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白雪邸殺人事件  作者: iris Gabe
解決編
11/14

11.仕組まれた罠

 シドは、だらしなく口を開けていた。「そんな馬鹿な。信じられない……」

 対照的に、安堵した素振りをココは振りまいていた。「ふん、そうよね。最初から、須藤にドクさんを殺すような度胸なんてないと思っていたわ」

「でも、モネさんは、ドクの遺体を我々が発見した時には、厨房にいたのだぞ。 それに、書斎は完全な密室になっていた。チビ、この事実をきちんと説明できるのだろうな?」シドが恭助に詰め寄った。

「まずは、モネちゃんに、その時のことを説明してもらおうか。モネちゃん。とても大切なことだから、正直にきちんと告白してくれよ」

「わかりました」と、モネは口を切った。「二階堂さんに指示されて、わたしは、九時十五分頃に氷を持って、書斎に行きました。書斎の前でノックをしたのですが、中から返事は何もありませんでした。変だなと思いましたが、扉を押してみると、簡単にあいたので、中にはいりました。

 部屋の中は真っ暗で、わたしは、おそるおそる足を進めたのですが、いきなり、両腕ごと身体を、後ろから強い力で抱きつかれたんです。わたしはびっくりして、声をあげようとしましたが、ぬれた布で鼻と口をふさがれてしまって、声が出せませんでした。そのうちに、だんだん息が苦しくなって、意識がもうろうとしてきました。必死になって、後ろの人を突き飛ばして、振りほどいたような気がします。けれども、そのあとのことは、全く覚えていません。わたしは、気を失ってしまいました」

「その時に、ドクを突き飛ばしたのか」と、シドが訊ねると、

「はい。多分、そうだと思います」

「しかし、なんでドクは、そんな行為におよんだんだ?」

「つまり、暗闇の中でモネちゃんに襲いかかり、口をふさいで、気を失わせることが、目的だったのさ。そのあとで、モネちゃんの服装を乱しておいてから、倒れているクリンと横並べにして、いっしょに倒れている写真を撮る。当然、モネちゃんに暗闇で襲いかかった卑劣漢は、クリンであるというシナリオだ。後日、そのみだらな写真をクリンに見せつければ、逆に脅し返すことができて、患者の極秘データファイルを完全に取り戻せる、とでも考えたのだろう」

「そんな、勝手な……」

「まあ、ドクもそこまで追い込まれていたということだ。しかしながら、モネちゃんに対する性的な欲望も、こんな行為に及んだ動機として、多分に寄与していた推測されるけどね。もちろん、ドクのポケットから出てきたタオルハンカチは、モネちゃんを襲った時に使用されたものだ」

 モネがうつむきながら、告白した。「気が付くと、わたしを抱きかかえた二階堂さんが、心配そうに、わたしの顔をのぞき込んでいました」

 恭助が嬉しそうに眼を輝かせた。「へえー、舞台にあらたなる俳優が登場しましたよ。二階堂のじいさん。さあ、詳しく状況を説明していただきましょうか」

 二階堂老人は、しばらく黙ってうつむいていたが、やがて観念したかのように顔をあげた。

「はい。わたくしはモネ様の帰りが遅いので、心配になって書斎に参りました。すると、モネ様とドク様が、ふたりとも倒れていました。ドク様は頭から血を流して死んでおり、モネ様はまだ息がおありでした」

「その時、クリンはソファーにいましたか」と、シドがわり込んで問いただした。

「いえ、クリン様には気づきませんでした……」

「きっと、ドクが前もって暗室にクリンを運んでおいたのかね」と、恭助がにやにやしていった。

「そうなのか……」と、シドはあっさりと引き下がったのだが、代わりにココが文句をいった。

「ちょっと待ってよ。なんでドクさんは、須藤を暗室に運ぶ必要に迫られたの」

「それは、モネちゃんを後ろから羽交いじめにしている時に、ソファーで倒れているクリンがモネちゃんの眼にとまってしまったら、後になって、クリンを犯人に仕立てられなくなっちまう。そいつを警戒したんじゃないのかな」と、恭助が説明した。

「暗闇なのに?」

「ふふっ、さすがはココ姉だな。シドとは違うや……。まあ、いずれにせよ、モネちゃんを襲う前に、クリンを片付ける暇はあったのだし、ソファーに寝かしといて事を起こすよりも、暗室に移動しておくほうが、利があると判断したのだろうね」

「まあ、いいわ。二階堂さん、お話を続けてください」ようやく、ココは引き下がった。

「わたくしは必死になってモネ様にお声をかけました。その甲斐あって、モネ様が意識を取り戻されました。モネ様から伺ったお話によれば、ドク様の死は、あきらかにドク様の邪心に原因があり、モネ様には何も非はございません。

