第一話 出会いは中二病の味
初です。よろしくお願いします
日常から非日常への移り変わりなんて意外に呆気ないもんだ
皆が気がつかないだけで、非日常はいつも大口を開けて俺達を待っている。
……俺だってそうだった。
カリ……カリカリ…………カリカリ
部屋の中に不規則に刻み付けるかのようなシャーペンが書き込む音が聞こえている。
「……ふぅ、だいたいこんなもんだろ」
そう言うと俺は筆を休めて腕に伸びをいれ、背もたれに体を預けた。
立秋も過ぎ、残暑もひいてやっと過ごしやすくなったある日の夜。
俺は珍しく数学の予習というものをやっていた。いつもは帰ればすぐにベッドへバタンキューな俺であるが、今日は休日ということもあり午前中はずっとベッドで眠っていたのだ。
そんなわけで過剰な睡眠のツケで眠れなくなっていた俺の目に、たまたま二年になってからまだ一回も書き込んだこともない我が数学の予習ノートが目に留まり、普段は全くやらない予習というものをやっていたというわけだ。
「15ページ……結構やった気がするな。どれどれ…?」
ふと時計のほうに目を向けると時計盤上で短針は2、長針は8を僅かにまわっていた。
「もうすぐ3時か、道理で肩も凝るはずだ」
と、独り言を呟きながら今度は首を逆に回し、窓のほうに顔を向ける。
流石にこの時間では車のエンジン音も聞こえることもなく、どこかの草むらに住んでいる鈴虫の声が聞こえるだけという、まあ寂れた住宅地の深夜には珍しくも無い光景が窓ガラス越しに映っている。
「鈴虫の声。そうか、もう秋になるんだな」
そんな柄にも合わないことを言って、珍しくセンチメンタルな気分に浸る。これも秋だから為せる技だろうか。
もういいだろう。そう思って俺はスタンドの電気を消して眠りにつく準備をした。明日は集会だからな、早いところ眠らないと。
ベッドに潜って横になり、うとうとしつつ(あ、古典の課題やってねぇ。まあいいや明日やれば)なんて古典の先生が聞けばすぐにでも怒り出しそうなことを考えていると、
ゴオオオオオオオオオオオオオ
という飛行機のエンジン音みたいな音が俺の耳に飛び込んできた。
「ムニャ……なんだよ、一体」
何の気なしに横になったまま頭だけ窓に向かせて外をのぞいてみる。
そこには眩い光を放つ球形の何かが、今まさにこの町に落ちようとしているところであった。
「い……隕石か!? やべえ、あんなの落ちたらただ事じゃすまねえぞ!」
ベッドから跳ね起きた俺は、もう眠気なんか吹っ飛んで隕石(?) が落ちるのをただただ見ていた。
本来なら逃げるべきなのかもしれないが、その時の俺はこの町に隕石が落ちてくるといった、なんとも非日常な光景に圧倒されていた。それこそ逃げるなんていうことなんざ忘れてしまうくらいにだ。
……やがて隕石(?)はそのまま隣の家に隠れてしまうほどに高度を下げ、そのまま姿を隠してしまった。
そのころになると俺の意識は自分の置かれた状況がようやく認識できる程度までには回復していて、逃げるには遅すぎるとコンマ2秒ほどで気付き、花柄の布団に《頭隠して尻隠さず》的な格好でくるまり、迫り来るであろう衝撃に備えた。
だが、待てども待てども地震はおろか落ちた音すら聞こえやしない。
「……なんだ? 何も起きない……のか?」
そのまま待つこと五分、すでに日本どころかロンドンでも飛んでるんじゃないか、と思うぐらいの時間が過ぎたところで俺はようやく布団から出た。
いまいち頭の中が混乱している。ひとまず状況整理だ。
Q 先ほどのアレは本当に隕石だったのだろうか?
A それは考えられない。衝撃が全くこないというのは質量のある落下物ならおかしい。
Q それでは、落ちた中心からここまで距離があったり隕石が小さかったという可能性は?
A それも考えられない。あの輝きで遠くの空を飛ぶ隕石だとしたらあまりにも巨大すぎるから衝撃も甚大なものになるだろうし、近くの隕石だとしたらこの閑静な住宅街でも全く騒ぎの音がしないというのはおかしい。
Q だとすればあれはなんなのか?
A 確かめるしかないだろ。
というわけで、只今俺は隕石が落ちたであろう場所に向かって目下、自転車を走らせているところだ。
それにしても、あの隕石がひょっとしたらUFOでもし異星人とかが漂着したりしていたらどうしよう。やっぱキャトルミューティレートとかされたりアブダクションされたりするんだろうか。
それとも隕石から出てきたのが人型でしかもどこかの対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースばりの美少女で、友達になってとかいわれたりしたらどうしよういやあ参っちまうなちくしょうめ。
などと馬鹿なことを考えているといつの間にか眼前に電柱が近づいているのが見え、2秒後には地面と熱い接吻をする羽目になってしまった。猛省。
しばらくいくとようやく目的地の二見山が見えてきた。
この山も小学校の遠足で登ってから随分久しぶりに上ることになるが、まさかこんなことでまた登ることになるとは夢にも思わなかった。
あの時は水筒と弁当としおりしか入っていないスカスカのリュックを背負って運動靴でエンヤコラと登ったものだが、今の俺は手ぶらにスニーカーでひょいひょいと登っている。
こうしてみると自分の体力がついたことを実感する。あのとき俺を散々苦しめた川もいまでは石の上をホップステップジャンプで一飛びだ。いやはや、時の経過ってものはすごいものだ。
と、古きよきノスタルジックな気分に浸りながらあるいていると、目の前の竹やぶが光っているのに気付いた。
なんだあれ、かぐや姫でもいるのか。
そう思った俺は竹取の翁の如くあやしがりて寄りて見ると――――
――――そこには龍が横たわっていた。
……いやいや、いくらなんでもそんなことはあるまい。
だって君、龍といえば想像上の生き物ですよ? 見ることがあるとしてもドラクエやFFの中でのことだ。
どこかの科学者が光学ディスクを三次元上に再現する機械でも発明してたらというなら話は別だが、そんな話はいままで聞いたことも見たことも無い。
きっと倒れた木を見間違えたか、プラズマか何かだったのだろう。そうだそうだそうに違いない。そう思って目を擦ってみてみると――――
――――そこには龍が横たわっていた。
……いやいやいやいやいや(以下略)。
おかしい、確かに眠気は醒めていたはずなのに一体いつから俺は眠ってしまったのだろうか。
ああそうだ、きっと布団にくるまっている時に眠ってしまったんだ。
そうとわかれば話は早い。早いところこんな夢をやめて、いつかみたハーレムの夢の続きでも見よう。
そう思って目を閉じ、あのときの夢を思い出してさあもう準備は出来ただろうと思って目を開けると
――――そこには龍が横たわっていた。
……いい加減俺も現実を受け入れる時間が来たようだ。
目の前に横たわっている長さ約五mほどの物体はまごうことなく小さい頃に絵本で見た剣と魔法の世界に出てくる龍だった。
よく見ると鱗とかは金属光沢に近い光を反射しているし、顔はここからでは良く見えないがあの口の大きさは人一人ならまるまる呑み込めそうだ。
やっぱり何処から見ても普通の生物には見えない。
――さて、唐突だが皆さんならこんな状況のときどうするだろうか。
詳しく言うのであれば目の前にいままで絵本や小説、マンガの中でしか見たことのなかった伝説上の化け物が眠っているような状況だ。
いつもの俺なら『にげる』コマンド一択だっただろう。だがその時の俺は、その、なんというのだろうか。目の前の龍の美しさに圧倒されていたのだ。
月の光の美しさを何倍にも増して反射させているかのように輝く鱗はまるでいかにも幻想的だったし、華麗な曲線を描く胴体は思わずほう、ため息をついてしまうほどだった。
そんなわけで俺は目の前の異常事態に対して別段驚くことも無く、ただただ目の前の龍を呆然と見つめているだけなのであった。
……だから目の前の龍が不意にその体を起こし始めてもそのまま突っ立っているだけで特に逃げ出すことも無かった。
……今にして思えばなんであの時逃げ出しておかなかったんだとも思うが。
起き上がった後、四肢を使って立ち上がった龍はいきなり周囲を確認するかのように首を回しだした。
そうするとどこかで隠れた見ていたわけでもない俺は当然見つかることになる。いわゆる第一次遭遇って奴だ。
俺を見つけてからの龍の動きは迅速且つ的確なものであった。龍はその巨体からは想像もつかない速さで俺の方へ駆け寄り、そしていわゆる『たいあたり』というものを仕掛けてきた。
「おわっ!?」
ボケーっとつっ立っていた俺は、悪代官に帯を回されて「あーれー」などとすっとぼけた声を出す舞妓の如く、為すすべもなしに押し倒された。
「イ、イテテ……何なんだよ一体」
「―――――――――? ―――――――――」
唐突に龍のほうは俺に顔を向けて、今まで聞いたこともない発音を発した。数拍置いてこいつは俺に話しかけているんじゃないかということに気付き、そこからまた数拍置いてようやく俺は
