第二話 第五章 サイドキック&ヒーロー
さっき聞こえたのはただの気のせいで、鳰誣はもう家に帰っているのかもしれない。
俺の心配は只の杞憂に過ぎないのかもしれない。
だが、それでも俺はウッド・ステップへと歩を進める自分の足を止める事はできなかった。
幼馴染だから分かる……と言ったら笑われるだろうか。
「鳰誣……」
気がつけば駐車場の所にまでたどり着いた。
入り口のところには警察官が立っていて、中には入れそうも無い。
その周りには野次馬がたかっていて、アレやコレやとザワザワ騒いでいる。
「すいませーん、中の様子を教えてくれませんかー? 犯人からの要求とかはまだ無いんですよねー?」
中でも一人、二十歳前半ぐらいのスーツ姿の男性は大声で警察に質問している。マスコミ関係の人なのかもしれない。
犯人からの要求とかいう事は、誰かがこのショッピングモールに立て篭もっているということなのだろうか。
とはいえ、どちらにしろここから中の様子を確かめるのは難しそうだ。ここは違う場所に移動することにしよう。俺は違う場所のほうへ足を向けた。
「人質を一人取られているってのは本当ですか? しかも高校生の女の子だそうじゃないですか」
「な……!」
男性の何気ない質問を俺は聞き逃さなかった。
「それ、本当ですか!?」
「うん? ……誰だい君は?」
俺の質問に、男性は怪訝な顔を返す。
「俺はここの近くの学校の高校生です。その、女の子が人質にとられているっていうのは……」
自己紹介をしようと学生証を提示すると、男性はようやく安心した顔を見せた。
「学生さんかい? ご苦労だね。だけど、女の子が人質に取られているっていうのはまだ正確な情報じゃないんだ。ただ逃げ遅れた女の子を見たっていう目撃情報があるだけで……」
「じゃあ、その女の子の外見とかはわかりますか?」
矢継ぎ早に質問する俺に、やや慌てた顔を見せながらも、男性は質問に答えてくれた。
「詳しくは分からなかったらしいけど……制服姿で、髪型は……ポニーテールだったかなあ」
ポニーテール、ってことはまさか……
「鳰誣……」
「知っている子だったのかい? いやあ、お気の毒に。彼女が無事だといいね」
男性は同情したような顔を浮かべて、俺に慰めの言葉をかけてくれた。だが、その時の俺はそんな事気にも留めず、ただ茫然とウッド・ステップを望むばかりであった。
「それにしても……」
男性が思い出したかのように呟いた。
「逃げ出した人は皆奇妙なことを言うんだよなあ。床が凍っていたとか、壁一面に霜が降りていたとか。はは、エアコンが壊れたわけじゃあるまいし、それじゃ超能力か魔法を使わなきゃねえ」
酷くタチの悪い冗談を聞いたかのような男性の口調。
だがその内容、何かが引っかかる……
「超能力……?」
もしかして――
「ここに居たのか、義人」
――不意に背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。
その声に引き寄せられるかのように振り向くと、そこには……
「トロイ、か」
金髪碧眼、容姿秀麗の留学生がそこにいた。
「んで、俺を探していた理由は何だ?」
「お前を探していた訳じゃねえ。この場所に用があったんだ」
とりあえず人気のいないところで問いただす。すると、トロイは真剣な表情を浮かべ
「率直に言うぞ。ライナス帝国の一人が行動を起こした」
限りなく冷静に、それでいてどこか緊張した声でそういった。
「また動き出したのか、ライナス帝国。……待て、もしかしてその場所ってのは……」
「もう分かってんじゃねえのか? ここだよ。ウッド・ステップだ。どうやら派手にやらかしてるみたいでな、一人でこのショッピングモールを完全に占拠しているらしい」
トロイは親指でクイ、と背後の建築物を指さした。
「誰が起こしたのかは分かるのか?」
「さっき情報を収集した限りでは、相手は冷凍系もしくは氷雪系の能力を操るようだ。そんでその相手ってのが……」
「その先は我が話そう」
トロイの右腕に付けたブレスレットから聞こえた声が、説明を遮った。どうやらフェニットも一緒にいるようだ。
「我が知る限りでは、ライナス帝国でその類の能力を扱えるのは五人いた。だが、その内の二人は大戦で死亡したことが確認済みで、一人は幹部だからこういった作戦は容易にできない。よって可能性は二人に絞り込まれる」
