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第二話 第三章 もう一人の戦士

 家につくと母さんは居なかった。どうやら買い物に出かけているらしい。

 チャンスとばかりに二人で二階に上がり、部屋に入る。


「良かったー母さんが居なくて」

 椅子に座ってため息ひとつ。ドラクールも今は同じ部屋で俺のベッドに腰かけている。

「まあ私自身、あの女性が家を出て行ったからお前に傘を届けようと持ったんだがな」

 ドラクールはベッドに背中から倒れ込んだ。おいおい、雨で濡れたままベッドで寝るなよ。せめてタオルで拭いてくれ。


 と、ここで俺は朝に母さんから聞かれたことを思い出した。

「そういえばお前よく母さんに見つからなかったな。あの人隠し物を見つけるのは得意なのに」

 ドラクールは俺の質問に対し首を向ける。

「ああ、そういうときは違うものに変化してやり過ごしていたんだ」

 なるほど、そういえば今朝もこいつはベルトになっていたな。そうやって母さんの探求からやり過ごしていたのか。

「……いや、だけど変化って具体的に何になったんだ?」。

「何って……人形とか、カバンとか、ダンベルとか……ああ、あとお前のベッドの下に隠してある本にもなったな」

「ブッ!」

 さりげにとんでもないこと言ってくれる。……ていうか何でそんなものの存在を知っているんだ!

「なんてこった! 破ったりしてないよな?」

 椅子から立ち上がり、慌ててベッドの下を確認する。

 ……あれ? 俺の秘蔵コレクションに手をつけられた様子はなかった。

 どういう事だこれ?


「冗談だ。というか本当に隠していたのか。TVの言っていることは本当だったんだな」

 ちくしょおおお、騙されたあああ!

「どれ、どんなのを持っているんだ? 少し見せてみろ」

 そういうとドラクールは俺を押しのけてベッドの下に手をやる。待て! 今度ばかりは本気でマズい!

「待ってくれ! そんなもん全然ないぞ!」

「さっき反応していたじゃないか。ほら、手が邪魔だ。どけろ」

 止める俺の腕を押しのけ、ベッドの下を探り続ける。このままでは俺の性癖がこいつにバレてしまう。

 ……こうなったら強硬手段しかあるまい。

「アレは演技! 演技なんだよ」

 ドラクールの肩をつかんで無理やりドアの方へと引っ張る。

「な、何をするんだ! 離せ!」

 ドラクールも抵抗するが、この状態なら腕力は俺の方が強い。力任せになんとかドアの外に押し出す。

「とにかく! もう! 自分の! 部屋に! もどれ! わかったな!」

 バタンッ! とドアを閉め、鍵をかける。これでひとまずは安心だ。

 こうして、俺のナースさんコレクションはかろうじて日の目を見ずに済んだ。

 

 ――30分程経つと母さんが帰ってきて、その日はそれから特に何も起こるわけでもなく、普通に過ごした。


 

 次の日、いつものとおりに起床して支度をした後に家を出る。坂道を下っていくといつも鳰誣が待っている三叉路にたどり着く。

 ……が、今日はそこに鳰誣の姿はなかった。

「なんだ、今朝はあいつ寝坊したのか?」

 仕方が無いのでそのまま来るのを待ってやることにする。


 ……遅い。

 いくらなんでも寝すぎじゃないか? おかしいな、あいつがこんなに遅れたことなんて無いはずなのに。

 ――キーンコーンカーンコーン

 そうこうしているうちにHR開始十分前のチャイムが聞こえてきた。マズい、このままじゃ遅刻だ!

 すまん鳰誣! という思いもあったが今は遅刻するかしないかの瀬戸際だ。動きづらい制服姿ではあるが、それでも可能な限り急いで学校へと走っていった。


 結果、二分遅刻。

 先生が教室はいるのと同時だったのだが、担任の島先生は残酷にも名簿の俺の所に三角マークをつけた。ああ、皆勤狙ってたのに……

「ケチだな、島先生も」

 席に着き、HRもそこそこに終わると樋橋がこちらに話しかけてきた。

「ギリギリの次は遅刻してくるとはな。こんどは授業中にくるんじゃないか?」

「止せよ、縁起でもない」

 いつものニヤニヤ顔が今日は心底鬱陶しい。

「そういえばよ、今朝お前に会いたいって奴が来てたぞ」

「俺に会いたい? 一体誰が?」

「件の留学生様だよ」

 留学生? 確かトロイとか言っていたな。

「あの野郎、早速女性陣からのアプローチを受けていたみたいでな、カバンからハートの便箋が覗いてたよ。ったく、腹立たしい」

「まあ、あの容姿じゃな……」

 こいつの愚痴はいつものことなので軽く受け流すことにする。

 それにしてもトロイは俺に何の用があったと言うのだろう。留学して二日しか経っていないというのに。

「それで俺に伝言残していったよ。昼休みに中庭で待ってるとさ」

 昼休みねぇ……


 そんなこんなであっという間に昼休みだ。昼飯は早弁で済ませておいた。

 

 さて、少しこの学校の構造について説明しておこう。

 俺の通っている学校はロの字の形の校舎をしている。

 三階建ての校舎はそれぞれ北が一年の教室、東が二年生、南が三年生、西が特殊教室といった構造で、ちょうど時計回りに教室が配置されていることになる。

 その中央部分が中庭になっていて、昼休みはそこで弁当を食べるカップルも結構多い。


 中庭に着くと、伝言通りにトロイがそこで待っていた。

 あれから呼んだ理由を考えてみたが未だに分からない。とりあえず本人に聞いてみることにしよう。

「おっす、一体俺に何のようなんだ? その、トロイ……君」

 そう聞くとトロイはこちらに向かってはにかんできた。絵になる顔だ。

「トロイで良いデスヨ。呼んだ理由にツイテですが、実はアナタに折り入ってタノミがあるからなんです」

 頼み? 一体何を頼むというのだろう。とりあえずトロイでいいって言うならそうしておこう。

「頼みって言われても……とりあえずその内容を言ってくれよ」

「まあそう言うのがトウゼンでしょうね。まずはドコカに座りましょう」

 トロイは中庭のベンチを指さした。正直そこはカップルの特等席になっているところで、野郎二人が座ってお話をするようなところではないんだが……

 だがトロイはそんなこと気にするわけでもなくさっさと座ってしまった。仕方ない、こっちも座るしかないようだ。

 ベンチに座るとトロイは缶コーヒーを差し出してきた。なんだ、くれるって言うのか?

「とりあえず、これでも飲みナガラ話しましょう」

 そう言って自分も缶コーヒーの蓋を開けて飲み始めた。こっちももらえる物ならもらっておこう。まさか学校で薬をもられることもあるまい。

「タノミって言うのはですね。実は今夜の九時に式島公園のボート池前にきてホシイんです」

 式島公園っていうのは学校の近くにある公園のことだ。

 野球場やサッカースタジアム、ボート池に陸上競技場まである総合運動公園になっている。とはいえ夜の九時にもなれば人なんかほとんど居ない所だ。一体こいつは何を企んでいるんだ?

「九時っていくら何でも遅すぎやしないか? というよりも一体なんでそんなこと頼むんだよ」

「それはデスネ……」

 そういうとトロイは目を細める。


「……アナタの家にいる長い髪の女性に関係しているんデス」

 

 その言葉を聞いた時、奴から見れば俺の口はきっと驚愕で開かれていただろう。

「お、お前!」

 何故だ? 何故こいつがドラクールの存在を知っているんだ?

