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白雪邸殺人事件  作者: iris Gabe
解決編
13/14

13.もうひとつの解答

 全員の視線が、いっせいに二階堂氏に注がれた。老人は、ただ黙って眼を閉じていた。

「二階堂のじいさんは密室をつくる前から、書斎にクリンがいることを知っていた。しかし、その事実をモネちゃんには知られたくなかった。密室をつくるためには、モネちゃんの協力が不可欠だ。しかし、クリンが中に取り残されていることを知れば、モネちゃんは正義感から協力をこばむかもしれない。かといって、クリンを書斎から出す気は、じいさんには、さらさらなかった。密室をつくる目的は、はなから、クリンを犯人に仕立てあげることだったからだ。

 仮に、書斎の中にドクの遺体だけがあったとしてみよう。当然のことながら、警察は、事故死と、犯人が密室を構成して逃げたという外部犯行説の両面から、捜査をすることになる。所詮は、追い込まれて無理やりしぼり出した、ちゃちなトリックだ。その気になれば、見破られるのも時間の問題だろう。

 ところが、ドクのほかに、もうひとりが書斎に居残っていたとなれば、どうだ? 安易な解答をちらつかされては、なかなか、外部からの犯行だとは思い浮かばない。こいつは、ちょっとしたことだけど、効果は絶大だ。

 そこで、じいさんは、眠っているクリンを、暗室に運んだ。じいさんには、クリンが薬物で強制的に眠らされていることが、何となくわかった。もちろん、ドクの不埒な計画まで察していたとは思えないが、おぼろげながら、この会談にただならぬ邪悪な雰囲気を感じていたのだと思う。ドクとクリンの談話を手配したのは、何を隠そう、じいさん自身だったし、テーブルに残されたクリンのグラスを調べれば、クリンが何らかの薬物を飲まされたことは推測できる。じいさんは、扉を壊してモネちゃんが厨房に逃げ込む時まで、クリンが眼を覚まさない可能性に賭けたんだ」

「須藤は、まんまとはめられたってわけね」と、ココが呟いた。

 ずっと黙っていた二階堂氏が、静かに語り出した。「ポチ様の推理のとおりでございます。ドク様はわたくしが突き飛ばした時に、頭をお打ちになってしまったようです。でも、わたくしは、この件に関して後悔はしておりません。ドク様がモネ様になさろうとしていたことを止めるために、やむを得ず起こってしまったことですからね。

 わたくしは、ドク様の息が途切れているのを知った時、頭の中が真っ白になっていました。とんでもないことをしでかしてしまった、と思いました。しかし、もうあと戻りすることはできません。何とかして、この窮地を逃れなければならない。幸いなことに、モネ様は気を失っているだけで、無事であることがわかりました。そして、テーブルにうつぶせているクリン様も、どうやら、ただ眠っているだけのようでした。グラスが倒れて中身がこぼれていたので、ひょっとして、クリン様は何か睡眠薬を飲まされて眠り込んでいるのではと推測しました。というのも、わたくし自身も、最近なかなか自力で眠ることができないことが多く、睡眠薬に依存する日々が続いていたからです。

 まずは、モネさんを起こそうと思って、彼女の顔を見た時でした。自分でも驚くほど明快に、この窮地を逃れる方法が、突然、脳裏に浮かんできたのです。本当に、人間って恐ろしいものですよね……。計画を遂行するためにはモネ様の協力が必要でしたが、わたくしにはモネ様はきっと協力していただけるという確信がございました。

 しかしながら、この計画を押し進めれば、クリン様がありもしない罪を背負うことになります。わたくしは悩みました。もちろん、わが身がかわいかったのは事実です。でも、今回の事件が生じた根本の原因が、クリン様におありになることは、わたくしには薄々と感づいておりました。クリン様はドク様がみえる以前から、ずっとドク様のご到着を気にされていました。わたくしが理由をうかがいました所、『とてもおいしい話さ。うまくいけば、あんたにもちょっとはご褒美をくれてやるぜ』とおっしゃっていました。

 わたくしは決断しました。モネ様と協力して、わが身を守ろうと。しかし、モネ様はとても純粋なおかたです。クリン様をおとし入れる計略だと知れば、わたくしに協力してくれるとは、とうてい思えません。