淡々とした口調で説明していくフェニット。トロイのほうも腕を組みながら説明に集中しているようだ。
「一人はコキュートスと言うタイプポーラーベアの憑着体。だがこいつは元画家の憑着体でな。帝国の中でも慎重な性格で知られている。こんな大事を画策するような奴じゃない。ということは必然的に犯人は一人に縛られることになる」
ここでフェニットは一回深呼吸をした。
「フェンリル、それが奴の名前だ。タイプウルフの憑着体で、『収集家』と仲間内では呼ばれていた。任務中、氷漬けにした憑着体を保存するのが趣味の変態でな、帝国の中でもかなりの異端扱いをされていたらしい。今回の騒動、こいつなら起こしても全く不思議ではないな」
「おい、待て。そんな奴が今回の事件を起こしているのなら鳰誣は……」
「……バッサリ言っちまうと、非常に危険な状況ってことだ。まあ、生きていればだが」
腕を組みながらトロイが冷酷に言い放った。
「生きていればって……生きているに決まってんだろ!」
気がつけば勝手に体が動いていて、俺はトロイの胸ぐらを掴みながらそう叫んでしまっていた。
「……まあ、お前がどう思おうと勝手だがな、このままの状況が続くようじゃどちらにしろ死ぬだろ」
全く動じることも無く、トロイは睨み返してきた。俺は返す言葉もなくそのまま立ち尽くす。
「……で、お前はどうすんだ。義人?」
こちらが何も言わないでいると、トロイが逆に質問してきた。
「どうするって……どういう事だよ」
「これからどうするかに決まってんだろ? 助けたくねえのかよ、彼女」
冷やかしなど一ミクロンも混じっていない声で返された。
「ア、アイツは別に彼女とかそういうのじゃねえよ! ……それに、助けたくても今の俺に出来る事なんか……」
「聞いた。パートナーが消えたんだってな。じゃあどうする? この場から逃げて、現実から眼を瞑り、帰ってママにでも甘えるつもりか?」
昨日と同じ、冷たい怒りをこめた視線で俺を見つめる。
「じゃあ、俺に何が出来るって……」
「そのセリフは出来ることを全部やった奴だけが言えるセリフだ」
言い終えるまでも無く、トロイは返事を返す。
だが……
「俺に残されたことなんか……」
この状態の俺に何が残ってるって言うんだ。
憑着のできない俺に誰かを救うことなんか……
「義人」
「は?」
「歯ァ、食いしばれ」
何を、と聞く暇もなく、俺の頬に強烈な衝撃が襲った。
猛烈な勢いで大脳が揺さぶられ、毛細血管が潰れ、破れていく。
そのまま立っていることができず、俺は情けなく駐車場のアスファルトに倒れ込んだ。
「あ……が……」
「この期に及んでまだそんな事考えてんのかテメエは! 迷うことで人を助けられんのか!? テメエが悩むのは勝手だがな、事が起きてっからウジウジなんかしてんじゃねえよ!」
這いつくばった俺を見下ろしながらの、激昂。
だがその感情の爆発はすぐに収まり、すぐにいつもの声に戻って話しかけてくる。
「さっきテメエはパートナーが居ないって言ってたな。じゃあそのパートナーを探してたのはどこのどいつだ? もう自分でもどうしたいのかは分かってんだろ」
「……探しても、見つからなかったんだよ」
この町でアイツの居そうな場所は全部探したはずだ。でも見つからなかった。
「この町だけとは限らねえだろ?」
「は?」
じゃあドラクールは他の町に行ったとでも言うのか。だがそうなると範囲が広すぎて探しようが無くなってしまうじゃないか。
「……ドラクールは」
不意にフェニットが会話に割り込んできた。
「アイツは思い出を大切にする性格だった。もし行き先がわからないのなら、奴の思い出の場所に行ってみるといいだろう」
「思い出の……場所?」
どうだろう。奴との思い出の場所って……
「……あ」
もしかして……
「分かったのか?」
「いや、正直なところ確証は持てない。だけど、もしかしたら……」
「OK、それじゃ、お前はそこに行け。その間にオレは中に入る方法を探しておく」
「お、おい、まだ確証が持てたわけじゃ……」
「いまさら迷ってる暇はねえって言ったろうが。もしダメなら見つかるまで探してこい。時間稼ぎぐらいはオレがしといてやるからよ」