 しかし、このままではモネ様に、刑事的な責任が問われてしまいます。そこで、わたくしはこの状況を何とかしなければならないと考えました」

 所々で詰まりながらも、二階堂氏は当時の状況を刻々と語った。

「それで、書斎を密室にしたのか。そうすれば、ドクの死は事故であると判断される」と、シドが納得したようにうなずいたが、すぐに顔をあげて首をかしげた。「でも、どうやってあの密室をつくったんだ」

 恭助が得意げに語りはじめた。「そいつは、俺から説明させてもらおう。そもそも、書斎を密室にすることが可能なのか? 扉には内側から差し込みボルト錠がおろされ、すべての窓には内側から二重ロックがされていた。窓のそとは足場も全くない」

「その通りだ。われわれ三人で、書斎が完璧な密室であることを確認したのだから」と、シドが同意した。

「ところで、俺たちが書斎の扉を壊して踏み込んだ時に、何か手がかりが残されていなかっただろうか? シド、あんた思い当たることは?」

「あとは――、香が炊かれていたことくらいか。さっき、お前が指摘した。でも、さっぱりわからないな。いったい香を炊くことで、どうやって密室ができあがるというのだ?」シドは腕組みをして考え込んだ。

「それじゃあ、ヒントだ。ドクとクリンを除いた五人の人物のうち、書斎の扉を壊していたのは、俺とシドとじいさんだ。じゃあその時に、ほかのふたりの人物、つまり、ココ姉とモネちゃんは、それぞれどこにいたのだろうか」

「ええと、ココさんは自室で寝ていたし、モネさんは……、厨房で林檎をむいていた」

「本当にそう思うかい」

「ひょっとして、ココさんは自室にいなかった?」

「いや、ココ姉は自室にいたよ。でも、モネちゃんは本当に厨房にいたのだろうか?」というと、恭助は意地悪そうにモネに眼を向けた。

「あれだけの林檎をむいていたのだから、少なくとも十五分は厨房に籠っていなければならなかっただろうね」と、間髪を入れず、シドが弁護した。

「そう。でも、林檎には酸化防止剤がぬられていた。つまり、林檎は必ずしも運ばれる直前にむかれたものではなくて、前もってむかれていたという可能性もある」

 そういうと、恭助は二階堂氏に命令をした。「じいさん、悪いけど林檎をひとつと果物ナイフを持ってきてくれ」

 すぐに、老人が林檎と果物ナイフを厨房から持ってきた。恭助がモネにいった。

「さあ、モネちゃん。みんなの目の前で、この林檎をむいてみてくれないか。まさか、リンゴの皮がむけないないなんてことは、いわないよね」

 モネはすこしムッとしたが、「わかりました。やってみます」というと、左手に果物ナイフを持って、林檎の皮を丁寧にむいていった。林檎の皮はきれいに途中で切れることなく、均等の幅で確実にむかれていった。モネはリンゴの皮をむき終わると、四つ切りにした林檎を皿の上に並べて、果物ナイフを丁寧にテーブルの上に置いた。

「ちょうど二分くらいかかったね」と、恭助がむいたばかりの林檎をひとつ口にした。

「おい、ちび。これで、モネさんが林檎をむくことができた、ということが証明されたわけだ」シドが恭助を睨んでいった。

 しかし、恭助は、ふところからふたつきのガラス瓶を取り出すと、中にはいっていたものを、丁寧に、テーブルの上に広げた。

「これは、昨晩、厨房に残されていた林檎の皮だ。そして、たった今、モネちゃんがむいた林檎の皮といっしょに並べてみよう。さあ、何か気づかないかな?」

 ふたつの皮は、どちらも一個の林檎から途切れることなくきれいにむかれていて、S字渦巻きの形をしていた。

「渦の向きが逆だわ!」と、ココが叫んだ。二つの林檎の皮は一見同じようにむかれていたが、よく見ると、ひとつはS字渦になっていて、もうひとつはS字を反転した形状の渦になっていた。「これって、どういうことなの?」

「それは、ふたつの林檎をむいた人物が、片方は右利きで、もう片方は左利きだったということさ」

「つまり、別の人物……ということ?」と、ココが訊ねた。

「そのとおり。今、モネちゃんがむいたリンゴの皮はこちら。みんなが見ていたとおり、モネちゃんは左手にナイフを持って林檎をむいていた。しかし、昨日の厨房で発見された林檎の皮は、モネちゃんのむいた皮とは逆向きに渦を描いている。すなわち、昨日、モネちゃんが運んできた林檎を厨房でむいた人物は、右利きだった!

 つまり、厨房で事前に林檎をむいた人物は、二階堂のじいさん。あんたしかいない!」

 二階堂氏はじっとしたまま黙っていた。代わりにシドが口を開いた。

「モネさんが、厨房にいなかったとすると、その、いったいどこにいたんだ?」

「実に単純なトリックさ。あんまり大胆かつ単純すぎて、ついつい見過ごされてしまうようなね」

 説明をしている恭助のテンションは、ピークに達した。

「俺たちが書斎の扉を破壊している時に、モネちゃんがいた場所は、扉の向こう側だったのさ!」

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