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白雪邸殺人事件  作者: iris Gabe
解決編
12/14

12.浮かび上がる真相

 誰もかれもが、ひとことも声を発することができなかった。蒼ざめた顔をしたメイド姿のモネは、背筋をピンと伸ばしたままで、ソファーにじっと腰をかけていた。二階堂氏は、つったったまま、首をうなだれていた。追い打ちをかけるように、恭助は説明を続けた。

「密室トリックは、なんてことはない。どんな機械仕掛けよりも、群を抜いてはるかに簡単で確実な仕掛け――、すなわち、生身の人間が、直接差し込みボルト錠をおろす、という仕掛けだ。二階堂のじいさんとモネちゃんは、お互いに協力し合って密室をつくりあげた。

 まず、二階堂のじいさんが書斎をあとにする。そして、ひとり書斎に残ったモネちゃんは、すべての窓に鍵がかけられていることを確認すると、テーブルの上で香を炊いた。それから、モネちゃんは、書斎の扉にボルト錠をおろした。万が一にも、邪魔者が書斎に侵入しないためにだ。書斎と厨房はインターホンでつながっているから、細かいタイミングなどの連絡は、お互いに取り合うことができた。

 厨房にいる二階堂のじいさんは、のちのモネちゃんのアリバイづくりのために、林檎をむきはじめた。むいた林檎は、茶褐色に酸化してしまわないように、酸化防止溶液にひたしておいた。

 林檎をむき終えた二階堂のじいさんは、一階で寝ているシドと俺に、書斎の扉が閉ざされていて中から返事がない、と声をかける。俺たちは現場に行って、扉があかないことを確認する。当然、扉を壊して強行突破しようという結論になる。この時、モネちゃんは、書斎の中の、扉のすぐわきの壁面にくっついて、じっと息をひそめていた。モネちゃんがくっついていた壁は、扉が開閉する方向とは逆の、書架がある側の壁だ。たしか、扉と書架のあいだには、人が立っていられるほどのスペースが、あったよね。

 足音を立てる可能性のある靴や、動く際に衣ずれの音がたつ怖れがあるスカートは、あらかじめ脱いでおいて、二階堂のじいさんに手渡しておいた。おそらく、靴とスカートは厨房に運ばれていたのだと思う。

 やがて、扉が破壊される。その直後だ。二階堂のじいさんが、勢い余ったふりを装って、俺とシドに体当たりをして、室内に倒れ込ませる。書斎の中は真っ暗だ。そして、俺たちが倒れ込めば、書斎の出口とのあいだに、人が通れるスペースがわずかに生じる。その一瞬の隙をついて、壁にへばりついていたモネちゃんは、そのスペースを擦りぬけて、廊下に見事に脱出する。真っ暗闇の中、俺たちはすくなからず混乱しているから、物音でも立てない限り、モネちゃんが書斎からぬけ出したことに、気づくはずもなかった。

 そのまま、彼女は廊下を西にすすむ。東のエレベーターを使用するわけにはいかなかった。なぜなら、あのエレベーターは二階に到着した時に効果音を発するために、うっかりと使用すれば、行動がばれてしまうからだ。西廊下の突き当たりにある非常口から、建物の外に出たモネちゃんは、そのまま一階まで非常階段を一気にかけおりた。そして、一階西の非常口から、まんまと建物の中にはいった。一階の非常口には、あらかじめ二階堂のじいさんが木片をはさんでおいて、そとからあけられるように準備がなされていた。厨房にはいったモネちゃんは、靴とスカートを履いて、じいさんがむいておいた林檎の皿を手にして、タイミングを見計らって、書斎に林檎を運んできた。というのが真相だ」

