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飲めるあたたかさになるまで ――あなたの隣を歩きたい――  作者: 蒼宙 つむぎ


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3.American size coffee(8)

今日、2話投稿予定でしたが、1話に集約したので1話のみとなります。


8.ハリガネ


 翌日、朝食にスクランブルエッグが出てきて手が止まった。

 昨日のことが脳裏をかすめる。

 俺は卵焼きに醤油は使っていなかった――はずだ。

「……いや、まさか」

 些細なことだ。

 そう自分に言い聞かせ、スクランブルエッグにケチャップをかけて口に運んだ。


 出勤するといつも通りの朝の風景だった。

 立ち話をする人、モニターを見つめている人、徹夜明けで目をシバシバさせながらブラックコーヒーを飲んでいるデニスさん。

 ただ、カフェテリアの一角だけ黄色いテープが張られているだけで、誰も話題にしない。

(海外ってドライな感じ、なんだな)

 そう思って固定席になりつつある自席に腰を下ろす。

(しばらくはミネラルウォーターだけ口にしよう)

 なぜだかそう思ってデニスさんの家にあった未開封のペットボトルを持ってきた。


 PCを立ち上げ、メールを確認すると昨日のことが“公式発表”されていた。

 件名:昨日のカフェテリア内で起こった人が倒れた件について

 内容:昨日、カフェテリアで社員が倒れた件について報告

 倒れた本人は意識も回復し体調が戻るまで入院。

 調査の結果、特定の食品に問題があったことは確認されていない。

 アレルギー反応に似た症状が見られたので本人の不調と重なったことが原因と判断。

 体調管理には気を付けるように。


「……」

 俺は医者じゃないが、昨日の倒れた人の様子は異常だった。だからこそ人を近づけるなとレスキューも指示したのだから。だが、俺が何を言っても何かが変わるわけではない。勿論、事情聴取を受ける際には思ったことを言うつもりだが。

「これ、昨日の公式発表、なんだかおかしいわよね~。ね、サミルもそう思わない?」

 ジェシーさんが隣に座っているサミルさんに絡んでいる。サミルさんは中東出身のようで彫が深いのだが、眉間に皺が寄ってさらに彫で影が濃くなる。サミルさんはジェシーさんの扱いに慣れているのか、終始無言で仕事している。

「サミル~。泡を吹くって、食中毒じゃ説明つかなくない?アレルギー反応ね……。体調不良って書いてるけど、めちゃくちゃ元気だったでしょ。おかしいわよね~」

 確かに体調不良には見えなかった。確かにおかしい。

 サミルさんはやはり無言でキーボードをカチカチと打っている。

(サミルさんのキーボードのガジェット、特殊なものかな?ほとんど音がしないんだよな)

 多少の音はするものの、ほとんど音がしないので少し前から気になっていた。どこで入手したのか聞いてみようかな。

「食べ物もさ~、奥さんが作ってくれたもの食べてたみたいだし。あとで掛けた何かが原因なんじゃない?ね、サミル」

 カ、チ……

 一瞬サミルさんのキーボードが不自然に止まった――ような気がする。

(サミルさんも打ち間違いすることあるんだな)

 そう思って俺はひたすら仕様書とモニターを睨みつけ戦っていた。


 ランチタイムになり、食べるものをどうしようかと考えていると、珍しくサミルさんが近寄ってきた。

「健太郎、これ食べるか?」

 そういってサンドイッチを目の前に持ってきた。正直お腹はすいているが、今は人から何かを貰うのが怖い。どうやって断ろうかと目が泳いでしまう。

「あ……。えっと……」

「健太郎!早く!今日は一緒に食べる約束だっただろ?」

 そう言ってジェシーさんに手を引かれて入り口に向かい始めた。

「サミルさん、すみません。気遣いありがとうございます」

 感謝を述べて会社を出た。


「ジェシーさん、ありがとうございます。助かりました」

「あ~。なんか困ってそうだったから~。それより、中華のお店に行こう」

 ジェシーさんは本当にランチを一緒に食べるつもりらしい。

「いや……。今はちょっと外食も、どうしようかと」

「昨日のこともあるからね。うん。ちゃんと危機感知はある。よかった。とにかく行くよ」

「いや、だから……」

「大丈夫。哲平の親族のグループ会社が経営するレストランがあるんだ。安心していい」

「哲平さんの……」

 俺は安心できる食事を食べられると思い、安堵のため息を漏らした。


 レストランに着くとデニスさんもいて、笑っている。

「健太郎、今日はラーメン食べよう。ここなら伸びないだろ?」

 確かにすぐに食べられるが。

「俺、豚骨ラーメンがいいです。あの、麺の硬さは好みを言って対応は……」

「勿論、伺いますよ」

 店員さんは日本人だった。すかさず希望を伝える。

「あの、ハリガネ、えっと粉落としって言ったらいいのかな。あまり茹でないでほしくて」

「ハリガネですね。わかりました。替え玉も希望ありましたら言ってください」

「勿論!替え玉もお願いします」

「では、欲しいときに声をかけてください」

 うんうんと大きく頷き割り箸をもって待つことにした。


 ほどなくして、注文した豚骨ラーメンが運ばれてきた。

 湯気と共に豚骨の香りが立ち込める。

 見た目も日本で食べたものと同じで安心感がさらに増した。

 一緒に出された紅ショウガを乗せ、蓮華でスープを飲む。

「……」

 胸がいっぱいになった。安心して食事をとるって、こんなにも大事なことなのかと改めて感じ、鼻の奥がツンとした。

 そこからひたすら無言で麺をすすり、替え玉をお願いする。皿に盛られた替え玉も勿論ハリガネだ。残していたチャーシューも残さず食べて、やっと満足した。


 飲み干した後のラーメン鉢をじっと見つめため息をつく。

 サンノゼに来てからずっと気を張っていて何も思わずにいたが、考える余裕が戻ってきた。

 まだ1か月経っていないが、あまりにいろんなことが起こりすぎていると言わざるを得ない状況。

 だが、今感じている何かがはっきりしなくてもどかしさを感じ、ギュッと拳を握りしめた。


 店を出て空を見上げた。

 青く透き通っている。

 世の中は平和に見える。


 この平和が水面下で脅かされているなんて

 この時の俺は思いもしていなかった。


アレルギーが出ているので、今日は1話を長めにしました。

明日は平日なので1話投稿予定です。


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