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第二部 のんきな社会人

第五章 開業


 中春の午後。うららかな日差し。

 『恋愛結婚株式会社』の縦型看板が堂々と掲げられた店舗兼オフィスの玄関口。

 店舗入口を入るとすぐに相談エリアがあり、観葉植物で仕切られた四つの相談ブースがある。

 店舗奥がオフィスエリアになっており、向かい合わせに計8つの白いデスクが並べられ、奥に別に二つ個室がある。

 店舗エリアにもオフィスエリアにも、壁一面に大きな窓があり、採光の役割を果たすとともに外部が見渡せた。

 いまオフィスエリアでは、メンバーがノンキにだべっている。好意的に表現すれば、活気に満ちているとも言えるが、有り態にいえば、宙ぶらりんな状態でもあった。

「ねぇ、アラナはどうして恋愛結婚株式会社に入社したの?」

 弥生は訊ねた。

「アタシさぁ、進路未定の問題生徒として卒業式の翌日まで呼び出し喰らってたんだよねー。だから入社の誘いは渡りに舟だったわけサー。大学なんてウゼぇーとこなんか行く気ねえしィー。ウケる~」

 アラナは社会人になっても黒ギャルのままだが、校則が無くなったので髪はショッキングピンクに染め、ネイルはさらに手が込んできでいる。

「このネイル工夫したんだ~。鬼ハッピー」

 アラナはサンダル履きにして、足のネイルも見せている。ピンク地に、金銀の星々が瞬いているネイルはカラフルで、バランスよく両手両足二十本の爪に収まっている。

 リーサは言った。

「こうして拝見しますと、アラナさんはただの派手好きではなく、きちんとセンスも持ち合わせていらっしゃいますね」

「イエーイ」

 センスの良さを褒められて、アラナはうれしそうだ。

「まっ、アタシのネイルの延長で、お店もチョー可愛く飾りつけできたしぃー、マジハッピぃー」

 確かに店内はピンク地に金銀の星々に彩られ、可愛く仕上がっていた。

「それにカレンと表裏半々のチラシも作ったしぃ~」

 銭湯同好会でよく話をしていたアラナとカレンは、ふたりで両面印刷のチラシを作ったのだ。片側はアラナがド派手にデザインし、もう片側はカレンが可憐なデザインで仕上げた。まごうことなき『恋愛結婚株式会社』チラシ第一号だ。

「でもしっかり者の弥生こそ、どうして恋愛結婚株式会社に入社しちゃったの? マジでヤだっていってたのにサー。アタシ、びっくらこいたァー、ワケワカメ~」

 アラナの質問に弥生は答えた。

「私ね、もう勉強から卒業したいから就職しようって思ってたんだけどね。慎重に慎重を上塗りしたような慎重派の両親から、死にたくなければ大学へ行けって、朝晩うるさく説得されてね。仕方なく大学に通うことにしたけどあまりに親がしつこいから、その反作用で、何か変わった新しいことしたくて入社することにしたの」

「そうなのぉー? 大変そうな両親ねー。ムカムカTKぃ~~」

 アラナはアラナなりに同情してくれている。

 弥生は、アラナの傍らで、黙々とタブレットにタッチペンでイラストを描いているカレンを見て訊ねた。

「カレンはさ、フリーのウェブデザイナーになるつもりだったんでしょ? どうしてこの会社に入ってくれたの?」

「うーん、私ねぇ」

 カレンは画面を見たまま、手を動かしながら答えた。

「卒業してすぐフリーランスになっても良かったんだけど、恋愛結婚株式会社のウェブデザイン担当正社員として勤務歴を作って、ちょっとは箔をつけといてもいいかなって、さ。そう思ったのよ」

 そのセリフを聞いた弥生はニッコリした。

「ありがとう。さっそくだけど、恋愛結婚株式会社のホームページ、ヨロシクお願いね?」

「はーい。了解で~す」

 以前と比べ、遥かに喋るようになったカレンだが、やはり人の目を見て話すことができないのだ。

 それからカレンは口を閉じ、ひたすら仕事に没頭し始めた。こうなったらもう、隣で絶叫しても気付かない抜群の集中力を持っている。

 スマホでなにやら話していたリーサは電話を切った。

「社長、ミッション・スリー完了いたしました」

 リーサは弥生に向かって報告した。

「え? 社長って誰?」

「弥生でしょ」とアラナ。

「私? まさか! 私はあくまで大学生が本業で、恋愛結婚株式会社は特別アドバイザーなんだけどなあ」

「なんということでしょう。会社の屋台骨が揺らいでいます。仮に、弥生さんが社長でないとすれば、では誰が適任でしょうか?」

 リーサの問いかけに、弥生はヒロシを探した。

「ええっと……」

 一切何もしようとせず、ひたすらノンビリだべっていたヒロシをようやく言いくるめ、店舗外周の清掃へ送り出したのは弥生だった。

「弥生ぃ。まさかあの使えない男を社長にするつもりじゃないでしょうねェ?」

 アラナは窓の外を見た。雑巾とスプレーを持って外から窓を拭いている少多の隣で、ヒロシは何やら笑い転げている。小学校や中学、高校の掃除当番だったときにも見慣れた光景だ。

「あの男性たちより、弥生さんのほうが格段に適任だと断言できます。比較するまでもございません」

 明快にそう言い切ったリーサは、眼鏡の奥の鋭い目を光らせた。弥生は懸命に言い返した。

「社長はリーサが適任じゃない? だって会社の登記とか全部一人でやってくれたんでしょ? そんな能力、私には無いし。それにリーサはデスクやイスや、オフィス器具のレンタルまでしてくれて、ホント、リーサはヤリ手、敏腕だわ!」

「そんなの、ワケもないことでございます。区がやっている未来創生事業の抽選に応募して、当選しただけでございます。オフィス家具はすべて居抜きでございましたし、当社のオフィス文具は創生事業団から支給されました。光熱費も水道代も全部無料! この抽選に応募しない創業者は罪でございます」

「そ、そうなの? 私、リーサが、その情報を見つけてきた情報収集力と、すぐさま応募した実行力に感動しちゃった」

 弥生は心から感謝してそう言った。

 するとリーサは事も無げに追加した。

「クラウドファンディングを活用して出資者を募り、当社の出資金も集め終わっております」

「ひえええっ、ヤバスギぃ~」とアラナ。

 弥生は言葉を呑んだ。

「半端ないわ、リーサは」とカレン。

「左様でございます。ワタクシ、表に立たず、後ろに回って軍師役としてなら実力を発揮できる黒子タイプなのです。よってワタクシ冷村悧依紗は、この恋愛結婚株式会社の初代軍師に立候補させて頂くことに決めましたの、オホホホ」

 弥生は丸い目を、さらに丸くした。「ひゃあぁ。リーサはそうやって自己分析が出来てるんだ。じゃあリーサは軍師に決定ね!」

 アラナも心底感服している。「リーサはぁ、色々苦労してこのオフィス見つけてくれたんだァー。でね、アタシさあ。この建物、どこかで見たことあるような気がしてたんだけどォ、アタシの気のせいかなァー」

「えええ?」皆はどよめいた。

 目が点になった弥生が問うた。

「まさかアラナ。このオフィスが入ってる建物、何だったかわからないの?」

「え? 初めて来たのに、わかるはずないわァー。ウケるぅ~」とアラナ。

「本当? 見覚えないの? 確実にアラナは来たことあるわよ。天地神明に誓えるわ」弥生は熱意を込めた。「早く思い出して!」

「マジで? うーんと、何回くらい来たことあんのかなあ。アタシ、一回来たぐらいじゃあ、どんな場所でも、スグ忘れちゃうからぁ~、鬼ウケる~」

 アラナ以外の三人は顔を見合わせた。

「どうしたのよー、もったいぶらないで早く教えてよぉー」アラナはせがんだ。

「アラナ。あなた、ここに少なくとも百回は来たことある」無口なカレンが言った。

「そうね。アラナさんは千回以上、確実に来訪してるわ」リーサが被せた。

「校舎なのよ」

 ついに弥生が言った。

「ああ!」アラナは大きく目を見開いた。「中学? 高校? どっちかなあ?」

 三人はずっこけた。するとようやくアラナはピンときたようだ。

「アタシの母校だァ!」

「そうよ、廃校になった小学校の校舎よ」弥生は正解を明かした。

「どうりで、この建物、なんだかミョーに見覚えあると思ったらあ! 校舎だったのね~ チェゲリバー」

 アラナはうれしそうだ。

「ここは、あなたや私の母校よ」

 そう弥生は言った。

「本当に今、わかったのね? そっちのほうが凄いワ……」

 繊細なカレンは驚愕している。

「今気付いた~。ウケる~。ああ、でも、いつのまにか廃校になってたのね、なんだか鬼グスンねぇ」

 アラナは悲しそうな表情を浮かべた。

「そうですわね、至極残念でございますわね」リーサは同意し、語り始めた。「皆様方の母校は少子化の影響を強く受け、三年前、ついに他の小学校に統合されてしまいました。その跡地を区が改修して、起業家に貸し出すという事業を始めましたが、そこはお役所仕事。告知がまともにされておらず、なかなか借り手が見つかりません。半年おきに家賃が値下げされていき、今ではとんでもない格安物件になりました。バブル期に比べると家賃はタダ同然。若い起業家を育てるという名目で、ワタクシたち恋愛結婚株式会社にも、区から少なからずの助成金が出ているのでございます」

「へええ、そうなのかあ。オイラ知らなかったなあ」

 掃除を終えたヒロシと少多が、オフィス内に戻ってきた。

「でもさ。オイラ思うんだけど、少子化の影響で人間の数が減って来てるなら、今後、恋愛結婚の成就を依頼するお客さんが我が社に来てくれたとして、そのお相手を見つけるのはなかなか大変じゃないかな」