「ほ、ほえ?」
とアホ丸出しの返答をした。
だが龍のほうも俺の言葉が理解できなかったらしく(とはいっても俺の返答が言語になっていたのかというのは甚だ疑問なところではあるが)、目を細めるとそのまま俺の体から退いた。
そうなって初めて俺は龍の顔をじっくりと見ることが出来た。
龍の目は綺麗な琥珀色で、いつか家族ぐるみの日帰り旅行でみた木の化石みたいな落ち着いた輝きを放っている。赤色の毛並みは秋風にかすかに揺らめいてそのたびに月の光を淡く反射していた。
やっぱりこの世の生き物には見えない
「――――――――?」
唐突に龍は語尾にクエスチョンマークをつけるのが適当と思うイントネーションで俺のほうに話しかけてきた。
無論俺の方は龍が何をいっているか全く意味が分からないのではあるが、龍が俺の様子がおかしいと思ったという事だけは気付いた。
実際は龍に見とれていただけなのであるが少し小首を傾げているように見える龍の様子がおかしくて、思わず
「ふ、はは」
と笑ってしまった。俺が笑っているというのが龍のほうにも伝わったのか龍のほうもその口元を軽く歪ませて微笑んだ……ように見えた。
と、そのときだ。不意に龍の目が見開かれたのは。
俺はいきなりの龍の様子の変化に驚いてしまい、とっさに首だけ後を振り向いた。
――――今にして思えば何処からが今の俺の運命を決定付けたのだろう。龍を見つけたことだろうか。あの時裏山に行ったことだろうか。はたまた落ちてくる光球をみたことだろうか。それともあの時数学のノートを見つけたときからなのだろうか。
少なくともあの時、後を振り向いた時には俺の運命は決定付けられていた。そう断言してもいい。
異形といえる存在がそこに立っていた。
下から見ていくと足が二本あるということで一瞬人間かとも思うが、普通の人間には手は六つもない。
ただ体全体がなにか甲殻類みたいなデティールの鎧で囲まれているというところと、顔の上半分に蜘蛛を意匠にしたのかと思わせるマスクが覆っているその顔からは昔の後楽園遊園地や日曜朝からやっている戦隊ヒーローを悪役っぽくリファインしたようにも見える。
というかこいつ、雰囲気は完璧に仮面ライダーに出てくる蜘蛛男だな。面倒だからこいつのことは今後、蜘蛛と呼ぶことにしよう。
「任務開始。目標―――――及び、目撃者補足。両者への攻撃に移る」
ステレオ音声みたいな音声多重の声で蜘蛛は唐突にそんな言葉を発した。
は? と俺が疑問の言葉を言う間も無く、蜘蛛は六つの腕の一本を振り上げる。
――それとほぼ同時に龍の方は俺の方に駆け出し、虎になった李徴もびっくりといった速さで俺に体当たりリバイバルを敢行してきた。
展開についていけない俺であったがのしかかられて身動きが取れない状態を脱し、いままで俺たちがいた所を見るとその周りの木々が高さ1mほどのところでぱっくりと割れていた。
「嘘だろ……」
思わず間抜けな声を出してしまうくらいその切り口は見事だった。おそらくチェーンソーを使ってもこの切れ味は出せまい。
そんな事を考えていると、龍は突然前足を使って俺をその背中に乗せ、駆け出した。
「ちょ、おま、待てって、おい、うわ、うわ、うわあああー!?」
文句の一つを言う間も無く、俺は揺れる背中から振り落とされないように必死でゆれる方向と反対方向にふさふさ揺れ動く毛を掴み耐えた。
「―――――、逃げる気か。逃げても何処までも追って殺すだけだ。早くでてこい」
後から聞こえてくる物騒な声。どうやら蜘蛛の野郎も後ろから追っかけてきているらしい。しかし裏山のような悪路では4WDのほうが優れているのかどうか知らないが俺達は何とか蜘蛛を撒くことに成功した。
「……で、なんなんだよ。お前ら。」
身を隠した藪の中で俺はひそひそ声で龍に問いかける。伝わらないのは承知の上だがこうも一方的に巻き込まれたとなると文句の一つも言わないと気がすまない。
「―――――? ――――――――」
相変わらず発音の分からない言葉で返答をする龍。一体ソレは何語だ? エスペラント語か? フギ語か? チヌーク・ワワ語か? そもそもその発音は人間には発音不可能だろ。
「――――――、――――――――――――――――――」
だからなんなんだその発音は。特に最後の言葉に至っては「き」と「ぴゅ」の中間の発音にしか聞こえなかったぞ。口の中でどんな風に舌使ってんだ?
「おい、取りあえず日本語でOK」
だ。と言い切ろうとしたところで不意に龍に再び押し倒され、口を前足で押さえられた。
痛い痛い爪当たってるというか刺さってるって痛い痛いやめろやめなさいやめいやめよやめてください!
……そう叫ぼうとフゴフゴとうなっていたが、突然物陰から声が聞こえてきたため、それに耳を済ませる。
「ここだ。ここから声がきこえた。ここに―――――はいる。」
さっきの蜘蛛だ。あいつ俺たちの声に感づいてここまでやってきやがったんだ。どうする、逃げようにもこのままじゃ立ち上がった瞬間にあの木みたいに真っ二つだ。
万事休す。と思って龍のほうを見上げると龍のほうも龍のほうでなにか迷っているようだった。
考えて見れば、さっきから蜘蛛の奴が言っている言葉で唯一不明瞭だったあの「―――――」という単語は、もしかしたらこいつの名前なのかもしれない。
あんな化け物に狙われるなんてこの龍も災難だなと場面に合わないことを人事ながら思っていると、龍は決意を固めたかのように俺の顔を見つめた。
すると驚くべきことに龍の体の形が唐突に崩れ始めた。
「え、え、え、何? 何なんだ、お前!?」
疑問を口にする間も無く崩れてスライムみたいにぐにゃぐにゃになった龍はその体で俺を包み始めた。
「おい、何すんだよ! やめろ、何だってんだお前!!」
俺の必死の抵抗もむなしく、既に下半身はおろか上半身も包み始め、四肢は既に身動き一つ取れなくなっていた。
「や、やめろ! 俺を取り込むつもりか。そうはいk……モガモガ」
ついに最後の防衛線であった口までもが飲み込まれ、俺の体はとうとう完全に龍に包まれてしまった。
包み終えて一拍もたたないうちに俺の脳の中に何かが流れ込んできた。言うなればそれは視線のようであった。まるで俺の心の中を覗き込んでくるかのように、それは脳内を舐め尽くすように見つめてくる。
しばらくするとその一方的な観察も終わったようで、中に流れ込んできた何かも俺の中から出て行った。
『……ふむ、だいたいの言語体系はつかめたな。後は憑着だけか。』
唐突に俺の頭の中に明らかに俺じゃない誰かの声が聞こえてきた。この声は……女?
誰だお前。まさかあの龍か?
ほう、といった感嘆の声の後
『なかなか察しがいいな。いかにもそのとおり。私は憑着体ドラゴンタイプ、――――だ』
……すまん、誰だって?
『――――だ。お前たちの発音に準拠するのであれば……さしずめドラクールといったところか』
先ほどの理解不能の発音が嘘のように、なんとも流暢な日本語でこちらに語りかけてくる。
『それはそうだ。なにせお前の頭の中から日本語という言語体系を読み取ったのだからな。後、英語という言語体系もあったが、こちらは使い物にならなかったので捨てた』
勝手に人の心読んでんじゃねえ! というか英語ができないのは余計なお世話だ!!
……と叫びたかったが哀しいかな、如何せん今の俺はこいつに包まれている状態だ。俺の魂の叫びはフゴフゴという言葉に変換されて中に響いた。
『そんな風に話そうとしなくとも心の中で思っただけで話は出来る』
ああそうかいそうかい、つまりこの状態ではプライバシーもへったくれもないってことか。
『まあ、そういうことになるな。安心しろ、慣れれば不可侵領域ぐらいは作れる』
……なんだ、完全に同じというわけでは無いのk……ちょっとまて、お前は誰だ。慣れればってどういうことだ。この状態をいつまで続ける気だ。そもそもお前は俺を一体どうするつもりだ。ていうかあの怪奇蜘蛛男は一体誰なんだ。
いままで溜まっていた疑問が一気に頭に浮かぶ。
『些か質問が多いな、まあいいだろう。まず最初の質問だが、私はこの世界とは異なる世界「アルマティア」からやってきた憑着体という存在だ。
あの蜘蛛男もスパイドルというタイプスパイダーの憑着体の1人。
次に慣れればというのは、憑着を繰り返すとお互いの精神の違いがはっきりと出てくるので、混ざることの無い精神が混ざらない所が出てくる、そういうことだ。』
そういうと龍は一拍おいて
『そして、これからどうするかということだが……お前には私と共に戦ってもらいたい。あのスパイドルと』
と、一気に言った。
正直この説明を聞いただけでどうするべきか分かるやつがいたらそいつは相当な状況判断能力の持ち主か、その場のノリだけで生きてるようなやつだろうと思うのだが。
……ていうか憑着ってなに? ライナス帝国ってどこの国? っていうか戦ってもらうってどういうことだよ?