「ア、やっぱり反応しましたね。安心しました、昨日見たのが人違いだったら大変デスからネ」

 そう言ってこちらに向けて破顔する。

 昨日帰り際にこっちを見ていたのはこいつだったのか。

「……何が目的だ。そして何を知ってる」

「それも来たときに話しマス。来るときはその女性も連れてきてくだサイネ」

「正直いわせてもらえば、罠っていう可能性もあるだろ。お前が……その……」

「安心してくだサイ。僕はライナス帝国とは関係ありませんから」

「ッ! やっぱりお前その名前を……」

 ライナス帝国……ドラクールが生まれた世界を滅ぼした連中だ。ドラクール曰く、奴らはこの世界の人間の支配を狙っているらしい。

 どういう理由でそんな事をするのか分からないが、事実俺は今までなんども奴らが人間の体を乗っ取ってバケモノに変身する所を見て、そのバケモノから人々を助けてきた。

 更にいえばこの名前を知っているということはこいつは少なくとも憑着体の存在を知っているって言うことである。


「別に来てくれなくても構いマセンよ。その時はもうこちらから接触することはないと思いマスが」

 トロイがベンチを立ち上がって、玄関の方に向かう。

 その途中でこちらを振り返ってきた。

「ああ、そうそう。もし来たらそのトキニこっちのパートナーも紹介しマスヨ」

 それだけ言うと玄関の方に行ってしまった。

 パートナーって、まさか……


 それからの学校での授業の内容はあまり覚えていない。気がついたら自分のベッドで横になっていた。

「今夜九時、か……」

 行くべきか行かざるべきか……先程からそのことばかり考えているが、一向に答えはでない。

 未だに罠と言う可能性は捨てきれない。一方的に用件だけ言ってさってしまったところは怪しすぎる。

 だが、それでも何かが引っかかる。よく分からないが俺は今夜アイツに会わなければいけない気がする。

「一体、俺はどうするべきなんだ……」

「その話を聞く限りでは、やはり言った方がいいと思うぞ。罠としてもかかってみないと分からんこともある」

「まあそれは確かにそうなんだが……ってドラクール!? いつからそこに居たんだ!?」

 気づけばドラクールが俺の部屋の中に居た。いつの間に来ていたんだ……

「お前が帰ってきてベッドでひとり言を言い始めたところからだ」

 ほとんど最初からじゃねえか。

「お前、母さんに見つかったらどうするんだよ!」

「心配するな、買い物に行っている」

 そう言うと口調を改まったものに変える。

「それよりも今は先程の話についてだ。最初からもう一度、今度は詳細に私に説明してみろ」

「う……くそ、仕方ねえ、か……」

 そういう訳で俺は今日の昼休みの出来事をドラクールに説明した。

「なるほど、私のことを……」

「ああ、何者か知っているみたいだった。それにどうやら憑着体についても知ってるみたいだったしな」

「それに、何よりも気になる点が一つ」

「パートナー……って言葉だな」

 頷くドラクール。腕を組んでいる姿はなかなか様になっている。

「その通りだ。恐らくその男にも私と同じく憑着体のパートナーが居るのだろう」

「てことはつまりアイツも……」

「適性体ということだ」


 適性体……の説明をする前に、まず憑着には二種類あると言うことを説明しなければならない。

 一つは憑着後の意識を全て憑着体が握る粒子憑着(ボソンフュージョン)。ライナス帝国が行うのは、ほとんどこの憑着。

 もう一つが漂着後の意識を憑着体と人で共有する次元憑着(ディメンションフュージョン)。俺とドラクールがするのがこちらのほうだ。

 そして粒子憑着した状態を憑着人。次元憑着をした時の状態を適性体という。


 更に、憑着人と適性体は比べると大きく異なるところがある。

 まず一つは外見。憑着人は憑着体の時の外見が憑着後の外見に大きく現れる。クモみたいな外見をしたやつなら腕が六本になり、クワガタみたいなヤツなら全身がズングリムックリした鎧におおわれた外見になる。だが、適性体のほうは人間の外見がベースにして憑着体の外見を意匠にした鎧で覆った外見だ。

 さらにもう一つ。これが憑着人と適性体の決定的な違いなのだが、憑着人にはできず適性体にしか出来ない行為がある。それが『顕現(マニフェステーション)』。人間がイメージした事象を、憑着体がトリガーとなって現世に顕現させる。これの存在によって適性体は大きな力を得ることができる。俺自身、経験のある身だがその力は物理法則を歪める程であった。


 このマニフェステーション、さっきの説明だけだと何でもかんでも思いのままかと思うかもしれないが実はそうではない。俺もこの説明をドラクールから受けたときに同じことをしたのだが、そのときにアイツはこういう話をしてくれた。

「例えばお前が遠くに置いてあるものを取ろうと思ったとしよう。肉体運動に於いてはお前は脳内でどうやって取ればいいかを考え、腕を動かすだけでいい。

 だがマニフェステーションをするにはそれだけでは十分ではない。取る際に物体が移動するイメージ、運動エネルギー、空気抵抗、その他ありとあらゆる限りのイメージと計算をしなければならない。なぜならばこの顕現という行為は、現実世界に対して『忠実』で無くてはならないからだ」

 この説明を聞けば、顕現はおおよそもって不可能な行為だと思うだろう。無論俺もそう思った。

 それを質問すると、ドラクールはそこも説明してくれた。

「なるほど、お前がそう思うのも無理はない。それだけの計算をイメージをいっぺんに出来る人間はそうはいないだろう。

 すなわちこの際に憑着体の存在が重要となってくる。人間には出来ない計算や細かなイメージを私たちがサポートするのだ――」

 ということだ。主となるイメージができるのは人間だけなのでこのマニフェステーションができるのは自ずと適正体だけになってくるということらしい。

「――とはいえ、私たちも万能というわけではないぞ。それぞれ得意不得意があるのだ。例えば私の場合は空間認識、若しくは移動補助が得意だが、防御や結界の展開、念動力は苦手と言ったようにな。だからお前が物を念力で動かしたいと思っても、それは私では出来ない」

 最後にドラクールはこう締めくくった。


 だがこの次元憑着(ディメンションフュージョン)、憑着体にとってはなかなか危険な行いらしい。

 というのも適性体になるためには『契約』というものが必要らしく、それを行った憑着体は他の人間と憑着をするのに大きな制限がかかると言うのだ。

 だから憑着体は適正体となる人間を選ぶ際には非常に慎重になるらしい。流石にこのことを聞いた時、何故俺を選んだのかとドラクールに質問せざるを得なかった。

 するとドラクールは

「あの時たまたまそこにいたのがお前しかいなかったんだ、仕方あるまい」

 と答えた。いささかカチンと来る解答であったが何とか我慢して、それなら俺を抑えて粒子憑着とやらで憑着人になれば良かったのではないかと聞いた。


 ……その質問をした時のドラクールの顔は今でも忘れられない――

「…………私を……私をあんな奴らと一緒にするな! 人間の意志も無視して憑着を強いる等という愚行、私は死んでもやらん!!」

 ――ものすごい剣幕だった。落ち着かせるのに暫く時間が必要で、それに何時間もかかった。

 アイツが何故そこまでライナス帝国を敵視するのかは分からない。聞けばまた同じ状態になるのではと思い、聞くこともしなかった。

 自分の世界を滅ぼした連中であることは確かだが、それを理由とするには何かが違う気がする。


 ……説明が少し長くなってしまった。話を本筋に戻すことにしよう。


 結局あの後、俺たちは公園に行くことに決めた。

 晩御飯を食べた後、買い物をしてくるという口実で外に出る。ドラクールはキーホルダーに変身してポケットに入れてある。

 公園に向けて自転車を飛ばしている間、俺は三ヶ月前のことを思い出していた。

 あの時も確か裏山に向けてこういうふうに自転車を飛ばしていた。あの時裏山で待ち受けていたのは今までの現実をぶっ飛ばすようなエキサイティングな事件とドラクールとの出会いだった。