「そうですわね、かなり苦労するはずです。ワタクシたちの区内、昼間人口も夜間人口も2000年以降、急激な減少傾向にありますから」

 そう言うとリーサの目はキラリと光った。

「そうだよねリーサ。というより今ここにいるオイラ達、全員独身だから、自分たち自身のこともマジで心配しないとね、あははは」

 ヒロシは笑い飛ばした。

「あらヒロシさん。ワタクシとアナタを、同一のカテゴリーに分類しないでくださるかしら」リーサの銀縁眼鏡の奥がさらにギラリと光った。「ワタクシ、こう見えても、つきあっている男性がいるものですから」

「ええっ!」

 皆はどよめいた。そのどよめきに惑わされることなくリーサは言った。

「ワタクシの観察によりますと、この中でただひとり、アラナさんだけはその気になれば、お相手はすぐにでも見つかると思いますわ」

 皆はさらにどよめいた。

「アラナが?」

「アタシがァ? どしてェ?」アラナは前のめりなって訊ねた。

「それはアラナさん、ご自身でお答えになれるのじゃないかしら」

 銀縁眼鏡の奥に光る両眼がアラナを直視した。

 するとアラナは、いつもの威勢のいい声で言い放った。

「わかったあ! だってアタシぃ、気に入ったオトコが見つかったらァ、自分からすぐガンガンいけそうだからァ!」

 皆はブッと吹き出した。

「チョゲキうけ~。猛烈アタックできる~う」

 もうバカ受けだ。

「ところで私から皆に提案があるの」

 弥生が皆を見回して言った。

「せっかくリーサが『恋愛結婚株式会社』を登記して、正式な株式会社にしてくれたんだから、皆が集ったところで会社のルールを決めようよ」

「え? また校則ぅみたなの作るのォ?」

 アラナがギョッとしている。

 すると軍師リーサが説明した。

「いかにも規律は大事でございます。どれほど自由な社風であろうとも、必要最低限の約束事は必要ですわ。例えば、出勤時刻は何時が最適だとか」

「そーねー」アラナは肯いた。「アタシぃ、毎朝ゆっくり起きたいんだよねー。せっかく高校卒業したんだしぃー」

「でしょ? 何時がいいかしら」と弥生。

 皆は口々に応じた。

「みんなが無理なく集れる時間というと……」

「大学に通ってるメンバーの授業終了後にすれば?」

「午後四時ってとこかしら」

「軍師のワタクシが考えますに、お客様は結婚を考える方々なので、多くは社会人や大学生以上でしょうから、来店できるのは夕方以降だと思われます」

「ふむふむ」

 皆は肯いた。さらにリーサは述べた。

「仮に、お見合い相手を紹介するだけの会社であるならば、朝から親御さんが来店することもありえましょう。ですが当社はあくまで『恋愛結婚』を標榜している会社です。ですので、恋愛して結婚したい本人が足を伸ばせるのは、授業や仕事が終わった夕方以降で間違いございませんわ」

 ヒロシは、リーサの意見に大きく肯いた。

「そうだね、リーサの意見は現実的だね。さすが軍師。集合時刻は午後四時に決定!」

「アタシぃ、チョーさんすえーぃ!」アラナは満足そうだ。「これでアタシ毎朝ゆっくりできるぅー。アゲアゲはっぴーぃ」

「すげーなー、リーサって。話がわかりやすい」少多は納得している。

 恋愛結婚株式会社のメンバーは大学生がほとんどなので、それぞれの授業を終えてから出勤することになった。

「あと決めておくべきことないかしら?」

 弥生からの問いかけに、ヒロシが言った。

「そうだ。四時に集った時に、メンバーのみんながやってくれたことを、他のみんなに紹介するってのはどう?」

「えっ? それどういう意味ぃ? アタシぃ、ウザイことはチョーうざいのよおー」

 毒舌黒ギャルが食ってかかった。

「説明してよヒロシ」と弥生。

「うん。たとえば、玄関の看板製作と店舗の内装は、ネイルの達人アラナが中心としてやってくれたじゃん」

「確かにワタクシの目から見ても、店内装飾はお見事でございます」とリーサ。

「ネイルの延長でね。アタシの得意中の得意なんだよなー、イケイケはっぴーぃ」アラナはうれしそうだ。

「そうそう。そういう活動をしてくれたことを皆に紹介するんだよ。だって毎日午後四時に皆が顔合わせすっから、オイラだってアラナがやってくれたこと知りたいじゃん」

「そうよねぇー。あと両面チラシを片側ずつ、カレンとアタシとでデザインしたんだけどォー、そういうことを言えばいいのぉ?」

「イエ~ぃ」とヒロシ。「そうだよ」

「ウケる~ぅ」とアラナ。「イエイエはっぴ~ぃ」

「ありがとうアラナ。内装、とっても素敵な感じじゃない」と弥生。

「たしかに、男の目から見てもイカシてるよ」と少多。

「チョゲキピース。こんなのだったらアタシ賛成ぃー!」

 アラナは喜色満面の笑みをこぼし、両手でVサインだ。

「ほかに何か皆が知っておくべきことあるかなあ?」

 ヒロシの問いかけに弥生は答えた。

「恋愛結婚株式会社のウェブサイトの作成は、フリーのデザイナーになるはずだったカレンがいまやってくれてるわ」

 黙々と手を動かすカレンは右手でタッチペン、左手でVサインだ。

「このオフィスを見つけ、居抜きでデスクやイスを揃え、会社の登記まで済ませてくれたのは軍師リーサ」と弥生が紹介したので、男子ふたりは感歎した。

「ひゃ~。さっすがだあ」

「頭脳が冴えわたってる~」

 皆のどよめきに、リーサはクールに答えた。

「それほどでもございません。軍師として当然のことをしたまでです」

 こうして、皆でだべりながら楽しく打ち合わせは進行したのだが、ヒロシの様子がおかしい。ヒロシは窓の外を、ぼおおっと惚けたように見つめている。

「どうしたんだいヒロシ?」

 心配した少多の問いかけにも答えない。それもそのはず、ヒロシは心ここにあらずだからだ。

「い、いた……。あそこに、ブルーのワンピースを着た謎の女性が!」

 ヒロシの視線の先を追うと、確かに青いワンピースに身を包んだ女性が歩いている。

 先程少多と二人で屋外の清掃をしている際にも、今と同じように惚けたヒロシが呟いた。二度もだ。だが二度とも、少多は誰も発見できなかった。

「ついにヒロシは妄想の美女を脳内に生み出してしまったのか?」

 そう心配になっていたのだ。

 でも今この瞬間、現実に青いワンピースの女性がこの世に存在していることを確認し、少多は安堵した。

「はあ~、良かった。ほんとにいたんだ~」

「なんて艶かしい歩き方なんだ。揺れてる、揺れてる。オイラもう、我慢なんねえ~」

 ヒロシはヨダレもたらさんばかりだ。

「ちょっと男子二人ぃ! 私語は慎みなさいヨォ!」アラナが声を荒げた。

「不適切にもほどがありますわ。ワタクシからも殿方お二人に忠告します。ここは恋愛結婚株式会社、社員皆の神聖な職場です。女性をいやらしい目でご覧になるのはご遠慮ください。ふしだらにも程がありますわ」

 リーサはそう注意した。すると弥生が反応した。

「ええっ? ヒロシは皆で打ち合わせしてる最中に、窓の外を歩く女性の品定めしてたの? もーう、なんていうイイ加減な男なの!」

 珍しく弥生は怒り心頭のようだ。頭を抱えている。「こんなヒロシに責任感を植えつけるには、一体どうしたらいいの?」

「それは無理じゃないかな」と少多。裸のつきあいから出てきた本音だ。

「確かにぃー。ウケる~。でも、このままじゃいけないわ」とアラナ。

「では、ワタクシの意見を申し上げます」リーサは鋭い眼光で言い放った。「責任感が全く無い人間を改心させ、責任感を持たせるためには、いっそうのこと、その人物を責任者に任命して、重い重い責任を背負わせれば宜しいのではないでしょうか?」

「あ! それ名案!」弥生が叫んだ。

「グッドアイデアね」とカレン。

「さすがは天才軍師!」と少多。

「じゃあ逆説的だけどォー、ヒロシぃ、アンタが初代社長よ!」とアラナ。

 するとヒロシは口を開いた。

「へえ~、オイラが社長ね。ま、別にいいけどさ。で、何だい、その初代っていうのは?」

「アンタが無能なダメ社長なら、すぐ二代目に交代するってことよォー」

 アラナの毒舌に皆は吹き出した。

 こうしてヒロシは名目上、社長になった。

「オイラ、皆のがんばりに期待してるよ!」

「ザケンなァ、なにが期待よォ!」

「ヒロシは相変わらず口先だけは一人前ね、ウフフ」弥生はホッとしてそういった。

「ヒロシさん。あなたが責任感を持つことこそ、いま一番期待されていることです」

 リーサの一言に、カレンがぷっと吹き出した。

「あーっ!」

 弥生が珍しく声を上げた。

「どうしたの?」と少多。

「弥生さんが大声で叫ぶなんて珍しい。何かございましたか?」とリーサ。

「採用面接の人が、もうすぐ来る!」弥生は頭に血が昇って、うろたえた。

「ええええっ?」皆は驚いた。

「弥生さん、その面接は何時からなのでしょうか?」リーサは訊いた。

「六時三十分!」弥生は叫ぶようにいった。

「今何時?」

 ヒロシの声に、皆は壁時計を見上げた。

「六時二十七分!」誰かが叫んだ。

「ぎゃああ!」皆が叫んだ。「あと三分しかない!」


□ 第六章 異常かもしれない訪問者


 皆は口ぐちに声を上げた。

「あと三分??」

「どうしましょ」

「急いで準備しなきゃ」

「面接はブースでいいわね?」

「うん。まだ宣伝も広告もしてないので、一般のお客様は来ないはずだから」

 皆でバタバタとブースを整えた。

「ゴメン、皆に言ってなかった。カレンにさっそく仮のウェブサイト作ってもらって、試しに求人募集って出してもらったら、さっそく応募があったのよ」

 弥生はそう説明した。

「まだ顧客が一人もいないのに、人を雇用するのですか?」リーサはもっともな質問をした。

「みんな社会人経験ゼロでしょ? 恋愛結婚株式会社にお客さんが来てもらうためのアイデアと実行力を持った経験者が必要かなって、そう思うのよ。それに私、大学が忙しくなったら、いつまでここに来れるかわからないし」