『質問したくなるのは分かるが今は時間が無い。いま始めないと奴の接近に間に合わん。いくぞ――――次元憑着!!』
その瞬間俺を包んでいたドラクールの体が小さくなっていく。
というか……なんか俺の体にフィットしてきてないか? まるで鎧みたいになってきてるし。
『次元憑着だ。これを行うと憑着体は適正者の体を守る鎧に変化する』
へえ、そうなんですか。畜生、かってに展開進めやがって。こっちはさっきからそっちが言ってる言葉の半分も理解できねえよ。
……ん? ちょっと待て。お前が俺にくっついている以上俺はあの蜘蛛に追いかけられ続けるっていうことか?
『飲み込みが早くて助かるな。つまりはそういうことだ』
何軽く言ってやがる! 冗談じゃない、速く俺を解放しろ!
『残念ながらそれはできないな。この憑着は周囲100m以内の敵性憑着体がいなくなったときか体内水分量が25レビュート以下になったときしか解除不可能だ。』
またまた出ました正体不明のゴドーワード。こんどは何かの単位らしいが少なくとも知ってる単位に換算ぐらいはしてほしいもんだ。しかし、俺はガンジーのごとき忍耐で、湧き上がる不満をぶつけるという行為を我慢し 質問をするだけという友愛極まる行為をとるだけに留めた。
(……レビュートって一体何リットルだ)
『ちょっとまて、今、換算する……およそ32リットルといったところか。ちなみに今の時点で29レビュートほどある。大体、45リットルほどだな』
いったいどれだけ水分を消費すりゃいいんだよ。なんてこった、結局俺に残された選択肢は「戦う」しかないって事じゃないか。
『そういうことだ、観念するんだな……おい、いつまで寝転がっている気だ? 憑着はとっくにすんでいるぞ』
それが自分の代わりに戦ってもらう人に対する態度か。と文句の一つでも言おうとしたが、ドラクールの言葉に気がつき、自分の体を改めて見てみると俺の体は龍の鱗のようなもので覆われていた。
とはいえいわゆるリザードマンのソレではなく、どこかしら昔のヒーロー物を思わせる格好である。
「これが……俺?」
自分でも気がつかないうちに声を出していた。この飾りをつけたフェイスフルヘルメットみたいなのはどうやら声の通しは抜群らしい。
『そうだ。それがお前だ。さあ、早く立ち上がれ。どうやらスパイドルにはもう気付かれたようだ』
え、と思うまもなくワイヤーのようなものがこちらに向けて一直線に飛んできた。さっきは気がつかなかったが、きっとアレがあの蜘蛛の武器なんだろう。
とか言ってる間にワイヤーはどんどんこっちに飛んできている。ヤバイヤバイ当たる!!
「のわああああ!! し、死ぬ!」
とっさに地面を横に転がって回避する俺。
間一髪なところで回避に成功するのと同時に、横に立っていた木がスパッという心地よい音と共に切られ、時代劇の斬られ役よろしく一拍遅れて俺と反対側に倒れた。
「さっきの木を切ったのって……あのワイヤーか?」
『そうだ。あれがスパイドルの得意技“変幻自在な鉄鋼糸”だ。単一分子でできたワイヤーは切れないものが無いし、やつはあのワイヤーを念動力で操ることでどんな状態からでも対象を切り刻むことが出来る。
本来は屋内で見えないように暗殺するというのが奴の専門だが、今回は屋外で月も出ている分ワイヤーに反射して見える分戦いようがあるな』
「……あまり救いにはならないな。要はあのワイヤーに触れた瞬間バラバラって事だろ?」
『確かにそれはある。とはいえ、こちらとて無防備というわけではない』
「なんか武器でもあるのか?」
『ああ、わが一族に伝わる伝家の宝刀だ。奴らにとっては最終兵器と言ってもいいな』
なんだ、そんな物があるのなら早く言ってくれればいいのに。
あの蜘蛛に対抗できるのなら大層な武器なんだろう。その武器とやらでちゃっちゃとあの蜘蛛をやっつけちまおう。そしてその後はこのヘンテコな龍の鎧を脱ぎ捨てて、家の暖かいベッドに戻るんだ。
「何でもいいよ。その伝家の宝刀とやらを早く出してくれ」
『良かろう。ではこう叫べ、“アルマセイバー、マニフェステーション!!”。言ってみろ』
「………………は?」
いやいや、何を言ってんだこいつは。というか、何を言わせようとしてんだこいつは。なにがアルマセイバーだ。なにがマニフェステーション!!だ。そんなこと思春期真っ盛りの純粋な17歳の高校生が大声で言えると思ってんのか?
「ふざけんな、そんな馬鹿げたセリフ言えるわけ無いだろ」
『これは提案ではない、命令だ。とっとと言わないとお前も私も死ぬことになる』
「だからってそんな恥ずかしいセリフを……」
『躊躇している時間はない。ほら、来るぞ』
「え、来るって……うわ!」
再びとんできたワイヤー。俺は右向きに素早く倒れてそれをかわす。一瞬遅れて後の木々が、バタバタといった擬音が似合う様子で倒れていく。
心なしかさっきより飛んでくるスピードが早くなっている気がする。そう何度も避けてはいられないということらしい。
「くそったれ…………おい、そのセリフってどうしても言わなきゃならないのかよ?」
『ならないな。この状態では戦闘時の能力の発現は全て音声認識で制御される。何事も大声で言わないと発動しない』
なんとも悪趣味な設計をしていやがる。設計者出て来いよ、鉄拳の一発、いやラッシュくらいはあげてもいい。
いや、こいつ自身が鎧になったって事はこいつが設計者……なのか?
……なんて考えてる暇はない。今は我慢のときだ、堪えろ、堪えるんだ! 俺!
「く……ア、アルマセイバー……あ、あれ?アルマセイバーの次って何だっけ?」
『“アルマセイバー、マニフェステーション”だ。とっとと言わないと次の攻撃が来るぞ』
何様なんだこいつは。しかしちんたら文句をいっていたらあのワイヤーで一刀両断。ここは文句を飲み込んであのクサいセリフをいうしかない。……無茶苦茶悔しいが。
「ア……アルマセイバー、マニフェステーション……」
ボソッといった感じでなんとか言った。いい歳して何やってんだ俺は。しかしこうでもしなきゃ武器が出てこないというのだ。俺が出来うる最大限の譲歩といえよう。
……しかし待てどもはがねの剣どころかこんぼうすら出てくる気配が無い。時間がたつにつれて膨れ上がる恥ずかしさで体がはちきれそうだ。
「おい………言ったのに出ないとはどういうことだ」
『何を言っているんだお前は。私は“大声で”言えといった筈だが?さあ、もう一回、今度は大声で言ってみろ』
「ふざけんなぁ! あんな恥ずかしいセリフ大声で言えるわけ無いだろうが!」
せっかく人が恥を忍んでいってやったのにこいつは何を言っているんだ。
あんなセリフを大声で言って誰かに聞かれでもしたら、その時はあの蜘蛛のワイヤーで肉体的に殺される前に社会的に抹殺されるに決まってんだろ。
とか文句を言ってもこいつは
『そんな些細な事を言っている暇はない。今の私たちは一蓮托生、文句は終わってから聞いてやる。ここは堪えてくれ』
なんてことぬかしやがる。
ああ畜生、何で俺はこんなことに巻き込まれているんだ? 俺はただ裏山に何が落ちたか知りたかっただけなのに、いつのまにかヘンテコな鎧着せられて、これまたヘンテコな蜘蛛男と命を懸けて戦うことを強いられて、尚且つ中二病も真っ青な言葉を大声で叫ぶことを強制されるなんて一体いつ誰が想像ついただろうか?
いるんだとしたらそいつは相当想像力が豊かな奴だな、どこのジョン・レノンだよ。
……とか意味の分からんことを考えていたらなんか吹っ切れてきた。どうせ言わなきゃずっとこのままなんだろ? ああもうこうなったらヤケだ、言うよ言ってやるよ言えばいいんだろこの野郎!
