神と名乗るモノ
和真が四層で圧殺され、暗転したあの瞬間。視界は白ではなく、概念だけの空虚へと反転する。
そこは、音も質量もない“外側の領域”。その中心に、ひとつの玉座が静かに浮かんでいた。
銀髪の男──“神”は、肘掛けに指を軽く添えながら、淡々と映像を見つめる。
◆
「……なるほど。あの状況で、そこまで身体を動かせるか。予想以上だ」
声には抑揚がない。驚嘆すら、深い湖面の波紋ほどの揺れしか示さない。
ただ、和真の行動の“意味”だけを測るように、視線が揺れる。
四層のゴブリンに囲まれ、腕を喰われ、胸を穿たれながら、それでも牙を食いしばり動こうとした姿。
「人間は、追い詰められたとき、ようやく本性が表に出る。
……良い。実に、良い反応だ」
愉悦はある。
だがそれは、子供の玩具遊びではなく、顕微鏡越しのサンプルが予想外の動きをしたときの、静かな興奮に近い。
◆
神は指先を軽く動かし、映像を切り替える。
パンと水を支配する刺青の男とその仲間。
虐げられる弱者。
少女を背に庇いながら、収納スキルを使いこなし、周囲への気配りを欠かさない。何か決意が感じる眼差しで状況を探る黒川。
そして──。
「鞍馬。……君は、とても“興味深い”」
鞍馬がスライムの中心へ身を沈め、内臓を押し潰されながら、まるで研究者のように“体験そのもの”を観察する。
痛覚より観測を優先する目。
そして、死んだ直後の、静かな笑み。
「死と痛みに対する反応が、他の人間よりも明らかに薄い。怖れではなく、興味が勝つ……観察対象としては、価値が高い」
淡々と語りながら、口元だけがわずかに歪む。
それは慈悲でも祝福でもない。
“人間の限界がどこで歪むか”を測る者の笑みだ。
◆
「百人を連れてきた甲斐がある。地球で暮らしていた君たちでは、こうした本質は永遠に見えなかっただろう」
その言葉に、わずかな含みがあった。地球から魂を“盗んだ”ことを匂わせるもの。
明確に語らなくても、この箱庭が本来の世界の延長ではなく“自身のために作られた環境”であることだけは明白だった。
◆
映像が再び変わり、和真の姿が映し出される。
一層で震える和真。
腕があった場所を抑えながら、必死に呼吸を整える姿。
それでも立ち上がろうとする執念。
「……そこまで戻るか。“願い”という動機は、人間をよく動かす」
声は淡々としているが、確かな評価があった。
「壊れかけては立ち上がり、恐怖を抱えたまま進む。人間が最も美しく歪むのは、この段階だ。……だからこそ、壊しどころを間違えるわけにはいかない」
金の瞳が、静かに細められる。
◆
「死線感知……そうだな。君が使えば、きっと良い仕上がりになるだろう」
淡く呟き、神は玉座に深く腰掛け直す。
和真が四層へ向かう未来。
それを選ぶ理由。積み重なった痛み。
すべてを“見えている者”の口ぶりだった。
「どこまで行けるのか。どこで折れるのか。
……そしてその瞬間、君はどんな顔をするのか」
穏やかな声のまま、底だけが冷たく沈む。
◆
神は最後に、箱庭全体の映像を広げた。
刺青の男が仲間を殴る。
黒川が少女の髪を撫で、震える声で励ます。
鞍馬が血を拭い、無表情のまま死地へ歩く。
それらすべてを、静かに見下ろす。
「実に多様だ。壊れ方も、涙の流れ方も、命の尽き方も、それぞれ違う。
──だからこそ、観察する価値がある」
そして。
「まだ始まったばかりだ。これから君たちがどれだけ笑い、怒り、奪い合い、壊れていくのか……
……存分に見せてくれ」
低く、静かに。
玉座の空間が薄く震え、金の瞳が妖しく光った。




