表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死に戻りの箱庭ダンジョンで、亡き家族を取り戻すため俺は何度でも死ぬ  作者: タイハクオウム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/18

影に笑うもの〈side-B 前編〉

 和真が三層で蛇を狩りをしていた頃――

 同じ箱庭のどこか、別の通路で、一人の青年が静かに足を止めていた。


 鞍馬勇樹。


 二十歳そこそこの大学生。黒縁の眼鏡は失われ、視力だけが妙に研ぎ澄まされたような裸眼。パーカーにジーンズという、どこにでもいそうな格好。


 けれど、その瞳だけは「普通」から外れていた。好奇心と退屈、残酷な興味と軽い倦怠。その全部が薄い膜一枚で均されている。


 第二層の薄暗い洞窟の中で、彼は小さく首を傾げた。


「……やっぱり、こっちの世界のほうが、性に合ってるな」


 湿った土の匂い。

 視界の端を、ぬるりとした影が横切る。


 スライムだ。


 青でも透明でもない、濁った肉片の塊のようなスライムが、地面を押し広げて近づいてくる。中心には赤い核が脈動していた。


 普通なら、悲鳴を上げて逃げるか、震えながら石を構えるだろう。


 鞍馬は、何も持たなかった。


「とりあえず、一回くらいは“ちゃんと”食われておくべきかなあ」


 独り言のように呟き、足を止める。


 スライムが、彼の足首に触れた。冷たい粘液が、皮膚をゆっくりと覆っていく。


 瞬間、肉を内側からこじ開けられるような痛みが走った。


「……おお」


 鞍馬の口元に、心底楽しそうな笑みが浮かぶ。


「想像してたより、ずっと“リアル”だ。神様、手、抜いてないな」


 痛みで声が裏返ることもない。ただ、興味深い現象に遭遇した研究者のような目で、自分の足がスライムに飲み込まれていく様を眺めている。


 膝まで、腰まで、腹部へ――

 全身が液体の腹に包まれる頃には、視界すら濁った粘液で埋め尽くされていた。


 骨が軋む。内臓を指で押し回されるような圧迫。脳が悲鳴を上げるほどの痛みが、波となって押し寄せる。


 普通の人間なら、恐怖と苦痛で発狂する。鞍馬は、そのどれもを、静かに数えていた。


(視界の喪失まで三十秒。呼吸の違和感は……あ、でも息はできるのか。窒息死まではいかない仕様? じゃあ、致命傷はどこからだろ)


 やがて、脇腹のあたりに焼けるような痛みが集中し、意識が暗転する。


 ――次の瞬間、一層の床に、彼は仰向けに寝転んでいた。


 ドーム状の天井。白い光。ざわめき。

 死に戻りたちの呻き声が、遠くから聞こえる。


 鞍馬はしばらく目を閉じたまま、静かに呼吸を整えた。そして、上体を起こしながら、ぽつりと呟く。


「……いや、最高だろ、これ」


 死の痛みは、確かに残っている。スライムに内臓をぐちゃぐちゃにされた感覚が、まだ腹の奥にこびりついていた。


 それを、彼は「嫌な記憶」とは受け取らない。


「“何度でも死ねる”んじゃなくて、“何度でも死ねって言ってる”ゲームか。センスあるなぁ、あの神」


 周囲を見渡す。


 泣く者、震える者、怒鳴り合う者。暴力グループが中央のパンを囲み、黒髪の女と小さな少女が隅で身を縮めている。


 その光景を、一度さらりと視界に収めてから、鞍馬は階段のほうへ視線を移した。


「さて、と。検証は終わり。次は“効率”の話だ」


 何事もなかったように立ち上がり、彼は再び第二層へ向かう階段を登り始めた。



 第二層。


 淡い灰色の視界の中、鞍馬の足取りは軽い。


 さきほどと同じ通路。同じ湿った匂い。同じ、這いずるようなスライムの影。


 今度は、石を拾う。


 床に転がっていた、先端の尖った破片を軽く振ってみる。重さ、バランス、握り心地。最低限の条件を満たしていると判断すると、彼は近づいてくるスライムに向き直った。


「さっきのは“死に味見”だから……次は普通に、狩り」


 距離を詰める。伸びてきた粘液の腕のような部分を、上半身をひねって避ける。その勢いのまま、赤い核に石を突き立てた。


 鈍い抵抗を押し切ると、スライムは輪郭を崩し、べしゃりと広がって消えた。


 鞍馬は、残骸の中に何か光るものがないかを確認する。何も落ちていないのを見て、肩をすくめた。


「ドロップ率、低いなあ。まあいいや」


 数体、同じように仕留める。そうしているうちに、体の内側で、微かな変化が起きた。


 筋肉が軽い。視界が広い。さっき倒れたときよりも、体の反応が一段階鋭くなっている。


「……はい、レベルアップですね」


 彼はわざとらしく咳払いをしてから、口にする。


「ステータス表示」


 薄い青い光の板が、視界の前に浮かび上がる。


 ――――――――――

 【レベル】2

 【スキル】なし

 【状態】軽傷/軽度疲労

 【装備】

 ・なし

 ――――――――――


「おー、ちゃんと出た」


 口笛の代わりに感嘆を漏らし、しばらくその表示を眺める。


「レベルは死ぬとリセット、スキルは残る、か……」


 神の声を思い出しながら、指先で虚空の情報をなぞる。


「じゃあ、ここから先は“いかに死なずに殺すか”のゲーム、と。いいね。大学の講義よりはよっぽど面白い」


 ステータスを消し、再び歩き出す。

お読みいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、☆評価やブックマークで応援してもらえると嬉しいです。

感想もお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