 弥生の説明に、ヒロシが訊ねた。

「で、何人応募が来たの?」

「二人なんだけど。二人とも女性で、数年の職務経験があるんだって!」

 カレンがパソコンを覗きながらそう答えた。

 すると壁時計を見ながらリーサが問うた。

「ワタクシから質問です。面接開始時刻まであと一分十五秒になりましたが、どなたが面接するのですか?」

「え?」弥生はフリーズした。

 リーサは畳み掛けるように問うた、

「採用面接における面接官。担当するのは誰が適任でしょうか?」

「きゃあ!」弥生は舞い上がった。

「社長たるもの、実態が駄目社長でも出なきゃねェー」とアラナ。「でも毒舌キャラのアタシはさすがに出ない方がいいわ。だって黒ギャルが面接官じゃ変でしょ?」

「そ、そうね。やっぱ一番頼りになりそうなリーサ、お願い」弥生は焦った表情で依頼した。

「ワタクシは軍師です。軍師たるもの表に出ず、後方に控えて、じっくりと敵の様子を伺い、秘かに思案するのが努めですぞ二代目」

「に、二代目……」弥生は絶句した。

「じゃあ」ヒロシはオフィスを見回した。

 カレンは黙々とホームページを作成中であり、いま最も忙しい身だ。すると、手持ち無沙汰なのはあとひとりだ。

 皆は少多を見つめた。

「ボ、ボクにはかなり無理っぽい……」少多は後ずさりした。「だってボクはこの会社の社員というより、ほとんど顧客のようなものだから、採用面接の面接官だなんて荷が重すぎるよ……」

「顧客の立場から、この人なら信頼できそうだという人を選べばいいんだよ。チョロイチョロイ、何事も経験だぜ」

 あくまで楽天的にヒロシがそういうので、少多もなんとなく採用面接官役が出来そうな気がしてきた。

「う、うん……。じゃあボク、経験させていただきます」

「では」眼鏡の奥をキラリと光らせ、リーサが話をまとめた。手にはバインダーとペンを持っている。「弥生さん、ショーンさん、ヒロシさん、この三名で面接してくださいませ」

「あいよ」ヒロシはノンキにこたえた。

「まとめてくれてありがとうリーサ」弥生はホッと胸を撫で下ろした。自分ひとりで面接を担当せずにすんだのだ。

「でもこの会社、いま結構、社員数は多いのにお客さんはゼロ人だから、ふたりとも採用するってわけにはいかないんじゃない?」ヒロシは皆に投げかけた。

「区からの助成金を(あて)がえば、曲がりなりにも一人分の給与は捻出できます」リーサが即答した。

「じゃあ、二人のうち、どちらか優秀な一人に入社してもらいましょう」弥生は緊張感丸出しの顔でそう答えた。

「そうだね。さあ、いつ来るかなあ、面接の人」相変わらずヒロシは万事、楽観的だ。

「女性二人ね。そろそろ来てもいい頃ね」弥生はそわそわしている。

 オフィスにいるアラナは、店舗エリアの玄関口を眺めながら口に出した。「いつ来るか、いつ来るか。来る~来る~、来たア! キターア!」

 二十代半ばぐらいだろうか、社会人らしき服装をした女性がふたり、同時に玄関口にやってきた。

「ど、同時だ! いったいどちらを先に面接したらいいんだろう?」

 どうしていいかわからず、少多は青くなった。

 入口に立つ二人の外見は対照的だ。

 一人は、きりりと全体のフォルムが引き締まっている。髪をひっつめにし、ダークスーツに漆黒のハイヒールを履いている。お化粧もバッチシ決まっており、見るからにやり手、いかにも仕事が出来そうなビジネスウーマンだ。

 もう一人は対照的にブヨッと太っている。背は低く、冴えない外見だ。なぜか汗だくで、ぜいぜいいっている。膝まで届きそうな超ロングの髪を前に垂らし、薄ピンク色のカーディガンにベージュ色のスカート姿だ。

 するとビジネスウーマンスタイルの女性は店舗玄関口で一礼すると、ズンズンと入室し、皆が立ち竦んでいるあたりまでやってきた。カーディガンの女性はおずおずと、しおらしく後ろからついてくる。

 ビジネスウーマンは、皆を睥睨するような、厳かな声で述べた。

「18時30分からの採用面接に参りました岩斬厳子いわきり・げんこです」

 際立つオーラと押し出しの強さに、少多だけでなく皆が気圧された。ぴったり午後6時30分0秒だ。

「そ、そちらの方は?」

 弥生の問いかけに、カーディガンの女性は消え入りそうな声で答えた。

「……お、同じく、内来日和うちき・ひよりです」

 弥生は頭を下げた。

「ゴメンなさい。慣れないもので、私のミスで、おふたりを同じ時間に呼んでしまって……。どちらかのかたはお待ちになっていただかなければならないんです」

 すると岩斬厳子と名乗った女性が言った。鋼鉄のような表情でだ。

「二人同時にお願いします」

「え? ふたり同時に?」

 弥生は面食らった。

「はい。私、岩斬厳子と、内来日和は一括採用、同時入社を希望しております」

 内来日和はいかにもおとなしそう。岩斬厳子の背後に隠れるようにして、ウジウジして肯いた。

「そうなんですか……」弥生は呆気に取られた。

「岩斬厳子と内来日和、私たちふたりは一心同体なのです。一緒に仕事をすると化学反応が起こり、他人の数倍の成果が出せるのです」

 少多は衝撃を受けた。かなり滅茶苦茶なことを言ってるはずなのだが、年上のビジネスウーマンにこうも毅然とした態度で断言されると、実はこの人のほうが正論を吐いてるのじゃないか? そう感じざるを得なくなってきた。

「お、おふたりは、ご一緒に入社希望なんですか?……」予想外の展開に、弥生は思考停止状態だ。

「はい、同時入社を熱望しております。是非とも、お願いします」

 岩斬厳子の鋭い両眼がピカリと光り、射すくめられた少多はこう答えてしまった。

「で、では、どうぞお座りください」

 来客用のブースを指し示した。


 こうして二人組の面接が始まった。

 面接官は、弥生、少多、ヒロシ。

 採用面接に訪れたのは岩斬厳子と内来日和。

 岩斬厳子は厳然とした態度で胸を張り、内来日和は俯き加減に大人しく座っている。

 提出された履歴書と職務経歴書によると、ふたりは小中高と同級生。現在二十三歳。前職も同じ会社だ。

「私たちふたりは、子供の頃から切っても切れない間柄なのです。ですからこの新しい会社で机を並べてともに働きたいと存じ、熱い思いで応募致しました」

 まっすぐに前を見据える岩斬厳子の両眼には、一点の曇りもない。しかも半端ない威圧感だ。

 岩斬厳子を直視できず、少多は履歴書に目を落とした。

 履歴書をよく見ると、前職は同じ会社ではあるものの、岩斬厳子はとんとん拍子に出世し、入社二年めには主任、三年めには係長、四年めには課長にまで昇進している。

 それに引き換え、内来日和は一切昇進していない。

 弥生は口を開いた。

「履歴書を拝見しますと、内来日和さんは、正社員で入社したものの、途中で嘱託社員に移行なされたとありますが、これはどのような理由からでしょうか?」

 内来日和はパッと顔を赤らめ、俯き気味だったのが、より下を向き、モゾモゾした。そして消え入りそうな声で何かを言っているのだが、テーブル一台を隔てた面接官三人には聞き取れない。隣に座る岩斬厳子が首を傾けて、耳を内来日和の口に近づけ、なんとか聞き取っている。

 ウンウンと、なにやら肯きながら聞き終ると、岩斬厳子は言った。

「過労が原因で日和(ひより)は体調を崩し、毎朝定刻に出勤できなくなったので、嘱託社員に変えさせられました。はっきりいってしまえば格下げです。私は人事部に抗議したのですが、まったく聞き入れてもらえません。納得しないことには断固として意見を曲げない私の性格上、幼馴染が理不尽なめに遭うのを黙って見過ごすわけにはいかず、私も日和も転職を決意し、辞表を提出したのです」

 岩斬厳子はテキパキと要点をかいつまんで説明した。内来日和は俯いて肯いている。

「日和は、温かな思いやりの心に溢れた子なんです。常に目配り心配りを怠らず、誰よりも気遣いに長けています。間違いなく御社のお役に立てる人材です。私からもどうぞ宜しくお願い申し上げます」

 岩斬厳子は深々と頭を下げた。えも言われぬ迫力があった。

 その隣に座っている内来日和の目は、ウロウロおろおろ宙に浮かんだままだ。

「それではご質問します」慣れてきたのか弥生は臆することなく問うた。「岩斬さんは、ご自分をどのような性格だとお思いですか?」

「はい。一言で申し上げますと、ガン(がん)()という綽名のとおりです。頑固一徹、押し出しが強い性格です。鋼よりも強く、数字には厳しく、万事、前向きです。前職でも、売上は誰にも負けませんでした。十年年長の男性社員にも圧勝でした」