トロイはそのまま俺に背中を向ける。
「いいか、これだけは覚えとけ」
そう言って首だけ振り向いた。
「囚われのお姫様を救えるのは王子様だけ。トリックスターには無理な仕事だ。すべてを救えるのはお前だけなんだ」
「すべてを救うって……どういう意味だよ」
「……いずれ話すこともあるだろうよ。とにかく今は……フェニット!」
「うむ」
「飛ぶぞ。てな訳で、後は頼んだ」
「心得た」
そのままウッド・ステップの方へと歩いていく。
え、今飛ぶって……
「――――粒子憑着!」
フェニットがブレスレットの姿でそう叫ぶ。直後、トロイの体が強烈な光に包まれる。
「な……これって……!」
あまりの光に直視できず、薄目に見ているとその背中から翼が広がるように光が広がっていく。
――光が引くと、そこには真っ赤な羽毛が体を覆う、いつの日か本で見たような鳥人が立っていた。
「……義人よ」
不意に、こちらを振り向く鳥人……いや、フェニット。
「ドラクールを、頼む」
そう俺に告げてきた。その言葉は同じ憑着体としてなのか、それとも幼馴染としてなのか。……だが、どちらにしろ俺の答えは決まっている。
「ああ、任せとけ」
その答えに満足したのか、フェニットはうっすらと眼を細めた。
「……行け、義人!」
バサアッ! という音ともにその双翼を広げる。そのまま広げた翼を勢い良く上げ、同じ勢いで下へと降ろす。
――グゥン!
紅蓮の羽毛が月明かりを淡く照り返しながら空気を叩く。その体は勢い良く空へと上昇し、屋上の駐車場へと飛んでいった。
「……よし」
姿が見えなくなるまで見送り、俺は改めて目的地までの道を確認する。
「待ってろよ……ドラクール!」
会った時に何を言おうか。そんな事を考えながら、俺は走り出した。
息を切らしながら走り続けること二十分。
「ハア……ハア……やっと着いた、か」
俺はようやく目的地の二見山――俺とドラクールの出会いの場所――にたどり着いた。
「頼むから、居てくれよ……」
未だに俺はここにドラクールが居るかどうかの確証を持てない。だが、ここまで来て引き返すなんて馬鹿な事しようとも思わない。
走り続けて微妙に乱れた息を整え、俺はあの時のように山を登り始めた。
「やっぱ暗いな……これで見つかるか?」
既に日は完全に落ちており、鬱蒼とした木々に覆われた山は闇に包まれていて足元が覚束ない。
「こんな所に本当にアイツが……ん?」
視線を過ぎた違和感に気づき、遠くの方に視線を凝らす。すると、木々のあいだの影にボンヤリとした青白い光が灯っていることに気づいた。
「あの光って……」
唐突に脳内に再生されるあの日の光景。
そうだ、確かあの時もこうやって……
湧き上がる気持ちを抑えつつ、光の方へと走り出す。
途中、木の根っ子に足元を何度か掬われそうになるが、その度に何とか持ち直して進んでいく。
近づいていく程に光は段々とその輝きを増し、もう距離は五メートルの所にまで縮んだ。
そして残り一メートルを越え、木と木の間をくぐり抜けたその先には――
黒い長髪、白いワンピース、そして整った横顔――ドラクールが木々の狭間から零れる月光を浴びて佇んでいた。
「見つけた……ドラクール!」
今までに抑えつけていた感情が爆発し、思いっきり叫ぶ。
その声に気づいたドラクールは、月を眺めていた顔をこちらに向け、直後驚きの表情を浮かべる。
「義人……! 何故……何故お前がここに!」
そう叫ぶやいなや、ドラクールは俺に背中を向けて走り去り出す。
「お、おい! 待ってくれよ!」
当然、俺も追いかける。
だが、山道の中でもドラクールは舗装された道路を走るかのような速度で駆けていく。感覚器官や脚が人間よりも優れているのだろうか。お陰でどんどんと差が開いていってしまう。
「ぜえ……待てって! ドラクール!」
何とか止まって貰おうとして、先程からずっと声をかけているが、ちっとも止まる様子がない。
「おい……頼むから……話、だけでも……聞いてくれ!」
段々と話す余裕もなくなってきた。そうこうしている間にも差は開いていく。このままじゃまた振り出しにもどることになってしまう。
やはり言葉が心に届いていないのだろうか。だったらもっと話す内容を考えないと。
だが、何を話せばいいのだろうか?
