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飲めるあたたかさになるまで ――あなたの隣を歩きたい――  作者: 蒼宙 つむぎ


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3.American size coffee(16)

1話目、瑞葵sideです。

16.違うと言ってくれませんか ~瑞葵side~


 ポタリ ポタリ

 ゆっくりとした等間隔で点滴の雫が落ちるのを、ただ焦点も合わせずに見つめていた。

 一般病棟に移動し、やることもなくただ時間が過ぎるのを待つだけの毎日。

(あれから何日経ったのかな……)


 私達兄弟には“親族”はいない。父と母が駆け落ちしたその日から断絶された。だから、誰かがお見舞いに来ることはない。でも、今はそれがありがたく思う。

(この状態で、誰かと顔を合わせるのは――)

 一般病棟に移った時に手洗い場にあった鏡が目に入り、絶句したのだ。

(目が開けにくいと思ったら、青く腫れていたし。自分でも怖くて、あれから鏡は避けているし。トイレにも行けないから都度看護師さんに手伝ってもらっているし。ギブスしているからお風呂に入れないし……。精神的にきついわ)

 そして何より、樹と雪の意識が戻っていない。このまま目が覚めなかったら……そんなことを考えてしまい、眠れない日々が続いていて、目の下の隈がすごいのだとか。看護師さんが先生に睡眠導入剤の相談をしている声を拾ってしまった。

(ものすごく心配されているよね…)

 いたたまれなくなり、深くため息をついた。


「山本さん。山本さん。寝ているところ悪いのだけど、少し起きてもらえるかな?」

 することもなく、連日の寝不足からうとうととしていたのだろう。声をかけられて自分が寝ていたことに気が付く。

「……はい。なんでしょうか?」

 少しかすれた声で返事をする。

「お兄さんとお友達が目を覚ましましたよ!今先生が診察しています。後で会いに行きましょう」

 看護師さんの言葉の途中から涙があふれてきた。数日前にあれだけ泣いたのに、涙は枯れることを知らないようだ。

「はい!」

(二人に会える!よかった)

 私は食い気味に返事して、笑顔を向けた。


 足を骨折していることからストレッチャーで移動することになった。

(移動するのも大事ね)

 目立ちたくない性格の私には、この移動が苦痛以外の何物でもない。顔にタオルをかけていようかとごそごそとしていたら、看護師さんに釘を刺される。

「顔に白いタオルは……やめてね。私達の見たくない光景第一位だから」

 苦笑いを浮かべ、明るくそう言う。

「ごめんなさい。気が付かず」

 医療現場で働いたことがない私は何と自分勝手なのだろうともう反省をする。

「私のハンカチでもいい?」

 そう言って目元を幼児から絶大な人気を勝ち取るアンパン頭のキャラクター柄のハンカチをかけてくれる。

「私の娘のハンカチ。可愛いでしょ」

「娘さんの!ごめんなさい。大事なハンカチですね」

「いいのよ。娘もきっと喜んでくれるから」

 明るい声が頭上から聞こえる。本当に感謝でいっぱいだ。


 ウイーン……

 自動ドアの開閉音だと思われる振動音が聞こえた。集中治療室に着いたのだろう。消毒薬のにおいが漂ってきた。

「山本さん。着いたわ。体を少し起こしましょう」

 肩を軽く叩いて声をかけられる。

「はい」と小さく答え、ハンカチを取る。看護師さんの返そうとするが「帰りも使うでしょ。持ってて」と言われ、ありがたく借りることにする。

 カラカラとゆっくり室内を進むと先生がこっちに気が付き手招きしてくれる。

「山本瑞葵さん。顔色、だいぶ良くなったね。おいで。みんな一緒に説明する」

 私は、静かに首肯した。


 兄はベッドに横たわっている。やはりあちこち紫に変色している。雪ちゃんも横になっていて、左目を包帯で巻かれていて、唇に傷があった。

「みんな、落ち着いているね。では説明する。君たちは“事故”にあった。怪我をした。それぞれ骨折している。身動きできないので自分たちで身を守る術がない。よって、今から転院する。柳さんが手配した病院だ。安心していい。そして、君たちの安否に関しては、今は伏せるしかない。以上だ」

 淡々と、説明されたが、まだ足りない。

「先生、えっと、転院?あの、怪我の状況とか、もう少し詳しく……」

「悪いが時間がない。今すぐ移動だ」

 そう言って看護師さんに指示を出す。テキパキとした無駄のない看護師の動きに呆気に取られる。

「先生、地下駐車場に車が到着しました」

 病院内用の携帯電話で内線を受けた看護師が声を張る。

「急げ!」

「「はい!」」

(これは、何かどっきりかな?映画のワンシーンみたい。どうせならアクションものよりロマンス系の映画がよかったな……)

 自分の置かれた状況が飲み込めず、訳のわからない希望を脳内で独り言ちる。

 ふと、握りしめていたハンカチを借りていたことに気が付き、看護師さんに声をかける。

「あの!ハンカチ、ありがとうございました。お返しします」

 看護師は一瞬手を止め、にっこり笑うと次の瞬間からまたせわしなく動きながら言った。

「あげるわ!そのヒーローは“勇気の花の蜜”が入っているのよ。きっと、あなたにも勇気をくれるわ」

「……ありがとうございます」

 私はこのハンカチに何度も助けられるとはその時は思わなかった。


 カラカラカラカラ――

 ストレッチャーを押す速度が怪我人を運んでいるとは思えないものだった。看護師さんの顔にも焦りの色が見える。

 エレベーターに乗り込むために停まっていると談話室からニュースの声が聞こえてきた。

『アメリカで日本時間未明、久遠健太郎さんが勤務先で倒れ、病院に搬送されました。前日にも一人倒れて搬送されていることから、事故と事件、どちらの可能性も――』


 キーンという音とともに耳が痛くなり、

 テレビの声が急に聞こえなくなった。

 さっき、テレビで何と言っていたのだろう。

 彼の名前が聞こえたような気がする。

 でも、聞き間違いや同姓同名だってなくはない。

 顔を横に向け、視線をさまよわせる。

 テレビのモニターが見えた。


 “久遠健太郎”という文字と、

 彼の入社時の写真が映し出される。


 ああ、神様、

 どうか違うと言ってくれませんか。


22:00も投稿予定です。

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