 突き刺すような口調で、外見もキリリと決まったキャリアウーマンが、真正面からそう言い放つのだ。

 少多は思考停止状態に陥り、真ん前に座る女傑をただひたすら見つめるだけだ。

 岩斬厳子はいかにも仕事がデキそうな表情でさらに続けた。

「前職で部長はよく部下たちに言ってました。『オイ、岩斬に斬って貰え、グサッと』って」

「ひゃーあ、怖そう~」

 ヒロシはたまげた。次に弥生は、おとなしそうな女性に問いかけた。

「では、内来日和さん、ご自身の性格をどのように思ってらっしゃるか、お聞かせください」

 例によって内来日和はくぐもった声で何やら声に出しているが、いっこうに聞き取れない。隣に座る岩斬厳子が首を傾げて、肯きながら聞いている。

 一通り内来日和が話し終わると、岩斬厳子が通訳した。

「日和は内向的な性格で、友人の私から見ても弱弱しい。すぐ周囲に振り回される。日和見(ひよりみ)する。公私共々、相方の私にお伺いを立てて、決めてもらう。一から十までです。逆に、相方の私がその場にいないと自分では一切なにも決められず、変更もできない。日和はそんな、典型的な悩める日本人です。見てのとおり、仕事は出来なさそう。だから一見、究極のダメ女。でも、とってもいいところもある。例えばいま、すべてを正直に打ち明けました。見栄を張って自分を取り繕うことなどしない、ありのままの自分をそのまま見てもらいたいと願う正直者なんです。とんでもなく誠実です。ウソがつけません。ああぁ、なんて素直で健気な人柄なんでしょう。私、日和の知己ながら感銘を受けました」

 岩斬厳子の日常生活を想像すると、内来日和はかなり足手まといになっていそうな友人だ。その内来日和のために、ここまでおせっかいを焼いてあげる岩斬厳子は見上げたものだ。ただの鉄の女ではない。

「他になにかありますか?」と弥生は訊ねた。

「本当にこの子はかわいそうな子で。子供の頃から『日和見、日和見の、ひよりちゃん』って、親にもらった名前が原因で貶されて。だから、いつだって私が守ってきたんです。よって、私たちふたりは表裏一体。切り離すことができない不可分の関係なんです」

 ただの仲良し、単なる幼馴染ではないのだ。

 少多は思った。岩斬厳子はかなりのスーパーレディだ。活躍してくれるのは間違いなさそうだ。それに引き換え、傍らで尻込みし、あたふたするだけの内来日和は、かなり足を引っ張りそうだ。

 するとさらに弥生が質問した。

「岩斬さんは、うちにもったいないとてもご立派な経歴の持ち主ね。うちのような出来たてホヤホヤの会社でかまわないんですか? なぜ岩斬さんは恋愛結婚株式会社に応募なさったんですか?」

「はい」岩斬厳子は大きく肯いてから語り始めた。朗々と響き渡る音声だ。

「社業に惹かれました。ズバリ、恋愛結婚です。親から指図されたお見合い結婚ではなく、コンピューターの意のままに相手が選ばれるアプリ婚でもなく、心から好きになった相手と結ばれたい。そんな恋愛結婚を夢見る若者は数多い。しかし男性の草食化の影響を受け、現実世界で実際に恋愛結婚を果たす若者は確実に減っています。よって、潜在的な恋愛結婚志願者はごまんといるにもかかわらず、誰も夢を叶えられない現況があるのです。若者の希望が叶わない残念な状況です。悲しき実態です。この現状を打破したい! いいですか? 水面下ながら、恋愛結婚という我が国のあらゆる産業の中で随一の巨大マーケットが眼前に確実に存在しているのです。ですから少子化、その先に確実に待ち構えている少若者化、その果てに少人間化を迎える我が国において、唯一の成長産業が、恋愛結婚のお手伝いという事業です。私には、幸いにして、日和の日常生活および業務活動を永く手助けしてきた実績と経験があります。助けを求める若者の支援はお手の物なんです。ですから私は、同志の日和とともに熱意の限りを尽くして、顧客の恋愛結婚成就に邁進していきたいのです!」

 弥生と少多は圧倒された。同時に強く感銘を受けた。

「そうそう、オイラもそう思ってこの会社を立ち上げたんだよなあ」

 ヒロシのこのセリフを、背後のオフィスエリアで耳にした面々は爆笑した。

「ようやく口をきいたかと思いきや、何ですか? あの無責任な言い草は!」

「ノンキなのにもほどがあるぅ~。うけ過ぎぃ~」

「あの男、あとでお仕置きだわ」

 応募者であるはずの内来日和は、愚鈍そうに見える外見そのままに、黙って岩斬厳子が力説するのを聞いていた。

 少多は困った。どちらか一人を採用するなら答えは一目瞭然だ。でも、二人一緒じゃないと入社しないと、出来るほうが言い張ってるのだ。

 すると少多の内心を見透かしたように岩斬厳子は宣言した。

「固定給は、すべて日和にあげてください。私、岩斬厳子は、固定給は一円たりとも要りません。全額歩合給で結構です!」

 強烈な自負心。経験と実力に裏付けられた自信だ。確かにこの人の手にかかれば、日本中の独身男女が、我らが恋愛結婚株式会社に殺到しそうな気がしてきた。

 こうして岩斬厳子と内来日和の二人は、希望通り二人揃って、面談即内定で入社することになった。

 岩斬厳子の熱意に負け、内来日和はついでというかバーター入社になったのだ。


□ 第七章 顧客獲得合戦


 奥の個室に籠もる二人組が電話する声が、ぐわんぐわんとオフィス内に反響している。

 岩斬厳子は、始業時間からジャンジャンと新規開拓の営業電話を掛けまくっているようだ。多くの潜在顧客と話しをして、細かなニーズを聴き出してみせますと、個室に入る前に岩斬厳子は張り切って語っていた。

 いっぽう軍師リーサはパソコンに向かって一心不乱に取り組んでいる。メルマガを配信して、アンケートに答えてもらい、リサーチするのだ。ということはメルマガの内容が勝負になる。メルマガ業務は頭脳明晰を絵に描いたリーサに一任することになった。

 そしてカレンは昨日に引き続き、恋愛結婚株式会社のウェブサイトを鋭意制作中だ。

 皆、顧客獲得のため、熱心に励んでいる。

 では残りのメンバー、弥生、ヒロシ、少多、アラナは何をしているかというと、会議だ。議題はズバリ、恋愛結婚株式会社の理念、社訓、モットー、会社の目標の制定である。

 根がまじめな弥生は、皆に真摯に考えてほしいのだ。

「事業体を永続させるためには、利益が必要なんだってサ」と少多が言った。

「おっ。ショーン、てえした言葉知ってるな」ヒロシは感心している。

「エヘヘヘ。美智に教えてもらったんだ」

「ふたりで会ったりしてるの?」と弥生。

「あ。電話で話しただけだけど」

 そういいつつ、少多は嬉しそうだ。

「お金儲けだけでいいなら、アタシぃ、悪どい話、いっぱい聞いたことあるけどォー」とアラナは言った。

「あ、オイラ教えてほしいなあ」

「うん、たとえばさー。くっつけたい男女がいるとするでしょ。でね、女子が夜道をひとりで歩いてるところを、チンピラに襲わせるの。キャー、助けて~って恐怖を感じた時に、救世主が現れてチンピラを一撃のもとにノックアウトしちゃうのよ。危ないとこを助けられた女子はもうその男性にイチコロで惚れちゃうの。心理学でナンチャラ効果っていって、十人中八人九人は見事に引っかかるんですってェー。厭ねェ、もちろんチンピラ風の男ってのはグルなのよ。すべてが仕込みィ」

「偽の暴漢に襲わせて、顧客の男性が助けるって作戦かあ」と少多はあきれた。

「ひゃ~、聞かなかったらよかった残念なハナシだなあ。オイラ、ちょっとがっかり」

「恋愛結婚株式会社はいくらお金に困っても、そういうの、絶対やめとこうね!」弥生は力説した。

「うん! 鉄の掟にしよう」少多も弥生に賛同している。

 弥生は熱意を込めて話した。

「私ね、恋愛結婚株式会社は、ふたりを結婚に導くだけじゃなく、結婚後にまで責任を持てる会社にしたいの。その男女が結婚して、本当に幸せになってもらいたいから。偽の暴漢をやっつけるウソの芝居させて、それで結婚生活がうまくいくとは思えないわ」

「アタシもォー、弥生の意見に賛成ぃ! 恋愛結婚株式会社はもっとクリーンでいこうよ、ね?」

「うん、オイラもピュアな純愛路線がいいなあ」

「ヒロシが口にするとォ、どうもウソ臭いんだなあー」

 アラナの一言に少多は吹き出した。

「でもさ、ボク思うんだけどさ」

「なんだいショーン」

「ボクたちは、恋愛結婚の成就にむけて協力や応援は惜しまない。でも、本当に結ばれて幸せになる二人なら、外野は手を加えないほうがいい、無理にくっつける必要はないってなると、ボクら恋愛結婚株式会社はやることなくなっちゃう気がしないでもないんだけど」

「うーん、難しい問題ね」と弥生。

「ナンしー、ナンすぃー」とヒロシ。

「ヒロシぃ、何よそれェー?」

「『難しい』を音読みすれば、『ナンシー』。ってね」

「ああもう、ヤダこの人ぉー。ギャルにはマジでモテナイわ。アタシ誓えるぅ~」

「でもオイラ、オイラなりに考えたよ」あくまでヒロシは陽気で朗らかだ。

「何? いってみて」と弥生。

「このご時世、見合い結婚でもアプリ結婚でも、手段は問わず、ただ単に結婚に辿り着くだけでもハードル高くね?」

「高いわね」と弥生。

「そう。結婚に到達するのは相当大変だよ」と少多。

「さらにさ」ヒロシは続ける。「基本的に、おとなしくて真面目さだけが取り得の日本人を恋愛させるのって、メッチャ難しいってオイラ考えるんだ」

「オイラでも考えるんだ? でもそのとおりねェー」とアラナ。

「結婚だけでも難しい。恋愛だけでも難しい。その困難な二つを足し合わせて恋愛結婚に導くって、さらにもっともっとも~と難しくね?」

「うーん、そうよね。片方だけでも困難なご時世なのにね」弥生は同意した。

「でさ、さらにオイラ思うんだけど。悪巧みはよして、結婚後の二人の行く末まで考慮して、結婚後もうまくいきそうな二人をくっつけるって、それが我々の理想だけどさ。じゃあ、この二人が特別相性いいとか、ともに白髪になるまで添い遂げそうだとか、どうやったら事前にわかんのかな? うちらは神様でも仏様でもなくて、未来を透視する能力なんてないのにさ」

