表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飲めるあたたかさになるまで ――あなたの隣を歩きたい――  作者: 蒼宙 つむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/71

2.My first café au lait(5)

本日2話目の投稿です。

瑞葵ちゃんの気持ちが…揺れます

5.飲めなかったcafé au lait


「えっと、ここは気を付けるポイントと聞いたから……」

 瑞葵はそう言って、視線をモニターに戻した。

 午後から最後の研修があり、今は仕様書を片手に最終チェックをしている。

 丁寧に、でも時間も気にしながら。


「瑞葵ちゃん、いい所に気が付いたわね。いい感じよ」

 先輩が横から声をかけてくれた。

  小さくうなずき、

  「ありがとうございます」

  控えめながらも、はっきりと礼を述べた。

 

「健太郎。これ、ちょっと見てほしいんだけど……」

  少し離れたブースで彼の名前が呼ばれた。

  気にしちゃいけない……。

  自分に言い聞かせる。

 しっかりと仕事に向き合うって決めたのだ。


 昼食後、新入社員12名は会議室前のロビーに集合した。

 今から最後の研修が始まる。

「今から研修を始めますが、席順はこの表を見て着席ください」

 社長秘書の石井さんが声をかけながら席次表を扉にテーピングする。

(私の席は……。一番前?ええ……“山本”だから後ろじゃないの?)

 変だと思いながら他を見ると田所さんが一番後ろの右端になっていた。

 健太郎君は一列目の右端。私の真逆だ。間には小山君の名前がある。

 よくわからない。


 扉を開け、入ろうとすると哲平社長が腕を組んで仁王立ちしている。

 威圧が半端なくて、怖い。

 ぞろぞろとみんな席に座り、社長に向き佇まいを正す。

「今から、最後の研修を始める。が、その前に、今から名前を呼ぶものはその場で立つように」

 大きすぎない声なのに、空気がまた一段と引き締まった。

 緊張して、少し息を飲む。何が始まるのだろうか。

「山下と田所。起立」

「はい!」

 二人は大きな声で立ち上がった。その顔はなぜか選ばれた人間だと誇らんばかりだった。

 だが、次の瞬間、一気に青ざめて崩れることになる。

「二人は今日までだ。ご苦労」

 呆気に取られ、言葉が出せない。数秒、物音ひとつ立つこともなく静寂に包まれたが、甲高い声がそれを切り裂いた。

「納得いきません!なぜですか!」

 田所だ。立ち上がり、机を大きく叩き、社長に大声を上げる。

「お前、何か勘違いしているな。ここには必要ないってことだよ。説明してほしいのか?子供だな」

 いつもの優しい声じゃない。ワントーン低くなっている。

「子供でもいいです!説明してください!」

 なおも食い下がる田所。プライドが傷ついたといった顔だ。

「いいだろ。お前、自分の仕事を人に押し付けて遊びに行くなんて、いいご身分だな。しかも自分がしたかのように提出。そんな奴はここにはいらない。あと、課題も人に頼んでいたに頼んでいたろ。なあ、山下」