 ではこの先公園で待ち受けているのは一体なんなのだろうか。

 唯一言えるのは俺が想像出来ることではないということぐらいだ。



 公園につき、自転車を適当な位置に止める。ここからはドラクールも人間の姿で歩いてもらうことにした。

 二人でボート池の前へとトボトボ歩いていく。空に浮かぶ満月の明かりと売店の青白い誘蛾灯だけが俺たちの行く先を照らしてくれていた。

 ボート池に着くと、そこには約束通りトロイが待っていた。何故か学校と同じく制服姿である。

「約束通り時間ちょうどに来てクレマシタネ。……ああ、この格好は気にしナイデください。この国の学ランが個人的に気に入っただけなんデスよ」

 そうか、正直どうでもいい。それよりも今はコッチの話のほうが大切だ。

「約束は守った。今度はそっちの番だ。何のために俺たちを呼び出したんだ」

 質問すると、トロイはアメリカ人っぽく肩を竦めるボディーランゲージをする。この動きはいつ誰がしても腹が立つ動きである。

「マアマア落ち着いて。……トコロで彼女は連れてきてますか? 暗いところはどうにもニガテでして」

「……私ならここにいるぞ」

 トロイの言葉に応じてドラクールが俺の前へと出てくる。

 ――その途端、トロイの顔が一瞬にして変貌する。なんというか事件の真相を暴かれて居直った犯人のような雰囲気だ。

「へえ……どうだ? フェニット。彼女は本当に……」

 ドラクールの姿を見るや否や、トロイは急に口調を変えて腕に巻いたブレスレットに話しかける。あれ? 学校でアイツあんなブレスレット付けてたっけか?

『ああ、間違いない。憑着体だ』

 ブレスレットから男の声で返事が返ってくる。一体なんだあれは。腕時計型通信機でも使ってんのか?

「Good! お前の予想は当たってると思ってたぜ! それじゃ早速……」

『ああ、早速手合せをすることにしよう』

 ブレスレットとの会話を終えるとトロイはこっちの方に向き直る。なんだか今までとは笑いの質……というか仕方がぜんぜん違う。

 学校での笑いが絵本の王子様がするそれだとしたら、いまの笑いはタロットに出てくる悪魔がする笑いだ。

「山臥岳……義人とか言ったっけ? 面倒だから義人でいいや。わざわざこんなところまでゴクローサン……そんじゃ改めて自己紹介と行こうか」

そういうと右手を腹に当て、高級レストランのボーイがしそうな礼をする。とはいってもそれは形だけであって、実際は誠意も何も籠っているようには見えない。慇懃無礼とはこういうヤツに言うべき言葉じゃないだろうか。

「オレの名前はトロイ・レーンブルック。とはいえこれは体育館でも言ったよな? 今は普通に学生やってる。まあお前と同じだな。そんで、こっちが……」

 トロイが左手を肩に対して水平に上げる。その途端、ブレスレットが淡い光を帯びながらその形と大きさを変えていく。これはまさか……

『フェニットと言う。憑着体、タイプフェニックスだ』

 ブレスレットはグニャグニャと形を変え、カラス大の鳥へと変化した。紅蓮に輝く尾ひれの付いたその風貌は、ファンタジーの中の不死鳥に酷似していた。

「こいつ……もしかしてこいつが……」

「予想通り、オレのパートナーさ。あっちの国に居るときに出会ってな、それ以来オレと一緒に過ごしてる」

 そう言いながら腕に掴まっている鳥の喉をくすぐった。この光景だけ見るとトロイが鷹匠か何かにも見える。

 だが、まだ俺はアイツからここに呼んだ理由について何も説明を受けていない。まさかこれだけの為と言うこともあるまい。

「自己紹介ご苦労様。でも……まさかこの為だけに俺を呼んだのか? そんなわけ無いよな。前置きはいいから早く用件を伝えろよ」

 多少苛立ちながらもそう尋ねるとトロイの方もヤレヤレといった顔で肩をすくめた。本日二回目のこの仕草、そろそろこちらの堪忍袋もプツプツ切れ始める。

「相変わらずせっかちさんだな、全く。ジャップってのは皆こんな感じなのか?」

 は? なんだこいつ。今とんでもなく失礼なこと言った気がするんだが。

「……おい、さっきこいつなんて言った?」

「ジャップと言ったな」

 しれっとしているドラクール。そりゃこいつは日本人というわけじゃないからこの態度も納得はいくが……

「……学校に比べると随分口調がヤンチャじゃねえか留学生様。ひょっとしてコッチが素か?」

「あったりまえじゃん。あんなステレオタイプな外国人そうそう居る訳ないだろ?」

 ケラケラと笑うトロイ。なんというか出会って二日でメッキが剥がれた感じだ。いや、わざと剥がして見せつけてきたのかもしれないが。

「ああ、さっきジャップっていったのは謝るよ。生まれがスラムなもんでコッチの口調はガラ悪いんだ」

 そうかいそうかい。それじゃあこっちも言い方に遠慮する必要はなさそうだ。

 俺は敵意を持った視線でトロイの方を睨む。しかし気付かなかったのか、それとも気づかない振りをしているのか分からないがトロイは勝手に話を進めていく。

「そういやここに呼んだ理由を言ってなかったよな。そんじゃそろそろ始めようぜ、フェニット」

『了解だ。台詞が少なくてすこし寂しかったぞトロイ』

 愚痴をこぼしつつフェニットは再びブレスレットに形を戻す。

「OK、準備完了だな」

 その言葉とともに、トロイはブレスレットの付いた腕を天に掲げる。何をする気なんだ、一体。

 疑問が頭によぎったその刹那、トロイは天に向けて大きく口を開ける――


「――――Dimention Fusion!」


 ――ネイティブらしく、綺麗な発音だった。

 その言葉をトリガーにして、ブレスレットが形を崩してトロイの体を包み込んでいく。

 それはトロイの体を腕、体、足、頭といった順番に包んでいき、やがてその全身がメタリックシルバーのスライム状の物体に包まれてしまった。

「おい……お前いきなり何してんだよ!?」

 俺が問いただしても当然返事は返ってこない。

 轟くようにうごめく銀色の人型は傍目に見ると不気味で、俺はいつもこんなプロセスを経て憑着していたのかと思うと少し微妙な心境になる。

「……どうやら憑着は終了したようだぞ、気をつけろ」

 ドラクールの声でぼんやり状態から我に返る。銀の人型は既にその様相を変えていた。

 その姿は簡潔に行ってしまえば鳥の鎧であった。頭部にはくちばし状のバイザーがついていて、顔の半分をその下に隠してしまっている。肩には足の爪の様なサポーターがついていて、全体的に俺よりもガッシリと、屈強そうなイメージを抱かせるフォルムをしていた。

