2.My first café au lait(20)
瑞葵の心の揺れのお話です。
20.揺れる心
翌日、気を取り直して仕事をこなしていった。
カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ!
(よし!昨日の遅れも午前中で全部完了!リスケして今日の分をできるだけ前倒し。石川さんに次のことを教えてもらって……)
キーボードを猛スピードで打ち込み
シャ カリカリ シャシャ
仕様書にチェックを書き込んでいく。
このチェックも早さだけを求めると抜けが多かったら意味がない。
(確か、チェックするときのコツは……)
前の部署でもたくさん教えてもらった。先輩たちの時間を貰ったんだから、期待にこたえたい。真面目な性格は自覚してるし、融通が利かない時もある。全部を今の私が先輩たちと同じ速さでは難しいのもわかっている。だから時間配分や進め方を相談して成長して役に立つ人間になると心に決めている。この会社に入れてもらった哲平の顔に泥を塗るわけにいかないのだ。
「えっと、次は……」
「瑞葵ちゃん、呼吸できてる?息しないと苦しくなるよ」
カレンさんが斜め前のデスクから声をかけてくれた。
「あ!うるさかったですよね。すみません!」
集中すると独り言が多くなるって兄から言われたことを思い出し、恥ずかしくなる。
「いやいや、かわいい子リスちゃんの独り言は聞いてて和むわ~。でも、すごい気迫で仕事してるからちょっと心配しちゃった。無理はだめよ」
カレンさんはこうやっていつも気にかけてくれる。本当に先輩に恵まれてる。
「はい。ちょっと焦ってました。ありがとうございます」
肩に力が入りすぎていたので、深呼吸して背筋を伸ばす。
そして視線を上げて遠くを見ようとした時、健太郎と目が合った。
とっさに顔を隠し、いったん席をはずすことにした。
「ちょっと息抜きしてきます」
そういって離席し、足早にトイレに向かった。
(この仕事してると運動不足になるからたまにこうやって動かないと)
そう言い訳して、自分を正当化した。
自席に戻るとコースターの上にカフェオレが置いてあった。私はいれていなかったから、石川さんのだと思った。
「これは石川さんのですか?」
となりの石川さんに問いかけると意外な返事が返ってきた。
「あ、それは久遠君が置いていきましたよ。山本さんにって」
「健太郎君が?私に?」
「ええ、飲んでくださいって伝言頼まれましたから」
「そう、なんですね……。ありがとうございます」
「お礼は久遠君へどうぞ」
「あ、はい」
そしてカフェオレに手を伸ばそうとすると付箋が張ってあるのに気が付いた。
(何か書いてある。なんだろう)
“mizukiフォルダーにmizuki_specialを入れてます。使ってください。――久遠”
私の使ってるフォルダーに何かを入れてくれているらしい。
先輩たちからもたまにツールを送りあっているのを見たことがあったが、まさか……。
マウスを持つ手が少し震えてしまう。今までもらったことなかった。
ダメ。期待しすぎたら、違った時に気持ちの落ち方が半端ないから。
トクン
もう!こういう時に限ってマウスが言うこと聞かない!変なところに動いちゃう。
カチカチ
自分のフォルダーを開くと”mizuki_special”というのがあった。
それは、私に少し似ているような女の子のアイコン。
しかも、猫耳が付いている。
トクン、トクン
アイコンが一体何なのか、ちょっと覗いてみた。
それは、この前の半拍置くことを自動化するツールだった。
トクトクトク
そんな……。まさか、これって、作ってくれたの?
仕事、忙しいはずなのに。
貴重な時間を使って、これを作ってくれたの?
マウスを持っていた手がゆっくりと離れる指先が熱い。
かすかにふるえる手を、もう片方で握りしめる。
それでも震えが止まらない。
落ち着きたくて握った手を口元に持っていき、軽く指を噛んだ。
どうしよう。
うれしすぎる。
手に触れることが出来るプレゼントじゃない。
これは、私のことを考えてくれた時間のプレゼント。
一呼吸息を吐き、デスクの片隅に置かれたカフェオレに手を伸ばす。
さっきまでここにいたのだと、その熱さが教えてくれる。
あなたが手にして持ってきてくれたこのカフェオレを
私が今、きゅっと握りしめる。
想いが溢れないように
今はゆっくりと深呼吸しよう
ひどいなあ……。
気持ちに蓋をしたところなのに。
胸が痛いよ、健太郎君。
健太郎君の貴重な時間が一番のプレゼントでした。
明日も投稿予定です。




