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第三話 第二章 うわさばなし

樋橋と別れ学校の玄関をでると、5メートル先の松の木の下に鳰誣がそわそわとした雰囲気で佇んでいた。両腕に抱えている通学カバンが少し凹んでいる。真夏過ぎの夕暮れとはいえ、まだ空気はジメジメしているのにジッと待っているその姿を見ていると、なんともいじましい気持ちが湧いてくる。なるべく足早に歩み寄ると、向こうもコチラに気がついたようで、こっちに近づき始める。

「おっす鳰誣。待たせたか?」

 向こうに話しかけられる前に俺から声をかけると、鳰誣は正しくパアッといった効果音が似合う笑顔を浮かべた。コチラに近づいてくる足取りもどことなく軽やかだ。……何かいいことでもあったのだろうか?

「お疲れ様義くん! 今日はいつもより遅かったね?」

「あぁ、ちょっと英語の勉強をな」

「あーテスト近いもんね。でも義くん居残り勉強なんてするタイプだったっけ?」

 不思議そうに鳰誣は首を傾げる。どうでもいいが幼なじみに自分の勉強に付いて知られているというのはどうにもむず痒いものがあるな。何にせよ間違いはただしておこう。

「勉強したのは俺じゃなくて樋橋だ。補習をどうにかして回避したいらしい」

「あ、樋橋君の方か。妙義先生の補習厳しいもんね。私のクラスの男の子なんてこの前、補習受けた次の日、うわ言みたいに仮定法の定義呟いてたから」

 恐ろしいことをあっけらかんとした口調で話す鳰誣。しかしそれもまたしかたあるまい。妙義先生の指導は段階を踏んでどんどんスパルタになっていく。態度の悪い奴ほどドンドン厳しい指導が入る。それでいて決して体罰は加えず、保護者にも教育委員会にも角の立たないやり方で指導を加える。その実態を見ていない者からすれば魔法でも見ているかのようである。

「あの人も謎の多い人だよな。なんて言うか影の多い人っていうか……」

「うちのお兄ちゃんが言ってたけど、あの人お兄ちゃんが高校にいた時期から殆ど風貌変わっていないらしいよ」

 マジかよ……憑着体とかじゃないだろうな。

ちなみに先ほど鳰誣の話に出てきた「お兄ちゃん」は今、京都で大学生をしている。何でも民俗学の勉強をしているらしい。俺も小さい頃は鳰誣と三人で一緒に遊んだりしたものだが、現実であそこまで「アニキ」って呼びたくなる人はそうそう居ない。

「ふーん……なんというか、謎が多い人ほど魅力的ってことなのかね。あの人気は」

「英語の先生の中ではダントツで人気だもんね。でも私はちょっと怖いなぁ」

「そりゃ、人には得手不得手があってしかるべきだろうさ。っと、忘れ物だ。ほらこれ、今日もごちそうさん」

 俺はカバンをがさごそと弄り、フキンで包んだ弁当箱を取り出した。鳰誣が毎朝登校中に俺に手渡してくれるシロモノだ。元々家事スキルは低くない奴だったが、ここ最近は更にそれに磨きを上げてきたようで、ここ最近は樋橋からの恨みがましい視線も当社比120%増しとなってきている。

「お粗末様でした。おー今日も軽いね。けっこうけっこう! で、どうだった今日のデキは?」

 鳰誣は笑顔で弁当を受け取ると、いつもの質問をしてきた。カラにしている時点で美味いに決まっているが、つくってもらっている身分でそんな事言えるワケもなく、素直に感想を述べることにする。

「相変わらずの出来栄えで。特にサラダにかかってたドレッシング、あれ初めてだったけど美味かったよ」

「あ、気づいてくれたんだ。最近開発したオリジナルなんだよ。お母さん特製のにはかなわないけど、なかなか自分でも満足のいくデキだったからお弁当にも使ってみたんだ」

 日に日に凝ってきてはいるとは思ったが、ドレッシングまで自作とは恐れ入る。鳰誣のお母さんは料理上手で近所でも有名だが、その遺伝子はしっかりとその娘さんが受け継いでくれたようだ。