 だが、何よりも目を惹くのは体中にまとわりつく炎だろう。根をはるように広範囲に広がったその火は、宵闇に包まれたボート池を背景に橙色に煌めいていた。

「……コッチの準備は完了だ。さっさとそっちも準備しろよ、義人」

 憑着を終えたトロイは唐突にそう告げた。

「準備って……なんで俺まで憑着する必要があるんだよ!?」

「モチロン、手合わせするために決まってんだろ?」

 当たり前のように言ってきた。だが、当然コッチが腑に落ちるわけがない。

「手合わせする理由がわかんねえ。お前はライナスと関係ないんだろ? なんでこんなことする必要があるんだ?」

「そりゃ、お前の実力を見るためさ。まあ、こっちの力を見せるためでもあるけどな」

「何だよそれ……ますます意味わかんねえ。ていうか、そんなことまでしなくても良いじゃねえか! もっと別な方法ぐらいあるだろ!?」

「まあな。でもそれじゃツマンネエんだよ」

 トロイはめんどくさそうに答えた。

「は?」

「こっちはよ、もう何ヶ月もこの状態になる機会が無かったんだ。ちったあ楽しませてくれたってもよ……いいだろ?! 別によお!!」

 イライラを吹っ飛ばすかのような叫びと同時に、鎧を纏っている炎がその火力を上げてこちらに飛んできた。うわ! いきなり何すんだこいつ!

「っと!」

 すんでのところで右に転がって避ける。立ち上がって見れば今まで俺が立っていたところに生えていた雑草が一瞬で燃え尽きていた。……こいつ本気で俺を黒焦げにするつもりでやりやがった。

「お前……本気かよ」

「本気じゃなきゃこんなこと出来ねえだろ? さあ、とっととそっちも憑着しろよ。今度は外さねえぞ?」

 そう言うと再び炎を飛ばそうと構える。火力はさっきの比ではなく、俺の運動神経ではもう避けられそうもない。

「義人、こっちも憑着をするぞ! 早くこっちに来るんだ!」

 ドラクールが俺に漂着しろと叫ぶ。ここから逃げても適性体と生身の人間では体力が段違いなので、すぐに追いつかれてしまう。もう戦闘は避けられそうに無い。……仕方がない、こっちも覚悟を決めて憑着をすることにしよう。

 だが……

「……OK、ドラクール、漂着するのは問題ない。……で、お前はどうしてベルトになっているんだ?」

 ドラクールは昨日の朝と同じベルトに変化していた。この展開、非常に嫌な予感が……

「私を付けて早く憑着をしろ! 間に合わなくなっても知らんぞ!」

だああああ! やっぱりそういう展開か!!

「何でそういう展開になるんだよ!? 今までは普通にやってただろうが!」

「あいつらがブレスレットで憑着したんだ、対抗するにはベルトしかあるまい」

「そんな所で対抗してどうすんだ! いいから普通にやれ!」

「それは……私の流儀に反する」

 ……でた、ドラクールのこだわりが。

 三ヶ月の間、こいつは様々なこだわりを俺に対して強いてきた。はじめは名乗りをあげることから始まり、その他様々なこだわりをこいつは持っている。

 いい加減にしろといいたいが、ドラクール曰く、これは憑着の際に精神を高揚させることによって顕現の強さをあげるのに役立つと言うことらしい。

 そんなことすれば普通は高揚するどころか萎えると思う。だが事実として俺はそうすると確かに動きも技のキレも上昇した。どうやらこういう所で俺は根が特撮らしい。

「……それも、もしかしてアレか?」

「ああ、そのとおりだ。今までは」

 こう言われてしまってはもうどうしようもない。ドラクールはテコでもこの変化を解こうとしないだろう。

「オラオラ義人! やる気が無いんだったらコッチが出させてやろうか!?」

気づけばトロイの炎は今にもこちらに飛んでこようとしている。もう躊躇する時間はなさそうだ。

この言葉も久しぶりだが……しゃあない、覚悟決めるしかなさそうだ。

「行くぞドラクール!」

「ああ!」

 いつの間にかベルトを付けると言うことに対してノリノリの自分がいることに気づく。悲しい。

 ドラクールのベルトを腰につける。つけた瞬間に革の部分が勢い良く腰に回り込み、一周したところでバックルにカチャリとくっついた。

いつものセリフを言うべく、俺は大きく口を開けて息を吸い込み、そして叫んだ。

「――――次元憑着(ディメンションフージョン)!」

 叫ぶと同時に、トロイの炎が俺たちに向かって飛んでくる。その火の勢いは先程までと比べるべくもなく、たちまちにして俺たちは火の中に飲み込まれてしまった。

「っとヤベえ! おーい、大丈夫かー?」

 体が炎に包まれようとする瞬間、トロイの間が抜けた声がこちらに飛んできた。全く、人事だと思いやがって……


 ――――まあ、とはいえ

「危機一髪ってところか? ドラクール」

 既に俺の体はドラクールが変化した鎧――龍の鱗をモチーフにした造りで全体的にシャープなイメージを持たせる――に装着していた。俺の憑着はなんとか火の直撃に間に合ったようだ。

『そんなところだな。危うく丸焦げになってしまうところだった』

「まあそこはいい。こっちだってモタモタしてたのがいけなかった訳だしな」

 炎が引くとぼうっと突っ立てるトロイの姿が目に入る。やっぱこいつ謝ってたのは口先だけか。

とはいえこれでこっちも準備は整った。今日ぐらいは決めさせてもらおう。

「またせたな、トロイ。俺が……」

『学園戦士、コウリョウだ!』

 ずっこける俺。

「何でお前が勝手に名乗ってるんだよ!」

『何だ、言いたかったのか? てっきり嫌だったのかと思ったんだが』

 そう言われて俺は名乗りを上げたかったことに今更気がつく。

「い、いやそれは……別にそんなことは……」

『なら問題はあるまい』

 ぐ、ぬうぅ……な、何だ? この微妙な落胆は。しかしこれ以上考えるのは俺の魂の平穏のためにやめておこう。

「へえ、学園戦士……コウリョウか。変な名前だな」

 やっぱお前もそう思うか。一応、命名理由があるにはあるんだが。

『お前……その言葉もう一度言ってみろ!』

 ドラクールが珍しく激昂している。まあこの名前はこいつが考えたものだしな。怒る気持ちも分からなくはない。同情はしないが。

「あ、何だそれ彼女が考えたのか? いや……なかなかステキなネーミングセンスしてるな」

 慌ててそう答える。だがそれは果たして褒めているつもりなのか?

