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第二話 第一章 ヒーローはつらいよ

第二話の本編です

時系列的には第一話の三ヶ月後になります


 大きくなったら何になりたい?

 

 幼稚園の年中の時、保母の川見先生がたんぽぽ組のみんなに聞いたことがあった。

 クラスのみんなが大きな声で思い思いにケーキ屋さんとかお医者さんとか叫ぶ中、俺(当時四歳)は一際大きな声で叫んだ。


「絶対、大きくなったらギガレンジャーになる!」


 なんと幼稚園生らしい他愛なく可愛らしい夢ではないだろうか。

 だがそんな荒唐無稽な夢がいつまでも続くわけもない。俺の夢は程なくしてヒーローから飛行機のパイロット、お医者さん、学校の先生etc……と次々に変遷していった。まあ、自分でいうのも何だが世間一般的な普通の夢の持ち方をしてきた思う。

 ……ああ、すまん。紹介が遅れた。俺の名前は山臥岳(やまがだけ)義人。職業……というか身分的には私立厩橋学園の二年生。

 ああ、あと一応副業的な感じで『学園戦士』というものをやっている。

 ……いや、ひくな。ひくんじゃない。確かにいい年した高校二年生が「学園戦士やってます」とか酔狂もいいとこだろう。

 だが違うんだ。これにはマリアナ海溝よりも深い訳がある。

 ……そうだな、まずはそこから説明することにしよう。


 ――三ヶ月前のある日の深夜。俺は家で珍しく数学の予習というものをしていた。ところが時刻が3時に指しかかろうとしたとき、事件は起きた。

 この街への隕石の落下。

 ああ、正直驚いたさ。落ちゆく流星が放つあの輝きは普段だったらそうそう見られるもんじゃなかった。

 そこからの俺の行動は馬鹿としかいいようがない。隕石が落ちた所に行ってみようだなんて素っ頓狂なことを考えてしまったのだ。

 いや、別にこの時点では馬鹿ではないのかもしれない。しかしこの行動が後の一連の出来事の全てのきっかけを作ってしまったのは事実だ。

 正直今からでも過去に戻ってその日の自分の首を閉めに行きたいと思っている。

 ……話がずれたな。本筋に戻そう。

 なんとか隕石が落ちた裏山にたどり着くとそこには龍……というかドラゴンのようなものがいた。

 唐突に電波なこと言ってしまって申し訳ない。しかしまごうことなき事実だったのだからしかたない。以下はこういうものなんだと思ってくれ。

 ちなみに龍の容姿はシェンロンというよりもファンタジーに出てくるようなボテッとした感じのアレだ。

 逃げればよかったのかもしれないが、いかんせんその時の俺は、目の前の異常さに呆気にとられてしまって体を動かすことが出来なかった。

 

 お陰でズブズブと泥沼に飲み込まれるように、なし崩し的にその後の展開に巻き込まれていくことになるわけなのだが。


 その後は急展開が続く

 いきなり蜘蛛を怪人化したような奴が現れて俺と龍を殺そうとしたり

 その龍がいきなりスライムみたいに身体が崩れて俺の身体を包み込んで鎧に変化したり

 鎧になった龍に蜘蛛と戦えと指図されて無理やり戦わされる羽目になったり

 中二病どころか年中病といったほうが正しいぐらいの特撮魂全開のセリフを言わされたり

 過去の葬り去りたい歴史を蒸し返されたり

 それはもういろいろなことがあった

 え、訳わかんない?

 そりゃしかたないな。説明してる俺だって未だによく意味がわからないんだから。


 ……とはいえまあ、いろいろな紆余曲折があって俺は蜘蛛のバケモノを退治することに成功した。

 もう俺はこれで終わりだと思った。

 だが事実は残酷である。龍はあろうことか俺にこれから一緒に戦えといってきた。

 当然断る。

 だがそいつは俺とはもう契約を済ませてしまったから離れることは不可能だとぬかしてきた。

 正直俺には関係のない話であったし、こちらは勝手に巻き込まれた身分なわけだから聞く耳持たないつもりでいた。

 そうしたら龍は今度は勝手に俺の家に転がり込み、勝手に居候しはじめたのだ(人間の姿をはじめ、どんな姿や形にも変化できるから普通に生活できるから大丈夫だというのが龍の談。そういう問題ではないと思う)。

 俺はそれから三ヶ月、事あるごとにバケモノと戦わされる生活がつづいている。

 現に三日前も左手から変な刃をとばしてくる敵と戦ったばかりだ。


 だが一番危険なのは最初は無理やりにもかかわらず、次第にこの生活に抵抗を感じなくなってきている自分自身なのかもしれない……



 経緯としてはこんなところだ。少しは同情してもらえるだろうか?

