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君に捧ぐ花  作者: ancco
太陽の庭
20/111

ジャングルの中で

ハウスの中は、まるで、ジャングルのようだった。といっても、アマゾンやマレーシアにある密林のようなものとは、全く異質である。

入り口のダシリリオンのように噴水状に葉を広げる植物もあれば、細長い小葉が連なって扇を形作るものもある。背の高い茶色い幹から円形の屋根状に大きな葉を広げる樹木もあれば、鱗のような質感の幹の先に鋭い葉を球状に展開するものもある。ハウスの天井からは、毛の塊のように絡み合った植物が垂れ下がっているところもある。

樹形、質感、色、サイズといったディテールが、それぞれに全く異なるにも関わらず、全体として不思議な一体感があり、それゆえ、ジャングルのような印象を与えていた。


杏子は、しばらく入り口で足を止めて全体を眺めた後、ゆっくり中へと歩を進めた。

じゃり、っと足元から音がして、参道からの砂利道が、ハウスの中にも続いていることに杏子は気づいた。二、三歩遅れて、背後からも砂利を踏む音が聞こえる。

ハウスの中は、杏子の予想に反して、全く暑くなかった。今日は春らしい麗らかな天気だが、少し風がある。それが時折ハウスの手前から奥へと吹き抜けて、ハウス内を爽やかな空気で満たしていた。


杏子は、気負いなく自然と口を開いた。目線は背後の男ではなく、砂利道の左手に配置された、ダシリリオンに似て非なる黒ずんだ幹の樹木に置いたままだった。

「私、植物に全然詳しくないんです。でも、ここの植物はどれもとても素敵だわ。見た目は色々だけど、どれも原始的というか、強そうというか…。生命力に溢れている感じがします。」

そう言いながら、杏子は男の方を見た。

男は、杏子の言葉に少し目を見張り、表情を和らげて手近にあったダシリリオンの葉をすっと撫でた。

「わりと厳しい環境で育つものが多いんです。乾季があったり、強い日差しがあったり、厳しい寒さがあったり。そういう環境で生まれた品種だから、生命力が強いのかもしれません。」

もう一度、アーチを描く細く固い葉を撫で下ろし、今度は途中で数本の束を軽く握って、男は、だけど、と言葉を続けた。

「輸入してくるときに結構ダメージを受けるんですよ。日本側のルールで、植物についてる土は全部落とさないといけないんで。向こうの生産者に、出荷するときに根をしっかり洗ってもらってるんです。だからうちでは、だいたい数ヵ月から半年くらい養生させて、それから販売しています。」

「どれも立派で生き生きしてるように見えますけど、まだ養生中なんですか?」

杏子がハウス内を見渡しながら尋ねると、男は、掴んでいた葉を解放し、杏子に向き直った。

「ちょうど良い頃です。気に入ったのがあるなら、格安でお譲りしますよ。うちはネットだけで販売しているんですけど、ここまで引き取りに来られる方には割り引きしてるんです。」

杏子は、首と手を慌てて振って、申し訳無さそうに断りを入れた。

「すみません、どれもすごく素敵なんですけど、その…。私、今この辺りで住むところを探しているんです。家が決まって落ち着いたら、また見に来てもいいですか?」

最後の方はだんだん声が小さくなって、仕舞いには、杏子は俯いてしまった。男の履く黒いゴム長靴を見ながら、少し首を竦めたようにして、杏子は男の言葉を待った。

「うちはいつでも歓迎しますが…」

そう聞こえて、杏子がはっと顔を上げると、目尻を下げて、少し困ったような顔の男が、頭を掻きながら杏子を見ていた。

「このあたりって、この地区ですか?あんまり良い物件はないと思いますけど。駅前とか駅向こうの方だったら、ファミリー向けの新しいマンションなんかがあるらしいですよ。」

男の言葉に、杏子も困った顔になってしまった。所帯持ちだと思われたのが、ショックだった。

「あの…私一人なので。狭くても古くてもいいので、なるべく安い部屋がいいんです。このあたりなら駅からも遠いから安そうだし、のどかで環境も良さそうだなと…。」

男は、今度は目を丸くした。

「のどかなのは間違いないけど、若い女性が独り暮らしできるような物件はないと思うけどなぁ…。まぁ、駅まで戻って、不動産屋に相談してみるといいですよ。残念だけど、この道を登ってきたのは間違いだ。農家と神社しかないんですから。」

最後にはそう苦笑して、男は、ちょっと、とハウスの外を指差した。

「店の名刺をお渡ししますから、家探しが落ち着いたらうちのサイトの方も見てみてください。本当にこのあたりに住むんなら、わざわざ取りに来てもらわなくても届けますよ。」

男は杏子を促しながら、ハウスの外へ出て、軽トラの方へ向かった。

先程見たときには気づかなかったが、軽トラの裏手には石垣が組まれ、一メートルほど上がったところに民家が建っていた。

「ちょっとここで待っててください。」

そう言って、石垣に備えられた石段をひとつ飛ばしに駆け上がり、男は、玄関の引き戸を開けて中に入っていった。

男の家なのだろうそれは、伝統的な日本家屋ではなかったが、今風の西洋スタイルでもなく、築40年代あたりの家屋に良く見られる、昭和という言葉が良く似合う家だった。

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