『よ、義人……』

 何だ、ドラクール。

『アイツ、私のネーミングセンスをステキといったぞ!』

 ……どうやらこいつは褒められたつもりらしい。幸せな奴だ。


「ま、そっちが名乗り上げるならこっちもそうする必要がありそうだな」

 ドラクールの単純さに呆れていると、トロイがいきなりそんな事を言い出した。

「あるのかよ、名前」

「今から考える」

 行き当たりばったりにもほどがある。

「てなわけでフェニット、何かいい名前あるか?」

『そうだな……こんなのはどうだ? ゴニョゴニョ……』

 どうやらあちらは相談タイムを始めたようだ。面倒だが待ってやることにしよう。こういう時に待ってやるのは、別に俺が親切とかそういう訳ではない。相手が名乗りをあげる、またはその準備をしている時に攻撃を加えてはいけないと言うドラクールのこだわりからである。


 ……長い、長すぎる。

 かれこれ五分、未だにトロイは相談タイム中だ。

「なあ、ドラクール。本当に俺たちってこのまま待ってなきゃいけないのか?」

『当たり前だろう。相手が名乗りをあげるための名前を考えているというのにそれを攻撃すると言うのは無粋な行いだ』

 戦う時になってから名前を考えるのは無粋ではないのだろうか。


「よし、できたぞ!」

「おわっ! 何だいきなり!?」

 いきなりの大声に驚いてしまった。どうやらトロイが命名を終えたらしい。

「ようやく名前が決まったぜ。ま、期待してていいぞ?」

 一体何をどう期待しろと言うのだろうか。

 そんなこんなで前口上が始まった。トロイは右手を胸に当て、左手を前に突き出す。どうやらこの体勢も前口上の一つのようだ。

「いくぞ……掴むぜ!」

『勝利!』

 右手を斜め前に上げる。

「燃やすぜ!」

『魂!』

 こんどは左手を斜め下に下げる。

「灼炎戦士プロミネンス、推参!」

 決めゼリフと一緒に、バーン! といった爆音が聞こえた……気がした。

……いや、なんて言うんだろう。なんとも言いようのないダサさがそこはかとなく溢れている名前だ。だが何か言ってやらないと正直居たたまれない。

「あーそのー何だ。これは一体誰が考えたんだ?」

「俺が名前で!」

『我が前口上だ!』

 自信満々で答えられた、もはや何も言うまい。それにしても二人揃ってこれかよ。ある意味幸せなコンビとも言えるけどさ。


「さあお互い名乗り合ったわけだし、そろそろ本題に入ろうぜ!」

 本題? 何だったっけ? 名前を考えている時間が長くてどうでも良くなってしまった。

「お互いの手合せだろうが! まあいい、とにかく始めるぞ。……とりあえず、先攻は俺から行くぜ」

 トロイが両腕を空に向かって掲げると、両手の先から炎が火炎放射器のように吹き出てきた。

吹き出た炎は徐々に纏まっていき、だんだんその形を球状へと整えていく。

火の玉はすこしずつ少しずつ大きくなっていき…………いや待て、いくらなんでもデカくなり過ぎじゃないかこれ。軽く直径5m位はあるぞ。

『厄介だな』

 ドラクールが目の前の炎球を見て言った。確かにアレを避けるのは簡単な話じゃないな。

『そうじゃない。アイツがあの技を一番最初に繰り出す理由を考えろ』

 理由? 果たしてそんなものが本当にあるのだろうか。俺はてっきり大技で一気に決めるつもりだと思ったのだが。しかしドラクールの考えはそれとは違った。

『私たち一人に対しあの大きさの球は大きすぎる。小さな球を連続で何発も打つ方が小柄な適正体には効果的なはずだ』

 目の前の炎の球はいよいよ10mの大台に乗ろうとするほどの大きさを見せる。熱気が鎧越しにまで伝わってきて、憑着を解除すればかなり暑いだろう。確かにあそこまで大きくするのは些かオーバーな気がする。

『つまりあの技は私たちに対しての技ではなく……』

 ドラクールが理由を説明しようとした瞬間、

「ショータイムだ、Bastard」

 トロイの声が確固とした響きを持って夜の公園に響いた。

 夜空に燦然と輝く炎球は、ヘリウムを吸い込んでいく風船のようにその形を膨らませていく。そしてこれ以上はトロイの腕も巻き込んでしまう限界まで膨らんだその瞬間――

「レッド・ホット・インフェルノ」

 ――炎球が思いっきりはじけとんだ。

 トロイを中心とした周辺に莫大なまでの熱と光を湛えた炎が拡散して行く。それはもちろん俺の方向にも甚大な数の炎が飛んできた。

「な、いきなり広範囲すぎだろ! 避けられるかよこんな数!!」

 弾幕のような火球の数に、思わず弱音を吐いてしまった。こういう言葉がドラクールは一番嫌いで、戦闘後に帰ってから小一時間怒られたことがある。しかしドラクールは俺の弱音には耳を傾けず、冷静な声でこちらに語りかけてきた。

『落ち着け、あの程度の炎なら多少当たってもこっちに被害はでない。それよりも今は奴から遠くに離れることだけを考えろ』

 その言葉を聞いて俺は何とか冷静を取り戻した。早速ドラクールの言ったとおりの行動を移そうとする。しかし先程躊躇った際の一瞬が致命的となったのか、タッチの差でトロイの放った炎が俺の行く手を遮ってしまった。

『しまった、間に合わなかったか!』

 ドラクールの声がここに来て焦りを見せ始める。しかし先程ドラクールはこの程度の炎なら大丈夫といっていた。地面に落ちた炎も今でこそ火力は強いがレンガ造りの床ではそう長くは持つまい。ここは火の勢いが弱まるのを待ってから……

『無理だ、もう遅い』

 即効で否定された。俺にはなぜ駄目なのか分からない。

『憑着をするときに奴の炎に触れて分かった。これは只の炎ではない。恐らくは私たちと同じ……』

 ドラクールはこの炎に隠されているらしい秘密に気づいたようだ。だが、その声は再びトロイによって遮られる事になってしまった。

「パイロジェイル・レストリクション」

 トロイの言葉が言い終わるその瞬間、地面を低く這っていた炎が突然その火力を上げ、炎柱となって吹き上がった。

 炎柱は他の場所に飛んでいった炎達とそれぞれくっついていき、やがて巨大な火の澱となって俺たちを閉じ込めた。

「な、なんだこの火……いきなり何もしないで火力が上がるとかおかしいじゃねえか!」

『……恐らく、この炎は私たちのドラゴンオーラと同じく、アイツが自由自在に操れる物なのだろう。形も、動きも、そして火力さえも』

 と言うことは俺たちはアイツをぶっ飛ばさない限りここから出られないと言うことか。戦闘開始早々厄介なハンデを背負うことになってしまった。

「まさかこんな簡単に引っかかってくれるとはな。手前、よっぽど戦闘慣れしてないみたいだな。こりゃ俺の見立て違いだったか?」

 ぐ、言いたい放題行ってくれる。俺だってこの三ヶ月間何もしていなかった訳じゃないぞ。こうも言われては流石にこちらも腹が立つ。……相手も丸腰じゃない、少し位本気を出してもいいだろう。

「おい、ドラクール。アレ行くぞ」

『もう使うのか? 確かにアイツの炎の鎧に肉弾戦は得策ではないが……』

「出し惜しみするほどのモンじゃねえだろ。それに、トロイの野郎に少しコッチの方の力も見せつけておきたいからな」

『……ふん、好きにしろ』

 随分無愛想だな。しかしいちいちこいつの機嫌を気にしている暇はない。さっさとやることをやってしまおう。

 俺は右人差し指をトロイに突きつけ、腹の底から言ってやった

「わかってねえな、トロイ。こっちはわざとお前の技に引っかかってやったんだよ。これぐらいしてやった方がハンデには丁度いいからな」

 無論ハッタリだがこれくらい言ってやった方が挑発にはいいだろう。

「ふーん、本当か、それ? こっちには負け惜しみにしか聞こえてこないぜ?」

 案の定、一笑に付せられてしまった。だがそんなことはこっちも予想済みだ。

「そのセリフはこれ見てからにするんだな! 行くぜドラクール!」

 テンプレート通りのセリフだ。だがこんなセリフも夜の公園で大声で叫べばこっちのテンションもそれなりに上がってくるというものである。

 俺は膝を曲げて左手を胸の前に、右手を後ろに伸ばした。これはだいぶ前からドラクールと二人で決めていた顕現の際に行うポーズである。

「――――アルマセイバー、マニフェステーション!!」

 刹那、右手の手のひらから光の粒子が流れとなって放出される。

 止めどない光子の流れはやがて束となって次々と一本の筋へと纏まっていき、やがて確固たる形と質感を持ってこの世界に顕現する。

 俺の右手に残されたのは、中世の片手半剣(バスタードソード)にも似た形の剣。両刃の刀身は長さにして150㎝程で、三ヶ月前に初めてこの剣を握った時よりも30㎝ほど伸びている。