「うーーん。難しいわ」と弥生。

「ナンシー、ナンシー」とヒロシ。

「ホントだわ、ナンシーわ」とアラナまで。

 すると隣でパソコンを叩いていたリーサが加わった。

「ワタクシが考えますに、我々の事業体・恋愛結婚株式会社は、精一杯、悩まなければなりません。営業を開始する以前に、社訓とか、理念とか、モットーになる大元のところを、ますもってよく考えないとなりませんね。熟考が不可欠です」

「そうねえ。悪辣なことはしないというルールは一応できたんだけど、」弥生は思案顔だ。

 するとアラナが叫んだ。「チョー素敵ぃ!」

 傍らでウェブサイトを作成しているカレンのパソコン画面を覗き込んだのだ。

「やっぱカレンは才能あるなあぁ。こんなビシッと決まったホームページ、滅多にお目にかかれないわねェー。チョベリグー」

 リーサも見入った。他の皆も立ち上がって、どやどやとカレンの背後に回りこんでモニターを見た。

「ほんと! 凄い!」

「キレイに出来てる」

「只者じゃない。カレンは天才だね」

「あれ? でも待って」アラナは眉を顰めた。「ちょっと結婚、結婚だけになってない? うちら、まず恋愛ありき、の会社なんでしょ?」

「確かにムッチャキレイでビシーッと決まったデザインだけど、恋愛っぽさが無いような気がする……」

 皆は口ぐちに洩らした。

「方向性が、即時結婚っていう方向に傾きすぎてないかしら。も少し、恋愛って甘い感じを出してくれたら、うちの会社の方向性にマッチするんじゃなくて?」

「そ、そうだね。ウチ、作り直すー」カレンは意を決してそう言った。

「ゴメンね、こんな立派なホームページ作ってくれたのに、方向性がね、ちょっとずれてたわ」

「ウチ、ウェブデザイナーとしてのプライドがあるけん、任しといて!」

 というわけで、目を見張る素晴しいフロントページがせっかく出来上がったものの、白紙撤回、作り直しとなった。

 そして翌日、またもや会議は紛糾した。正義のモットー堅持と、事業持続のための利益獲得が果たして両立するのか?

 それは誰にもわからない。カレンが担当するウェブサイトにかかっているともいえた。

「ウチ、徹夜で仕上げた!」

 いつも無口な仕事人が珍しく声を上げた。

「どれどれ」

 皆はカレンの背後に回りこんで新たなウェブサイトをモニターで確認した。

「うわ~~、きのうとうってかわって愛らしいね」

「すごく素敵ぃ~。愛情が溢れ出してくる~~」

 アラナが叫んだように、見事に愛くるしくデザインされた可憐なウェブサイトだ。

「あまーい! 圧巻だわ。さすがにカレンは才能あるねえ~~」

 皆、ため息混じりに賞讃した。

「でも、ちょい待ち、よ。とっても愛らしくって、素敵なホームページだけど、これちょっと、うちらの会社のホームページとしては違うくね?」

「う~ん、確かにね。チョー可愛いけど、中身としては、かわいさだけに特化しすぎてるというか……」

「愛くるしくって、とろけるような甘さたっぷりで、恋愛っていう観点では最高だけど、うちらの会社、恋愛だけをやるんじゃなくて、結婚までじゃなくね?」

「結婚したいという年齢の男女が、結婚を意識した場合、かわいさ限定のこのウェブサイト、ちっと違うよなあ」

「そっかあ~。結婚もなんだ。うちら恋愛結婚株式会社の社業は、恋愛結婚なんだ」指摘を受けたカレンは言った。「了解。ウチにはデザイナーとしてのプライドがあるから、すぐやり直して、明日までには仕上げるわ!」

 そして会議では何も決まらなかった。

 さらに翌日。

 二日連続しての徹夜の作業を終え、さすがにカレンは目がショボショボしている。

「徹夜明けなのね。カレン、お疲れ様―」

「おおおう、このウェブサイト、ちょうどいいじゃないの」

「最高だわ」

「やっぱカレンは最高のウェブデザイナーだよお」

「じゃあ、恋愛結婚株式会社のウェブサイトはこれで決まりだね」

「『結婚につながる本物の恋がしたいあなたへ』かあ。このキャッチ、いいじゃない!」 

 その時、カレンから気になる一言があった。

「ウチ、昨夜徹夜で作業してる間にね、こんな変なウェブサイト見つけたの」

「何? 見せて見せて」

「何何? 『ラブ・マリッジ・インターナショナルINC』だって?」

「そうなの」カレンは続けた。「かなりイケテないウェブサイトだけど、事業内容を見ると、恋愛結婚株式会社と似てるのー」

「というか社業そっくり!」

「瓜二つ~」

「というか真似し!」

「ああっ!」

 皆は顔を見合わせた。

「ね、カレン。会社概要のページってある?」と弥生は訊いた。

「ここかな」

 カレンがクリックすると、ラブ・マリッジ・インターナショナルINCの会社概要が映し出された。

「あああ。代表者が!」

「やっぱ真似シだ!」

 社内はどよめいた。

「ワタクシ、驚きを禁じえません。なんと我らが恋愛結婚株式会社と全く同じ事業を展開しようとするライバル企業が突然出現し、その代表取締役社長が、あの夜須弘士だったとは!」リーサはあきれている。「しかもその資本金が!」

 皆は資本金を確認した。

「ぎゃあ、これマジ?」

「なんと5億8千万円!」

 皆は目を奪われた。

「そういや夜須シのお父さんって、何してる人か不明ながらも、かなりの成金らしいからなあ」

「軍資金はたんまりあるんだ」

「社員数が300人? マジかよ」

「店舗が、東京都の銀座だって」

「ええっ? あのギンザかよ!」

「スゲエなあ、カネのパワーってのは」

 資本金5億8千万円に当てられ、皆は気落ちしそうになった。

「ちょっと待ったア!」

 ヒロシが叫んだ。

「え、何よ、こんな時に」

「よく見てよ、この会社名~」

 そう指摘すると、ヒロシはゲラゲラ笑い出した。

 皆はもう一度、夜須弘士の会社のサイトをよく見た。するとリーサも笑い始めた。

「おっほっほっほ、これはかなり滑稽です、うふふふ」

 次に弥生、カレン、少多が笑い始めた。

「あっはっはっは」

「おかし~」

「アハハハ」

「えっ? 何よ何? 教えてよ~」

 アラナにむかって、少多が笑いをこらえながら言った。

「ホームページの社名を、もう一度よく見てー。ラブ・マジッリ・インターナショナルって掲載されてる」

「ああっ。マリッジじゃなくて、マジッリ? ナニよこれぇ~。英語のつづりを間違えたまま会社を作っちゃったの? ひゃーっ。ウケる~」

「うひゃ~。この会社に頼んで結婚したらばマジッリ婚?」

 その日は一日、夜須弘士が創業したラブ・マジッリ・インターナショナルINCの話でモチキリとなった。

 しかし恋愛結婚株式会社は人知れず大ピンチに陥っていた。顧客が未だゼロ名。その現状で、岩斬厳子と内来日和が業務経過を報告したいとのことなので、弥生とヒロシは二人組が使っている営業部屋に入室した。

 すると待ってましたとばかりに岩斬厳子が機関銃のようにまくしたてた。この数日にわたる電話リサーチの結果を述べた後、岩斬厳子は質問した。

「私思うんですけど、この会社、営業規模に比べると、社員数が多すぎませんか? 職掌的には、美的センスを活かす二人の仕事がダブっているわね?」

「え? 誰のこと?」とヒロシ。

「毒舌の仕事人と、無口な仕事人。どちらかは辞めて頂くほうがよろしいんじゃなくて?」

「そうかなあ。二人ともオイラたちのいい仲間なんだけど」

 ヒロシにつけ加え、弥生もこう説明した。

「アラナは店舗の飾りつけ、看板、ブースを可愛い感じに仕上げてくれたし。カレンはウェブデザインができるから、サイトを徹夜して完成させてくれたしね。一枚のチラシの片側ずつ作ったり、二人は仲がいいのよ」

「そうなんだよ。ふたりとも創業メンバーだし、得がたい人材なんだけどなあ」とヒロシ。

 しかし岩斬厳子は意に介さない。

「やっぱりこれからの時代、随時ウェブサイトを更新するのは欠かせないし、SNSで情報発信する業務もあるでしょう。当社にカレンさんは断然、欠かせませんね」

 確かにカレンは凄腕のウェブデザイナーであり、断じて手放せない人材である。それは確かだ。

「じゃあ、辞めていただくなら毒舌キャラさんのほうかしらね」岩斬厳子はドンドン話を詰めていく。「でも一点、気になるのは、カレンさんのコミュニケーション能力なんですけど! カレンさんは一体どうして誰とも滅多に口をきかないのかしら?」

 岩斬厳子の疑問はもっともである。弥生が答えた。

「うーん、実はね。いまからお話しすることは、私が銭湯のお湯に浸かりながら個人的に聞き出したことだから、誰にも言わず、胸に閉まっていてほしいんだけど」

「何なに?」ヒロシも耳をそばだてた。

「……カレンの本名は二車(にぐるま)可憐(かれん)っていうの」

「うん、それで?」ヒロシは興味津々だ。

「ヘイヘイボンボンな外見とは真逆の、可愛すぎる名前ね」と岩斬厳子。

「……それでカレンはね、唯一無二の可憐な名前が負担になってしまったの。だってね、カレンは病院の待合室とかで、『可憐さ~ん』って名前を呼ばれると、その場にいる男性全員が一人残らず振り向くんだけど、おずおずとカレンが出て行くと、百発百中でがっかりされる。ただのデブだって罵るデリカシーの無いオジサンもいる。プッと吹き出す無神経なサラリーマンもいる。常に名前で期待させ、百パーセント、容姿で落胆される。いつ終わるとも知れない地獄の責め苦の繰り返しのなかで、成長期のカレンは傷つき、この世の地獄を見たのよ」