 ……なんだか羨ましいという声が聞こえてきたな。訓練されたMなのだろうか。

 しかし定期的に命をかけた戦いをさせられ、それによって日常生活にまで支障をきたし始めているんだ。かわってくれるものならかわってもらいたいぐらいである。



 おっと。あいつが呼んでいるようだ。そろそろ視点を回想から現実世界の方に戻すことにしよう。


 呼ばれた声に導かれつつ、階段を登って木製のドアを叩く。ノックしておかないとあとが怖い。

 この部屋はもともと物置だったのだが、アイツが居候するに当たって大幅に改装した部屋だ(したのは九割俺だが)。

「入っていいぞ」

 ノックに対してシンプル極まりない返事が返ってくる。

「一体何の用だ?」

 ドアを開けながら部屋の中を見渡す。

……あれ? 誰もいない。

「おい、ドラクール。どこにいるんだ?」

「ここだ、ここ。ベッドの上だ」

 何もいないはずのベッドから声が聞こえてギョッとする。見ればベッドの上には革製の細長い何かが置いてある。手に持ってみると革の中央部には金具とはまた違った、何かの機械のようなものがくっついている。なんだこれ、ベルトか?

「見つけたか。これが私だ」

 中央部の機械から機械の合成音のような女の声が聞こえてきた。

 は? これがお前?

「……なんでお前ベルトになってんの?」

「TVを見てみろ」

 そう言われて俺は部屋の中のTV(物置においてあったブラウン管式の昔懐かしいテレビデオ)に目を向ける。


『見つけたぞ、デビラー!』

『き、貴様はアラワシマン!』

『ダムに毒をまいて人々を苦しめようとしていたようだが、俺がいる限りそんなことはさせない! 行くぞ……変身!!』


 TVには昔の特撮ヒーローの映像が写っている。

 こいつまたTATSUYAで勝手にDVD借りてきやがったな。

「……で、これがどうしたっていうんだ?」

「わからないのか? ヒーローといえば変身ベルトかブレスレットだろ。だから私も有事にはベルトになり、お前がそれを使えということだ」

「するか、んなこと!」

 わざわざ人を呼んでおいて何だそのしょうもない用事は。俺は手に持ったベルトを無造作にベッドに投げた。

「いたっ!」

 痛そうに叫ぶと、ベルトがどんどん膨みながらその形と外見を変えていく。

十秒も立たないうちにそれは黒髪ロングの女性へと姿を変えた。

「投げるとは随分じゃないか」

 女性は頭をさすりながらこちらに文句をいってくる。

「人をどうでもいいことで呼んだ罰だ。……というかそもそもなんだこの映像は。勝手にDVDを借りるなと言っただろ?」

 俺が嗜めると不機嫌な顔をして、顔を窓の外にそらす。

「ふん、お前がいない時は暇でしょうがないんだ。TVをみても面白いものはやっていないし、DVDをみることぐらいしかすることがないんだ。しかたないだろ」

 鼻を鳴らしたきり枕に顔をうずめてしまう。だからってなにも特撮をえらぶことはないと思う。

まあこいつに何を言っても無駄だと言うのはいつもの事なのだから仕方がないか。


 ――今俺が話している相手。こいつこそ「俺が裏山で出会った龍」兼、「押しかけ居候」兼、「戦闘時のパートナー」の龍だ。

 名前はドラクール。性別は女性らしい

 本当の姿は中世ヨーロッパの『剣とファンタジーの世界』に出てくるドラゴンみたいな姿なのだが、それだと日常生活で支障がでるということで普段は人間の姿をしている。

 これぐらいの事は彼女にとっては朝飯前らしい。

 

 彼女曰く「私は異世界からやってきた機械生命体“憑着体”で、私が持つドラゴンエナジーをライナス帝国は排除しようとしている。ライナス帝国は私が来た世界を滅ぼした輩で、この星にいる人間の支配を狙っている」とのことらしい。