 田所さんの隣の山下さんが下をうつむいて震えている。

「田所と山下の課題、この中の奴に頼んだな。そいつには厳重注意した。仕事も自身の課題もできていたから注意だけで終わりだ。これでいいだろ、田所」

「納得いきません!私たちが頼んだという証拠はありません」

「ははは。たまたま、俺のスマホに音声残ってたけど。それでもまだ言う?」

 そういってスマホを取り出し、録音を再生し始めた。

『ちょと、私たち二人の課題。手伝ってよ。得意なんでしょ?手伝ってくれたら、お礼ちゃんとするからさ』

 田所の声だった。話している相手の名前や声はわからない。しかし、斜め後ろの女の子がうつむいて震えていた。

「これ以上はお前らと話すつもりはない。人に仕事押し付ける奴はいらん。さっさと帰れ!」

 かなりの大声で叫ぶ社長。叱られていない人ですらびくっと体が浮いた。

 二人は急いで退出し、静寂が戻った。

「というわけで、研修は終了だ。若干部署移動があるからあとは石川に聞いてくれ」

 そういうとさっさと社長も退出した。


「それでは部署移動ですが、その前に課題の上位3名をお伝えします。1位山本瑞葵さん。2位小山駿太さん。3位久遠健太郎さん。3名には後日社内報にて表彰と副賞の授与があります。おめでとうございます。――では、人事異動の発表です。佐藤さん、あなたはSEに。峯田さんもSEに。山本さんはSEですが社長直属チームに移動です。ほかの人はそのままで。以上。解散してください」

 淡々と発表する石川さんは表情が全く動かず、目が鋭い。

(斜め後ろの佐藤さん、SEに移動なのね……。峯田さんは……よくわからないけど)

 瑞葵は佐藤さんの事情を汲んでこの対応になったのだと考えた。

(だけど、なんで私が1位なんだろ?)

 今回の簡易ゲームは本当に単純な作業をゲームにしたものだ。コードも少なくバグも起こりにくい。小さな子供でもできるようなものにした。大したものではないと思っているだけに疑問が残る。


 考えていると、後ろから声をかけられた。

「山本瑞葵さん、おめでとう。社長のチームに入れるなんて……どういう手を使ったのかしら」

 びくっとした。棘がある言葉にしか聞こえない。

 後ろを振り向くと、綺麗な容姿の坂口裕子が表情なくじっと見つめてくる。

 確か、同じSEだった。話をしたことないけど、仕事ができるって先輩も言ってた人だ。

「……あ、ありがとう、ござい、ます」

 何とかお礼は述べられたが、褒められた気持ちにもならなくて動揺が隠せない。

 こういう時は、早くこの場から離れた方がいい。厄介ごとに巻き込まれたくない。

 いそいそと元いたデスクへ戻った。


「瑞葵ちゃん、おめでとう」

 デスクの近くにいた先輩方が笑顔で迎えてくれた。

 今日の研修は先輩方全員が知っていたのだろう。

 小さくうなずきながら顔を赤らめてにやけてしまった。

(頑張ってよかった)

「山本さん、あなたは明日からあちらのブースに移動です。荷物の移動よろしくお願いします」

 いつの間にか後ろに立っていた石川さんが無表情で話しかけてきた。

「は、はい!」

「石川~、顔怖い。笑えって~。かわいい後輩ができてうれしいんだろ」

 先輩の一人がからかい口調で言う。

「うるさいですね。彼女は仕事のできる人ですからうれしいですよ」

 思ってもいなかった人からお褒めの言葉、これは夢ではないだろうかとほほをつねってしまった。

「いたっ」

 現実だった。その様子を見られていたようで、一斉に笑われてしまった。

(恥ずかしい)


 うれしくて、大好きなカフェオレを飲もうとカフェテリアスペースに向かうと、健太郎の後ろ姿が前方にあった。

(久遠君も3位だったな。どんな企画にしたのかな……)

 少し気になって彼の顔を見ると、どこか一点を見つめているようだった。

(……熱心に、見てる? どこを?)

 つられるように視線を追う。

 窓の外を眺めながらコーヒーを飲む、坂口裕子の姿があった。

 健太郎が見ていた相手が誰なのか、すぐにわかってしまった。


 チクッ、と胸の奥が痛む。

 思わず胸元を押さえて、指先に力が入った。


 ――大丈夫。

 そう、自分に言い聞かせる。

 その感情に名前をつける前に、瑞葵は視線を戻した。

 健太郎は、坂口裕子に向かってまっすぐ歩き出していた。

 視線を逸らすこともなく。


 ふうっと息を吐く。

 その先の光景を、もう見たくない。

 瑞葵は踵を返し、来た道を早足で戻った。



 今日はもう、

 カフェオレを飲む気には

 なれそうになかった。


切ないお話になってしまいました。


明日も2話投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