「毎回毎回美味い昼飯が食べられて、個人的には大満足ですよ。ありがとうございます」

「え! ど、どうしたの今日はいきなり素直になって。いや別に嫌だとかそういう訳じゃないよ? でも私的にはもう少し話の内容を何段落か挟んでから振ってくれると助かるなぁっと思ったわけで。それに弁当だって私が作りたいからそうしてるだけであって別にドラクールさんがどうだとかイメージアップとかああいや何でもなくてええとその」

 さりげなく感謝の言葉を口にすると、鳰誣はいつになく慌てた様子で言葉をまくし立てる。心なしか顔が赤い。その気持ちはわかるぞ。俺も急に人にほめられると何となく恥ずかしく思うからな。

「大丈夫、分かってるよ。何が言いたいかは」

「え、えぇ!? よ、義くん? わ、分かってるって言うのは、その、ええと……あのー……あぁうぅ」

 俺が肯定の言葉を言うと、何故か鳰誣は先程までと打って変わって黙り始めた。そんな変なコト言ったかな。


 そのままお互い言葉も無く歩いていると、ふと先ほど廊下ですれ違った美少女の事を思い出した。そういえば樋橋の奴は「いい噂を聞かない」なんてこと言っていた。さっきは詳細を聞くチャンスを逃したが、改めて考えると気になる。鳰誣は何か知らないものだろうか。

「……そういえば、さっき廊下ですっげえ美少女見たんだけどさ」

「……美少女?」

 途端に鳰誣は怪訝な顔つきでコッチを見てきた。射ぬくような視線のおまけ付きである。その目付きは俺の精神衛生上、非常によろしく無いからやめていただきたい。このままだとあらぬ疑いをかけられそうなので弁解させてもらおう。

「いや今日の放課後に樋橋と一緒に帰ってたらさ――」

 と、俺は先程までの一部始終、目撃した少女の外見的特徴を、出来る限りの客観的な視点で普遍的事実を過度な脚色なく、且つ整然と述べた……はず、なのだが……

「……ふーん。そうだったんだぁ。へぇー、ふーん!」

 なぜだか鳰誣さんは、俺の説明を聞けば聞くほどお冠である。納得行かねぇ。

「おいおい、何で怒ってるんだよ? 俺はただあの富木っていう子が凄い美人だったって言うのを……」

「あっそ! どーせ私は髪の毛もサラサラじゃないですし、お顔だってオカメさんみたいにヘンテコですよーだ!」

 何故そうなる。というか幼なじみの贔屓目を抜いても、鳰誣の顔はそこまで悪くないと思うのだが……まぁ、体つきはもう少しご飯を食べたほうがいい感じだが。

「……胸ないのは遺伝だもん」

 聞かれてました。すみません、鳰誣のお母さん。お宅の娘さんはあなたの遺伝子を受け継ぎすぎたようです。

「そんな自分のこと卑下するなって。俺は鳰誣のことは充分魅力的だと思うよ」

「…………へぇ」

 いい加減鳰誣の中傷に耐えかねた俺が否定の言葉を言うと、鳰誣はうつむいてまた黙り始めた。日が傾きかけているせいか、顔色をうかがうことも出来ない。まだ怒っているのか? と思ったらいきなり鳰誣はスキップしながら俺との間を詰めてきた。

「じゃ、許しましょうー!」

 さっきまでのむくれ顔が嘘のような笑顔だ。やっぱりこいつは笑顔のほうが似合うな。よく分からないが何にせよ機嫌がなおってよかった。

「で、富木さんの噂だっけ? 確認したいんだけどあの娘、たしか恋人いたよね?」

 不意にそんな質問が鳰誣の口をついてでた。気をとりなおしてくれたのか、俺の疑問に答えてくれる気になったらしい。俺が頷くと、鳰誣は腕を組みながら眉をひそめた。普段余り見せない顔だが、やはり似合ってない。

「うーん。どういうことなのかなぁ、これって」

「どういうこと……って?」

「えっとね、富木さんって私のクラスの男子の中でも最近凄い評判よくて、告白したり口説きに行こうとする人もたくさんいるの。でも、基本的に彼女はそういう人には興味なさげに返したり、無視したりするんだよね」

「あぁ、なんか樋橋もそんな事言ってたな」

 俺がそう返すと、鳰誣は頷きながらそこから声のトーンを下げて話を続ける。

「それでね、そんな態度だからほとんどの人はそこで諦めるんだけど、中にはそれでも更に食い下がったり、無理やりな手段に訴えようとする人もいるんだって。腕をひっぱってどっかにつれていこうだとか、大人数で囲んで逃げ場をなくしたりだとか」