 普通ならこんなこと言う奴はすぐにでも黄色の救急車のお世話になるべきだと思う。

 だが、俺はこいつのいうことが本当だということを知っている。……だからこそタチが悪いのだが。

 俺はこいつと『憑着』という行為を行うことで物理的にも精神的にも結合し、化け物どもと戦う力を得ることができる。憑着については後々また詳しく説明することになるだろう。


 ……ちなみに俺とこいつが憑着した時の姿には名前がついている。

 その名も『学園戦士コウリョウ(命名ドラクール)』

 名前をつける理由が分からないし、そもそもダサイ。

 しかし、イザというときはこの名前を使ってしまうあたり、俺も少しずつこの環境に毒されてきているんだろうか。


 ……いや、深く考えるのはよそう。


 待てよ、今気づいたが俺はTATSUYAに入会していない。こいつはどうやって会員カードを手にいれたんだ。ひょっとして作ったのか? そうだとしても……

「いつの間に会員カードなんか作ったんだ? 住所とか身分証明はいらなかったのか?」

 そう聞くとドラクールは枕から顔をあげた。

「さりげに犯罪行為自白してんじゃねえよ」

 まったく末恐ろしい女だ。いや、いまでも十分恐ろしいが。

しかし、こいつは俺の非難の視線を全く意に介することはなく、むしろどこか得意げな顔を浮かべている。

「ほらみてみろ、これが私のカードだ」

 ポケットからカードを取り出すとこちらの方に手渡してきた。手渡されたのは確かにTATSUYAの会員カード。

 だが確か裏面には名前を書くスペースが有るはずだが。

「龍水京子……ちゃっかり偽名まで使ってるな」

「流石に実の名前ではマズイと思ってな」

 その心配りを少しでもいいから俺に分けてくれないものだろうか。

 

 おっと、気がついたらもうそろそろ支度をしないとマズいじゃないか。そろそろ制服に着替えないとマズそうだ。

「とりあえずもう学校にいく時間だから。今日もおとなしく家にいるんだぞ?」

 いつも言っているセリフ。だが今日に限ってドラクールの方は不満げに顔をうつむける。

 なんだ? なにか言いたいことでもあるのか?

 そう聞くとドラクールはポショポショとした声でつぶやき始めた。


「ああ、偽造した住民票をもっていったらOKだったぞ」

「なあ……そろそろ私も外に出てはいけないだろうか?」

 ……またこの話題か。

「何時までも自由に外に出られないのはツマラン……」

 ドラクールは基本的に部屋にいるように言って置いてある。外に出られるのは親の寝静まった深夜かライナス帝国が現れたときだけだ。

「…………」

 しかし、正直俺もこの制限には心を痛めていた。勝手に上がり込んだ身の上とはいえ、家にずっといるというのは心苦しいことこの上ないだろう。

 だがヘタレなことに、出ていくところを誰かに見つかった時のことを思うと中々承認の言葉が出てこないのだった。

「すまん。それは、できない……」

「……そうか」

 更にいえばこのやりとりも一回ではない。それこそ何度もドラクールは同じことを言った。そのたびに俺はその要求を突っぱねている。

 ――ああ、そんな顔しないでくれ。俺だってこんなこと言いたくなんかないんだから。

「……悪い。もう、時間だから」

 早くこの空気から早く抜けだそうと俺は部屋を出た。

「あ、待ってくれ! まだ話は……」

 ガチャ、と扉を閉めるとドラクールの声は水を打ったように全く聞こえなくなった。


 出発の支度を終え、一階へと降りる。……おっと、出かける前に居間へと立ち寄らねば。

居間の扉を開けると、案の定母さんが台所で食器を洗っていた。

「行ってきまーす」

「あら、もう着替えてたの? あんた急に上に行っちゃって中々戻ってこないからもうご飯片付けちゃったわよ」

「ああ、別にいい。もとからあまり食欲なかったし」

「あらそうなの。じゃ、気を付けていってらっしゃい」

 適当に相槌を打って玄関の方へ行く。靴を履いてカバンを持ち、さあ出かけようとなったときに唐突に母さんが俺を呼び止めた。

「ねえねえちょっと」

「何? なんか忘れ物でもした?」

「違う違う……あのねえ、あんた最近ないしょで二階にペットでも飼ってるんじゃないの?」

 げ、ベクトルは違うけどなんかまずい質問が来たぞ。流石に女の勘は鋭い。

「な、何いってんだよ。俺がそんなことする訳ないじゃん。俺が生き物嫌いって母さん知ってるだろ?」

「そう? でも最近二階を掃除してると変な視線感じるし、水道代金も三ヶ月前から急に上がりだしたのよ。やっぱり何か二階にいるんじゃないの?」

 まずい、なんだか疑惑の度合いは結構深そうだ。

「そんな訳ないって! 母さんだってそういうこと聞くってことは二階を調べてみたことあるんだろ? それで見つからないってことはやっぱり何も無いんだよ」

 しかし俺がそう言っても母さんは首をかしげたままだ。

「そうかしらねえ……なんだかまだ腑に落ちないけど」

 不味い、このままじゃボロが出るのも時間の問題。早くなんとしないと!

