Between Yes and No
車体を左右に小刻みに揺らしながら、砂利の細道をゆっくりと奥まで進むと、この年季の入った軽トラは、いったんハウスの左前に頭を大きく振って、今度はハウスの右手前方向に位置する、宮部の自宅前の狭いスペースに、器用に後ろから入って停車した。
「後ろの荷物を降ろすんで、ちょっと待っててもらえますか。終わったら上でお昼の続きにしましょう。僕もまだなんで。」
そう言って、宮部は石垣の上の自宅方向を目線で示し、軽快に車から降りた。
何か手伝おうかと、杏子も慌てて宮部に続いた。
荷台の上には、ちょうど10kgの米袋のような大袋の肥料が、小山を作るほどに積み重なっていた。宮部は、それを二袋ずつ右肩に担いで、数メートル離れたハウスの入り口に重ねて降ろしていく。
その単純な力仕事を、宮部が淡々と繰り返す様を、杏子は傍で黙って見ていた。
否、口もきけないほどに、見とれてしまったという方が正しい。
今日も黒い半袖Tシャツ姿の宮部は、袖口から、琥珀色に良く焼けた逞しい腕を惜しげもなく覗かせていた。宮部の大きく太い指が袋を鷲掴み、それをたぐり寄せる力に圧迫されて、くっきりと浮かび上がった血管が、骨張った手の甲の上でその存在を主張している。袋を肩に担ぎ上げる動作に伴って、手首から前腕部にかけて盛り上がった筋が一本走り、九十度ほどに折れた腕の上腕部には、まるで林檎か何かでも入れているのではないかと思うほど、丸くこんもりと盛り上がった二頭筋が、こちらに顔を覗かせている。
車内での思わぬ急接近に跳ね上がった心拍が、ようやく落ち着いたばかりであったが、宮部が何の気なしに見せつける男らしさに、杏子はすっかり酔いしれていた。
「お待たせしました。上がりましょう。」
気がつけば、宮部は二十袋以上はあった大袋を、すっかり運び終えており、軽トラの荷台にはもう何も残っていなかった。
何か手伝えることはないかと、それくらいは聞けば良かったと、今にして杏子は後悔した。
宮部は杏子を促してから、自宅への石段を先導して上がった。
「ご自宅にお邪魔しても良いんでしょうか。ご家族の方は・・・。」
杏子は、石段を宮部に続いて登りながら、先ほどから気になっていた点を尋ねた。
先に石段を登り切った宮部は、杏子を振り返って見下ろし、苦笑しているとも悲しげともとれる、曖昧な表情をしている。
「両親とも他界しているもんで。僕は上がっていただいて構わないんですが、良ければ縁側に座りませんか。」
杏子は、自分の心臓がドクリと音を立てるのを聞いた気がした。
同居の家族について尋ねられて、両親のことを答えるということは、配偶者や子供がいないと解釈して良いだろう。独身の男、ということである。また一つ、宮部夏樹とナツキの情報が重なった。
石段を上がりきると、正面に玄関を臨み、左手には横長に三畳ほどの庭があった。件の縁側はその庭に面しており、確かに、玄関を潜らずに腰を下ろすことが出来る。
案内されて、杏子は先に縁側に座って待った。宮部は、玄関から中に入り、微かに家の奥の方で物音を立てていた。
しばらくすると、縁側に座った杏子の背後の、一面の掃き出し窓を全開にして、宮部も縁側に出てきた。片手には、駅前のスーパーの袋を下げ、もう一方の手には缶コーヒーを二本握っている。
「お茶でも出せたら良いんですが。こんな物でも良いですか?」
そう言って差し出された缶を、杏子は礼を言って受け取った。
「広そうなお家ですけど、一人でお住まいなんですか?」
杏子は、家を振り返りつつ、宮部にそう問うた。開かれた掃き出し窓の中は、八畳ほどの和室で、中央に座卓が一つと、部屋の隅には小ぶりの薄型テレビが置かれているのみである。がらんとした部屋だった。
左手には閉じられた襖が見えているが、家の形から察するに、押し入れなどではなく、もう一つ部屋が続いているようである。掃き出し窓の対面に当たる奥には、廊下を挟んでガラスの格子戸が半開きになっており、そこが台所であることがわかった。
「まぁ、そうですね。一階しか使っていませんから。ここを居間にして、その隣の仏間で寝起きしてます。両親が、この家と土地を残してくれて、そのお陰で、ここで食べていけていますね。」
なんだか歯切れの悪い答えだったな、と、杏子は腑に落ちない思いで宮部の言葉を聞いた。
一人住まいなのか、そうでないのか、YesかNoで答えられる質問のはずだった。
まぁ、そうですね。とは、どういう意味なのか。
杏子が悶々と思考しているうちに、宮部は、ボリュームのある幕の内を、着々と胃袋に納め始めている。
それ以上、何かを追及することができず、杏子も食べかけの鮭おにぎりに口をつけた。