「ムムム」ヒロシは眉をひそめた。「どういうこと?」

「繊細なカレンはね、人前で名前を呼ばれるのが厭になってしまって。顔を見せるのも、喋るのも面倒になって、ついに無口を絵に描いた人間になっちゃったの。無言になるしか生きる道がなかったのよ」

「そうかあ、そいつは生き地獄だ。オイラ、それは知らなかった。よくぞ聞き出せたな。さすがコミニケーションお化けの弥生だ」

「それを言うならコミュニケーション能力の女王ね」と岩斬厳子は感心している。

 弥生は続けた。

「カレンですって名乗ると、上から下までしげしげ眺められる、無遠慮にね。挙句の果てに男女かかわらず、判で押したようにがっかりされる。カレンがカレンである限り、終生、終わらない苦痛よ」

「ああ、なんてことだ。オイラ、知らなかった」

 ヒロシの感想をよそに、弥生は続けた。

「カレンは傷つきやすいというより、もう散々、傷ついてるの。とにかくカレンは繊細でセンシティブだから」

「だから美的センスはピカイチなのかもな」

「そうでしたか、それは個人的には同情を禁じえませんね」そういうと岩斬厳子は腕を組んだ。「でもカレンさんは誰とも話さないから、何度も何度も見当違いのウェブサイトを作ってしまったんでしょ?」

「でも、ボツにするしかなかったウェブサイトが、目が飛び出るほど立派にデザインされててね。使わないのは本当に惜しいけど、方向性が違ってるから残念ながらお蔵入りになってしまったの。するとカレンは徹夜して翌日、圧倒されるような素晴しいウェブサイトを見せてくれたのよね」

「でも、それも方向性がズレてたんでしょ?」と岩斬厳子。

「うん、そう。でもそれがまた、とっても出来のいいホームページでね。よくこんなの作れるなあって、私、感銘を受けたわ。で、また作り直しになって完徹して、翌日見せてくれたのが、いまの恋愛結婚株式会社のホームページなのよ」

 弥生はそう力説した。

「責任感がとても強いかたなのね。でも、残念ながら、コミュニケーション能力は無い。ゼーローだ」岩斬厳子はぶった斬った。

「カレンは無条件で絶対いてもらわなきゃ」と弥生。

「じゃあ毒舌の黒ギャルに辞めてもらうしかないわね」と岩斬厳子。

「オイラはふたりとも残ってほしいな。ちょっと見てこよう」

 こういって、ヒロシは二人組の営業部屋を抜け出した。

 すると珍しく、カレンがパソコンから顔を上げて、窓から外を眺めている。

「なんだろか?」疑問に思ったヒロシが、カレンの視線の先を追うと……。

「ああっ!」呆然としたヒロシは思わず口にした。「謎の女だ。青いワンピースの女性だ!」

 あんぐりと口を開けたヒロシの姿は、お馬鹿キャラそのものだ。ヒロシは柄にもなく、またもや見蕩(みと)れてしまった、運動会で見たあの麗しきオトナの女性がいるのだ。

「きょうはブルーでもないし、ワンピースでもないけど、あれこそ謎の女性、紛れもなく青いワンピースの女だ……」

 ヒロシの声に、カレンが振り返った。

「……」

 相変わらず無言だ。

「ね、カレンはあのひと、知ってるの?」

 こくんとカレンは肯いた。

「えええっ! 誰なの?」

「やっぱり気にかかるわよね、あんなに美しいんですもの」

 窓の外には、幅2メートルほどの旧小学校の裏庭があり、その先には薄いグレーに塗り直されたネットフェンスがある。

 その向こうにはネットフェンス沿いに小道が左右に抜けており、小道の向こうには玉川上水が流れている。そして玉川上水の上に架かった短い橋の上に、その人が立っていた。

 きょうの出で立ちは、以前までとは違った。紺のノースリーブに、白地にグレーのストライプスカート。妖艶さ極まるこの女性にしては、地味な組み合わせのはず。なのに、はっと人目を引く。

「素敵だ……」

 ヒロシには判る。確実に青いワンピースの女と同一人物だ。なぜならその女性は、どんな男でも狂わせる妖しい色気に満ちているだけでなく、ヒロシの感覚を麻痺させるなにかを保持しているからだ。

「あぁ……」

 ヒロシは瞠目した。なんと、こちらを向いて手を振っているではないか。傍らを見ると、カレンも手を振り返している。

「うわああ」

 ヒロシは思わず叫んだ。謎の女性は、柔らかい笑顔まで浮かべているではないか。

「オ、オイラ、びっくらこいた。どうしてカレンはあの女性、知ってるの?」

 目を奪われたまま、ヒロシは傍らのカレンに訊ねた。

「ああ、それね。去年、高校生のときデザインコンクールに応募したウチの作品が、スポンサーだったあの方の目に留まったの。それでウチ、デザインの腕を見込まれて、彬子さんが持ってる数ある会社のうち一社の、デザインを任されたの」

「ひゃああ、すげえや」

 ヒロシは初めて目にした謎の女性の笑みに心を奪われたままだ。たおやかでいて、なんと美しく、魅惑的なのだろうか。どこまでも謎めいている。

 そのまま女性は行ってしまった。ヒロシは茫然自失の態で、無人になった橋を見つめていた。

 そして我に返った。

「し、しまった。追いかければよかった……」

「ちょっと、もし、ストーカーさん。変質者的なこと、言ってませんか?」

 異変を察知したリーサが寄ってきた。いまだ呆然としつつ、ヒロシはカレンに訊ねた。

「カレンは、あのひとの名前、知ってるの?」

青洞院彬子(あおのとういん・あきらこ)さんよ。ウチの知る限り、世界一妖艶な女性よ」

「あら、ワタクシも紹介していただきたいですわ」リーサも興味を示した。

 ヒロシは涎も垂らさんばかりだ。

「青洞院彬子さんっていうのかあ。名前まで素敵だあ。ああ、もうオイラ、想い出すだけで身もだえしそう……」

 ヒロシは何もかも忘れ、憧れの女性の幻影で胸がいっぱいになった。ヒロシの若いハートは熱く燃えたぎり、張ちきれそうだ。

「ああ、青洞院彬子さん。オイラが住まうこの星で、正真正銘、最も色っぽい女性だあ~」


 翌日。カレンが出勤時刻になっても会社に来ない。

「どうしたんだろうねカレン」と少多。

「ちょっと心配ねェー」とアラナ。

 オフィスの皆がカレンを案じているその時。

「あ」弥生はスマホを見て愕然とした。「きゃあ、どうしよう。カレンからメールが!」

「メールの中身は?」とヒロシ。

 目を丸くしてスマホを凝視しながら弥生は答えた。「……た、退職届」

「えええ?」皆はどよめいた。

「まさか!」とアラナ。

「本当でしょうか?」とリーサ。

 スマホを握り締めた弥生は、力なく肯くしかなかった。

「き、昨日の出勤をもって、二車カレンさん、退職です……」

 皆にむかって震える声でそう告げた弥生は、顔色が真っ青に変じ、目を潤ませている。

「そ、そんなあ」少多は天を仰いだ、「最も頼りになる仕事人だったのに……」

「えっ、マジ? カレンが辞めたの? ……ああ。じゃあもっと青洞院彬子さんのこと聞いとけばよかった」

 お気楽一辺倒なヒロシの感想とは裏腹に、弥生はかなりのショックを受けている。

「……ああカレン、どうして?」弥生は頭を抱え、ひとりうずくまった。「ね。カレン、どうして?」

 ここに居るはずもないカレンに向かって、問うようにこぼした。

 オフィスの皆も、互いに顔を見合わせるしかない。

「こんな居心地のいい会社って、他に無いと思うんだけどなァー、アタシぃ」

 アラナは首をひねった。

 もしかして自分たちの密談が聞こえてしまったのかしらと、珍しく真っ青になって動転した岩斬厳子はオフィスの隅で右往左往し、内来日和と何やら小声で話し合っていた。


 その夜、ヒロシは珍しく、一人で夜の街をほっつき歩いた。ひたすら考え事をしながらだ。

「どうにかしなきゃな……」

 普段は活発で明るい弥生が、まるで別人のように落ち込んだ姿が、目に焼きついて離れないのだ。

「あのーう、弥生?」

「ねえ弥生ったら!」

 常日頃おしゃべりな弥生だったが、仲間のアラナや少多からの呼びかけにも返事できず、無言でただうずくまっていた。

「だいじょうだよ弥生、気にするなよ~」

 ヒロシも声をかけたものの、弥生はまったく反応を示さなかった。その後弥生は、アラナに肩を抱かれて早退する有り様だった。

「なんてことだ、元気印の弥生が」

 いつもは快活で、社交的な印象を周囲に与える弥生だったが、根は繊細で、とても傷つき易い心の持ち主なのだ。人一倍、感受性が強く、か弱くてデリケートな一面があるのだ。

「何とか元気になってもらわなけゃ……」ヒロシは星一つ見えない暗い空を見上げた。「オイラ、いったいどうすればいい?」

 名案は浮かばない。もやもやと打開策を考えながら、ヒロシは夜の町を歩いた。あてなど無い。考えあぐね、家に戻る気になれなかったのだ。

 ポツリ、ポツリと、忘れたように外灯がともる住宅地。民家のあいだの路地を縫うようにして彷徨した。一時間、二時間、延々とでたらめに歩みを進めていると、いつの間にかネオンが眩しい夜の町に接近していた。