 トロイの反応を見る。流石に鎧の下の顔を窺い知ることは出来ないが、たじろぐ仕草から少しは驚いているように見える……と思う。

「どうだ、俺だってボンクラじゃねえ。こいつと出会ってから今までの三ヶ月間、無為に過ごしていたと思うんなら、これくらって反省するんだな!」

 言い終わりと同時にトロイの方へと駆け出す。

 アルマセイバーは剣といっても顕現させる際に刃は殺してあり、言わば棍棒のような状態になっている。

 これなら外の憑着体を傷つけること無く中の人間だけを気絶させることができるだろう。もっとも、力加減は無論必要なのだが。

「少し我慢しろよ? ちょっとの間、眠ってもらうぜ!」

 数瞬の間に、既に間合いは4mにまで近づいている。

 だがその瞬間、トロイは右手をこちら側に突き出してきた。何だ、迎撃でもするつもりか?

 しかし拳で受け止められるほどこの剣、そして俺の一撃は軽くない。もし受け止めるつもりなら、そのままその手を弾いて頭に強烈なのを叩き込んでやる。

「防御させはしないぜ! そのまま一気に! 叩き込んでやる!直駆猛撃(リニアダッシュストライク)!!」

 技の名を言うと同時に、俺の体がドラクールの鎧のアシストを受けて一気に加速して行く。その勢いは人間が反応出来るギリギリの速度にまで一瞬にして達した。そのままトロイの頭をめがけて両手で振りぬいた。


 ――はずだった。

「イメージの掴み方は分かってるみたいだが……発動の仕方が下手くそすぎだ。その程度なら、防ぐのはもっと遅くても良かったな」

 俺の一撃はトロイの手に、正確に言えばトロイの右手に握られた片刃の日本刀によって受け止められていた。

 一瞬にして現れた日本刀、トロイの体にはモチロン隠す場所なんて無い。間違いなくこれは顕現(マニフェステーション)だろう。しかし問題はそこではない。

「なんでお前……言葉も言わないで顕現してるんだよ……」

 普通、顕現を行う際にはどんなに小さな物体を作り出すにしろ、どんなに些細な現象を引き起こすにしろ、何かしらそれを喚起させるような単語、もしくは言葉を言わなければならない。

 しかし目の前に居るトロイはそれを無視して何も言わないで顕現を行っている。

『コレは……貴様、クイックトリガーが使えるのか!?』

「ご明察。もっともできるのはこの剣、クリメーターの出現だけだけどな」

 ドラクールが驚愕に満ちた声で言うと、トロイの方は笑い声とともに返答した。

 何だ、クイックトリガーって。聞いたこと無いぞ。

『クイックトリガー……本来、適正体が顕現を行う際には人間の思考を固定化するために言葉を発する必要がある。思考というものは不安定なものだから言葉にして言う事でそのイメージを確固たる物にできるのだ』

 そこまで言ってドラクールは一息置いた。

『だが……そのイメージが強力な場合、発言過程を無視した顕現が可能になる。それがクイックトリガーだ』

 ドラクールの声は信じられない物を見ているかのようだ。確かに強力すぎるイメージって聞くと凄い気もするがそんなに難しいことなのか?

『クイックトリガーに必要なのは単純なイメージだけではない。対象だけを考える極度の集中力が不可欠だ。だから本来はそんな簡単に行える行為ではない。しかし……この男はそれを意図的にやってのけた。こんな人間は初めて見たぞ』

「お褒めいただきアリガトウ、Chick」

 剣を受け止めたままトロイが一礼する。正直さっきの説明だけだとどう凄いのかは何となくしか分からない。だが、ドラクールの声が驚愕で震えていた。それだけでこの目の前の光景が本来ありえないものなのだと理解できた。

「ま、だから何だって話だ。顕現なんざ、口で言えば普通にできる行為なんだからよ」

 おどけて見せるトロイ。自分が今してみせた事に対して何とも思っていないようである。

 だがトロイの言っていることは正論だ。同時にまだこちらの形勢が逆転したと決まったわけではない。剣を使った攻撃なら俺だって自信はある、ここから反撃されないように攻めればいい。


 俺は剣を握る両手に再び力を籠める。

「じゃあ……そのままその剣ごと押し切ってやる!」

 ギリギリと力を籠めると、打ちあった剣は徐々にトロイの方へと近づいていく。

 そしてトロイの眼前にまで押しやった瞬間、俺は一気に剣を後ろに引き、軽く屈んだまま叫んだ。

「……F・F・(フル・フラット・ムーブ)!!」

 叫ぶ瞬間、鎧の胸元についたエンブレムが淡青色に発光する。

 直後、俺の足が地面からわずかに浮いた。ドラクールの移動補助システムが起動されたのだ。

 そのまま文字通り滑るようにして俺はトロイの周りを移動する。向こう側もそうはさせまいと反応するが、俺の方が少しだけ早い。

「……今度はさっきより強烈だぞ、オラ!」

 握りしめた剣をバッターのように構え、目の前の背中に向けて思いっきりフルスイングする。

 ガキッ! という音を鳴らして、刀身はトロイの鎧にぶつかった。

「ッ! ……痛ってえ。少し効いたな」

「なっ!」

憑着して三倍に強化された腕力。且つ、それで全力で振り抜いた。本来なら『少し効いたな』どころでは済まないはずの威力だ。どういう事だ一体。コイツの防御力はバケモノか。

「お前、やっぱまだ顕現の力をつかいこなせてないな。意志の力なしで闇雲に攻撃しても意味ねえぞ?」

 少し呆れたように口にするトロイ。

 顕現の力? 俺だってそれくらい使いこなせている。現にこのアルマセイバーだって顕現で作り出した。他にどう使えというのだろうか。

 だがどちらにせよこのままじゃジリ貧だ。あの状態になれば流石に攻撃を受けきれまい。そこで一気に決めてやろう。

 一旦、トロイから間合いをとる。幸い、アイツはこちらに反撃することはしてこなかった。余裕綽々ともとれるが後で吠え面かかせてやることにしよう。

 充分、間合いをとってからドラクールに向かって話しかける。

「ドラクール、残り水分量はどれくらいだ?」

『残り……46リットルだな』

 水分量、俺たちが憑着する際に最も重要となる要素だ。俺とドラクールが『学園戦士コウリョウ』……すなわち適性体として活動するためにはドラクールの体内の水分を消費しなければならない。この水分量が多ければ多いほど俺達の身体能力は向上していき、逆に足りなくなってしまうとその能力は低下し、最終的には憑着が解除されてしまう。