「こんちくしょう!! ゴ、アルマセイバー、マニフェステーション!!!」
言った。言っちまった。言ってしまいましたよお母さん。
ああ、今が深夜で良かった。願わくば誰もここに来ていないことを願うばかりだ。
というか言ったら言ったで先ほど以上の恥ずかしさがこみ上げてきた。
なんだか猛烈に穴に潜りたくなってきた。出来れば底がマグマまで通じていて、入れば細胞単位でドロドロになる奴が良い。
俺が深い後悔にとらわれていると急に俺の左手が輝き始めた。光はそのまま棒状に伸びていき、やがてその輝きを失った。後に残ったのは……剣、なのか?
「これが……武器、なのか? アルマセイバーとか言う」
『そうだ、これが私とお前を守る剣、アルマセイバーだ』
見ると刃渡り120センチほどの無骨な意匠の両刃の剣がしっかりと俺の左手に握り締められている。
重さとしてはおもちゃのプラスチックの剣と本物の鉄で出来た剣のちょうど中間といったところだろうか。たしかな重量はあるが片手でも扱えそうな感じだ。
「思ったよりは軽い……けど、折れたりはしないだろうな?」
『安心しろ。これはアルマティウムという軽くて丈夫な金属をつかってある。そう簡単には折れんよ、多分』
最後の単語に一抹の不安が残るが、今はこれに頼るほか無いというのも確かだ。とりあえず今は騙されてみよう。
「それならいいんだが……て、あれ? あの蜘蛛はどこに言ったんだ?」
気がつくと先ほどまでいたはずの蜘蛛がどこにもいない。もしかして隠れちまったのか?
『不味いな……奴の真骨頂は暗殺だ。姿が見えなくなったということはここからは奴は本気でこちらを襲うということになる』
「嘘だろ……」
ただでさえ恥ずかしい思いをしたってのに肝心の敵がいないなんて、これじゃただの言い損じゃないか。
「どこに隠れたのかわからないのか?」
『生憎、今の私の状態では座標感知の能力は使えん。こうなった以上はトラップに気をつけつつ探すしかないな』
さらりととんでもないことを言ってくれる。
暗殺のプロが仕掛けたトラップに気をつけつつそのトラップを仕掛けた奴を探せだなんて、こいつは俺が特殊部隊か何かに見えるのだろうか? 市井の高校生にそんな事が出来るはずがない。
「んなことできるかよ。暗殺が得意な奴が相手だってのに」
『しかし何度も言うようだがそうしなくては……』
「……ああはいはい、分かってるよ。あの蜘蛛の糸で真っ二つなんだろ?」
怒鳴ったら冷静になったのか、俺は自分の置かれた状況を整理できるようになってきた。
さっきはああ文句は言ってみたもののドラクールに言われなくとも自分のおかれた状況は分かっているし、巻き込まれた形とはいえあんなセリフを言ってしまった以上は乗りかかった船だ。
一応、最後まで付き合ってみよう。
というかこのまま諦めたんじゃ俺だけセリフの言い損だからな、ここからはとにかく俺の羞恥心と蜘蛛との根競べだ。
「……しょうがない、とにかく探すしかないな」
……とは言ったもののどうやって探すか今の俺には皆目検討が付かない。なにしろあの蜘蛛の鎧は微妙に黒っぽくて茂みや葉っぱの間に隠れられたら簡単には見つからないだろうし、月の光だけが頼りというのが何より心細い。ブルーベリーでも食べてくれば良かった。
とりあえず慎重に足を進ませ、ドラクールの助言で地雷探知機のように手に持ったアルマセイバーを振る。
ドラクール曰く、こうしておけば簡単にはワイヤーのトラップには引っかからないだろうということらしい。
しかしいろいろ探してはいるが蜘蛛の影も形も見つからないだけじゃなく、アルマセイバーにワイヤーが引っかかった感触すら一度も感じられない。
これは一体どういうことだろうか。こんなふざけた格好でふざけたことをずっと続けろとでもいうのか?
痺れを切らした俺はとうとう文句を言った。
「……引っかからないな」
『そうだな』
「そうだな、じゃねえだろ!これじゃ一体どこから攻撃が来るか分からないじゃねえか!」
『静かにしろ、今大声を出せば蜘蛛に位置を気付かれるぞ』
「~~~~~~~~!」
俺の文句は既に言葉にならない。
もう我慢ならん。つい十分前に言った言葉、撤回しよう。
さっきからやること為すこと全部まったく意味が無いじゃないか。さも自信満々に言っているが本当にこいつに任せて大丈夫なのか俺は。
……いや、大丈夫なはずが無い、こんないい加減な奴に命を預けられるか。
やってられるか! 俺はもう降りるぞ。自分で勝手にやればいいんだ。
そう言おうと口を開いたその瞬間、ドラクールの叫びが頭の中に響き渡った。
『伏せろ!』
ドラクールの言葉と同時に、アルマセイバーに確かな手ごたえを感じる……や否や、いきなり俺の体は浮き上がり、後ろの木に叩きつけられた。
「グッ!?」
背中がしたたか打ち付けられて非常に痛い。まるでバットで背中を思いっきり殴られた感じだ。
『しまったな……もう既に私たちは奴のテリトリーに入ってしまっていたらしい。おそらくここからはワイヤートラップだけじゃなく、念動力を駆使した変幻自在な鉄鋼糸を使ってくるだろう』
「ぐ……ま、マジかよ……」
痛みをこらえてなんとか立ち上がった途端、胸についている龍の形のエンブレムが赤色に点滅し始めた。
この点滅、なにやらすこぶる悪い予感がするんだが……
『更に悪い知らせだ』
予感的中。全く嬉しくない。
「……なんとなく予想がつくが聞いてやろう。何だ?」
『水分が不足し始めた。あともう少しで25レビュートをきる』
やはりそうか、つまりこのエンブレムはカラータイマーみたいなものらしい。
「ちなみにその量をきるとどうなるんだ?」
『五分ほど体が動かなくなり、その後憑着が解除される』
つまり五分間全く無防備ってことじゃねえか! マズいぞ、相手の場所も感知できてないってのにエネルギー不足だなんてシャレにならん。
「なんとか補給できないのか? その、水分量ってやつを」
『水を体に触れさせればいいんだが……雨を期待しようにも生憎今は晴れている。このままでは本格的にピンチだ』
なんでそんなに冷静なんだお前は。今の状況を整理するとこんな感じなんだぞ。
①現在俺たちは蜘蛛のトラップ場の中にいる
②蜘蛛の姿はこちらからは確認できていない
③こちらの武器は中途半端な長さの軽くて丈夫なだけがとりえの剣一本
④蜘蛛を探そうにも残りの活動エネルギーである水が無くなりかけている
どんな詰め将棋だこれは。いや、むしろ詰められかけてるのは俺等のほうか。後二手あたりで王手飛車取りが来る頃だろう。いや、もはや二手詰みだろうか。
どうする? こんな状況で冷静な判断をしろといってもどうしようもない。
急に心拍数が上がり始める。
ドクドクと心音がうるさい。
かさかさと風で葉っぱが擦れる音がやけに大きく聞こえる。
その音が蜘蛛の体を動かす音に聞こえて少しずつ俺の頭は正常な判断を
『伏せろ!』
不意にワイヤーが飛んできた。
ぼうっと立ち尽くしていた俺だったが、急にかけられた声になんとか反応して身をかがめる。
……しかし、少し遅かったのか飛んできたワイヤーは俺の左肩の鎧を少し抉ってしまった。
『ぐっ!』
ドラクールの悲痛な声が聞こえる。
「お、おい、大丈夫か?」
そういえばこの鎧はドラクールが変化したものだった。つまりこいつは身を挺して俺を守ってくれたわけか……。
『つまらない心配をするな。今はこの状況の解決策を考えろ』
帰ってきたのは相変わらずの無愛想な返答。しかし、その声は心なしか震えていた気がする。
二度目の「どうする?」だ。このままでは二人ともなぶり殺しになってしまう。
早く蜘蛛を見つけなければ…………しかしどうすればいい? 探そうにもこの暗く広い森じゃ探すのに時間が掛かってしまうし、そのために残された時間は少ない。
せめて水を補給できれば…………
ん、水?
「……そうか! あの場所があったじゃないか!」
そう叫ぶと同時に、俺は走り出した。もうトラップが来ようが何だろうが関係ない。避けながら進まないとどっちにしろ間に合わないしな。
走る速さがいつもの俺よりも早い、通常の三倍ぐらいの早さだ。べつに赤くペイントしてないし、頭にツノもつけてないのに急に早くなったのはこの鎧のおかげだからだろうか?