 酒場の嬌声もネオンライトも興味はないし、訪れたことのない別世界だ。だが、弥生のことを心配するあまり、ヒロシはいま自分がどこにいるのか気にもならなかった。数時間、闇雲に歩き続け、心身ともに疲れ果てた。

 その時、偶然ながら、やや遠くに政治家のポスターが目に入った。そういえば、もうすぐ選挙があるのだ。

 ヒロシと同姓の『緑井さやか』という名前の区議会議員候補のポスターが貼ってあった。緑井さやかはヒロシの親類縁者ではないものの、緑井というやや珍しい姓の持ち主なので、少し気にはなっていた。別に知り合いでも何でもないのだが、記念すべき人生第一回めの投票は、この緑井さんに入れてもいいかなと、人知れず応援する気持ちになっていたのだ。

 その緑井さやかのポスターが、電柱3本ほど先に貼ってあるのが見えた。特に行く先などないので、歩き疲れたヒロシは、よろよろとそのポスターへ近づいた。

 と、そのとき、見覚えある男が、足早に通りかかった。

「む」

「む」

 ヒロシはその男が誰だったか一瞬、考えた。

 偶然通りかかったその男は、そのポスターを視界に入れ、刹那、何かの考えが頭をよぎった。そして呟いた。

「この野郎」

 男は背後から第三者に目撃されているとは露とも知らずに、ポスターのなかで大袈裟な作り笑いを見せる緑井さやかの顔面に蹴りを喰らわせた。そして両手でポスターを引き剥がそうとしたが上手くいかない。

「チェッ、嫌味な名字だぜ」

 履き捨てるようにそう言うと、そのまま通り過ぎていった。

「そうだ、あいつだ」

 ヒロシはようやく思い当たった。ビジネススーツを着た姿など初めて見たのでピンと来なかったのだ。いまの男は、夜須弘士だ。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、との格言通り、緑井ヒロシを憎むあまり、緑井姓の人間なら誰も好かないのだろう。

 足早に去っていった夜須弘士を、よろよろと追いかける形となったヒロシの脳裏を、あらぬ疑いが掠めた。

 今宵、夜須弘士を見かけたということは何かの暗示ではないだろうか。

「まさか夜須シ、カレンをヘッドハンティングしたんじゃないだろうな?」

 珍しくヒロシは疑心暗鬼に陥った。そしてそのままふらふらと前方へ歩みを進めるかたちとなったヒロシは、突然、立ち止まった。目の当たりにしている光景が俄かには信じられず、棒立ちになった。

「うっ」ヒロシは瞬時に凍りついた。闇夜の底で驚愕し、文字通り凝固した。「まさか……」

 見間違いかもしれない。どうだろうか? 微妙だ。ネオンの街に足を踏み入れたことなど初めてだったので、まぶしさに耐えかね、目がくらんで、はっきりと見えてないのは確かだ。

「夢であってほしい。幻であってほしい……」

 カレンがいなくなってしまい、いま、憧れの青洞院彬子まで夜須弘士に奪われてしまったら、もう絶望だ。

「オイラ、立ち直ることなんてできそうにない……」

 人影が目に映っている以上、誰かがいるのは確実だ。夜須弘士とネオンの下で待ち合わせている女性は、もしや、憧れの女性、青洞院彬子ではなかろうか?

 はっきりとはしない、見間違いかもしれない。いや、見間違いであってほしい。

 暗さと眩しさの交錯するあたりにその女性が立っているので、判然としない。だから、百%確実とまではいえないのだが……。

「まさか。まさか青洞院彬子さん?……」

 目を疑った。だがネオンライトが反射し、眩しくてよくわからない。ウソか幻か、それとも万にひとつの現実なのだろうか?

「ウソだろう? ウソに違いない……。ウソであってくれ!」

 ヒロシは目をこすって、もう一度、前を見た。

 ――しかしもう、誰も立っていない。とっくに立ち去ったのだ。

「うーん」

 一瞬の出来事だった。ヒロシは立ち尽くした。そして一心不乱についいましがた目撃した情景を思い出そうとした。全身全霊を傾けて記憶を遡った。

 ――夜須弘士は確実に本人だった。そして夜須弘士を、誰かが待っていた。その人は髪の長い女性だった。そこまでは確実だ。ただしそれが憧れの美女、青洞院彬子だったかまでは定かでない。

 そういえば、彬子の後ろにもう一人、さらに誰かが立っていたかもしれない。

 それら全部ひっくるめて幻かもしれないが、全部が全部、現実だという可能性もある。心の底から現実であってほしくない残酷な真実なのか?

 疲労困憊、心身ともに限界に達したヒロシは、闇空の下、その場に座り込んでしまった。

「ああ、彬子さん。本当ですか? さっきのは本当にあなたなのですか?」

 問いかけようにも、東京の夜空には星一つ見えない。

 ヒロシは路面から、いつまで経っても立ち上がることが出来なかった。

 どれだけ経過したかわからない。

 ふとヒロシは、青洞院彬子の笑みを思い出した。妖しげななかにも見え隠れする柔和な笑顔を、ありありと想い浮かべた。すると全身に急速に力が漲ってくるのがわかった。

 やはりヒロシにとって、青洞院彬子は勇気と希望を与えてくれる存在なのだ。

 なぜなら彬子は憧れなのだ、夢なのだ。

「オイラは!」

 胸の奥から感情が飛び出してきた。

「オイラは信じたいんだ、憧れの女性を!」

 ヒロシは上を向いた。

「もう疑わない。オイラ、憧れの女性を信じる、信じ続けるって決めた。だって大好きなんだもん!」

 足は棒のように疲れきっていたが、ヒロシは心にいつものおおらかさを取り戻した。

「だってこれがオイラの生きる道なんだ。とことん人を信じ抜いて、徹底的にノーテンキに生きてやる。それがオイラだ。オイラ、天に誓う」

 ようやくヒロシは立ち上がった。

「もうひとり、とことん人を信じ抜く仲間のためにも!」

 逞しく一歩を踏みだしたヒロシは、胸の奥で、深く肯いた。人を信じてやまないもう一人の仲間、――その純真さ、健気さは、ヒロシのはるか上をいく――弥生と、明日も、元気にオフィスで会えることを信じて、ヒロシは力強く闇夜を歩き去った。

 闇空に星は見えない。

 だが、目に霞む朧月が天空の低い位置から、すべてを見守っていた。


 ところがその翌日。さらにとんでもない出来事が起こった。

 集合時刻の午後四時になっても、今度はリーサが現れない。

「おかしいな、天才軍師がいないぞ」

「どうしてェー? リーサが来ないヨー。ウケないよー」

 皆は口ぐちに不審がった。

 すると――。

「あ」

 着信音を耳にし、ビクンとした弥生は、おのれのスマホに慌てて目を落とした。責任感が誰よりも強い弥生はなんとか立ち直り、きちんと出勤してきていたのだが――。

 弥生は目を皿にして叫んだ。

「きゃあ、そんなあ。軍師が!」

「弥生? リーサが、どうかしたの?」少多が心配顔で訊ねた。

「たった今、リーサからも退職届が届いたの!」弥生はおのれのスマホの画面を見つめ、悄然としている。「ああ、なんてことなの。リーサまで……」

「えええっ!」少多も言葉を失った。「まさか、信じられない……」

 弥生は夢遊病者のような喋り方になった。

「いつも無口な仕事人カレンと、腕利きの軍師リーサが、立て続けにいなくなっちゃうなんて……ああ、なんていうことなの?」

 人の輪をなにより重んじる弥生にとって、仲間の退職は衝撃以外なにものでもない。

「弥生、弥生、ねえ弥生、」

 ヒロシは何度も声をかけたが、弥生はデスクに突っ伏し、おのれの腕に顔を(うず)めたままだ。チョンチョン、と肩を叩かれたので振り向くと、アラナだった。アラナは無言で首を左右に振っている。

《そっとしといてあげな》

 アラナの目は、言外にそう語っていた。ヒロシは引き下がるしかなかった。

 こうして恋愛結婚株式会社は、会社創設早々、大ピンチに陥った。

 ところがその日、夕方六時半頃になって、ひょっこりとカレンが現れた。

「ウチ、ウェブサイト完成させたい。デザイナーとしての良心がうずくから」

 そういうとパソコンに向かって作業を開始した。素人目には完璧に出来上がったと思えた恋愛結婚株式会社のウェブサイトだったが、カレンとしては、まだまだやり残したことが多いとのことだ。

「やっぱりプロの目は違うのね」

 カレンの登場に、やや生気を取り戻した弥生は落ち着きを取り戻した。カレンは作業しながら言った。

「ウチね、とにかく純粋に美しいものが好き。だから最高のウェブサイトを作りたいというデザイナーとしての意地と願望があるの。メンテナンスだけじゃなくって、使ってる写真をシャープにしたり、このあたりの文字に影をつけたりね、まだまだこのサイト、手を加えたいとこテンコ盛りなのよ」

