月の光 一
月の光は残酷だ。
何もかも持っていきやがる。
まずコウの命をもっていきやがった。
そしてあいも。
そしてこんどはあいつも。
僕の友人コウの死をしった翌日。
ある二つの机の上に二枚の写真が置いてあった。
その黒い額縁と菊の花はその席の持ち主の死を語るものだった。
一枚はコウ。
もう一枚は、金沢アキコだった。
おそらくコウの死のショックで自殺したんだろう。まあ、それも仕方のないことだ。
先生が来る。
「みんな、席に着け。今日は悲しい連絡がある。」
知ってるよバカ。
「このクラスの山崎コウと金沢アキコが死にました。山崎は交通事故、金沢は病死だ。」
その時、僕は立ち上がった。
みんなは黙った。
「何言ってんだよ!このバカ教師。アキコは自殺、コウは肺ガンによる病死だ!」
先生は目を丸くして
「そうなのか?」
「そうだよバカ教師、連絡ぐらいちゃんとしろバカ教師。いや、教師ともいえないな、バカ。学校なんかやめちまえ。」
「うっ。」
「おまえに何がわかる。大切な親友とただ一人の幼なじみをなくした僕の気持ちなんて。」
「すまない。」
「ったく。」
席に座った僕。
微妙な空気が教室に流れる。
再び一人になった僕。
これからどうしよう。
僕はいつものようにあの岬にいた。
これからどうしよう。
グレーにそまった空の向こうに行きたい。
そう思いながらその曇り空を見ていた。
「ねえ。」
すると、
「どこを見ているの?」
するとそこには一人の少女が立っていた。
「アメリカかな。」
「そっちは逆だよ。」
「地球は丸いんだから西東関係ないだろ。」
「たしかにね。となりいい?」
「いいよ。」
すると僕の隣に座ったその少女。
「あなた、前にあったことがあるでしょ。」
「え?」
「ほら、去年の夏、コンビニで。」
「ああ、あの時の。」
でも、今の彼女はあの時の彼女とは大きく違っていた。
あのきれいな黒い髪が真っ白になっていた。
グレーに染まる空にうかぶ白い髪。それはまるで景色の一部分のようだった。
「兄さんの友達だったんでしょ。」
「兄さん?」
「山崎コウ、私の兄さん。兄妹なのにお互い顔も知らない、話したこともない。また存在も知らなかった。だから今生きている私が兄さんのことを知っておきたい。だからあなたに話し掛けた。」
「ってことは君はヒサエ?」
聞かなくても知っていた。だけど聞いておきたかった。
「あなたには関係ない。」
そんな答えが返ってくるとは思っていなかった。でもたいして答えを気にしていたわけではなかった。
「さあ、早く教えて、兄さんのこと。」
僕はコウとの出会い、京都旅行、お互いの家に泊まりに行ったこと、そしてコウの恋人のことなどを話した。
でも、ヒサエは無表情で話を聞いていた。
「大したこと無い兄さんだったみたいね。」
「いや、そんなことなかったと思うよ。」
するとムッとした顔をして、
「私のほうが重い病気だよ。」
「そうなのか?」
「うん、私は肺ガンとエイズにかかってるの。」
「そうなんだ。でもコウはエイズにはかかっていなかったよ。」
「兄さんとは親違いの兄妹なんだよ。」
「ふーん。どこの病院に入院してるの?」
「兄さんと同じ病院だよ。何でそんなこと聞くの?」
「コウは僕の大切な友人だ。そしてその家族もまた同じようなものだ。コウの分も幸せになってほしい。」
「それって、」
ヒサエの顔が赤くなった。
そのとき僕はあることをしたことに気がついていなかった。
「そろそろ病院に戻んないと、またね。」
「ああ、またな。」
そしてヒサエは病院の方に歩いていった。
家に帰るといつも飼っている猫が迎えてくれる。
何を考えているのかわからないが、僕の足に顔をこする仕草がとても可愛らしい。
その猫には名前はない。その猫の名前はその猫だけが知っている。もしかしたら自分の名すらないかもしれない。
その猫はいつも姉、レイナの膝のうえに寝て、僕が家に入るときやトイレ、ご飯のときに膝からおりる。
現在、その猫は十二歳、僕が五歳のときに生まれた。
目の見えない姉のために飼い始めた猫、彼女はその猫の微笑みを知っているのだろうか。
「姉さん、入るよ。」
「どうぞ。」
姉さんはいつもお気に入りのロッキングチェアに座っている。その姿がまるでお婆さんに見えるが、二十歳という若さだ。
姉さんの目が見えなくなったのは十歳の頃だ。僕と姉さんのふたりで散歩に行ったときのこと、突然姉さんが叫びだし僕がそれに驚き大泣きしていた。そんなときに一組の夫婦が声をかけてきてくれた。
姉さんは落ち着きを取り戻し自分の目が見えないことをふたりに伝えすぐに病院にむかった。
目が見えなくなった理由は目から脳をつなぐ神経が切れたことによって見えなくなった。
手術をすればかなり低い確立で治るらしい。
だが、失敗したら・・・、脳細胞が停止。つまりそれは死を意味する。
姉さんは手術をしなかった。目が見えなくなっても生きてけるからだ。
だからそんな姉さんの世話を僕はしている。学校に行っている間は召使がしてくれる。
休日はすべての時間を姉さんの世話をする時間に使っている。たまにコウと遊びにいく時間があったがその間も召使が世話してくれていた。
部屋に入るといつものようにロッキングチェアに座り猫をなでていた。