「ひでえことするなぁ。気になる相手に取る態度かよ」

「でもね、そういう人たちがちょっとでも彼女に触れたとたん……」

 そこまで言って鳰誣は一旦言葉を止めた。ゴクリ、とつばを飲む音が聞こえる。そして彼女の口から出てきたのは、思わず耳を疑うような言葉だった。

「……触れた部分がへし曲がるんだって。指が全部ジグザグに折れたりとか、腕が螺旋状になったりとか」

「へし……曲がる?」

 あまりにも突拍子も無い話に、オウム返しするほかない。鳰誣のほうも戸惑い半分で話しているような感じだ。そりゃそうだ、噂にしたってもう少し話の流れが自然になるようにするだろう。

「それでね、ここからはもっとおかしいの。その人達も慌てて医者に行くんだけど、そこでレントゲンをとると、骨がどこも折れてないんだって。つまり最初から腕の骨がそうであったように変形しているってことみたい」

「そ、そんな馬鹿な話……」

「うん。当然診察を受けた人たちはその結果を信じられくていろんな病院を回るらしいんだけど、どこに行っても同じ診断を受けるんだって。今ではその人達みんな不登校になってる。私のクラスにもそれで一人学校に来てない子がいるって話しだし……」

 話の途中から背筋を嫌な汗が流れていたが、その話を聞けば聞くほどにどんどんある予感が胸をよぎり始めた。こういう不思議な事件の裏側には必ずと言っていいほど、アイツらの存在がある。そう……

『間違いない、ライナスの仕業だな!』

「え!? この声って!」

 突然の女性の声に鳰誣は辺りをキョロキョロしはじめる。

「わー! なんでもない! なんでもないぞ! びっくりして声が裏返って高くなっちまっただけだ!」

 俺は大声でごまかしながら、ベルトをさりげなく鳰誣の目の届く範囲から隠す。さっきいきなり話に割り込んできたのは、このベルトのバックルである。無論その声の主は……

(ドラクール! てめぇ静かにしてろっていつも言ってるだろ!?)

 タイプドラゴンの憑着体にして俺のパートナー(自称)、ドラクールである。最近はベルトしててもおとなしいと思ってたが、よりにもよって鳰誣といるときにポカしやがった。

【す、すまん。つい興奮してしまってな】

 さすがに俺も何度も口を酸っぱくして行っている甲斐あってか、珍しく素直に謝罪の言葉が返ってくる。

(……詳しくは家に帰ってから考えよう。取り敢えず今は鳰誣をごまかすのが先決だ)

【了解した、それでは私はおとなしくバックルを演じよう】

 ただ黙ってるだけでどこが演技だ、とも思ったがあえて口には出さない。それよりも鳰誣のほうが重大だ。見ると、今にも余計なことに気が付きそうな顔をしている。

「ね、ねぇ、さっきのってドラクー」

「いやぁ今日の弁当は本当に美味かったぞ! 特にメインの唐揚げなんか、俺のツボを押さえまくったような味付けで最高だった! いやぁ鳰誣はいいお嫁さんになるなぁ!!」

「ひぇっ!? え、えと、それはもちろん研究してるしていうかお嫁さんとか言うのなんてその」

 苦し紛れで先程食べた弁当の感想をまくし立てると、うまくいったのか鳰誣はそちらの話題に気をそらしてくれたようだ。あとはこのまま別れ際まで話続けて、思い出させないようにしなければ……


 結果から言えば、俺の目論見は大成功だった。

 いつもの三叉路で分かれるまで、俺はずっと鳰誣の弁当に始まり、鳰誣の性格、行動、容姿、家族構成にいたるまで褒めちぎり、ドラクールの声について言及されるのを不正具ことができた。

 不可解なのは別れ際、とうとう何も言うことがなくなり、最後の悪あがきで鳰誣の頭を撫でたとき、

「~~~~~~~~~!!」

 と声にならない叫びをあげながら家に向かって走り去っていったことである。やっぱ恋人でもないのに不用意に頭なんか触るものではないということか。反省。


 しかし、鳰誣の話を最後まで聞き、ドラクールの言葉を受けた今、俺は鳰誣の行動、そして今週末に控えたテストよりも重要な案件ができた。


 無論




 学園戦士コウリョウの出番、である。


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