うーん……
……げ、そんなこと考えている内にもうあんなに差が開いてやがる! ……ええい、こうなったらブッツケ本番だ!
「ドラクール! その……すまん!」
とりあえずは謝る。でも謝るって、何を? …………違う。決まってんだろ、そんなこと。
「俺は……戦う理由を、お前に重ねて考えちまってた! 逃げてたんだよ、自分から!」
そう言った途端、ドラクールの走りが心なしか遅くなった……気がする。
「正直言って……楽しかった! お前と一緒に、その……今までだったら絶対に体験できなかった……最高にぶっ飛んだ体験ができたことが!!」
思いつく限りの言葉をありったけぶつけていく。もうこうなりゃ言い切ったもん勝ちだ。
「だから……今更何いってんだって思われるかもしれないけど……俺と……俺とまた一緒に戦ってくれ!!」
その言葉を叫んだ瞬間、突然ドラクールの足が止まった。
「ドラクール……」
成功だ、と足を近づけると
「何故だ!」
ドラクールの突然の叫びが俺を止めた。
「何故…………お前は今更私の前に現れるのだ?」
叫びの後の静かな問いかけ。
その声は何時か聞いた時のように静かで、真っすぐで、そしてどこか震えていた。
ドラクールは俺の方を向くと、俯きながらもしっかりとした口調で説明を始めた。
――あの時のおまえの答えを聞いた時、私はお前に迷惑をかけていたことを改めて確認した。それでも今まではお前にしか頼める者がいなかった。ライナス帝国と戦うにはお前の力が必要だったんだ。
……だが、そこにフェニットが現れた。もう知っているかもしれないが、あいつと私は幼いころから知り合った仲だ。
幼い頃の私は負けず嫌いでな、昔から事あるごとにあいつとは張り合ったものだった。だが、私は昔からあいつに全てに於いて勝つことができなかった。だが、暫くして大きくなると会うこともなくなり、お互い疎遠になっていった。
そのフェニットが、今になってパートナーを引き連れてやってきた。
そして手合わせでのあの結果……私はその時お前に迷惑をかけてまで戦いを続ける意味を喪失してしまった。
……あの晩、お前が言った言葉。それで私の心は決まった。もうお前を私のエゴに付き合わせるのは止めよう、と……
「――だが、お前は今ここにこうして立っている。……私はどうすればいい? もう自分では決めること等できない……。今の私は、もう何も分からないのだ」
ドラクールはそう言ったきり黙ってしまった。うつむいた顔に掛かる長髪が月明かりを哀しそうに返す。
……でもなドラクール、あまり今の俺を見くびるなよ?
