第三話 第一章 テスト対策はお早めに
忘れた頃に第三話です
「なあ義人、俺達って一体いつになったら学習するんだろうな」
「なんだよ突然に」
放課後下校途中の廊下、樋橋が俺に向かって唐突にふっかけてきた。
樋橋はなぜか知らないが強弁な口調で
「何だかんだで後三日でテスト開始じゃねえか。それなのに何だ、今の俺達の体たらくは。テストの度に日々遊び、駄弁り、特撮の毎日じゃないか。ちょっとは学習したほうがいいと思って当然だろ」
「最後はお前だけだろうが。というか俺はちゃんと勉強してるぞ」
今、俺達の学校はテスト期間である。御多分に漏れず、この時期は多くの怠惰な学生の阿鼻叫喚の悲鳴や叫びが教室に響く時期でもある。
そして、この樋橋もその怠惰な学生に分類される人物なのであった。
「うああ、英語の赤点補習は勘弁してくれええ……」
「妙義先生の補習は厳しいからな。せいぜいしごかれてこいよ」
ちなみにあの先生の補習は生徒が『できる』ようになるまで『ずっと』続く。
「五時間も教室に缶詰は嫌だあああああああ!!」
「ったく、だったら赤点にならないように勉強しておけって…………ん?」
呆れた俺が正面を向き直る、と。
――とんでもない美人がそこに居た。
卵型の輪郭に、バランスよく整えられた顔のパーツがまるで作り物の様に並んでいる。
安っぽい表現だが、まさに彼女の顔は作り物のようだった。
だが、それは整形とか言う胡散臭い美しさとは一線を画していて、言わば命のある人形のように、活き活きと、それでいて繊細で、ガラス細工のような脆さを孕んだ、そんな美しさだった
彼女が歩くたびに軽くウェーブのある髪が柔らかそうにはね、前進をする体を追い掛けるように毛先から落下していく。その光景は異世界にいる妖精のステップのように、この世界には不釣合な物で……
俺はただただその姿を見送っていることしかできなかった。
「おい義人、いつまで呆けてんだよ」
待機状態の俺の頭に、樋橋の気の抜ける声が唐突に入力された。
とはいえ、さっきの光景に完全に魅了されていた俺には満足な返答をすることができるわけもなく
「…………綺麗だな、彼女」
という不抜けた言葉を返すのが精一杯だった。
「彼女って……富木の事か?」
樋橋はさして興味もない、という口調で俺の言葉に返す。
「辞めとけって、お前には春奈がいるだろうが。それに彼女あんまりいい噂聞かないしよ」
「だから別に俺は……いや、それより彼女の事、知ってんのか?」
「まあな、七組の佐志が噂してたんだよ。最近急に評判が良くなり始めたんだとさ」
「急に……って、あんな器量じゃ前々から噂されててもおかしくないだろ」
俺の指摘に、樋橋は待ってましたとばかりに、指を俺に突きつけてきた。
「そこなんだよ。佐志の話だと、アイツは元々クラスでも全然目立たない存在で、イワユル地味~な部類に入る存在だったらしい。急なイメチェンって訳だ」
樋橋の説明によると、彼女はここ二週間ぐらい程から、まるで別人のように綺麗になったらしい。
「マジかよ。……いや、でもあれほどのイメチェンなら、告白とかもヤバイだろうな」
その言葉に対し樋橋はきっぱりと頭を振った。
「いいや、少なくとも表立った告白は全くのゼロだ」
「はあ? 嘘つくなよ、幾ら何でもアプローチが全くないなんて事が……」
「彼氏がいるんだよ、彼女。だから表立ってアプローチする奴は一人も居ない」
「な、なるほど……」
「とはいえ、裏でどんな恋の鞘当てが起こってるかまでは俺の預かりしるところじゃないけどな」
樋橋は本当に興味のない態度で呟く。どうやらコイツにとっての恋人は特撮しかないらしい。
まあ、ある意味こいつはこいつなりのやり方で人生を楽しんでいるということらしい。