『ちょ、ちょっと待て!一 体どこに向かっているんだ!?』
問いかけてくるドラクールの慌てている声もこの際無視だ。
セリヌンティウスの元に向かうメロスの如く、風を切りつつ走り続けていると30秒ほどしたところで目的地が見えてきた。よし、後五メートルぐらいだ。
そう思って最後の跳躍をしようと足を踏ん張ったその瞬間。急に体の動きが遅くなった。
……いや、違う。体が。重い。間接が。硬い。くそ。後。後一歩なのに。体が。動かない。
『不味い、エネルギー切れだ!』
そういうドラクールの声もどこか遠くに聞こえる。
背中から何か風の切るような音も近づいてきた。
ワイヤーが飛んできたのだろう。ドラクールが警告の言葉を言っているような気がするが、どこか遠く聞こえてよく分からない。後十秒たらずで上半身と下半身が永遠の別れを告げてしまう。
ここまで来たってのに最後はエネルギーが切れてワイヤーで真っ二つか、冴えないな。……正直未練ばっかりだ。
こんなことに巻き込まれてわけも分からないまま最後はあんな蜘蛛の化け物にやられてしまうなんて悔しくてしょうがない。だが……体はどうにも動きそうに無い。もう駄目だ……力が抜けていく……
そう思って完全に体の力を抜こうとした瞬間。
『……うおおぉぉぉーー!!』
いきなり意識を震わせるかのようなドラクールの叫びと共に、俺の体が後ろに振り向く。
その手はアルマセイバーを握ったままで、ワイヤーのほうにまっすぐ向けられる。
何だ? どうして体を動かせるんだ? そんな疑問もそのままにアルマセイバーに絡みついたワイヤーは俺の体を力強く後ろに飛ばす。
そのまま俺の体はほんの二分前に味わった浮遊感を再び味わうことになった。
数拍程の無重力体験、その後に落下開始
俺の目的地だった“ここに来るときに渡った川”が視界いっぱいに広がる
……着水
俺の体が落ちきると同時に、辺りに水面に何かが叩きつけられた音が響き、50センチほどの水柱が立った。
倒れた俺の体に水が入り込んでいく感覚が染み渡る。最後に体が動かなくなったのには参ったが、ドラクールのアシストでなんとか助かったというところであろうか。
『そうか……お前の目指していたところはここだったのか』
「ああ……それに、しても、お前、体、動かせたのかよ」
息を切らせながらなんとか先ほど思った疑問をぶつける。
『力技だがな、おかげで水分が全部無くなって死ぬところだった』
「……そりゃまたご苦労様」
礼を言おうかとも思ったが先ほどまでの展開を考えると癪なので黙っておくことにする。
当の本人は何も礼がないことに息を鳴らしてることから不満のように見えるがな。この世の全てはギブ&テイク、礼を言うのはそっちが礼を言ってからだ。
そのまましばらく川に浸かっていると先ほどのエンブレムが今度は青色に輝いた。
「おい、この青色はなんだ?」
『モードチェンジ可能のサインだ』
また意味の分からない単語が出てきた。何だよ、モードって。ウルトラマンコスモスかよ。
「モードチェンジ? 何だそりゃ?」
『今のこの状態、まあ私はモードミズチと呼んでいるんだが、それは不完全な憑着、いわば制限された状態だ。水分量が一定を越え、モードチェンジすることによって完全な憑着になる』
「その完全な憑着ってのをするとどうなるんだ?」
『様々な点でパワーアップをする。例えば今の状態では身体能力は通常の三倍程度だが、モードチェンジをすれば軽く五倍は超える』
「なに! そんなお手軽な方法があるなら何でもっと早くそれを言わなかったんだよ!?」
おもわず立ち上がって抗議してしまった。足元にバシャバシャと小さな水音がたつ。
『モードチェンジするには32レビュートの水分量が必要だ。できないことを言っても仕方が無いだろう?』
しれっと言ってくれる。だからといって言ってくれればもっと早く川に飛び込めてたかもしれんのに……
だが、まあいい。今はとにかくそのモードチェンジとやらをちゃっちゃとやってしまおうじゃないか。
「……で、そのモードチェンジはどうやるんだ?」
『簡単だ。いいか、こう言えばいい。ラストフュージョン、モードドラゴン、発動!。ほら、言ってみろ』
…………いや、分かってたよ、うん。これもなんか予想どおりというかなんというか。
まあいい、もう吹っ切れた。そもそも考えてみたらこの格好じゃ顔が覆われているし大丈夫だよな。
なんでこんなことを恥ずかしがっていたんだ。よし、身の安全が分かればいい。ここはいっちょ決めてやろうじゃないか。
「ラストフュージョン、モードドラゴン、発動!」
叫んだ途端に俺の体が青白い光に包まれていく。おお、なんか凄いぞ、背中からなんかはえてきてるし。
光が引いて川の水面を覗くと、そこには先ほどの鎧がよりゴテゴテしくなったような格好をした俺が立っていた。というかなんか翼はえてるし。
『ふむ、やはりこのモードが一番落ち着くな。最近はまともに水を取れなかったし、そもそも憑着自体が久しいから先ほどの形態も何年振りかではあるが』
なにやら1人で感慨にふけっている奴が居るが、このモードになって何が変わったって言うんだ? これだけじゃなんか見た感じゴージャスになっただけという感じが否めない。もっと機能面の強化はないのか。
「それはいいんだけどよ。なにか変わったところでもあるのか、このモード?」
『ふむ……では見せてやろう。これが、私の真の力だ』
そういうや否や、俺の体から、いや、俺の体を覆うドラクールの鎧からなにかオーラのようなものがあふれ出てきた。おいおい、何だこれ? 無我の境地か何かか?
『これはドラゴンエナジー、タイプドラゴンの憑着体だけが持つ特殊な力だ』
みるとオーラはだんだん鎧に纏うかのように、留まっていった。気分としてはスーパーサイヤ人と言ったところだろうか。
「ドラゴンエナジーだかなんだか知らんが……これが一体なんだってんだ?見たとこ煙みたいなオーラが体を包んでいるようにしか見えないんだが」
俺がこのドラゴンオーラとやらに抱いた印象はこれだった。
見た目的にはなんだかすごくなった気もしなくは無いが、これだけでは正直言ってドライアイスのスモークと変わりは無い気がするぞ。
俺はそのもっとこう、なにかあの蜘蛛を一撃でやっつけたり、せめて場所を把握するぐらいの代物を期待していたんだが。
と、そんな要望をドラクールに伝えると、
『ふ』
と一蹴された。
おい、何が面白いんだ。と俺の感情メーターは本日三度目のマジ切れに移行しそうになったが当のドラクール自身は涼しい声で笑いながらでこんなことを言うのだった。
『お前が言ったその二つの事はこのドラゴンオーラで出来る』
ぐ、と次につなげる言葉が急に無くなってしまった。
『何だ、鳩が豆鉄砲喰らったような顔をして。せっかくお前が望んだ情報を教えてやったというのに』
まるで親が帰ってくる前に皿洗いしていたらクレンザーで洗っているのに気付かずに親に怒られて不思議そうにしている子供のような声色だ。
いや、確かにこの情報は正直嬉しいものではあったが人間って言うのはそう簡単なものではないんだ。悲しいけどこれ本能なのよね。
とはいえようやく見つけた希望だ。ありがたく使わせてもらおうとしよう。
「ああ、悪い。礼を言うのが遅れたな。それで一体どうやって使うんだ?そのドラゴンオーラとやらを」
『簡単なことだ。お前、目を閉じて纏ったドラゴンエナジーを遠くに飛ばすイメージを持ってみろ』
イメージ? いきなりのことで俺は戸惑ってしまった。しかしここで迷っていてもしょうがない。というかあの蜘蛛がいつ出てこないとも限らないしな。
す、と目を閉じると気配を研ぎ澄まされる感覚が芽生える。
先ほどまでぼんやりとしか見えなかった体を纏うオーラが閉じた瞼なんか無いもののようにはっきりと輝いて見える。
オーラは静かだが、力強く鎧から湧き上がってきている様はまるでコンビナートの火事のようだ。
神経を落ち着かせてから、さっきドラクールに言われたとおりにオーラを遠くに飛ばすイメージを頭に浮かべる。
すると、先ほどまでは俺の体からただ湧き上がっているだけだったオーラが、突然意思を持ったかのように伸びだして、森の方角へと伸びていった。
『それでいい。そのまま今度は伸ばしたオーラをうねらせてみろ』
引き続き、今度はさっきの遠くに飛ばすイメージから伸ばしたオーラをうねらせるイメージを頭に浮かべる。
案の定伸びたオーラの一本一本元気よくうねりだした。気分はタコの足といったところだろうか。
これは面白い、自分のおもったところにどんどん伸びていくぞ。
……とまあ、俺がしばらく気の赴くままにオーラを伸ばしていたら、不意にオーラの中に影が落ちた。
まるでソナーに引っかかった魚影のようだ。
『見つけたぞ! そうか、木の影に隠れていたか。なかなか考えたものだ』
ドラクールのほうは1人で盛り上がっているが、目を閉じている俺には何のことだかわからん。一体この影の正体は何なんだ?
