そこはもう伺いませんから、どうか、少しだけ私の昔話におつきあい頂けますか。」

杏子が、はぁ、と曖昧な返事をして頷くと、静子は、時には感慨深げに何かを思い出すように、また時には悲しみに胸を痛めるように、切々と、宮部とその家族の過去について語り始めたのだった。


「私の妹は、輝子と言いまして、三人姉妹の末っ子として、明るく朗らかで天真爛漫に育ちました。若くに見合いをして宮部家に嫁入りをしまして、植木職人であった夫の武雄さんを良く支えて、二人の子をもうけました。長男がご存じの通り夏樹、長女が少し離れて11才下の真奈美という娘です。この真奈美というのが、まぁ人形のように愛らしい顔立ちで、歳を取って生まれた子というのもありましたが、両親から大変に可愛がられておりました。もちろん、夏樹も、年の離れた妹の面倒をよく見て、真奈美も夏樹に良く懐いておりました。そうですから、夏樹が東京の大学に進学して家を出たときは、まだ小学生だった真奈美は、しばらくは寂しそうにふさぎ込んでおりましたが、両親の愛情を一身に受けて、真っ直ぐと良い子に育ってくれたのです。それが、5年ほど前になりますか、夏樹が東京で就職して数年は経った頃だと思います。宮部の家は、突然の不幸に見舞われたのです。武雄さんのアイデアで、植木職人を廃業して、外国の希少な植物を輸入して販売するという商いを始めようとなさったんですけど、夫婦でスペインの農場へ下見に出かけた折に、現地で交通事故に巻き込まれまして、二人ともそのまま息を引き取りました。存じませんでしたけど、そういう時は、外務省から連絡が来るものなのですね。パスポートの緊急連絡先に記載されていた夏樹のところへ連絡が参りまして、あの子が一人でスペインまで遺体を引き取りに行ってくれました。当時まだ中学に上がったばかりだった真奈美は、両親の旅行中、我が家で、こちらの家で私が見ておりましたが、夏樹から両親の訃報を知らされて、それはそれはショックを受けまして、学校にも行けず、食事も碌に喉を通らないで、見ているこちらも辛いほど酷いふさぎようでございました。海外で身内が亡くなるなんてこと、そうそうあることではありませんから、誰も何も解らない状態でしたけれど、遺体の搬送から葬儀から何から、夏樹が然るべきところと連絡を取ってしっかりとやってくれましてね、あの子だって辛かったでしょうに、泣き通しだった真奈美を慰めて、立派に喪主も務めてくれたんです。ただ、そこからが身内で揉めたところでして、一人で暮らすにはまだ幼すぎる真奈美の処遇について、城崎のほうへ嫁ぎました私の姉幸子と、夏樹との間で意見の対立がございました。夏樹は、東京の勤め先を辞めて、武雄さんが始めようとしていた輸入ビジネスを引き継ぐと言い出しまして、併せて真奈美も宮部の家で養っていくんだと、そう主張したわけです。対して、私の姉は、嫁ぎ先の温泉旅館であれば環境も良いし真奈美の慰めになると言いまして、ちょうど女将の仕事を嫁に譲って隠居していたものですから、夏樹とは違い、真奈美の世話もしっかり焼いてやれると言って譲りませんでした。確かに、姉の言い分はもっともで、夏樹がこれから始めようとしていた商いは、日々の植物の世話はもちろんのこと、都会へ営業に出ることも多ければ海外へ行くことも多々あり、多感な時期の少女の面倒を見るには、親戚一同不安を感じるところがございました。そんな訳で、夏樹には涙を飲んでもらい、真奈美を城崎へやることにしたのです。」


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