「どうすればいいか? 決まってんだろ!」
俺は迷いを吹き飛ばしてやるような大声を上げた。
「さっきのお前の話聞いた感じだと、フェニットがどうとか言ってたけどなぁ、そんな愚にもつかねえこと考えてんじゃねえ。俺もさっきまでお前みたいにグダグダ迷ってたけど、トロイに教えられたよ」
「しかし……」
「それでお前が納得しないんだったら、納得するまで俺と共に戦ってくれ。今まで俺に無理やり付き合わせていたって思うなら、その罪滅ぼしの代わりだと思ってくれていい」
その言葉を聞いて、ドラクールは迷ったかのように視線を泳がせながらも頷く。
「……お前が、そう言うのなら……」
「ドラクール!」
よっしゃ! 何とか俺の言葉は届いたみたいだ。
俺は先程までの停滞していた足を再び動かし、ドラクールの元に駆け寄った。
「ありがとう、ドラクール」
「いや、元は私が勝手に居なくなって起こった事態だ。謝りこそすれ、謝られる事はない」
ドラクールは頭を振って俺の言葉を否定した。
……ふと、ここである疑問が頭をよぎった。
「そういえば、お前フェニットの正体に気づいてたんだよな?」
「ん? ああ、そう言ったが」
「なんでアイツに挨拶してやんなかったんだ? 屋上で話したときアイツ哀しそうだったぞ」
俺がそう言うと、ドラクールは頬をふくらませて答えた。
「アイツにはずっと負けっぱなしだったんだ。今更ノコノコあいさつなんか出来るわけがないだろう」
なんという子どもっぽい理由……忘れられていると思い込んでいるフェニットに同情してやりたい。
呆れる俺にドラクールは機嫌が悪そうな顔を浮かべる。
「……それよりも、何か大切な用事があったんじゃないのか? ここに来たときには随分と焦っていたようだったが」
「あっ! そうだ、こんなことしている場合じゃなかったんだ!」
ここに来た理由を思い出した俺は、ドラクールが居ない間に起きたことを端的に伝えた。
はじめの内は黙って聞いていたドラクールだったが、ウッド・ステップの話をした途端にその様子を変え、慌てた声で俺の説明を遮った。
「フェンリルだと!? あの変態オオカミが襲撃したと言うのか!」
「変態って……ってか、お前も知ってんのかよ、その憑着体」
「知らん方がおかしいな。何せたった一つの宝石を奪う任務で村一つを氷漬けにし、しかもその理由が村の中に可愛いタイプリンクスの女の子が居たからだというんだぞ? どう考えても救いようが無い変態だろ?」
ドラクールは生理的嫌悪感をむき出しにした声で話している。まあ気持ちはわかるが。
「ま、まあそいつの話は後で聞くことにしよう。取り敢えず今は早く行こうぜ。こうしている間にもフェニットとトロイは俺たちを待ってんだからよ」
「了解した。憑着した後、直ちに向かうぞ。……っとその前に」
ドラクールは俺の方に近寄ると、その姿を細長い形に縮めていく。
ん? これってもしかして……
「……完了だ」
変化を終えたらしいドラクール。だが何故よりにもよってベルトの姿なんだ。
「おい、まさかまたこれを付けて憑着しろってのか?」
「今更何を言っているんだ?」
金具部分から聞こえてくるドラクールの声は、当然のことを言うかのように返答してきた。
「……はあ、まあいいか。とっとと終わらせちまおう」
これ以上何かを言うのも面倒だ。そう思って俺はベルト(ドラクール)を手にとり、腰に当てる。
バックル部分が勢い良く俺の腰に回り込み、一周したそれは金具部分にカチリと固定された。
「……次元憑着」
その言葉と共に、腰のベルトがその形を変えて俺の体を包み込む。
『水分は既に補給済みだ。最初からモードドラゴンで行くぞ、義人』
憑着を終えて視界を取り戻すと、背中に微かな重みを感じた。
首を後ろに向けると、背中から翼のようなものが伸びている。
「これって、龍天翔翼……」
『だから言っただろう?』
どうやらドラクールの言っていることは本当のようだ。
モードチェンジがいらない。つまり水分補給に無駄な時間を割かなくて良いということになる。
「サンキュー、ドラクール!」
準備のいいパートナーにお礼を言うと、俺は眼を閉じて意識を翼に集中させた。
浮遊……飛行……空……月……翼……龍……
「――――レビテーション!」
発動の言葉とともに、蒼い力場が俺の体を包み込んだ。まとまりの無いイメージをその力場に注ぎ込む。
「うおおおおお!」
掛け声とともに、俺の体は空へと駆け登る。どこまでも自由な浮遊感が俺の体を支配していく。
「……行くぞ!」
決意の言葉を冬空に向かって吼え、俺はウッド・ステップへと飛んだ。