『この影のことか? まあいい、教えてやろう。お前に映っているその影、それこそがお目当てのスパイドルだ』
この影がか? そういわれてみると影からなにやら細長いものが六本ほど覗いている。これはあの蜘蛛の腕だったのか。
『ほら、ここでぼうっとしていたらまた逃げられる。その前に早く向かうぞ』
言われなくともそのつもりだ、言われるや否や俺は影に向かって駆け出していった。
その途端に俺の体は目の前の木に激突した。
……いや、弁解するが決して俺は前を見なかったわけではないぞ。ただ何というか、走り出した途端に五メートルぐらい先にあったはずの木がいきなり目の前に現れたんだ。
一瞬俺は自分をウサイン・ボルトかと思ったぐらいだ。いや、今の俺なら世界獲るのも不可能では
『何を突っ立ってるんだ。今のお前は身体能力が五倍になっているとはいえ、この状態も長くは続かん。その前に早くあの蜘蛛を捕捉しろ』
……せっかく人が感激に浸っているというのに、だが確かにこいつのいうとおりここで力に酔ってる暇は無い。タイム・イズ・マネー、早いところ終わらせよう。
走っていると所々にワイヤーが張っているのが見える。先ほどまでは見えなかったはずなのだがこれもモードチェンジだからだろうか。
無論俺はアクロバティックを交えた華麗な跳躍でそれらをかわし、着々と影に向かって進んでいく。
しばらく行くと急に開けた場所に出た。
おかしいな、こんなところに広場なんか無かったはずなんだが。
『おそらく、周りの木をいっぺんに切り倒したんだろう。……それにしてもここに来てこの力技、あいつもそろそろとどめを刺しにきたようだな。何処から来てもおかしくない、よく周りを見ろ』
とどめってどういうことだ。と聞こうとした瞬間、足元から急に腕が這い出てきて俺の脚を掴んだ。駄目だ、全く動けん。
『くっ……ここに来るまでに地面に潜ったか。こんな広い広場をつくったのも視線を周囲に向けさせるためとは……狡猾さが増したな、スパイドル』
「そのセリフはお前にだけは言われたくはないな。トカゲ姫」
地面から蜘蛛の頭が出てきた。虫に感情なんてものがあるかどうか知らんが、今のこいつの顔は確実に笑ってる。しかも飛び切り陰険なやつだ。
「見たところすでに憑着はしたようだな。しかしこの状況ではどうしようもあるまい。その依代ごと切り裂いてやる」
グフォフォフォと気味の悪い笑い声を上げる。なんとも癪に障る声だ。
『依代か、そういう扱いしか出来ないのか。お前たちライナスは』
「人間など所詮は俺たちに扱われるのがお似合いだ。俺たち憑着体にとって大切なのは意思の共有などという甘いものよりも完全な肉体支配。人間の考え、意思など邪魔なだけだ」
『馬鹿が、そんな事だから元の世界すら壊してしまったのだ。あの時のことをまた繰り返すつもりか』
「おや、てっきり知ってることだと思ってたんだが……俺たちライナスにとってあの出来事は既定事項なんだよ」
なにやら俺には全くわからんストーリーが、俺の頭の中と足元で展開されている。
何か言おうにも何を言えばいいか全く思い浮かばん。
話している内容はあまり要領は得ないが、整理するとどうやらこいつらは元は同じ世界から来たようだ。それで、元いた世界が滅亡してこっちの世界に逃げてきたということらしい。
しかし、目の前では聞けば相手の頭を疑うような内容の話がされているのに、状況が状況だからか全く驚く気になれない。
それよりもこの足を掴む手を放させることのほうに気をとられてしまう。
「おっと、無駄話はここまでだ。そろそろお前たちには死んでもらう。この状況じゃワイヤーが来ても逃げられんだろ?」
く、やはりこいつはそのために俺の足を掴んだのか。
マズい、こいつ蜘蛛のクセになかなか掴む力が強い。放そうにも難しいぞこれは。おい、ドラクール。この状況一体どうすりゃいいんだよ。
『正直、厳しいな。このままでは数分もしない内に私たちはバラバラだ』
冷静に言ってくれる。まだ十七だってのにこんなことで死ぬのは真っ平なのだが。
『……まあ待て。何も案がないというわけではない』
何だ、案はあるのか。しかし、ドラクールはあまり浮かない声のままで
『しかし、あまりこの案は勧められん。なによりこの策は少々難易度が高くリスクが高い』
「この際難易度がどうとかそういう何の意味の無い事は言ってられんだろ。早くその案とやらを教えてくれ」
俺がそういうとドラクールは観念したのか、説明をし始めた。
『……よし、ではまず最初に背中の翼、それを意識しろ』
背中の翼ってのはモードチェンジしたときにはえてきた張りぼてみたいな外見のやつか? 意識するってのが良く分からんがとりあえず努力してみよう。
『できたか? 次はその翼を上に飛ばすイメージを持て。そしてその翼が宙に浮かぶ光景を想像してみろ』
言われたとおりの光景を想像すると、急に俺の足を中心に半径五十センチぐらいの円が青白く浮かび上がった。
魔法陣みたいな文字こそ無いがこの雰囲気はまさしくマンガで見た魔法陣そのもの。なにやら今回は期待できそうだ、早く次の指示をくれ。
『いいぞ、準備は整った。これが最後だ。そのイメージを持ったままホップステップジャンプで跳べ』
……ちょっと待て、俺は今蜘蛛に足を掴まれているんだが。
『いいから、ホップ・ステップ・ジャンプだ』
前々から思っていたがやはりこいつはバカだ。今の状況が理解できてるのか? こっちはつかまれてる足の感覚が蜘蛛の強力すぎる握力のせいでそろそろ消えてきてきたところだというのにましてそんな力技が
『時間が無い。もう一度だけ言う。跳べ』
あーいかん。そろそろこいつの理不尽な言動に理性がプツンといきそうだ。だがしかし俺は超人的ともいえる精神力でこいつの
『聞こえなかったか?跳べといっている』
プツン
「あああああ! 分かったよ!! 跳べばいいんだろ跳べば!」
そう叫んだ俺は、掴まれている足をそのまま振り上げて跳躍を始めた
「ホップ!」
一歩、右足が蜘蛛の腕を離れて持ち上がる
「ステップ!」
二歩、続いて左足が浮かび上がる
「ジャンプ!」
三歩……目は地面につかなかった。
気付けば俺の体はそれはもう見事に宙に浮いていたのだった。
「こ……これって、まさか俺空飛んでる!?」
『驚いたか? これがモードドラゴン限定の装備、龍天翔翼だ』
驚いたもなにも、生身で宙に浮いたことなんて生まれてこのかた初めてだよ。
『いつまで呆けているつもりだ。来るぞ』
みると、足元で蜘蛛はいきなり飛んだ俺たちにひるみながらも、なんとか地中から這い登って、こちらに腕を向けてワイヤーを飛ばす準備をしていた。
「よし来た。こんどはちゃんとあの蜘蛛に一太刀浴びせてやる」
そのまま蜘蛛に向けて急降下開始。それに気付いた蜘蛛はこちらに慌ててワイヤーを飛ばしてきた。
避けようと体の意識を右の空間に向ける。
と、次の瞬間には俺はその空間に瞬間移動していた。
……あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。俺が右に避けようと持ったら既に避けていた……な、何を言っているか分からないかもしれないが、俺にも何が起きたかわからない。超スピードとか催眠術とかいうちゃちなものじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。
いつのまに俺はデビッド・カッパーフィールドになったのだと恐れおののいていると
『ほう、意心転身まで行ったか。なかなか見所があるぞ、お前』
と、ドラクールに水を差された。
「なんだ? これもお前の能力なのかよ?」
思わぬタネ明かしに俺はすこし驚きつつたずねる。
『そうだ、龍天翔翼を使っての飛行中に限ってしか使えんし、範囲は2mしかない使えん能力だがな』
だがお蔭で助かった。蜘蛛のやつに至っては驚いて目をむいている。よし、相手がひるんでいるこの隙に、このまま一気に決めてやる!