「あー……あ、もう出かける時間だ! その話の続きは帰ってから聞く!」

「あ、ちょっと待ちなさい!」

 なにか文句を云ってくる前に急いで玄関を飛び出た。危ない危ない……


 それにしてもアイツ、母さん相手によく見つからなかったな。俺がどこにいかがわしい本を隠しても母さんはそれを尽く発見してきたぐらいの強者なのに。一度、屋根裏まで探して見つけたことあったし。

 あと、水道料の急激な増加もやはりドラクールの仕業だろう。

アイツは電気、食料、その他一切の外的エネルギーの摂取を必要としない代わりに水だけはやたら飲む。なんでも異世界で存在し続けるためにはその世界の物質を体に取り入れる必要があるらしい。

 とはいえ一日に8リットルというのはいかがなものだろうか。

 しかし、水分は俺があいつと一緒に戦うときにも重要な役割を果たす。だからそれに関しては何も言わないでいたんだが……やはり放って置きっ放しというわけにはいかないか。


 家を出て、学校までの坂道を歩き下る。俺の通っている学校は家から近い。だいたい徒歩で10分もあれば到着する。

 昔からある学校らしく、うちの両親も同じ学校のOBとOGだ。歴史のある分校舎も古い。レンガ造りの建物は確かに外面はよく、県の文化遺産に指定されているため、近所でも名所の一つとなっている。

 だが、実際内部は改装を繰り返しているから歴史も何もあったものじゃない。外側だけ飾り立ているだけのハリボテのようなもんだ。俺は学校の扉を出入する度に、タイムスリップをした気分になる。


どうでもいいことを考えながら暫く行くと三叉路に出てくる。二日前にここで敵の憑着人と戦ったばかりだが、今朝俺を待っているのは……

「おはよー」

 普通の女子高校生であった。

「ああ、おはよう」

「今日はいつもより遅かったね」

「ああ」

 しかし母さんに見つかったとなると面倒くさい事になったな……

「起きるのが遅かったの?」

「ああ」

 このままだといずれボロがでてしまう

「支度するのが遅れたとか?」

「ああ」

 早いうちに対策を立ててなんとかしないと

「ちょっと! さっきから『ああ』しか言ってないんだけど!」

 うお! しまった。これからどうするかばかり考えてて返事が生返事になってしまった。

 

 ――今、ほっぺたを膨らましてこっちを捲し立てているポニーテール且つセーラー服の人物は、俺の幼馴染の春奈鳰誣(におぶ)

 エスカレーター式の学校に幼稚園の頃から一緒に通っているから、この関係もかれこれ十一年来ということになる。

「悪い、ちょっと考え事してた」

 さっきのは俺が悪かったのですぐに謝る。

「ふーん……ま、すぐに謝ってくれたから別にいいけどね。それより早く行こ? 学校に遅れちゃうよ」

 向こうの方もそれで満足したらしい。こういうさっぱりした性格だからか、今まで俺の方もあまり異性ということを意識せずに過ごしてこれている。

「――おう、今行く」


 二人で並んで学校への道を歩く。いつも通り『昨日はお母さんがカレーを作ってくれた』とか『英語の宿題が難しかった』とか、昨日の帰ってからの出来事を鳰誣が勝手にこちらに話してきて、俺はいつも通りにそれに適当に相槌する。

 しかし今日に限ってはなんだか鳰誣の様子がおかしい。どこか意味ありげな視線でこっちを見てきたり、話している間もどこかうわの空な感じで、なにか聞きたいことが有りげな様子だ。少し気になるな。聞いてみよう。