「46か。モードチェンジまでには後どれぐらいだ?」

『ちょっと待て……モードチェンジするにはあと4リットル必要だ』

 モードチェンジは水分量が一定量を超えたときに可能になる俺たちの強化手段だ。モードチェンジ後は色々と特典のようなものが付き、正直この形態じゃないと本当の意味での本気は出せない。だからできるだけ早くモードチェンジを行いたい。

……しかし、そうは問屋が卸さないのである。

『義人、この状況でどうやって水分を補給するつもりだ? この炎の檻を破る方法が有るとでも言うのか?』

 そう、それが問題なんだ。今のところ俺たちはトロイの作り出した炎の檻に囲まれてしまっている。ボート池も檻の外にあるため、とてもじゃないが水分を補給するドコロの騒ぎではない。

「えーと、強行突破は?」

 苦し紛れの提案をする。

『ハァ……』

 呆れた調子で溜め息をつかれた。

『先程も言ったが、あの炎はアイツが操っているんだぞ? そう簡単に破れるわけがないだろう』

「それは…………そうなんだよなぁ」

 やはり無理か。確かに簡単に破れる代物だったらトロイも最初から使いはしないだろう。

 それにしてもアイツが操っているとなると厄介だな。どうせ決着がつくまで俺たちを外に出させないと言う腹なんだろう。


 ……いや、待てよ? 確かにこの檻の中には水分補給ができるようなところはない。

 だが、他にもあるはずだ。水がたっぷり溜まっているところが。

「……見つけたぜ、ドラクール」

『何をだ?』

「水だ。水を見つけたんだ!」

『……見たところそんなトコロは見つからないが』

「そりゃそうだ。隠れてんだからな」

 説明しながらも俺は少しずつ移動して行く。

 少しトロイの方が気になって目を向けてみると火の玉でお手玉していた……今にみてろよ。


「……ここだ」

 到着したのはボート池近くの売店。既にシャッターは閉じていて店内に入ることは出来ない。

『ここに水があるのか? ……まさかとは思うが、よもや店に押し入って中にある炭酸飲料を私にふりかけるつもりではないだろうな』

「そんなわけねえだろ。こっちだこっち」

 実は最初それも考えていたがそれは言わないでおこう。

 俺がやってきたのは店の裏側だ。ガスボンベやら照明用の電線やらが裏側に鬱蒼と生えた藪の間に所狭しと詰め込まれている。

『ここがお前の言っている場所なのか』

「ああ、そうだ。この売店は出来てから改築してガスや電気を増設したらしい。樋橋っていう奴がバイトしたときに言ってたんだ」

 藪をかき分け、目当てのものを探す――あった。

「当然、水道もそのときに引っ張った。だから水道管は建物の外にある」

 俺の視線の先にあるのは鉛がむき出しで、如何にもシンプルな水道管。

『……待て、お前のやろうとしていることが分かってきたぞ。だがそれは犯罪だ。わかっているのか?』

 ドラクールが俺を止めにかかる。正直俺もこういう事をするのは健全な男子高校生としてどうかと思う。

 だが……

「それより俺は、トロイの野郎に一発ぶち込んでやりてえんだ、よ!」

 言うと同時にアルマセイバーを振りかぶり、水道管めがけて叩きつけた。

 ……鈍い音を立てて水道管に亀裂が走り、そして――

 

プシャアアアアア!

 ――すさまじい勢いで水が噴出した。

 吹き出る水は鎧に吹き付けられ、そのまま鎧の中に吸収されて行く。

『……やってしまったか』

 どこか呆然とした声でドラクールが呟いた。

 俺とて罪悪感を感じないわけではない。夜に公園の売店の水道管を叩き壊すなんてこと、尾崎豊でもやるまい。だが無論修理はしていくつもりなので今回はそれで大目に見てもらいたい。


 しばらくすると胸のエンブレムが蒼色に点滅した。モードチェンジ可能のシグナルである。

『来たな、ここまでしてしまってはもう後戻りはできないぞ』

「……分かってる。俺だって自分が何したかくらいは理解してるさ」

『……そうか。なら、もう私は何も言わん』

 どこか覚悟を決めるような声でドラクールが呟いた。

 何か含むところでもあるのだろうか?

『いや……これは私の問題だ。お前は気にする必要はない』

「そ、そうなのか? だったらそれでいいんだが……」

 腑に落ちないところは若干あるものの、気にしている時間がそんなにあるわけでもない。早くすることをしないと。

「じゃ、いくぞ」

『……ああ』

「ラストフュージョン! モードドラゴン、発動!!」

 俺の体、正確にはドラクールの鎧が蒼色に発光する。光の中で鎧の形が徐々に変化していき、背中からジャキッ、という音と共にウイングが展開された。

「……完了か」

『そうだ。無事にモードチェンジは終わった』

 ドラクールがそう言うのなら、無事に終わったのだろう。

 よし、後はアイツの元に向かうだけだ。

「……ということで、早速だが龍天翔翼(ドラゴンウイング)使うぞ」

 龍天翔翼、モードドラゴン時にのみ使える限定装備。反重力場を展開し、顕現の力で空を飛ぶことができる。

『使うのか? この檻の中ではあまり意味があるようには思えんが……』

「空を飛んでいればアドバンテージになるだろ? 戦うときに上からだったら有利にすすめられると思ってな」

『なるほど、じゃあ好きにしろ』

「言われなくても……レビテーション!」

 引き金となる言葉の発声と同時に、俺の体が虚空に引っ張られて行く。最初のうちは飛ぶのにホップステップジャンプと、わざわざ三段跳びをしなければいけなかったが、今では単語ひとつ言うだけでひとっ飛びだ。

……トロイは俺に顕現が使いこなせていないと言った。だが、俺は今こうして顕現の力を使って空を飛んでいる。これでどうして俺につかいこなせていないと言えるのだろうか。

「よし、行くぞドラクール!」

『………………』

 ドラクールは返事こそしなかったが、俺は特に気にせずトロイの方へと飛んでいった。


 果たしてトロイは火の玉でジャグリングをしていた。五つ同時というのは中々凄いんじゃないだろうか。俺の高校にも大道芸をやる部活はあるがそこに入部すればいいと思う。

 と、そんなことはどうでもいい。今はアイツをギャフンと言わせることが先決だ。……自分で思って置いて何だが、ギャフンって我ながら古いな。

「おい、トロイ!! 俺のことを忘れて玉遊びとはどういう事だ?」

 上空(といっても檻に遮られているから高度は5m位だが)から思いっきり叫ぶ。

「ん? あ、義人じゃねえか。どうしたんだそんなところで」

 俺の言葉は無事、トロイの方に届いたようだ。だが俺の今の状態を見てアイツはなんにも思わないのだろうか。

「どうしたって……もっと他に言うことないのか!?」

「……あー、なんつーかよ、日本のことわざにあるよな。えーと、何だっけ? バカと何とかは高いところが好きだっけか?」

 カッチーン! なんだあいつ。言う事はそれだけか? しかもバカと何とかって普通、隠すところが逆だろ!

「……もういい。とりあえず、さっきまでの俺と思ったら大違いだぞ」

「へえ、そりゃ楽しみだな。ぜひ見せてくれよ」

 余裕綽々に返答するトロイ。その自信満々なところがとても腹立たしい。

「言われずとも……見せてやるよ!」

 そのまま急降下しつつ、アルマセイバーを振り上げる。トロイの方は避けるわけでも防御するわけでもない。どうやら俺の身体能力が上昇したことに付いては気がついてないようだ。だがその油断が命取り……

「脳天、カチ割れろおお!」

降下する勢いをそのままに、アルマセイバーを思いっきり振り下ろす。

「せいやぁあああ!!」

 剣先がトロイの兜にぶつかる――


 鋭い金属音と共に、“俺のアルマセイバーの方”が吹き飛ばされた。


「……え?」

一瞬何が起きたか分からなかった。

 何故だ? 攻撃したのは……俺だろ? 何で……何で俺の攻撃が弾かれるんだ!?