「うおりゃあああ!」
蜘蛛に向かって突撃し、そのまますれ違いざまに蜘蛛に切りかかる。
ブチブチという音や筋が断ち切れる嫌な感触と共に蜘蛛の腕の一本が切れ落ちた。
「グ、グオオオオオオオ!」
背中ごしに苦痛の叫びがあがる。どうやら致命傷には至っていないようだ。
「くそ、まだ倒れないのかよ。仕方ねえ、とどめさし……て………」
振り向いた俺の視界に飛び込んできたのは、腕の傷口から血を流して苦しんでいる蜘蛛の姿だった。その生々しい姿に思わず顔をうつむける。
「おい……ドラクール。あの蜘蛛が流している液体って、まさか」
蜘蛛の姿を極力見ないようにしながらドラクールにたずねる。
『……血だ。お前ら人間に流れているのと同じな』
ドラクールのその一言に危うく俺は手中のアルマセイバーを取り落としそうになった。
「じゃあ、まさかあの蜘蛛の中には……」
『お察しのとおり、人間が入っている。既に意識は無いがな』
「嘘、だろ………」
俺はてっきりあの蜘蛛は見た目から本物の蜘蛛人間型ロボットだかなんだかと思っていた。まさかスパイダーマンみたく中に人がはいっているなんて……
『……この期に及んで逃げ出す気か?』
「ほ、ほかにどうしろってんだ? 俺に人殺しをさせろってのかよ?」
俺がそう問いかけた刹那
「あああああアアアアアア!」
という雄叫びが聞こえた。
思わず顔を上げると腕を一本失って五本の腕しかない蜘蛛がそこにいた。
「まさかよぉぉ。十分前に始めて適正体になったばかりの奴に腕を切り落とされるとは思わなかったぜぇぇ。…………やってくれたなぁぁ! 人間風情がぁぁぁぁ!」
そう叫んだ蜘蛛は、手に持ったワイヤーを飛ばして俺の後ろの木に引っ掛け、ワイヤーの片方を持った手を振り回した。ビュンビュン風が切れる音が俺の周りを包む。
「ちょ、待てって! 危ないって!」
俺はぎりぎりの間合いで避けながら蜘蛛をなだめる。反撃しようにも相手の中に人間がいるとなるとこちらもうかつに攻撃できない。
「ぅうるせえぇぇ!!この俺を傷つけたこと、地獄で後悔しやがれ!!!」
『おい、さっきの話の続きなんだが……』
「ちょっと待ってくれ、今はおっと、こっちの攻撃をよっと、避けるのにそれ、ひっしなんだよ、ほいと!」
言葉だけ聞くと余裕綽々のように聞こえるが決してそうではない。むしろだんだん避けるスペースがなくなってきているからどっちかと言えばピンチといえる。
「オラオラオラオラァ!!いつまで避けてるつもりだMrリザード!?」
……ていうかさっきからこの蜘蛛安っぽいセリフばっか喋ってるな。映画じゃ真っ先に死ぬタイプだ。
「隙ありだぁ!」
俺がどうでも良い事を考えている間にワイヤーはいつの間にか俺のすぐ近くまで迫っていた。とっさにしゃがんだが肩をかすってしまう。
『ッ!』
「おい、大丈夫かよ!?」
そういえばさっきも同じところにあたった気がする。ドラクールの体力のほうは大丈夫なんだろうか。
『わ……私のことはどうでもいい。それよりもここからが重要だ。いいかよくきけ。実は中の人間を傷つけずに、そとの憑着体だけを攻撃する方法が存在する』
「何だって! それはほんとうか!!」
『先ずはここから離れろ。それが先だ』
「了解だ!」
俺は先ほどと同様に空を飛んで茂みのほうにとんだ。後から「待てやこの野郎!」という罵声が飛んできたが無視する。
「……それでなんだ? その方法って」
暗がりの中までなんとか逃げ切り、先ほどの会話の続きを求める。
『私の中に流れるドラゴンエナジー。これは私以外の憑着体にとっては猛毒となる。これを今お前が握っているアルマセイバーに流し込んできりつければ良い』
「あのオーラって万能なんだな……ってそんなことはどうでもいい。早くそのながす方法を教えてくれ」
次々と明らかになるドラゴンオーラの十徳ナイフ並みの万能性に驚きつつ、俺は先を促す。
『今回はイメージだけではどうにもならん。適正体でなければ使えん方法しかない。それでもいいか?』
「……ためらってる時間なんかねえだろうが」
『……よし、いいかよく聞け。先ずは今までのように剣にオーラを流すイメージを持つんだ』
「蜘蛛を探した時と同じか。よし」
俺は言われたとおりのイメージをする。
『できたら次の段階だ。これが一番重要な段階だぞ。流した状態の剣にお前が名前をつけてその名前を“思い切り叫べ”』
ヒウ、という間抜けな息の音と共に、本日何度目か分からんが俺の周りと中の空気が凍った。それこそ肺胞ごと凍ってしまうんじゃないかというぐらいに。
「そ、それは俺が考えたやつじゃないと……駄目なのか?」
先ほどまでの決意が風船のようにみるみる萎んでいく。そんな俺とは正反対にドラクールの声はあくまでも冷静である。正直今の俺にはきつい。
『駄目だ。これは適正体になった人間の役目といってもいい。創造の力を使い、それを言霊にして放つことで写し世に顕現させる。それが適正体の真の力なのだ。私はそれを発現させるためのトリガーにしか過ぎない』
「そんなこといったって急に名前なんか思い浮かばねえよ!!」
『先ほどお前の記憶を読んだときにそれらしきワードの類があった。この際それでかまわん』
「その記憶は読むんじゃねえええ!」
その記憶はおそらく俺が中学二年のときにノートに書き散らした黒歴史の数々のことだろう。もちろん今はもう、忌まわしき記憶の一つになっている。
『ためらっている時間は無い。このモードが解除されてしまったらもうこの方法は使えん。そうなる前になんとかしなければいけないんだ』
「し、しかし……」
『頼む、これは私からの頼みだ。……正直、お前には迷惑をかけてすまないと思っている。だがお前とあの蜘蛛の憑着させられた人間、両方を助かるためにはこうするしか……』
そういったドラクールの声はまっすぐで、真剣で、そしてどこか震えていた。
たとえ俺を巻き込んだのがこいつの勝手だとしてもこの頼みだけは断れそうに無い。
そんなふうに考えさせる声だった。
しゃあない……俺は今では忌まわしき記憶である『ぼくのかんがえたさいきょうのけん』を思い出した。
「はぁ……いくぞ、『我が求めに応じよ、我は力を求めるもの、我は知識を追うもの、我は理を示すもの、我の前にひれ伏すものは三千世界の下にあり、我の後に続くものは百万紅蓮の精鋭なり、我の前に現れその力を見せよ!! 龍逆鱗刀!』」
思わず顔が紅潮していく。自分の考えた言葉だと思うと恥ずかしさがビッグバン級だ。顔面全体から嫌な汗がテイクオフだ。
……いかん、恥ずかしさのあまり自分でもなんていっているかわからんぞ。
俺が現実逃避の旅まで出発三秒前になった瞬間、急にアルマセイバーの刀身がこれまで以上にないくらい輝きだし、そして……根本から折れた。
「あの……コレハイッタイドウイウコトデショウカ?」
失敗? まさかこれ、失敗なのか?
『ま、まさか割れてしまうとは……やはり恥ずかしかったのか?』
「当たり前だ! 自分が中二のときにマジになって考えてフフ、いまこの教室にテロリストが入ってきたらどうなるかなぁ……とか考えてた頃のセリフなんか言えると思ってんのか!」
『うわ……』
「リアルにひいてんじゃねえええええ!!」
俺がそう叫んだ瞬間、根本から急にドラゴンオーラと呼ばれるものが噴出してきた。
噴出したオーラは最初はただ吹き出ているだけといった感じだったが、徐々に勢いは収まり、やがて一つの形に収まった。この形は……剣の刀身そのものだ。
『驚いた……まさか刀身を壊してオーラ自らが剣を作り出すほどのエネルギーとは……』
「そんなにすごいのか? これ」
『ああ、我が一族でもこんな例は初めてのはずだ。おそらくよほど強力な妄s……もとい想像力だったのだろうな』
「フォローになっとらん……」
どこの世界にあなたの妄想力は素晴らしいなんて言われて本気で喜ぶ奴がいるだろうか?