「なんと大胆な……」シドはうめくように声を発した。

「香を炊いた理由は、モネちゃん自身にあった。モネちゃんは、いつも、ほのかに香水をつけているから、たとえ密室計画が首尾よくいって、モネちゃんが無事に厨房にたどり着いたとしても、香水のかおりが書斎の中に残っていては、たちまちトリックがばれてしまう。かといって、モネちゃんを風呂に入れてからじっくりと密室を構成するなどという悠長な余裕はなかった。そのあいだに、誰かが書斎にはいろうとするかもしれないし、まさかじいさんがずっと書斎に鍵をかけて、中で番をしているというのも、いろいろと問題がありそうだしね」

 そういうと、恭助はくすくすと含み笑いをした。

「ドクの死は突発的だったとはいえ、そのあとのふたりの対応は圧巻だったね。二階堂のじいさんは、密室の証人として、俺とシドのふたりを選択した。シドは仕切りたがり屋で思い込みが激しい性格だ。まさに申し分ない証人といえる。しかし、証人がシドだけでは、少々心許ない。死体を見たシドが混乱して、肝心の密室の証言をしっかりしてくれなくなってしまっては、元も子もないからだ。証人はもう一人必要だった。俺かココ姉のどちらかだ。じいさんは、もうひとりの証人として、俺を選んだ。理由はふたつ。ひとつは扉を壊したあとの、モネちゃんが抜け出す一瞬のタイミングをつくるためには、男が証人であるほうがより都合がよかったということだ。扉があけられたその瞬間に、証人を部屋に倒れ込ませなければならない。その時に、相手が男ならば、遠慮なくうしろから押し倒すことができるということだ。もうひとつの理由は、ココ姉が寝る前にココアを注文したことだ。これに睡眠薬を入れておけば、ココ姉を事件のあいだじゅう眠らせておくことができる。ココ姉の泊まり部屋は、書斎のすぐとなりだ。扉を壊している最中に、彼女が目を覚ましてしまうと、計略進行そのものが困難となる。じいさんが厨房で林檎をむき終える頃に、モネちゃんは、大地の間をノックして、ココ姉が完全に寝てしまっていることを確認した。一方で、じいさんは、一階西の非常口のドアに木片をはさんでおく。あとはじいさんがシドと俺を拾って、書斎に向かえばいい、というわけだ」

「だから、あたしは、昨晩中、眼を覚ますことができなかったのね」と、ココがボソっと呟いた。

 確認を取るように、シドがいった。「ええと、まとめると、今回の事件は、クリンに脅迫されたドクが、我が身を守るためにモネさんを襲ったが、逆に突き飛ばされて大理石で頭を打ってしまった。

 もちろん、これは明らかに正当防衛だ。モネさんに罪がないことは、みなさん、同意していただけますよね。

 気を失っていたモネさんを、たまたま心配をしてやってきた二階堂さんが発見した。そのあとで、ふたりは密室をつくる計画を立てた。首尾よく密室が完成すれば、室内にいるドクは、ひとりで勝手に足を滑らせて死んだと解釈されることになる。つまり、事故扱いとされる。そんなことをわざわざしなくとも、モネさんの正当防衛は、おそらく認められるけど、事故で片が付くのであれば、そのほうがずっと都合がよい。

 ところが、ふたりにも予想外のことが起こった。書斎の奥にある暗室の中で、クリンが倒れていたことだ。ドクの事故死に見せかけようとしてふたりがつくった密室は、結果的に、クリンの単独犯行を演出してしまった。ふたりは、無実のクリンに罪をおしつけてしまった行為を悔やんだかもしれないけど、いまさら撤回はできない。そんな中で、精神的に追い込まれたクリンは、翌日になると、突発的な感情でとびおり自殺を図ってしまった。

 以上で間違いないですね、モネさん?」

「はい、そのとおりです。わたしは、クリンさんが書斎に残っていたなんて、全く知らなかったのです。クリンさんには、本当に申し訳ないことをしてしまいました」

 そういうと、モネは両手で顔をおおった。二階堂老人も観念したようにうなずいている。

「クリンに同情する必要は全くないと思いますよ。まさに自業自得だ」と、シドは冷たくいい放った。「ところが、あとになって、クリンの自殺説にひとりだけ納得できなかったココさんが、ありもしない連続殺人犯を演出するために、こびと像を破壊した。どうやら、これが、この事件の全貌というわけか……」

