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彼女は来世に期待する

クジ運

作者: くまこぶた

「転生者したのに、なんたることだ」の前日譚

 「安曇野あずみの、やっぱり四人じゃ無理だろ」

 受話器を置いたとたん鳴りだした電話。須崎すざきは顔に手を当て嘆息した。

 「ああ、俺もそう思う」

 自身も通話を終えたが受話器はそのまま手に、安曇野はお手上げだと机に伏した。

 老舗旅行代理店の本部一室。

 第三事業部の電話が鳴りやまなくなって三週間。

 派遣社員が失踪して三週間。


 「俺たちは、よくやったと思うんだ」

 社食で捕まえた人事部の同期はあからさまに視線をそらした。

 「補充要員の申請は通っているはずだけど」

 なおも無言の相手に安曇野はまわりこんでヘッドロックのまねごとをする。

 「っギブ、安曇野! 」

 「鈴木主任がそっけないのがいけない」

 悪びれた様子もない安曇野を見て、鈴木は忌々しげに乱れたネクタイを直した。

 「いま募集をかけている。待て」

 「どのくらい? 」

 「早くて一ヶ月」

 鈴木の返答に安曇野の拳がボキボキと鳴った。

 「無茶言うな! 」

 反射的に鈴木は拳を避けようとのけぞる。

 その姿に二人の様子をうかがっていた周囲の社員がざわめいた。

 また悪評が増えるのかと、安曇野は大人しく席に着いた。

 「冗談だよ」

 「冗談に見えない、聞こえない」

 鈴木は気を取り直すと、海老フライの尻尾をかじっている第三事業部の変人をにらみつけた。

 「もう限界なんだ。猫の手でいいから借りたい」

 安曇野は真面目な顔でにゃーんと、猫のまねを添えてみせる。

 正直、鈴木はこの同期が苦手である。

 この男、仕事はできるのだ。新人のうちから大口契約を何件もとってくるくらいには。

 しかし、上司の期待をよそにこいつは入社から一貫して出世とは別の道を突っ走っている。

 その上、このふざけた性格である。

 本気なのか何なのか、三十男が猫のまね。

 ため息を一つつき、行儀は悪いが箸で安曇野を指す。

 「派遣潰しの安曇野」

 鈴木の言葉に彼は虚をつかれた顔をした。

 実際、人事部での安曇野の評価は地を這っている。

 こちらが必死で見つけてきた優秀な派遣社員、契約社員がこの男の下では二ヶ月持たない。

 もはや、金と労力の無駄である。

 ひそかに安曇野の案件は後回しにされていた。

 派遣なしで仕事が回るなら、なかったことにしたかった。

 これが人事部の総意である。

 「人聞きの悪い」

 「半年で四人」

 ふてくされ気味な安曇野に現実を突きつける。

 相手は言葉に詰まって、かわりに茶を手に取った。

 「今回は続くと思ったんだけど」

 「一番性質が悪い、なんだ失踪って」

 こっちは派遣会社からも散々文句を言われている。

 就業中に姿を消し一時音信不通になった彼女とも、今は何とか連絡を取れるようになったというが、当時はあと一歩で警察沙汰だった。

 はれてブラック企業の烙印も押された。

 本当ならあと半年は待ってほしいところなのだ。

 「あと一ヶ月くれれば、なんとかして見つける」

 本腰を入れて頭を下げるかと、鈴木は派遣元の担当者の顔を思い浮かべた。

 「迷惑かけるな」

 「おう、これきりにしてくれ」

 殊勝な態度を示す安曇野を前に、鈴木はすっかり冷めた味噌汁をすすった。

 話はこれで終わったはずだった。

 「それはそれとして」

 普通なら終わる。

 相手が第三事業部の安曇野でなければだ。


 「本気ですか? 」

 屍累々、魔の巣窟、第三事業部に新入社員を投入するという鈴木の言葉に、研修班はおののいた。

 「部長の了承済み、だそうです」

 あの男、しっかり部長に自分の要求を通してから派遣担当の鈴木に圧力をかけにきていた。

 「鈴木君、安曇野への生贄なんてここには一人たりともいないのだけど」

 研修班の主任は妖艶に笑う。

 「川島先輩、僕もその意見には賛成ですよ」

 そこそこ社会経験がある派遣が潰されたのだ。

 新人なら言わずもがなだろう。

 「こっちは最優先で派遣を確保します」

 新人を人質にとるとは性格が悪いが、安曇野の狙いもそれだろう。

 「あの部長ボンクラ、余計なことばっかりするんだから」

 言いながら川島は新人データに目を通す。

 人事部としては一年かけて選りすぐった虎の子だ。

 自然と奥歯がギリと鳴る。

 「仮配属期間中に方をつけてよ」

 抜き取った三人のデータを手に川島は席を立った。


 第三事業部は、先代社長の戯れでうまれたお遊び部署だ。

 そのため、肩書きだけの役職者を入れて在籍者九名。実質、部を動かしているのは四名。

 精鋭中の精鋭といえば聞こえはいいが、体のいい厄介払い先、と社内では知られている。


 第三事業部を訪れた川島に、須崎は受話器を片手に、少し待て、とジェスチャーをした。

 他の二人もPCをにらみながら各々通話中。

 安曇野の姿が見えないと思えば、背後から声がかかった。

 「どうよ、姐さん」

 お盆にコーヒーをのせて登場した彼は、川島にもとるように促す。

 「お忙しそうでなによりですわ、安曇野部長」

 安曇野はにっと笑うと、部下のもとをまわってカップを置いた。

 「もうさ、全回線始終鳴りっぱなし」

 「一人増やしたところで状況は変わらないわよ?」

 「そ。こっちの要求が健気過ぎて泣けるでしょ?」

 ひと月前までなら事務員なしでも対応できていたが、状況は変わった。

 第三事業部で扱う旅行の規制自由化へ向けてお上が表立って動き出した。

 そして、目算していたよりも取引先はそれに過敏に反応し、この有様だ。

 「もともと逃げちゃった子の話抜きで増員申請は出していたんだ」

 「あら、タイミングの悪い」

 ねー、と自身のコーヒーに息を吹きかけて安曇野は応じる。

 「まだ、政府は及び腰だよ」

 安曇野の言葉に川島は口元を緩めた。

 「約束では、あと三年じゃなかった? 」

 「そ。川島女史は覚悟しといて」

 からかうつもりで言った言葉はたやすく絡めとられた。

 不敵な笑みを浮かべる眼前の男から目を逸らし、川島は持ってきたデータを差し出した。

 「一押しは? 」

 「全員」

 スキルは申し分ない子を選んだ。あとは相性の問題だろう。

 川島の厳選してほしい思いをよそに

 「じゃあ、この子にしようか」

 安曇野は、ふう、と息を吐き、中身を見ることなく指さした。

 川島の口から思わず、はあ!? 、と非難の声が出た。


 「大丈夫、くじ運はいいんだ」


 安曇野は川島の手から取ったデータを開いて、その名前を口にする。


 「里見凛々」


 そして、彼女の人生は変わった。

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