 そう喋りながらも、手をスイスイと動かしている。

「ハハハハ、カレンは会社を辞めてからのほうが、よく喋ってるね。オイラ感心した」

 ようやく笑顔を取り戻した弥生を見て、ヒロシは一安心してそう言った。

「それはね。ウチ、ようやくデザイナーの仕事に慣れてきて、喋りながらでもサクサク作業できるようになったから」

「へええ。じゃあ麗しの彬子さんのことを……」

 お気楽なヒロシがそう言い出したのを弥生が遮った。

「カレンは今どうしてるの? 私、とっても心配してたのよ」

 温かな心がこもった弥生からの真摯な問いかけに対し、カレンは事も無げに答えた。

「ウチ、正社員として引き抜かれちゃってね、かなりの高給で。デザイナーってサ、経験会社数が多いほうが箔がつくから。単純な理由」

「じゃあ、今は何て会社で働いてんの?」

 とのアラナからの問いかけに、カレンはこう返した。

「ウチ、今朝からラブ・マジッリ・インターナショナルINCで働いてる」

「えええっ!」弥生は丸い目を、さらに丸くさせた。「その会社って、まさか夜須弘士の?」

「そーよ。給料三十倍だから」

「アチャー」とヒロシ。

「大ピンチだわ!っ」と弥生。

「で、ラブ・マジッリ・インターナショナルって、本当に夜須真似シが社長なの?」アラナが訊いた。

「そうよ、真似シが社長。アイツが言うには、『俺ゃあなあ、大富豪のパパから大金を援助してもらってこの会社を立ち上げた。だから資金は腐るほどあるんだ』だって」

「あははは。カレンって夜須シのモノマネがちょー上手いね」ヒロシは妙なところに感心している。

「確かにウケる~」とアラナ。

「で、どうなのカレン。真似シの会社って、やっぱり恋愛結婚株式会社の猿真似なの?」

 弥生からの問いに、カレンは今度はこう答えた。

「そう、そのとおりよ。真似シはこうも言ってたの。『俺ゃあ終生のライバルを見つけたァ。アイツを陥れるには、俺ゃあ何だってやるゾィ。人真似だって猿真似だってドンドンやるゥ! そのためにパパから大金せしめたんだァ』だって」

 そう言ってカレンはヒロシを見た。

「ひゃあああ、オイラ、一方的にライバル視されてるぞ。オイラは夜須弘士のことなんてあんましよく知らないのにどうしてだろ?」

「さあ、どうしてかしらね」弥生は首をひねった。

「真似シの逆恨みかなァー?」アラナも首をかしげた。

「ウチもそれ以上の詳しい理由は知らないの」とカレン。

「あらまーあらさて」と言いつつヒロシは、慌てた様子など一切無い。つまり夜須弘士のことなど、はなから眼中に無い。気にかけてないのだ。

「そういえばネ、バカバカしいというか、おかしなことにね」作業しながらカレンは言った。「ラブ・マジッリ・インターナショナルINCって会社名で登記済だから、マジッリ、そのままにするんだって! ラブに利益が混じりましたって感じのヘンテコな社名、変更しないんだって~」

「うひゃあ、ウケる~」とヒロシ。

「相変わらず夜須シって、おバカぁー」とアラナ。

「最近ヒロシって、アラナのギャル言葉つかおうとしてない?」

 そうカレンが指摘したので、ヒロシは思わずうなった。

「ああっ。オイラ、そういえばそうかも。カレンは実に鋭いなあ」

 またもやヒロシは妙なところに感心している。

「ね、カレン。真似シの会社は本当にギンザにあるの?」と弥生が訊いた。

「ここと同じ区内の銀座商店街通りにあるわよ」

「ひゃー」ヒロシにはバカ受けだ。

「なんだなんだ、ますますウソシらしいな」と少多。

 カレンが語る内部情報は更に続いた。

「それでね、入社一日めのウチにもわかってきたんだけど、夜須真似シってさ、心がどうにかしちゃってる人間なの」

 マウスを使って作業を続けながらも、カレンは大きくため息をついた。

「真似シ曰くね、『皆の者、よ~うく聞け。社長の俺にゃあな、理念も正義もヘッタクレも無い。よって、七面倒臭いことなんて完全にすっ飛ばして何でもOKの社風とする。だからカネになりそうなことならなんでもやるゾ。理想もモットーも糞もない。あるのは営業成績を上げて、ライバルのチャラ男の鼻を明かすことだけだ。そう、俺ゃあプライドに生きる男なんだ』だって」

「うひゃあ~ しつこい野郎だな~」相変わらずヒロシは楽しそうで楽観的だ。

「カレンのモノマネ、まじウケる~」とアラナ。

「でも内容は衝撃的ね」と弥生。「でね、カレン。真似シの会社は本当に社員が3百名もいるの?」

「うううん、いまは十三名だけ」

「なんだ、3百名は口先だけが。真似シらしいな」とヒロシ。

「『ゆくゆくは3千人にしたいんだ』なんて言ってたけど」カレンは夜須シのモノマネが板についてきた。

「十三人でも多過ぎると思うけど。何する人たちなんだろう?」と弥生が訊いた。

「それがね、十三名いる社員のうち半分以上の七人がね、屈強なヤカラたちなの。で、悪者メイクして、暴漢役の練習までしてるの。依頼者が来たら、さっそくチンピラ作戦やろうって魂胆なのよ。ほんと真似シってヤんなっちゃう。さらにニセ占い師まで雇ってるのよ」

「え。どうして?」皆は興味津々だ。

「性格が絶対合致しなさそうな二人でも、ニセ占い師にニセの占い結果をのたまわらせて、無理やりくっつけるって企んでるの」

「ゲッ。マジあこぎィー!」アラナは声を荒げた。

「あこぎなマネシがあざとい手段で浅はか路線とはな。真似シがやりそうなことだね」と少多。

「というより、真似シにしてみれば案外やるわね」弥生は腕を組んだ。「ニセ占い師作戦なんて、ニセヒロシにすれば意外と独創的かも」

「敵ながらアッパレだわァ」とアラナ。

「それがね」カレンは続けた。「真似シにそれらのアイデアを吹き込んだ人がいるの」

「えええっ」

 皆は口ぐちに驚いた。

「誰?」

「まさか」

 カレンは何のてらいもなく言った。「アイデアを出したのは、軍師なのよ」

「ええええ!」弥生は我を忘れるほど驚いた。

「まさかリーサが?」少多も唖然としている。「リーサが真似シ側に寝返ったってこと?」

 カレンは肯き、社内はどよめいた。

「何い! おったまげ、ぶったまげェー」アラナは目を見張った。

「我らが軍師。単に辞めたと思ってたら、夜須シに引き抜かれてたか! ガビーン!」ヒロシは相変わらず、陽気な軽口を叩いた。「そうだ、調べてみよう」

 皆は自分のスマホで、急ぎ、ラブ・マジッリ・インターナショナルINCのウェブサイトを検索した。

「あっ。このホームページ!」

 弥生は目ざとく見つけた。

「そっ。完全ボツにするのが惜しくて」とカレンが答えた。

 先日カレンが恋愛結婚株式会社のために作成したが未使用になっていたデザインが、そのまま使われていた。

「ああぁ。これ、結婚、結婚って、イケイケドンドンで露骨過ぎるというか、ストレートで鋭すぎたバージョンのホームページね?」と弥生。

「そ。ラブ・マジッリ・インターナショナルはとことん売上にこだわる成果主義だから、あの会社にはぴったりなんだってサ。なんせチンピラ雇って無理やりカップル成立させる社風だから」と呆れ顔のカレン。

「ああっ。『弊社に登録するとガイジンと結婚できる』だってさ。なんだかヘンテコ~」とヒロシ。

「『有名プロスポーツ選手や芸能人も多数登録』だってさ、これホント?」と弥生が訊ねた。

「みんなウソ。ウソシがやりそうなことでしょ」

 カレンは憤慨している。

「さすがウソシっていうか何ていうか……。こんな同窓生がいるなんてガッカリぃ、げんなりィー」アラナも憤懣やるかたない様子だ。

「ふたりの行く末なんてあの会社は全然考えないのよ。とにかく目先の成婚数を上げて、『本物ヒロシの会社を上回ることだけが至上命題だァ』だって。だから、ただ単に登録者数を増やすだけでいいのならって、軍師が続々とアイデア出すのよ」

 カレンの暴露話に、ヒロシが反応した。

「オイラ、ニセヒロシから、本物ヒロシって呼ばれてるのか、あははは」

「あ。『今ならもれなく半額キャンペーン実施中』だって」と少多。

「それよ、それ。単純に定価を二倍に設定して、『明日までに申し込めば必ず半額!』って引っかけ告知してるだけなの、もう厭んなっちゃう」

 カレンは義憤に駆られている。

「あっ。もしかして、いつも『明日までに申し込めば半額』なんでしょ?」

 弥生の問いかけにカレンは呆れ顔で返した。

「ドンピシャリ、そのとおりなの!」

「ひゃあ!」皆はずっこけた。

「でね、ウソシの計画では、デートでは必ずニセ占い師の館に連れて行かせるの」

「で、相性バッチリです、とか占わせるの?」

「だったらまだマシよ。この人と結婚しないと家族が不幸になるって、ニセ占い師に断言させるの!」

「えええっ。そんなの卑怯だよ!」

「詐欺だ!」

「ペテンだ!」

「それに片想いの彼女を襲わせるチンピラの人数が増えるに比例して、依頼者の支払金額がアップするの。もうこんなの悪辣経営者の悪徳企業よ!」

 日頃無口なカレンが、心の底から憤っている。

「アタシ悔しいイ! こんなデタラメ会社をのさばらせておくのは、ギャルとして断じて我慢デキナイぃ!」アラナがそう叫んだ。

「ボクも同感だ。陰キャ代表のボクでも許せないよ」少多はいたたまれず立ち上った。

「弥生なんとかして! ウソシをやっつけて!」カレンは弥生に熱く訴えかけた。もう涙目だ。

 大きく肯いた弥生は、カレンと手を握りあった。弥生は勇気百倍だ。

 そのときにはもう、恋愛結婚株式会社の面々は自然と立ち上がった。もう動きだしたくてウズウズしている。

「私たちも動き始めましょう」弥生は逞しく言い放った。「私たちは純愛路線、一直線よ」

 皆は口ぐちに賛同した。

「そうだ、純愛一直線だ!」

「まさに理想は純愛結婚だ!」

「あっ。恋愛結婚株式会社のウェブサイトに問い合わせが!」

 カレンがパソコンの画面を見ながら叫んだ。

「え。ついに?」とヒロシ。

「い、今よ、今来たわ。お問い合わせ第一号よ」カレンは興奮している。「『さっそく今からでも相談に来たい』って!」

「アワワワワ」

「来たアア!」

「キターア!」

「ぎゃあ、いる!」

「え?」

「玄関に立ってるう!」

「あの人よ!」

「ぎゃああぁ」

「さっそく?」

「キターーッ!」


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