 シドの要約をじっと聞いていたココも、同意かのするように、うなずくしぐさを見せた。

「さあて、そいつはちょっと、どうかな?」

 唐突に、如月恭助が異議を唱えた。「まだ、説明できていない事実が残っている。モネちゃんのブラウスのボタンがはずれていたことだ」

「それがどうかしたのか? げす野郎のドクがとった、不埒な行為の結果じゃないか」と、シドが反論したが、恭助は動じなかった。

「先ほどのモネちゃんの告白によれば、実際、ドクに不埒な行為に及ぶ暇はなかった。暗闇の中でドクは、モネちゃんを背後からはがいじめにしたが、その直後に、モネちゃんに突き飛ばされている。ところで、モネちゃんのブラウスのボタンは引きちぎられていたかい? そうではなかったろう? あの時、モネちゃんのブラウスのボタンは、ひとつひとつが、丁寧にはずされていた。もし、モネちゃんの証言どおりに突き飛ばされていたのなら、ブラウスのボタンは引きちぎられていたはずだ!」

「いわれてみれば、たしかにそのとおりだ」と、シドが叫んだ。

「モネちゃんは、ドクを突き飛ばしてから、すぐに気を失った、と証言している。しかし、仮にこの時、ドクが大理石に頭をぶつけていなかった、とすると……」

「よくわからんな。そんなことなら、ドクはモネさんを……。おい、まさか?」

 恭助は悪魔的な笑みを見せた。「ドクは、まんまと目的を達成していた。すなわち、クリンをしびれ薬で眠らせて、モネちゃんを暗闇の中で意識を失わせることに成功していたんだ。電灯をつけて、気を失ってぐったりと横たわっているモネちゃんの細身の身体に、色目を注ぐ。そして、ドクは次の目的の執行にとりかかった。興奮を抑えながらも、モネちゃんのブラウスのボタンを、ひとつひとつはずしていった。最終的には、クリンとのみだらなツーショット写真を撮るという腹づもりだ。

 しかし、ここで救世主が現れる。モネちゃんが遅いことを心配した二階堂のじいさんが、書斎に上がってきたのだ。ドクは、破廉恥な行為に夢中になっていて、それに気づかなかった。二階堂のじいさんは、書斎の扉があいていたので、なにげなく、中をのぞき込んだ。すると、そこには、倒れて仰向けになったモネちゃんに覆いかぶさって、服を脱がせようとしているドクの姿があった。さすがのじいさんも冷静さを失って、ドクにとびかかった。不意をつかれたドクは、じいさんに押されて、あえなく倒れ込んでしまう。運悪く、倒れた先には、暖炉の大理石があった。大理石に頭をぶつけたドクは、こんどこそ息絶えてしまう」

「それじゃあ、ドクを突き飛ばして殺してしまったのは、モネさんではなくて、二階堂さんだったというのか?」

「そのとおり。でなければ、モネちゃんの衣服の乱れが説明できない」と、恭助はきっぱりと断言した。

「ちょっと、わからないことがあるわ。坊やのいうことが正しいとすると、モネさんがドクさんに襲われていた時に、須藤はどこで倒れていたの?」と、ココが疑問を展開した。

「クリンは、最初からずっとソファーで寝ていたと思うよ」

「それは、おかしいわ。じゃあ、誰が須藤を暗室に移動させたのよ? ドクさんは死んでしまっているのよ」

「相変わらず鋭いね、ココ姉は……。ソファーで倒れていたクリンを暗室に運んだのは、ほかでもない。ほら、そこにいる二階堂のじいさんだよ」

 そういうと、恭助は老人を冷たく指差した。

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