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白雪邸殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
1/14

1.こびと島

※白雪邸見取り図(事件解決のために参照されたし)

挿絵(By みてみん)




登場人物

ユーノ(Uno)   白雪姫 (スノウ・ホワイト)

ドク(Doc)   先生 (ドック)

シド(Sido)   おこりんぼ (グランピー)

ポチ(Pochi)   くしゃみ (スニージー)

ココ(Coco)    ねぼすけ (スリーピー)

モネ(Mone)   てれすけ (バッシュフル)

二階堂真澄    ごきげん (ハッピー)

クリン(Kurin)  おとぼけ (ドーピー)



目次


『出題編』

1  こびと島

2  白雪邸

3  六人の泊り客

4  密室の中の変死体

5  残された手がかり

6  第二の事件

7  読者への挑戦


『解決編』

8  シドのメモ

9  クリンという人物

10 ドクという人物

11 仕組まれた罠

12 浮びあがる真相

13 もうひとつの解答

14 エピローグ



 冒頭の『白雪邸見取り図』は、縦書きpdfモードでは文字化けしてしまい、表示がされません。

 ご覧になりたい方は、一旦、横書き表示モードへ入り、第1章の『こびと島』ページを開いてください。

 あんなに穏やかだった空模様は午後になると一変し、ねずみ色の雨雲が天空の半球面全体をおおい隠し、風の勢いはいちだんと強くなった。予報によれば、明朝には猛烈な低気圧が日本列島に上陸するとのことだ。そんな中、一行をのせた小型クルーズ船が、波に漂う木の葉のごとく、激しく上下運動をくり返していた。


 船内には三人の乗客がいた。ひとりはラフな格好をした小柄な若者で、もうひとりは太っちょの青年、そして最後のひとりは筋肉質の大柄な男である。


 狭くてじっとりとした暗い客室で、携帯プレーヤーから流れる音楽に小刻みにリズムをとっていたチビの若者は、不意に顔をピンとあげると、野うさぎのようにぐるりとあたりを見まわした。やがて、何かを悟ったかのか、ため息をひとつ吐くと、ボソッと愚痴をこぼした。

「どいつもこいつも、しけたつらしてやがる。

 あーあ、この船にユーノ『Uno』はまず乗っていないな」

 チビのこの旅行の目的はただひとつしかない。それはユーノに会うことだ。

 憧れのユーノから招待状が届いた時には、柄にもなく心がときめいたことを恥ずかしながらも思い出す。自由奔放で勝手気ままな毎日を過ごしているチビにとって、せっかくの招待を辞退する理由なんて、どんなに考えた所で、すずめの涙ほども浮かぶことはなかった。

 チビの鋭く尖った視線が、部屋の片隅にいる男の前で止まった。さっきから気分悪そうにずっとうずくまっているデブ。相当船酔いがひどいらしい。見た目は三十を過ぎたサラリーマンといった所か。やつを見ていると、こっちまで吐きそうになっちまう。

 そういえば、もうひとりのプロレスラーみたいな大男は、さっさと甲板にいっちまったな。こんなに海が荒れているのに、あいつも妙なやつだ。

 そんなことはどうでもよいのだが、この船のエンジン音はあいかわらず耳障りでうっとおしい。ヤンキースロゴ入りのメッシュ帽をぐっと深くかぶり直したチビは、パンク・ロックが流れる携帯プレーヤーのボリュームをもう二段階大きくした。


 青白い顔をしてうずくまっていた青年医師は、ずり下がった眼鏡を右手の中指で押し上げると、けしからんというしぐさで顔をしかめた。真向かいにいる、どうみても高校生にしか見えない少年のヘッドホンからもれ出す金属音が、どうにも我慢ならないのだ。本来なら怒鳴り散らしてやりたい所ではあるが、あいつもリリスのメンバーのひとりに違いない。こんなくだらないことで、いざこざを起こすわけにもいかないと思った。

 それにしても、この船の揺れは常軌を逸する。乗船前、念のために服用した酔い止め薬も、効果が全く感じられない。

 青年医師が今回の旅行を決断した理由は、ひとつはリリスのリーダーであり、また象徴でもある女性――ユーノに会うことだった。

 リリスとは、『永遠とわつるぎ』というインターネット上で展開されるオンラインゲームの中で、有志が募って創設されたグループ名である。絶対的平和主義をかかげ、ゲームの中での対人戦闘はいっさい禁止、初心者は優遇しながら、誰かれ問わず入会希望者はこころよく受け入れる。このようなスタイルで活動を続けるリリスは、いわゆる典型的な友和グループであり、そのリリスの創始者がユーノであった。

 しかし、青年医師の目的は実はそれだけではなかった。彼にはもうひとつの大切な目的があった。ややもすると、彼の人生を左右しかねない由々しき用件。この旅行を拒否するという選択肢は、すでにこの青年医師には残されていなかったのだ。


 筋骨隆々の大男が甲板に立っていた。たくましい腕を組みながら、進行方向の遠くをじっと見つめている。これほどひどいしけでは、こんな小型クルーザーなんてひとたまりもない。立っていられないほど船は揺れまくり、とび散った潮のしぶきは熱帯のスコールのごとく甲板にふりかかってくる。ふたりいるはずの乗組員もすっかり運転室へ引きこもってしまって、ここにいるのは彼だけだった。