「……なあ鳰誣」

「ん、何?」

「もしかして……何か俺に聞きたいこととかある?」

 そう聞くと鳰誣は明らかにうろたえた反応を見せた。

「え……ど、どうしてそう思うの?」

 目を丸くさせる鳰誣。どうやら図星のようだ

「いや、なんとなくそんな顔していたからさ」

 ……しかし、考えてみたら言いたくないことを無理やり聞くのも良くないな。ここは大人に受け流してやるべきだろう。

「あー、別に言いたくなきゃいいんだ。もういいから行こうぜ。遅刻しちまう」

「う、うん」

 先に歩きはじめると、鳰誣はゆっくりながらも黙ってこっちをついてきた。

 お互いそのまま静かに坂道を下っていく。


 だが学校まであと五十メートルといった辺りでその静寂は破られることになる。

「……おとといね。夜遅くにシャーペンの芯がなくなったから、コンビニに行こうと思ったの」

 いきなり鳰誣がそんなことをいいだした。

 何だ唐突に、と聞こうと思ったが黙って聞いておくことにする。

「…………」

「それでね、コンビニで芯を買って家に帰るときに……見ちゃったの」

「……何を?」

 俺がそう聞くと鳰誣は顔を真っ青にして


「人が……人が空を飛んでるところ!」

 …………え、それってもしかして……

「それでね、それでね。その人は暫く空を飛んでたかと思うといきなり地面に向かって降りていって……私、驚いて暫く動けなかったよ」

 鳰誣は鳰誣で急に盛り上がっているが、こっちはこっちで急に盛り下がっている。

 鳰誣の言っているのは十中八九、俺のことだろう。まさかあの戦いの一部始終を見られていたとは。

 

 しかし、鳰誣はそこからさらに俺が驚愕することを言ってきたのである。

「……でね、義くんに聞きたいのはここからなの」

 そういうと鳰誣はコッチの方に向き直る。もう既に嫌な予感しかしないぞ。

「そのあと少しの間そこで立ってたんだけど、ようやく家に帰らなきゃって気づいたの。それで急いで帰ろうと思って走って行ったんだけど……」

 ここまで言って急に鳰誣は深呼吸をした。

「……その人が降りたところから義くんの声が聞こえたの」

 なんですと!

「あ、はは。気のせいなんじゃないか?」

「うん、私も最初はそう思ったよ。でもね、やっぱりあの声は義くんだったよ。私、義くんの声は絶対に聞き間違えないもん」

 なんてこった、完全に聞かれていたらしい。しかもよりにもよってこいつに聞かれているとは思わなかった。

「ねえ、あれってやっぱり義くんなんだよね? なんであんなところに居たの? あの空とんでた人って誰なの? もしかしてそういうこと何回もあったりするの?」

 やばい、次々と飛んでくる質問に何一つ答えられそうにない。学園戦士就任三ヶ月にして早くも(社会的に)抹殺の危機だ。

「えー、あー、その何だ。きっとそれはドッペルゲンガーか何かだ。俺によく似た自己像幻視体か何かの仕業に違いない」

 考えた挙句、俺はようやく苦し紛れにそれだけ言う。

「えー何それ!? 参考にもならないし面白くもないよ」

 ひどい言い草だ。こっちだって一生懸命考えたんだぞ。

 しかし、鳰誣にとってはそんなことどうでもいいらしく、追及の手を休めることはない。

「それで……結局どうなの? 一昨日はどこで何していたの?」

 ずい、とコッチの方に顔を突っ込んできた。

 やばい、どうするよ俺、どうすんの!? 下手な嘘はこいつには通用しないぞ。

 というか今までこいつに嘘をつき通せた試しが無い。このままじゃマジで俺の影の仕事がバレてしまう。

「あー、そのだな。それはいわゆる……アレだ。いや、アレじゃなくて……アレだ」

「結局何いってるか分かんないじゃん。はっきり言ってよ。ねえねえねえねえ」

 ドモリも酷くなり、いよいよカミングアウトまでのカウントダウンが表示され始めたその時、始業十分前のチャイムが聞こえてきた。

 チャーンス!

「おっとマズイ! ホームルームが始まっちまう。さ、急ぐぞ鳰誣!」

 なるべく自然な口調でそう言って学校へと走り出す。

「あ、ちょっと。待ってってば!」

 鳰誣も答えの無いことに不満げではあったが、渋々俺を追いかけ始める。


 こうして俺のヘタレ極まりない朝は幕を閉じた。

 しかしこれも、これから始まる事件の数々のほんの前奏にしかすぎなかったのである。


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