二
十月になると文化祭のシーズンになる。この学校の文化祭は二日間やる。
そして僕は映画鑑賞をやることになった。
一日目も二日目も僕もコウもやるべき仕事はないので二人で体育館に行くことになった。体育館では軽音楽部によるバンドや吹奏学部による演奏、演劇部による演劇、ほかにもクラスの出し物などがあった。
クラスの打ち合せが終わると僕とコウはすぐ体育館に向かった。
体育館は真っ暗でステージだけが明るかった。どうやらすでに出し物が始まっているようだった。
最初に見たのは軽音楽部によるバンドのコンサートだった。
言っちゃ悪いけどへたくそな歌だった。歌詞にも深みが無かったしとにかく叫んでいたり、所々棒読みで、まあ一言で言えば最低のボーカルだった。ほかのギター、ベース、ドラム、シンセはそれなりにうまいが、ボーカル一人のせいで台無しだった。
観客席からも
「帰れ。」
とか
「引っ込め。」
とかの批判の声しかしない。多分来年はあのバンドは文化祭にでないだろう。
次に見たのは吹奏学部の演奏だった。この学校の吹奏学部は結構いい成績を残しているのでちょっと楽しみにしている。
吹奏学部の演奏はすべてオリジナルの曲で男子四人、女子四人でソプラノ、アルト、テノール、バスの四パートによる四部合唱だった。
一曲目は『月夜』という曲だった。
その曲は大体五分くらいの短い曲だったけどその曲は全体的に暗く、どこか希望を求めるような歌詞だった。
ニ曲目は『流れを失った川』という曲だった。
とにかく長い曲だった。歌詞も長く、その歌詞だけで薄い文庫本が完成するほどだった。
そして最後の曲は『冷たい視線』という曲で、他のニ曲とはちがった。
何ていうかオペラに似ている。ソプラノは極端に声が高く、なのに音を崩さず安定した声だった。アルトとテノールは声のやわらかさを保ちつつうまく歌の音色を出していた。バスの二人のうち一人がバリトンに変わり迫力のある声を出していた。
合唱が終わると体育館は大きな拍手が響き渡った。
曲が終わると同時に僕の携帯のバイブがなった。
メールが一件着信していた。
『ごめん、ユウヤ。急にだけどクラスの仕事をやってくんない?コウも一緒だったら一緒に来て。byアキコ』
「コウ、教室に戻るぞ。」
教室に戻るといかにも悪そうな人が三、四人が一人のクラスメート、加藤マサシを囲んでいた。どうやら絡まれてるらしい。
「いったい何があったんだよ。」
「あぁ?何ダてめー。」
一人のちんぴらが言った。
あまりにも変なしゃべり方なので僕はちょっと笑ってしまった。
「今笑っタロてめー。」
「だって変なしゃべり方なんだもん。それにハゲ、毛無し、チキンヘッド。」
右からちんぴらの髪型の特徴を言っていった。
「これはハゲじゃねー。」
「毛無しとか言うな。」
「ち、チキン・・・。」
この挑発にのれば一発殴られあとはよければ僕は完全に被害者だ。
「なめんな。」
ちんぴらの一人、ハゲが殴りかかってきた。僕はわざと殴られ地面に倒れた。
「やっちまえ。」
チキンヘッドが言い蹴りかかってきた。
右足での蹴り、僕は左に飛び避け後ろに回り込んだ。このままローキックを食らわせると相手の態勢を崩しあとはボコ殴りすれば勝てるがあえてそうしなかった。ここは学校、教師に見つかったら大変だからだ。だからパンチまたは蹴りを一発わざと食らいあとは避ける、あるいは受け流す。その辺のちんぴら四人の打撃、親父に比べたら簡単に避けられる。
ちんぴらの打撃を避け始めてから十分後、僕のクラスの担任の斎藤マサルが止めに入った。
その後、ちんぴら達は警察に連行された。僕は先生に起こられたが別に大したことはしてない。
あとマサシは、僕にお礼を行った後、仕事を続けた。
ちょっとトラブルがあったが無事、一日目が終わった。
二日目、コウは風邪で学校を休んだので僕一人で文化祭をまわることにした。
いざコウがいないとなると暇なもんだな。
そう思いながら校舎の一階を歩いていた。校舎は二階建で小さい。一階は一、二年生の教室があり、二階は三年生の教室と特別教室があった。