 とりあえず、わたくしはクリン様を暗室に隠しました。もちろん、モネ様にクリン様の存在を見せるわけにはいかないからです。クリン様のお身体を運ぶのは、この老体には骨が折れる仕事でしたが、幸いにもクリン様はやせてみえたので、どうにかやり終えることができました。それから、気を失っているモネ様に声をかけました。やがて、モネ様はお気を取り戻されます。わたくしは、ドク様が事故死と判断されるように密室をつくりあげてしまおうと、モネ様に持ちかけました。

 その時モネ様は、ご自分がドク様をあやめてしまったのだと思い込んでおられました。そして、わたくしの予想に反して、わたくしの申し出にモネ様は首をよこに振って一切了解してはいただけませんでした。ご自分の罪逃れのために、ドク様が事故死したように見せかけるなんて、どうにも受け入れられないとおっしゃいました。わたくしは大いに困りましたが、最後はわたくしにも迷惑がかかってしまうことになる、と申し上げました所、渋々ながらも、計略にご同意なさっていただけました。

 しかし、翌朝になって、クリン様に殺人の嫌疑がかかっていることを知ると、モネ様は深刻にお悩みになられました。モネ様は、すべての事実を告白してしまいたいと、わたくしにおっしゃったのです。さすがのわたくしも、これにはあわてました。せっかく、密室トリックが奇跡的にうまくいったのに、ここでモネ様に告白されては、すべてが水の泡と化します。

 昨晩、ドク様のポケットから見つかったファイルをポチ様が開かれた時に、わたくしは確信しました。今回の事件は、すべてクリン様の邪心が発端となったという事実を――。クリン様がそんな気を起こされなければ、わたくしたちはみな、仲良く楽しいひと時を、供にできたのでございます。急にわたくしの心の中に、強い憤りの気持ちが生じました。わたくしは、邪心の真意を問いただすために、クリン様のお部屋に参りました。

 クリン様は、すでに起きてみえました。疑うこともなく、わたくしを部屋に招き入れると、窓のそとに体を乗り出して、天候を気にされておられました。その時に、さりげなくおっしゃったことが、

『こんなくだらない場所に閉じ込められているのは、もうごめんだ。どうせ、間抜けな警察には、俺がドクを殺したなんて立証できっこない』

 そういって、わたくしをにらみつけると、『何をぼさっとしているんだ。とっとと早く、ここから出る船を手配しろよ』と、命令されたのです。わたくしは、思わずカッとなってしまいました。冷静さを取り戻した時には、クリン様をはるか真下の地面まで突き落としていたのです」

 老人は、両手で顔をおおった。

「わたしが勝手に思っていたことが、そこまでおじいさんを追い詰めていたなんて……。ごめんなさい」モネは両眼に涙を浮かべていた。

「滅相もございません。モネ様には何も非はありませんよ。今回の事件はすべて、このわたくしが勝手に仕組んだものですから」と、老人は答えた。

 その様子をじっと見つめていた如月恭助は、小さくうなずくと、厳かに語り出した。

「さあ、どうするね。今、じいさんが告白したことが、おそらく真実だろう。もしそうならば、じいさんとモネちゃんは間違いなく、刑事罰に問われることになる。しかし、今回の事件の根源は、明らかに被害者となってしまったクリンとドクのふたりに責任がある。彼らの身勝手な行動がなければ、じいさんとモネちゃんがこのようなことをすることはなかったんだ」

 ここで恭助は、一瞬話をとめると、まわりを見まわした。「そして、俺たちには真相とは違った解決方法を警察に提供する、という選択肢も残されている。クリンがドクを殺したあとで、罪の意識にさいなまれて自殺してしまった、という結末だ。こちらの単純な解答のほうが、むしろ警察は歓迎するだろうな。おい、シド。あんたはどちらの結末を支持するね?」

「もちろん、クリン犯人説だ!」と、シドは即答した。

「ココ姉。あんたには少々面白くなかろうが、あんたはどちらを支持するね? もっとも、もしじいさんを起訴する結末を選択した場合には、あんたも単なる器物破損罪にはとどまらず、恐喝の共犯者として裁判にかけられることは、間違いなさそうだがね」と、恭助はココに問いかけた。

「ふん。負けたわ。坊やには」ココは、あっさりと兜を脱いだ。

「本当に、そのようにしていただいてよろしいのですか? ポチ様」

 二階堂老人はひざまずいて、いつまでも頭を床に突き伏せていた。

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