月の光 三
正月、僕は姉さんとヒサエを誘って初詣に行った。
「あけおめ。」
「おめでと。」
「あけましておめでとうございます。」
相変わらず姉さんは車椅子に乗っている。
今日きたこの神社は階段が無いので車椅子でお参りができる。
入り口である鳥居から一直線に道が延び五十メートルほど先に神社のお賽銭箱がある。
今日が正月だからいろんな屋台がある。
金魚すくい、林檎飴、射的など縁日でやるような屋台ばっかだ。
神社の前ではお守りやおみくじが売っている。
神社の裏には弓道所があり頼めば射たせてくれる。
姉さんが射ちたいという強い頼みをされたので帰りぎわにでも行こうと思う。
「ヒサエはここにきたことはある?」
「ないよ。ずっと病院にいたから結構楽しみ。」
「それはよかった。」
「うん。」
すると劇場の舞台の裏が騒がしいのに気が付いた。
「どうしたんですか?」
そこにはアキコの父さんミツオがいた。
「ああ、ユウヤ君か。実は舞台で舞う人が怪我しちまって舞えそうに無いんだ。」
「どういう舞いなんですか?」
ヒサエが言った。
「俺もよくわからん。何でもいいとにかく舞えれば。」
「じゃあ、私がかわりに舞いましょうか?」
「ちょっと、ヒサエ。」
「大丈夫、二、三個くらい舞える舞があるし、体の調子もいいから。」
「わかった。でも気を付けろよ。」
そして五分後、衣裳をまとったヒサエが舞台にあがった。
竹笛、太鼓、琴、三味線。日本で使われている楽器が一つの曲を生み出し、それと同時にヒサエが舞に入る。
右手にもつ扇を開き、ゆっくり移動させる。
そして前進、右折、後進、その動きは何を意味するかはわからないが、舞台に立つヒサエは今までに無く美しかった。
ヒサエが舞い終わり舞台から戻ってきた。
「お疲れ、ヒサエ。」
「うん、本当に疲れたよ。飲み物でも買ってこようかな。」
「そうだね。姉さん先に弓道所に行ってるよ。」
「わかった。」
するとヒサエは人込みの中へと歩いていった。
弓道所。ここで弓道を行う人は少ない。
昔はたくさん人がいたが今はほとんどいないので弓とか矢は頼めば貸してくれる。
「あのー、すいません。」
「おう、ユウヤじゃん。」
「なんだ、マサルか。」
弓道所には幼なじみで親友の沢田マサルが一人で弓道の練習をしていた。
中学のとき僕とマサルは弓道部に所属していてお互いに競い合っていた。
今、僕は初段、マサルは二段だ。
「今日はどうしたんだ?」
「いや、姉さんが射ちたいって言って。」
「え?でもユウヤの姉さんは目が見えないんじゃ。」
「まあ、大丈夫でしょ、たぶん。」
そう話しているうちに姉さんは弓と矢を選び終えていた。
「どこで射てばいいの?」
僕は姉さんの手を引き射つ場所を指定した。
「じゃあ、射っていいよ。」
すると姉さんは慣れた手つきで弓を引いていき見えない目でねらい矢を放つ。
矢は一直線に飛んでいき的の上に刺さった。
「おしいっ。もうちょい下。」
すると再び弓を引き矢をはなつ。
矢はさっきよりじゃっかん下に飛んでいき的に刺さる。
あたった場所はど真ん中。
その後、姉さんは計三十射を射ちそのうち二十三射真ん中にあたった。
僕は十五射、マサルは十八射。
とてもじゃないけど姉さんにはかなわなかった。
「すごいよ、姉さん。」
「なんか心の目で狙ったって感じだな。」
「これなら段を狙ったら結構いいとこまでいけるよ。」
「いいよ、段なんて。たぶん私には必要ないから。」
「そっか。」
「おーい、ユウヤー。」
やっとヒサエがやってきた。
「遅いぞヒサエ。」
「なんだ、無愛想なおまえに恋人なんてできたのか。」
「別に黙ってたわけじゃない。」
「まあ、そんなこと気にしないがな俺は。」
「そろそろ帰りましょ。」
「そうだな。またな、マサル。」
「ああ、またな。」
親友にあいさつをかわし、弓道所をあとにした。
扉から出るときマサルが
「ありゃ、両手に花だな。」
と言った気がする。
こんな感じだった。
コウが死んでもヒサエと姉さんがいることに僕は生きている実感がもてた。
あの岬についた。
あれから八年たった今。
医学大学のセンター試験に合格しその後、順調に成績を上げていった。
ヒサエの病状は少しずつ回復している。
今はどうかはわからない。
だが三日前、とんでもないことが起きた。
その日は雨。
天気予報によるとあと二日は降り続くという。
身仕度を終え部屋から出る。
現在十時。
廊下はやけに静かだ。
キッチンにむかう、おそらく召使いのカズヤさんがいるはず。
カズヤさんは召使いの中でも最も影が薄く真面目だがけして目立たない。
でも名前をいえばだれもがその人を知っている不思議な人だ。
そんな彼を僕は尊敬していた。
キッチンにきた。
誰もいなかった。
静かにたたずむキッチン。
そこにはカズヤさんの姿はない。
仕方がないので姉さんの部屋にむかった。
赤いバラ、その赤色は美しさに見とれ茎をもったとき刺さったトゲが吸った人の血なのか?
赤い光景。
横たわる姉さん。
赤くなった包丁。
それを手でぶら下げるかのようにもつカズヤさん。
その光景に僕は現実感がなかった。
これは夢だ。
そう何度も思った。
でもそう現実は甘くなく徐々に体温がなくなっていく姉さんを見ていることしかできなかった。
「何でなんだよ。姉弟なんだぞ。好きになるなんてことはできないんだ。そうだろご主人。」
「・・・。」
言葉を口に出すことができない。
カズヤさんは右手にもつ包丁を自分にむけ腹を貫く。
「俺はレイナさんのことが好きだった。だけどご主人、あんたを選んだ。」
「でもそれは姉弟として。」
「姉弟としてじゃない一人の男性としてあんたのことを愛していると。」
カズヤさんはゆっくりと前に倒れ絶命した。
その後、救急車がきて姉さんが病院に運ばれ緊急手術が開始れたが三時間後、心搏停止、死亡した。
空には満月がきれいに光を照らしていた。