つまり、この階は一、二年喫茶店やらカラオケボックスやらがあるってわけだ。
しばらく歩いていると、前から見覚えのある連中が三人歩いてきた。
中学生の時の友人だった。
「おう、ユウヤじゃんか。久しぶりじゃんか。」
「おうサトル、久しぶり。ワタルもカイも。」
サトルは小学生の時からの友人でとにかく力が強い。おそらく今は柔道でもやってるんだろう。
ワタルは何でもテキトウにやるやつだ。でもテキトウにやってもこいつは成績がいい。五教科はいつも五段階評価でオール五をとるほどだ。一度勉強を教わったことがあるが
「テキトーにやればできる。」
って言って終わりだった。
カイはちょっとコウに似ている。背は低いし影も薄い、でも僕と同じで理系が得意で文系が苦手。
「よしカラオケ行こうぜ、カラオケ。」
「ちょっと待てワタル。」
「いいから、俺がおごってやるから。」
ちょっとまて文化祭のカラオケはお金がかからないんだよ。
そう言おうとしたのに、ワタルは強引に僕の手を引きカラオケにつれてかれた。
「なんだよ、カラオケのくせに個室じゃないのかよ、いいや、歌っちゃえ。」
はじめに歌ったのはワタル。
こいつは中学生の時に男子のくせにアルトのパートを歌っていた。そのわりに声はきれいで先生も生徒も唖然としていたほどだ。
「ほらユウヤ、おまえ下のパートを歌えよ。」
「はいはいわかったよ。」
それにしても久しぶりに歌うことになった。
歌を歌い終えると、部屋にいる人全員がこっちをむいていた。
「ずっげー。」
とか
「歌うまいな。」
とか言う人がいたそしていつのまにか四人全員が歌っていた。
何曲か歌った。
夕方に僕達は歌い終えた。
「いやー、楽しかったな。」
「つかれたよ。久しぶりだよあんなに歌ったのは。」
「それにしても腹へった。」
「だよね昼食、食べてないからな。」
そしてそのあと焼肉屋でパーッと騒いだ。
二学期の終業式を終え、明日から冬休み。
「そういえばユウヤ、冬休みに何か予定はある?」
コウが僕に聞いてきた。
「ないけど特に。」
「じゃあさ、僕の家に泊に来ないか?」
「別にいいけど、家の人は大丈夫?」
「大丈夫だよ、昨日僕の両親に聞いてみたらぜひそうしろって言っていたし。」
「わかった。じゃあいつ行けばいい?」
「基本的にはいつでもいいよ。ユウヤは?」
「僕もいつでもいいよ。」
「じゃあ十二月二十日に二泊三日で大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。」
こうして冬休みのスケジュールが一つ埋まった。
十二月二十日、コウの家に泊りに行った。
コウの家は小さな二階建の一軒家だった。
ビー、
インターホンらしきボタンを押すと警報のような音がした。
「はーい。」
女の人の声がした。おそらくコウの姉か母親だろう。
キィー
鉄がさびたような音をたてながら家の扉が開いた。
「あれ?コウの言っていた友達?」
そこには茶色の短い髪をした女の人がいた。
「あっ、はいそうです。桜井ユウヤと言います。」
すると女の人の後ろからコウがやってきた。
「やあ、ユウヤ。さあ上がってくれよ。」
「うん、わかったよコウ。」
コウの家にはおもしろいものが沢山あった。
油絵、彫刻、焼き物などの芸術品や骨董品が置いてあった。
油絵はどれも見たことの無い絵ばかりだった。
コウの家族が書いたのだろう。結構興味があるので後で見にくることにしよう。
コウの部屋はいたってシンプルで本棚が一つ、ベッドと机があるだけだった。
「ユウヤはベッドと布団どっちがいい?」
「布団でいいよ。」
「わかった。」
「ところで壁にかかっていた絵は誰が書いたの?」
「僕と母さんだよ。」
「コウも書いてんだ。」
「うん、あまりうまくないけどね。」
「見せてくんない?」
「いいよ。」
そう答えるとコウは部屋のすみにある扉のノブに手をかけて、
「こっちから僕のアトリエにいけるよ。」
コウのアトリエは広く部屋の倍はあった。
中にはいった瞬間、油の匂いで僕の頭をくらつかせる。
