2.My first café au lait(24)
嵐が来るお話です。
切なさ、伝えれてますように。
24.雨が止まなくて
昨晩から降り出した雨は翌日になりさらに雨脚が強くなり、いくつかの交通機関が停止してしまった。数年前に起こった世界的パンデミックを受けて、この会社でもリモート対応しており、急に出勤できなくてもちゃんと仕事ができる。
「……。今日はリモート申請しなくちゃ」
テレビで天気予報を確認し、カバンを肩から降ろす。今日の夕方くらいからは電車も動くかもしれないが、それから出勤しても意味がない。頭を切り替え、飲み物を入れるためにお湯を沸かすことにした。
(何を飲もうかな……)
キッチンに作ったお茶コーナーに向かい、コーヒーにするか紅茶にするか迷う。一人なら迷わずコーヒーにするだろうが、カップは二つだ。
(確か、冷凍庫にカットフルーツとかベリー系があったはず)
瑞葵はアールグレイのティーバッグの入った缶を手に取った。
冷凍庫から出したフルーツをマグカップに入れ、ティーポットを用意する。
カチッ
お湯が完全に沸騰一歩手前、紅茶用の温度にお湯が沸いたようだ。
一度ポットに少しのお湯を入れて温める。
温め用のお湯を捨て、二人分のお茶のお湯を注ぎ、ティーバッグを入れて3分蒸らす。
部屋は暖かいのでティーコゼーはいらないだろう。
トレーにカップとポット、砂糖と蜂蜜を乗せリビングに向かう。
「お兄ちゃん、おはよう。今日はフルーツティ入れるから一緒に飲もう」
椅子に座る兄の樹に声をかけた。
「瑞葵、おはよう。今日はリモートだね。よかったら一緒に仕事しようか」
「いいの?邪魔にならない?」
「うん。哲平から連絡あって、瑞葵にしてほしいことあるから俺がサポートすることになったよ」
(なるほど、哲平さんはやはり仕事が早い)
「わかった。じゃあ、お茶飲み終わったらお兄ちゃんの部屋に向かうね」
「あ、リビングで大丈夫。実はもう一人来るから」
「もう一人?」
(お客さんが来るのかな?)
「うん。たぶん30分後に来るだろうから、ゆっくりしていよう」
どうやらよく知った人のようだ。あとでお茶の用意しておこうと時計で時間を確認した。
ピンポン
来客を知らせるチャイムが鳴り、モニターを確認すると意外な人の顔だった。
(雪ちゃんだ!)
慌てて玄関に向かいカギを開ける。
「雪ちゃん!いらっしゃい!」
「瑞葵ちゃん!朝からごめんね」
「ううん?もしかしてお客さんって雪ちゃんだったのかな?」
「私以外にも来るかも?だね」
ふふっと柔らかく笑う雪ちゃんが可愛くて、私も笑ってしまった。天気が悪くて体が重かったのがふっと軽くなった気がした。
雪ちゃんをリビングに案内し、タオルを手渡してお茶を入れにキッチンに向かうと樹がいた。お茶の用意をしてくれていたようだ。
「お兄ちゃん、ありがとう。あとは私がするね」
「瑞葵、ありがとう。任せようかな。先にリビングに行ってる」
そういってキッチンを後にする樹の足が少しぎこちなくなっているのが見えた。天気が悪くて事故で痛めた足が痛いのであろう。ゴミ箱には痛み止めを飲んだとわかるものが捨てられていた。
「……」
体が完全に治ることはないだろう。でも、弱音を吐かない兄はいつも平気な顔をする。
「少しは頼ってくれてもいいのにな……」
小さく言葉を漏らしたその時、コーヒーメーカーのランプが緑に変わった。
トレーでコーヒーを持っていくと二人は何やら真剣にノートPCの画面を見ていた。
「雪ちゃんはカフェオレでいい?」
「うん!ありがとう」
へにゃりと笑う笑顔が尊い。
「今日は急にごめんね。会社に行けないし、社長が樹さんと瑞葵ちゃんに頼れって言ってくれて、お邪魔することになりました」
「いいよ~。こんな天気だし、私たちも雪ちゃんがいてくれると嬉しい」
「ありがと。私も一人はちょっと、心細くて……。ありがとう」
雪ちゃんは天候が悪い時、私たちと一緒にいることが多い。私たち兄弟も、雪ちゃんも、お互いを頼ることにしている。彼女に何があったのかは知らないが、わざわざ聞くつもりもない。言いにくいことや言いたくないことは誰にだってある。言いたくなったら私も彼女のそばにいてあげたいと思っているが、今ではないようだ。
ひとしきり話をした後、自分のノートPCを開いた。
まずは会社の掲示板をチェックして、メンバーチャットを確認しようと操作する。
カチカチッ
(あ、人事の更新があるみたいね。珍しいな、この時期に)
マウスのスクロールをゆっくりと回して流し見する。
クルクルクル――
“アメリカの提携会社に急な欠員が出たため、わが社から出向を決定”
樹と哲平の友人がアメリカで会社を起こしていた。たまに手伝うことがあると樹が言っていたことを思い出す。
(誰かが出向になるんだ……)
軽く流そうとスクロールを進めていこうとすると意外な人の名前が表示されていた、ような気がした。
画面をクルクルと戻し、手が止まる。
“アメリカ出向者 久遠 健太郎”
私はしばらくこの画面から目をそらすことが出来なかった。
どうして、健太郎君が?という疑問しかなかった。
ほんの少し、期待したのがいけなかったのだろうか。
傍にいてほしいと思ったら、その人が私の前からいなくなるのかもしれない。
なぜかそんなふうに思ってしまった。
さっき入れたカフェオレは
すっかりと冷めてしまった。
天気が悪くて冷え込んできたのかもしれない。
傷が治ったはずの左の腕がうずき
右手でさする。
まだ、雨は止まなさそうだ。
22:00も投稿予定です。