姉さんのそのやさしい目にはあの時の暗やみの恐怖はなかった。
「ねえユウヤ。」
「どうしたの、姉さん。」
「もうすぐ私の誕生日よね。」
「うん、何かほしいものでもあるの?」
姉さんの誕生日は五月七日だ。
「ええ、赤いバラを一本。」
「え?一本だけ?」
「うん。」
「わかった。」
バラは五月七日の誕生花で花言葉は『美、愛情、内気な恥ずかしさ』だった。
たしかに姉さんにぴったりな花だ。
「あと、トゲはとらないでね。」
「うん。」
誕生花であるバラ。
でも一本という本数とトゲつき、これは何を意味するのだろう。
再び僕はあの岬にいた。
いつものように座って足をぶらぶらさせながら空の彼方を見ていた。
今日は晴れ。あちこちにいろんな形の雲が空を流れていた。
海の波は穏やかで風が弱いことを語っていた。
そんないい天気に学校をさぼってここにいる。
「早いね。」
そこにはヒサエがいた。いつものように長い白髪をなびかせて。
「うん、今日は学校をさぼったんだ。」
「学校?なにそれ。」
「学校を知らないのか?」
「うん、物心ついたときから入院してたから、外のことはまったくわからないんだ。病院の近くの売店には行くことがあるけど。」
「ふーん。」
「もちろんここにもね。」
「うん。」
「・・・。」
「・・・。」
会話が無くなった。
そもそもヒサエがここに来るのは毎週一回、最近は三回くらいかな。
それにしても学校を知らないなんて、相当退屈な毎日を送ることになる。
「ねえ。」
「ん?」
「今から売店に行かない?」
「売店って、さっき言っていた?」
「うん。」
「そうだな、行ってみるかな。」
「じゃあ、行こっか。」
売店はヒサエが入院している病院から徒歩五分。
見かけはいたって普通の売店だった。
中には白衣を来ている人がいた。おそらく病院の医師だろう。
そしてそのなかに山田先生がいた。
「おっ、久しぶりだな桜井。」
「はいそうですね、山田先生。」
「わるかったな、死なせちまって。」
「いえ、仕方ないですそれは。」
「俺もまだまだ未熟だな。」
「こんにちは、山田先生。」
「おっ、ヒサエじゃんか。なんだ?ユウヤとデートか?」
「ええ、そんなとこです。」
そんなとこです?僕はヒサエとデートしてるのか?
「・・・。」
「どうしたの、ユウヤ。」
「いや、なんでもない。」
「じゃあ、早く行こ。」
「ああ、わかったよ。それじゃ山田先生、さようなら。」
「ああ、またな・・・、あとで病院前にきてくれ。」
最後につぶやくように言い去っていった。
その後、本を見たり、食品を買った。
ヒサエが病室に帰ったあとに病院の前に行くと山田先生が寒そうに待っていた。
「すいません、寒いなか。」
「かまわんよ、ところでヒサエはやっぱりあの岬であったのか?」
「そうです。まずいんですか?」
「いや、あいつはもう助かる見込みが無いんだ。だからうちの病院の連中はみんなあいつを見捨てたんだ。だから好きに行動させている。」
「え?でもそれってひどいじゃないんですか?」
「ああ、でもガンとエイズの両方かかっているとなるともう手のほどこしようがなくなる。エイズは進行を押さえる薬を使えばなんとかなるが、ガンは二つともガン細胞が肺の半分を侵食している。もう手術しようがない。」
「そんな、そんなことって。」
「でも一つだけ助ける方法がある。」
「本当ですか?」
「ああ、でもこれは奇跡を起こすしかない。生存率一兆分の一パーセント。ガンの自然回復しかない。」
「自然回復?」
「そうだ。ガンはきまぐれで、ごくまれに自然に治っているケースがある。だがこれはまだ手術でなおせる程度の症状の人がいつのまにか治っていたってのがある。その原因は不明。さらにヒサエの病状、残り寿命の五年。それらを考えると生存率はそのくらいだ。そこでだヒサエのことを頼みたい。生きるにしろ死ぬにしろ、あと五年、残りの人生楽しんでほしいからな。一先ず、週に一回この病院に通うようにしろ、エイズの薬を取りにきてくれ、代金はヒサエの家族からもらっている。」
「わかりました。」
「あと遠出するときは連絡しろ。」
と言われ一枚のメモを渡された。
そこにはメールアドレスが書いてあった。
「それが俺のメールアドレスだ。なんかあったら連絡してくれ。」
そういうと病院に戻っていった。
「あ、そういえば今日は姉さんの誕生日だ。バラを買いに行かないと。」
その後、病院の近くにある花屋に行った。
その花屋はクリーム色の壁にピンク色のマストのいかにも花屋らしい色鮮やかな店だった。
「いらっしゃいませ、あらユウヤさん。」
「あ、カズミさん、お久しぶりです。」
「ええ。」
「お気の毒でしたねコウのこと。」
「いえ、いつかそういう日が来る事は覚悟してましたから。ところで何の花を買いますか?」
「バラを一本ください。トゲは取らないでください。」
「わかりました。誰かにプレゼントですか?」
「ええ、姉が今日誕生日なんです。」
「そうですか。はい、百円になります。」
「どうも。ここでバイトしてるんですね、てっきりOLとかしてると思いました。」
「私、花が好きなんでこの仕事をしているんです。」
「そうですか。じゃあまた。」
そう言いその花屋を去った。