いや、世界のどこかにはいるかも知れんが少なくとも俺はそんな特殊性癖は持ち合わせていない。
どこか、どこかに穴は無いだろうか。出来れば中に鋼鉄のファンが入っていて、入ったら跡形もなくコナゴナになれるのがいい。
『とにかく準備は整った。これであのスパイドルだけを攻撃することができる』
「……そうか」
ややふてくされながらも俺は頷き、先ほどにくらべて心なしか遅いスピードで蜘蛛のほうに飛んでいった。
蜘蛛は先ほどまでのところに立っていた。
「来たか人間! 今度は逃がさんぞ!!」
こいつはいちいち語尾に『!』をつけないと話せないのだろうか。
「喰らえ! “変幻自在な鉄鋼糸”(”スクロールワイヤー)!」
先ほどのワイヤーを飛ばしてくる。しかし、飛んでいる俺にとってはカトンボよりも遅い。
空間跳躍を繰り返して回避していきながらジリジリと間合いをつめていく。
しばらくそれを繰り返していくうちに蜘蛛のやつも品切れが来たようだ。
「く、くそ! もうワイヤーが!」
「どうした蜘蛛? 糸はもう売り切れか?じゃあこっちからいくぜ」
俺はさきほどのようにすれ違いざまに切りかかる
……と見せかけて蜘蛛の後に空間跳躍し、背中から切ってやった。
卑怯? 結構だ。
「グワアアアアア!」
蜘蛛のやつは口から泡とも糸の塊ともつかないのを吐き出しながら地面を這い回りだした。
「よし!効いてる効いてる!」
おまけに傷は全くついていない。どうやらドラクールの言っていたことは本当のようだ。
『よし、そのまま必殺技だ』
いきなりドラクールがそんなことを言い始めた。
「必殺技? あんのかそんなもの」
なんかワンパターンになってきたが一応聞いてみる。
『考えろ、じゃなきゃありあわせのものでかまわん』
「やっぱそういうオチかよ!」
『しかし、今のままの攻撃だけでは決定打は与えられんぞ? 想像の力なしの攻撃ではせいぜい擦過傷レベルの傷だけだ』
みるとたしかに苦しんではいるが決定打になりそうには見えない。
必殺技と言うものは必ず使う必要があるようだ。
ヒーローもこういう理由で毎回大技の名前を叫んで怪人を倒すのだろうか。
毎週命かける上に恥ずかしいセリフ大声で叫ぶなんて正直言って物凄いブラック企業な気がする。
本当のところを言うと、今回ばかりは本気で拒否したい。それこそこんな鎧なんか脱ぎ捨てて遠くシエラレオネのフリータウンまで飛んで行きたいぐらいにだ。
しかし、そんなにお前は俺の心の古傷をえぐりたいのか、とドラクールに文句を言おうにもこの状況ではどうしようもない。
……本日何回目になるか分からんが、仕方がない。覚悟決めるしかなさそうだ。
俺は今では灰になってしまった『伝説記~技の章~』の3ページに書かれている内容を思い出し、そして叫んだ。
「喰らえ、龍の怒り! 逆鱗斬!!」
切りかかる瞬間、剣の刀身のオーラはこれまでに無いくらいに広がり、そして剣を振り切ると同時に剣のオーラが蜘蛛の体を包み込んだ。
「ギャアアアア! や……焼ける! 俺の……俺の体がぁ!」
今度こそ蜘蛛は体中から泡のようなものを吹き出してのた打ち回っている。
明らかに先ほど以上に苦しんでいる様子だ。
「俺は………俺はライナス帝国第一戦闘部隊のエリート、スパイドルだ! こんな……こんな人間相手に……グアアアアアア!!」
既に人間部分以外の三本の腕は全てなくなり、中の人間の部分が見えているところが大部分を占めている。
「こんなぁああ……こんなはず……では…………」
とうとう、頭だけになり、そして蜘蛛は完全に消えた。
「終わった……のか」
『ああ、完全に反応は消えた』
ふと地面を見ると地面には蜘蛛の中にいた人が倒れていた。
うつ伏せで倒れているため様子まではわからないが、腕を切ってしまったのだ。大丈夫だろうか?
「そうだ! あの人は大丈夫なのか!?」
『見たところ切られたのはスパイドルがつくったほうの腕のようだな。軽い出血はしてるようだが外傷はないようだ。あと少しで起き上がるだろうし、おそらく日常生活に支障は無いだろう』
「そうか……良かった」
安堵した俺は息を下ろす。
――ふと空を見ると、もう東の空は少し藍色に変わりかけていた。
……さて、今回最もこいつに言いたかったことを、俺はようやくぶつけることにした
「それにしても、何か言うことがあると思うんだが?」
『何だ? 言ってみろ』
「お前が言うんだよ!お前の変わりに戦ってやったんだ!何か礼の一言ぐらい言ってみたらどうだ!?」
正直普通じゃあり得ないぐらいブッ飛んだ体験が出来たことに関しては文句はない。
しかしその為にこいつの要領を得ない理不尽な解説や、あわや死にそうになった事などを鑑みると礼でも言ってもらわんと割に合わん。
……するとドラクールは澄んだ、それでいて今までになくまっすぐな声で
『……ありがとう』
と一言だけ言った。
今にして思えばなんて味気ない一言だとおもう。
本来ならもっと俺を持ち上げる賛辞の一言とかそういうのがあってもいいんじゃないかとも思ったが……あの時の俺は何故か知らんがその言葉に言葉通り赤面しちまった。
我ながらなんてシャイなんだ、と思う。
しかし、俺がドラクールの言葉に思わず照れてしまったおかげで会話が途切れた。苦し紛れに俺は本来ならどうでも良いはずの質問を問いかけた。
「……これからどうするんだ、お前」
『戦いを続けるさ。やつらは私のドラゴンエナジーを狙っている。逃げてばかりでは何の意味も無いからな』
その声は意志に満ち溢れていた。
多分こいつならこれからも大丈夫だろう、そんな根拠も無い考えが思わず浮かんでしまうぐらいだ。
そんな声に感化されたのか、俺も
「……そうか、じゃあもしまた会うときがあったらその時は俺も手伝うことにするよ」
なんてクサいセリフを素で言ってしまった。
『うわ……』
だからひくなって。
そして俺はそのまま下山し、自転車をこいで帰宅、しのび歩きで部屋に潜り、ベッドに沈んで眠りの淵へと沈んでいったのだった。
「起きろ、朝だぞ。学校と言うものにおくれるんじゃないのか」
「あ……後27秒の3倍を二乗した数から4を√2でかけた数で引いた秒数だけ……」
こういうと律儀なやつは真面目に計算し始め、その間俺は眠れるのだ。しかし短気なヤツが相手だと……
「つべこべ言わずに起きろ!」
「おわっぷ!?」
こんな感じにベッドから叩き落される。
「いてて……母さんいくら起きるのが遅いからってこんな起こし方は……え?」
俺の目の前にいたのは今年五十をこえ、小じわを気にするmyマザーその人……ではなく、黒髪ロングでワンピース姿のそれはもう美人なお姉さんだった。
「あ……あの……どちらさんでしょうか?」
「ん? わからないか、この声で。私だ、ドラクールだ」
「………………え?」
「だから、昨日お前と一緒に戦ったドラクールだ。これから人間界にいるのにあの姿では生活し辛いからな。この姿をとることにした」
一気に目が覚めてしまった。言ってることを聞く限り、こいつはどうやら本物のドラクールらしい。しかしなんだって俺の家にいるんだ?
「なんでもなにも、昨日憑着したままベッドで寝たのはどこのどいつだ」
そういわれ、昨日の光景が一気に浮かび上がる。
「あ……あああああああ! そうだった! 俺、あのまま寝ちまったんだ!」
そう、俺はつい自分の格好も忘れてそのまま家に帰ってそのまま寝てしまったのだ。あの姿で、あの恥ずかしい鎧つけた姿で。
「大変だったんだぞ? 寝てるお前を起こさないように憑着を解除したんだ」
てことは俺の寝顔やいびきも全部こいつに筒抜けだったって事か!? うわあああああ! 恥ずかしすぎる!!
先ほどから俺のテンパりゲージがMAXになりっぱなしだ、だがそれも次の言葉で一気にMINまで急降下することになる。
「それから……これからのことなんだが、私はしばらくこの家で住むことにした」
「………………………………え?」
こいつ今なんて言った? 住む? こいつが? この家に?
「すでに適正体としての契約は済ませてしまったんだ。これから一緒に戦っていくことを考えれば適当だろう?」
「そんなこと言ってもだな……待て、お前さっきなんていった? 俺には一緒に戦っていく、っていう世にも不吉な言葉が聞こえたんだが」
「そう言った。お前も昨日言っていたじゃないか。今度会うことがあったらその時も俺も手伝うよって」
「あ……あれはただあの場の空気に流されて言っただけでだな」
「あんなクサいセリフでも言ったことは言ったんだ、約束は果たしてもらおう」
「ち、畜生……っていうかクサいっていうなあああ! クソ、俺は絶対認めないからな! 絶対にお前を家になんかおいてやるか!」
「ああ、そうそう。私たちの憑着時の名前についてだが、モードミズチとモードドラゴンを並べて蛟龍が名前。お前は学生だから学園戦士が二つ名でこれを組み合わせて学園戦士コウリョウというのはどうだ?」
「人の話を聞けえええ!」
いかがだったろうか? これが俺の非日常の扉を開けた夜の一部始終だ。
これから俺たちはまた奇妙なやつらと出会い、戦い、そして共に戦っていくことになるんだが……まあ、それはまた別の話だ。
~ひとまず終わり~