「……今起きたことがわかんない、って顔してんな」

 トロイは涼しい声で話しかけてきた。ダメージなんか一つも受けていないようだ。おかしい、何故だ? 弾いたにしたって少しは反動は来るはずだろ。

「はぁ……だから、お前は顕現を理解していないって言ってんだよ」

 吐き捨てるかのようなトロイのセリフ。

 顕現? 理解? 先程も言われたセリフをまたここで聞くことになるとは。だがやはりその言葉の意味する所は分からない。

「どういう意味だよ……何いってるか分かんねえよ!」

 叫びながらトロイの顔に向かって上段突きをする。風が切りながら迫るその拳は……鎧にぶつかった瞬間、再び弾かれた。

「やっても無駄って分かったか?」

 ウンザリしたように肩をすくめられた。

 ……なんだよこれ、どうなってんだよ。俺はなんかの悪い夢でも見てんのか。モードチェンジした俺の一撃を無傷で返すなんて、今まで見たこともない。何かのチートでも使ってんじゃないかとさえ思う。だが、その正体はわからない。

「なんだってんだよ……クソッタレ……」

 思わず両膝をついてしまう。

「勝負有り、だな」

 その言葉で全てが終わった。

 炎の檻は無数の火の粉となって夜空に散り消え、トロイは憑着解除(フュージョンアウト)をして元の制服姿に戻った。左肩には先程の不死鳥の憑着体がいる。

「んじゃ、今日はもうここまでだな。明日また学校で会おうぜ」

 そう言ってトロイは背中を向けて去ろうとする。

 ……待ってくれ。

 まだ……まだ俺は答えを見つけていない!


「……顕現の意味ってなんなんだよ」

 ピタリ、とトロイの歩みが止まった。

「さっきから大層ご立派に講釈してたけど、意味わかんねえよ! そうやって自分だけ分かったようなことばっか言って……満足なのかよ……冗談じゃねえ……冗談じゃねえよ」

 後半はもはやつぶやきになっていた。

 悔しかったんだ。

 意味もわからないまま攻撃を尽く弾かれ、そのまま立ち去ろうとするトロイに対して何もすることが出来ないのが。

「…………その前に聞くけどよ」

 トロイはコチラの方を向き、近寄りながら問いかける。

「お前は、何のために戦ってんだ?」

 ……何のために?

「何のために戦っているのか……だと?」

「ああ、そうだ。言ってみりゃ戦っている理由だな」

 俺が戦っている理由……そんなもの、最初から代わってなんかない。

「ドラクールだ」

「ドラクール?」

 トロイが眉を寄せて俺の言ったことを反芻する。

「ドラクールが……俺に戦えと言ったからだ」

 そうだ、俺はもともと戦いたくなんか無かったんだ。三ヶ月前のあの日から強制的に漂着させられ、それから定期的に戦わせられることを義務付けられた。そのために中二病も真っ青なセリフもいわされたし、勝つためのイメージトレーニングも何回もやらされた。元々俺はこんなことなんかしたくは……


「失せろ、cock socker」


 ……そんな俺の思考はトロイの体温を感じさせない一言によって中断させられた。

「ドラクールのせい? バカかてめえは。戦う理由を他人に押し付けてんじゃねえよ!」

 恫喝とともに地面を蹴り上げるトロイ。宙に舞った土飛沫が俺の鎧にかかり、視界を黒く覆う。

「……人が戦う理由は色々ある。金、名誉、友情、愛、自己防衛。どれも上下なんかつけられるもんじゃねえさ。だがな、ひとつだけ最低の理由がある。それが……」

 そう言ってトロイはこれまでにない怒りを込めた目つきで俺を睨みつけた。

「他人を理由のダシにすることだ」

 先程までとはぜんぜん違うドスの利いた声に、思わずビクリと体を震わせてしまう。

「自分が今戦っているのはアイツのせいだ。自分はこんなことしたくない。そういう奴は戦いから逃げているのと同じのchicken野郎だ。

 お前が戦っている時にダレが一番危険かわかるか? 鎧になってお前を守っているパートナーだろうが。

お前が自分でやったと思ってる顕現は誰が発動させてるか知ってるか? お前のパートナーだ。

 何も分かってねえ癖して口ばかり一人前になりやがって。一体お前の三ヶ月はなんだったんだ? そんな気持ちでヒーローやってるつもりなら……はっきり言ってやる、くたばっちまえ」



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 気がつくと俺はベッドの上で横になっていた。

 ……いつの間に俺は帰ってきたんだ?

 ともすればさっきのは夢だったのだろうか。そう思って起き上がると、服装が部屋着ではなく、外出用であることに気づく。トロイに出会った時と同じ服装だ。さらにズボンには泥の汚れのオマケ付きである。

「夢じゃ……なかったのかよ……」

 先程までの光景を思い出し、思わずうつむいて目を閉じた。


 ――コン、コン

 誰かがノックする音が聞こえる。

「入るぞ」

 ……案の定、ドラクールだった。


「何だ一体。いつもみたく今日の反省会でもするつもりか?」

 あまり虫の居所が良くなかったせいもあり、つい皮肉めいた口調で吐き捨ててしまった。

「いや、違う。これからについてだ」

 そういうドラクールの口調は今までにないぐらい真剣そのものだった。

「……とりあえず、座れよ」

 そのようすを見て流石にふざける気も失せ、座るように促した。

 ドラクールは黙って俺の学習机の椅子に座る。

「とりあえず、今日はすまなかった」

 いきなりの謝罪の言葉。正直意味がわからない。

「……なんでお前が謝るんだよ」

「今日の敗北は私の責任だ。私が状況をもっと細かく報告していれば、攻撃が弾かれることは無かったはずだ」

 ドラクールの『敗北』と言う言葉に思わず胸が痛む。やはりアレは俺の敗北だったのだ。

 分かっててはいても改めて言われるとキツイものがある。

「今日のことはもういいよ。それよりなんだ? これからの事って」

 これ以上そのことに付いて話したくない。話題を変えようと尋ねると、ドラクールはその体をますます改まった姿勢に直す。

「ああ、そうだったな。今日一番言いたいのはこれだ。あの時、お前は戦う理由は私だと言ったな?」

「……ああ」

 質問に俺は頷きとともに返答する。

「……そうか」

 俺の答えにドラクールは目を閉じ、神妙に頷いた。

「それならいいんだ。もう話す事はない」

 そう言ってドラクールは立ち上がり、部屋を出ようとする。

「は? おい、ちょっと待てよ! もう話は終わりか?」

 去ろうとする背中姿に、思わず胴を起こす。

「ああ、もう終わりだ」

 ドラクールはそのままドアの前で立ち止まる。


「……今まですまなかった」

 ――ガタン

 一方的にそう言って、部屋を出ていってしまった。

「なんだアイツ……」

 最後の一言が気になったものの、それ以上追いかけることはせず、その日はそのまま寝てしまった。



 そのことを、後になって俺は非常に後悔することになる。


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