所々にある絵は完成しているものであろう。そして奥に布がかかっている絵が一枚あった。
「なあコウ、あの布がかかってるのは何だ?」
「ああ、あれは見ちゃダメだよ、大切な絵なんだから。」
「ふーん、ところでおまえはさっきから何やってるんだ?」
コウはさっきから色のついた粉と油をガラスのスリコギみたいな物で粉をつぶしたり混ぜたりしている。
「絵の具を作ってるんだよ。」
「チューブは使わないの?」
「そうだよ、この方が絵のアイディアが浮かぶんだよ。」
「ふーん。」
それから僕は五時間ほどコウが絵を書いているとこを見ていた。
絵を書いている目はいつもと違った。表情がなくまわりの音を一切気にせず、とにかく自分の書いている絵を見つめ筆を動かしていた。
すごい集中力だった。
たまにトイレにむかうときもあくびをしても、本を読んでもまったく気にしていなかった。もしかしたら絵書きの天才といえるだろう。
夜、僕はコウの部屋でコウと一緒に寝た。コウがベッドで僕は布団で。
僕達は布団に入るといろんなことを話した。
そして話の中には芸術の話、将来の話などだったが、コウの口から恋愛の話が出てきた。
「ねえユウヤ、おまえは好きな人とかいるか?」
そんなことを聞かれたのは初めてだった。
「コウはどうなんだよ。」
「僕は同じクラスの金沢アキコ。」
あいつか、って言ったら怒るだろうな。
「そうなんだ。」
「ユウヤはどうなんだ?」
「いや、そんなこと考えたこともないよ。」
「ずるいぞユウヤだけ。」
「いや本当だって。」
「どうだか。」
「で、どこまでいったんだ。話し掛けたりしたか?」
「いや、まだだよ。三年になったら告白するつもりだよ。」
「そっか、がんばれよ。」
そして僕は眠りについた。
深夜、トイレに行くために目が覚めた僕。
コウの部屋からでてまっすぐに行くとベンチがあった。やっぱりコウの家にはおもしろいものがあった。
トイレからでるとベンチにはあの茶髪の女の人が座っていた。
「こんばんわ。」
「こんばんは。」
「となりいいですか?」
なぜか眠いのにそう聞いてしまった。
「どうぞ。」
僕はベンチに座った。
「あの、ユウヤさん。」
「何ですか?」
「ありがとうございます。コウと友達になってくれて。」
「いえ。」
「あなたと友達になる前のコウはいつも絵ばかり書いていました。とても暗い絵でした。見るだけで寒気がするような絵でした。でも、今年、六月から突然、本当に突然明るい絵を書き始めたのです。」
「その原因は僕ということですか?」
「はじめはきがつかなかったのですが、どうやらそうでしょう。」
「ところであなたはコウのお母さんですか?」
「はいそうです。いや仮にそうといえます。」
「仮に?」
「はい、私は今、三十五歳です。」
「はあ。」
「でも、その年令は仮の姿で本当は二十五歳です。」
「でも、それって。」
「そう、それでは私がコウを八歳の時に生んでいることになります。でもありえないでしょう?」
「でも養母ってことも。」
「いえ、それはないです。私とコウは血のつながりがあります。」
「それってもしかして姉?」
「はい、そうです。コウには私をいれて三人の兄妹がいます。長女である私、カズミ。長男であるコウ。そして次女でコウの妹のヒサエの三兄妹です。そしてコウはこのことを知りませんのでコウにはこのことを言わないでください。おそらく、大変なショックを受けると思うので。」
「わかりました。」
そして僕はコウの部屋にもどった。
その後の二日目、僕は朝早くコウの家のまわりを歩いていた。
「にゃー」
「ん、猫?」
コウの家の近くにある大きな木に猫がいた。
「にゃー」
その猫は僕を見て鳴いた。ついてこいとでも言おうとしているのか。
ひとまず僕は猫についてくことにした。
てくてくと歩いていく猫、そしてそれについていく僕。そして普通に流れる時間。
現在七時、猫についていって二十分、僕はあるとこについた。
そこは海だった。
無論、その海は日本海だ。僕と猫はある岬にいる。そこはあの商店街の裏にある小さな林の奥にあった。