 しかし、こんな過酷な環境でも船室にいるよりは実はずっとましだった。マナーの悪いチビと、今にも嘔吐しそうなデブ。やつらといっしょになってじっとしているくらいなら。

 彼は本名を石堂薫いしどうかおるといった。そして、『永遠の剣』の中で彼が用いているユーザー名は、シドだった。シドとは、中学時代のあだ名でもあった。

 シドはこの夏に三十五歳となる。あまり人との会話は好きではないし、ましてや得意でもない。この性格は『永遠の剣』というオンラインゲームの中でも、そのまま反映されていた。

 ヴァーチャル世界の中で、シドはリアルのストレスやうっぷんを晴らすがごとく、好き勝手な行動をとりまくった。暴力でほかのプレーヤーを襲っては殺し、もち物を略奪する。しだいに孤立していき、気がつくと信頼できるのは、みずからの戦闘力をしめす数値だけになっていた。第一級のおたずね者になり下がったシドは、多額の賞金稼ぎのために彼の首を狙う偽善プレーヤーたちとの戦闘に、日々のエネルギーを費やしていた。

 やがて、シドはユーノと出会った。場所は『永遠の剣』の世界でも指折りの危険エリア。しかもユーノは戦闘スーツをいっさい装着してはいなかった。今、丸はだか同然のこの女を襲えば、たやすく殺せる。そして、ユーノはもちろんシドの存在に気づいていた。シドの名前の表示色は真っ赤になっている。それは、彼がおたずね者の第一級殺人プレーヤーであることの紛れもなき証しなのだ。にもかかわらず、ユーノは一向に逃げだそうともしない。

「どうしたのかしら。殺したければ殺してもいいのよ」

 思いがけない言葉が、ユーノの口から発せられた。さすがの会話下手のシドも思わず問い返していた。

「あんた、俺が怖くないのか?」

「そうよね。怖くないといえば嘘になるわね。でも、そんなことより、あなた、どうしてそんなに人を殺したいのかしら」

 シドの脅しにもかまわず、彼女は落ち着き払っていた。彼女が奏でる言葉のひとつひとつは、それまでシドが誰からもかけられたことがない慈愛に満ち溢れたものであった。

 ユーノと出会ったこの日から、シドは殺しをきっぱりと止めた。ユーノは優しいだけでなく、とても聡明な女性でもあった。知らず知らずのうちに彼女が創ったリリスというグループに、シドも加わっていた。そこには多種多様のプレーヤーが集ってきた。誰もがユーノと交わす楽しい会話に享楽していた。

 そんなある日のことである。ゲームで登録してあるメールアドレス宛てに、ユーノから案内状が送られてきた。日頃お世話になっているリリスのメンバーたちが、リアルの世界でおち合って仲よく語り合う、いわゆるオフ会というものを催したい、といった内容である。メールには場所と日時が記載されていた。リリスのメンバーなら誰でも参加は自由で、参加者の宿泊場所はきっちり確保されている。宿泊と食事にかかる費用はただ。さらには全員の旅費の一部までもユーノが負担する、という大盤ぶるまいの内容であった。リリスでのちょっとした噂話によると、リアルのユーノはベンチャービジネスを起業して成功をおさめた才女とのことだった。

 ところが、メールで指定された場所は、なんと太平洋にひっそりと浮かぶ離れ小島だった。案内状の指示にしたがって、シドは名古屋港のガーデンふ頭にやってきた。そこには一台のクルーズ船が停泊していた。目的地は伊勢湾をぬけた外海そとうみにある『こびとじま』と呼ばれる絶海の孤島であった。数年前ひとりの富豪が島をまるごと買い取って現在は私有地になっている、との説明が案内状に記載されていた。

 とにもかくにも、ユーノに会えるのならどんな犠牲もいとわない。シドはこの旅行に参加したことになんの後悔もしてはいなかった。


 突然、船内アナウンスが流れた。

「乗客のみな様、まもなく本船はこびと島に到着いたします」

 登山用の大きなリュックを背負って、チビが一目散に甲板にかけ上がってきた。「おー、もうこんなに近づいたんだ。おじさん、きっとあれがこびと島なんだよね」

 おじさんと呼ばれたシドはかなりムッとしていた。

 こびと島は、むき出しの玄武岩でまわりを取り囲まれた要塞のような不気味な島だった。島全体が亀の甲羅のような形状で、甲羅の頂上にはエーゲ海に浮かぶ真珠のような白い建造物が小さくポツンとたたずんでいた。

 クルーズ船は、島の周囲を時計まわりに旋回していく。南側の海岸は、いつもならば、それは美しい砂浜になっているのだろうと思われるが、あいにくの曇り空で、今は物憂げな雰囲気をかもし出しているに過ぎなかった。西岸までやってくると、ひなびた簡素な波止場が見える。クルーズ船は汽笛を一つ鳴らしてから、こびと島へ停泊するためにゆっくりと移動していった。

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